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2004/07/26

Vibesは婿養子 ノスタルジック近鉄急行の巻

July 22, 2004の続きだ。

真夏の昼下がりを40分近く歩いてやっと近鉄「西ノ京」駅に着いた。駅で訊ねると、大阪に行くには北に向かい二駅向こうの「西大寺」で乗換えということだった。

「しかし夏は暑いが、若い女の子がまぶしいねぇ」なんて、おじんの境地になって周囲をみているうちに電車がやってきた。次の駅は「尼ヶ辻」、なんだか古典の世界だな、夜になるとあたりは真っ暗闇、暗がりから這い出た妖怪の徘徊する町は誰もとおるものもなく、なんて勝手な想像をしたがそんな雰囲気などなくのどかな駅だった。それに比べると西大寺周辺はずいぶんにぎやかだ。きっと中心部に比べ開発規制が緩いんだろう。

あたふたと乗り換えた電車は上本町に向かう。のどかな奈良は影も形もなく住宅だらけの中を進む。

生駒山を抜けた電車は山沿いに東大阪地区を下にみながら進む。そうそう、大東市の住道に住んでいた頃はマンションのベランダからこの電車が見えていた。昼間はよくわからないが夜になると列車の窓明かりが山沿いに動いていくのがよく見えたものだ。新婚時代、子供が生まれた時、色々思い出してついノスタルジックになってしまうね。

やがて東大阪の布施を通り過ぎた。そうだった、ここに置いていたvibraphoneは滋賀に婿入りしたのだった。

それはもう20年以上前のこと、布施にある某女子高の教師になった大学時代の友人から、「女子高に場所が借りられるので昔の仲間が集まってJazzの練習をたまにしている、ついてはヴァイブ(vibes、vibraphone)を持って来いよ」という話があった。誘いに乗って大学の部室に置きっぱなしだった古いヴァイブを、これも大学の後輩に頼んで神戸から東大阪に運んでもらった。

ヴァイブを運ぶ前に2度ほど練習を見に行った時は、なにせ僕の楽器はないので置いてあったピアノを鳴らして(弾いたのではない)ごまかしたりしていたが、しかし結局ヴァイブを運んだ後は一度も集まることなく放置されたのだった。あぁ、なんと不幸なヴァイブ君。

とはいえ、彼、ヴァイブ君はしばらくの間、友人が顧問をしていたブラスバンドで活躍したらしい。女子高生に囲まれてさぞやいい思いをしたのではないか・・・そんなことないか。

しかしその後は使われることもなく部屋の片隅に置き去りになっていたようだ。

そうこうするうちに月日はあっという間に過ぎ去り、僕も住道から神戸の西の果てに引っ越してしまい、ヴァイブは忘れ去られた存在になっていた(いや、忘れたわけじゃないが)。

ところが昨年、偶然に日本ヴァイブ協会のサイトをみつけ早速入会したところ、中古ヴァイブを求めている会員さんが意外といらっしゃることが分かった。早速、無料でいいから使ってくださいとメッセージを出したところ、幸いにも使ってくださる方がいらっしゃった。

おかげで彼、ヴァイブ君は滋賀にお住みの女性マリンバ奏者の方が引き取ってくださることになり、めでたく婿養子となったのだ。いや僕が勝手にそう思っているだけで、先方様では婿とは思われていないだろうが、とにかく、めでたし、めでたし。

ちなみに、婿入りしたヴァイブは今はなくなってしまったらしいコッスという日本のメーカーのもの。僕の自宅には米国製のマッサーがあるが、ほとんど弾いていないのが情けない。 あぁ、かなしや、かなしや。

などと回顧モードに浸っている間に電車は「鶴橋」に着く。ここからはJR環状線に乗りかえ大阪駅経由で大久保まで帰る。大久保といってももちろん、京都や東京の大久保ではない、明石の大久保である。

かくして奈良から明石まで、ちょっとしたノスタルジックオリエンタル急行気分(ウソ、ウソ)を味わいつつ家路に着いたのだった。

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the time is presentの解釈

この記事はゆうけいさんへのトラックバックです。先にゆうけいさんの記事をお読みください。

"The place is New York, the time is present, and neither one will ever change."
Ghosts / Paul Auster
 柴田元幸 「the time is present = 時は現代」という訳の妥当性について

僕は技術英語に接する機会は多いが、文学系の作品はあまり読んでいないし読んでも分からないところは分からないままで辞書などほとんど引かずに感覚で読んでいるので、以下はあくまで僕の感覚であることをお断りしておきます。

この文だけを見たところでは、the time is presentを「時制は現在形」というのはかなり無理があると思う。それに日本語としても少々ぎごちない。

舞台は1947年3月、本の初版は1986年というところにこだわると、1947年=過去、現在=1986年頃、となってthe time is presentに矛盾を感じるということだと思うが、僕の解釈としては筆者は読者を1947年に戻された状態、つまり仮想現実の世界に引きずりこむ意図でこの文を書いたのではないか。

例えば西部劇を見ているとき、観衆はそれを過去の出来事としてみているというより、あたかもそこに自分がいるような感覚で見ると思う。それと同じでPaul Austerは、筆者も読者も今は1947年にいる、そしてそこで起こっている事件を一緒に体験している、という仮想現実を作り出しているのだと思う。「途中の挿話文などの一部例外を除いてすべての文章が現在形で語られている」というのもそれを裏付けることだろう。

多少違うかもしれないが、過去の出来事を現在形で話す、ということは英語でも日本語でもよくある。
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 Last night, Joe calls me and says he wants to meet straight away.
 昨日の晩さぁ、ジョーが電話かけてきてすぐに会いたいって言うんだよ。
 →話者は昨日のことを思い出しながらあたかも自分が今そこにいるような気持ちで話している
  (日本語も現在形であることに注意)
 引用 「ネイティヴの感覚がわかる英文法」 大西泰斗、ポールマクベイ/Nova出版
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普段の会話で過去のことを話す場合でも、臨場感を出すために現在形を使うことはよく行われているわけで、Ghostsの文体はそうしたことにつながるものだろう僕は考える。だから柴田氏の訳でよいと思う。

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2004/07/22

Vibesは婿養子 薬師寺の巻

お暑いこの頃だが、今日は奈良の某センターの講演会を聴きに行った。それはどうでもいいようなものだったが久しぶりに奈良ののどかな雰囲気を楽しめたので、よかったと思う。

行きはJR奈良駅経由、ほとんど遅刻だったので自腹覚悟でタクシーに乗ったのだが、センター案内には近鉄「西ノ京」から徒歩20分とある。だから帰りは歩くことにした。会場は冷房がガンガンで寒いくらいだったので、夕方4時過ぎの田舎道の暑さはむしろ心地よいくらいだ。

案内図を見直すと、西ノ京駅は薬師寺のすぐ近くらしい。少し北には唐招提寺もある。やはり奈良だなぁ、と思いつつテクテク歩きやっと県道9号というのにつきあたる。これを少し南下して右に曲がれば薬師寺のはず。しかし田んぼが多いし、ほんとに奈良はのどかだ。

薬師寺の土壁をみながら通る道は車一台分くらいしかない狭い道。土壁はかなり古びてほとんど崩れかけているが、これも簡単に左官屋さんに修理してもらう、というわけにはいかないんだろうな。なんせ由緒正しきお寺だから。

正面入り口というのもずいぶんと小さいが中はかなり立派な塔や伽藍が見える。有料なので外から拝んでおく。

すぐ近くに奈良漬を売っている寿吉屋というお店があった。奈良だ、奈良だ、奈良漬だ。ちょっと試食して「しょうが奈良漬」というのを買った。これは生姜味の奈良漬かと思ったら、生姜を丸々奈良漬にしたものでちょっと辛いがなかなかの珍味だ。たくさんは食べられないけどね。

やっと近鉄の線路が見えた。踏切から駅が見えたので線路沿いに北上して駅に向かうが、しかしこれもまた薬師寺の土壁沿いに電車が走ってるんだなぁ。なんとも回りは狭苦しいお寺だったんだ。参道らしきものもなかったし。

途中で小さな踏切があるのでわたってみるが、なんと小さな田んぼが薬師寺の敷地に割り込むようにしてあるだけで、行き止まりだった。不思議なところだ。

しかしかなり歩いたな、ほんとに20分かいな(僕は時計を持たないのだ、ケータイもね)。

やっと駅に着いて時計を見ると、会場を出てからなんと40分近く経っていたのだった。あぁ、やれやれ。

 Vibesは婿養子 薬師寺の巻 終わり  続く、多分。

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2004/07/18

蜂の一刺し

せっかくのblogだから、とにかく今日の出来事でも書いてみようと思うのだが、こんな台詞を知っているのはそれなりの歳だということの証明かな。

今日は三連休の中日、曇り気味でまだ暑さもましかと思い、庭のピラカンサを剪定した。これはここに引っ越してきたときにもらった木で、当時は50cmもないくらいのかわいいものだったのに、あれよあれよと大きくなってしまった。
ピラカンサはトゲがあるので、枝の始末も大変だしあまり手をだしたくないが、ほっておけば際限なく大きくなりそうなので、たまに(年に一回くらいか)枝を切る。
狭い庭とはいえ手入れもしないので雑草やら以前に植えたもろもろの木や草花が縦横無尽に生えまくるので、年に一回は専門家にきれいにしてもらっている。
おかげで今回のピラカンサも思ったほどには手がかからずに剪定できた。
しかしその後がいけなかった。後始末をしようと雑草やらを手で引っこ抜いていたら左手の人差し指、ついで右手親指の腹の部分に激痛(おおげさか)だ。ぎょっとして見てみると蜂がいる。
軍手をしていたのにその上から刺してきたのだ。まだ軍手の上につかまって蜂も必死、もっと刺してやろうという雰囲気なので、急いで軍手を脱いでほりなげ家に逃げ込んだ(ちょっと情けないか)。
しかし痛いね。何年ぶりだろうか、子供の頃には夏休みといえば昆虫採集で蜂には何度か刺されている。こんなに痛かったか、と思うほどだが、子供の頃の記憶などあてにならないものだ。とりあえず水で洗ってムヒSを塗っておいた。

今はほんとに便利なもので、インターネットで検索すればこんなときの処置も丁寧に書いてくれている。

 情報はこちらからいただきました→ 夏のトラブル 虫刺され

応急処置は間違っていなかったようで、しばらくすると痛みは和らいだので、ほっとした。一刺しといわず二刺ししていったあの蜂は、2cmくらいの黒と黄の縞模様なので、多分コアシナガバチかフタモンアシナガバチだろうと思う。夕方に放り出した軍手を片付けたときにはもちろん影も形もなかったから、無事にどこかへ飛んでいったのだろう。害虫を食べたりしてくれるらしいからね。

 情報はこちらからいただきました→昆虫写真図鑑

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blogだ

blogという言葉を知ったのは、時々のぞいている米国のサイトだった。辞書にもないので何のことかよく分からなかったが、web-logのことで、we blogなんて駄洒落から始まったらしい(間違ってるかも知れないが)。
最近は日本でもポピュラーになっているのを知って早速つくってみた。といっても簡単にできるのを知ったのはこれも時々のぞいているたかけんさんのBBSで、かつてのパソ通のメンバーだったゆうけい氏の書き込みからだ。
今でもよく分かってはいないが、とりあえず作ってみた。自分のサイトもあるとはいえ、いちいちソフトでつくるのが面倒になっていたこのごろなので、そちらからリンクして日記か何かにしようと思う。

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