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2004/09/26

Jazz Rock 商売、商売の巻

ゆうけいさんが僕の拙文にトラックバックしてくださったので、中々まとまりがつかないが何か書いてみよう、ということなんですが:

Jazz RockFusionということで適当な資料を挙げて見たという程度しか僕は書いていないわけだが、確かにゆうけいさんのおっしゃるとおりで僕が70年代に体験してきたクロスオーバーなりフュージョンという音楽もロック側からどうこうという記憶はほとんどなくて、ジャズにおける動きだったと思う。ただし、僕自身はロックシーンについて当時のことはほとんど知らないしそちらを見ていたわけでもないから、僕の目から見ればジャズシーンのことしか頭にないわけで、それも当たり前ともいえるのだけど。

だからゆうけいさんが挙げられたブリティッシュロックなりのプレイヤーなども名前を知ってる人もいるかな、というくらいでしかないので申し訳ないですが。ジェフベックと聞くと、ジョーベックというギタリストもいたのを知ってるかい、なんてマイナーな話しか思い浮かばないな。

それと、僕自身はまともにジャズを聴き始めたのが71年、それも大学の軽音楽部に入って演奏を始めることと同期しているから、いわゆるジャズファンとして聴いたことはあまりなくて、自分の楽器や演奏するということに関連しての聴きかただったので、かなり偏っているといわざるを得ないだろうな。

という話は長くなるから、またそのうちにということにして「フュージョンは商業ベースにのるためか」というゆうけいさんの命題について考えてみよう。

これはかなりヘビーな課題なのでおいそれとは扱えないが、まず芸術家と呼ばれる人は商業ベースに乗ることを第一と考えるのかどうか、という命題がある。プロという語を使うとこれはまず商業ベースに乗るかどうかが大きな問題だろうが、それならジャズをやる必要はないと思う。ジャズなんてほとんどの時代を通じてマイナーで商業的に成功しようと思うならあまりいいジャンルとはいえないはずだ。

というようなもっともらしいことを書くと全く月並みな論調になってしまうが、芸術家と呼ばれる人はそれがなければ生きていけない、という人種であるということをその道の人に聞いたことがある。だからジャズプレイヤーが商業的に成功したいという気持ちは持っているのは確かだとしても、それが第一なのかどうかというと、それは違うだろうと僕はいわざるを得ない。

ではなぜWeather ReportやReturn to Foreverなんてのが出てきたのかというと、やはり屁理屈にしかならないが人々に受け入れられる音楽を見直したということだろうと思う・・・それが商業ベースにのるということだ、と反論されるだろうけどね(;^^;)。

そしてその結果として出てきた音楽がロックとの融合であるのかはたまたそれ以外なのかはそれぞれのプレイヤーの生き方の結果なのだと思う。

なぜ「人々に受け入れられる音楽を見直した」ということになるかといえば、60年代に起こっていたいわゆるフリージャズ、アバンギャルドジャズ(そんな語があったかな?)の閉塞感、行き詰まりからの脱却だったろうと思う。詳しいことは実は僕も知らないからいい加減な憶測でしかないのだが、現代音楽などの影響を受けたフリージャズが難解というか、わけが分からんという状態になっていき、一般のジャズファンから遊離していった反動として必然的にWRやRTFが出てきた、というのが多分当時の世の見方だったと思うし、僕もそう思う。

僕は先にも書いたように、WRやRTFが出てくる時代、あるいはGary Burtonなどがロック色の濃い音楽を盛んに演奏していた時代からジャズに入り込んだので、これが自分のジャズのベースになっているが、それ以前からジャズに入っていた人々にとっては、これはジャズの終焉であったかもしれない。これはゆうけいさんのおっしゃる『「イーグルスが「ロックスピリットは69年で終わった」と歌い・・・』とよく似ている。

このあたりはたかけんさんなんかどう思ってるのか聞いてみたいところだな、なんてね(;^^;)。ニフティーサーブのFJAZZで過去ログを調べれば結構こんな話題も出てくるんだろうが、ちょっと時間がない。

ゆうけいさんのご意見を引用させていだたくと:
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フュージョンというと単純にロックとジャズの融合と思われがちですが、こう考えてみると殆どジャズ側だけでの出来事だったのではないでしょうか。まあ、一言で言えば「ジャズの電化運動」でしょうか。
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既に書いたように、前半部分についてはその通りだと僕も思う。しかしフュージョンが「ジャズの電化運動」であったかというと、それは否といいましょう。しかし長くなるのでまた今度にしますが、僕ではなくまたGary Burtonに語ってもらうことにしよう、なんてね、単に彼の言葉を引用してみます、ということですが。

もう一つ、ゆうけいさんのご意見:
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ロックに席巻されたマーケットの挽回、すなわち生き残りをかけたジャズ側の反撃だったのかもしれません。
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どうでしょうね、僕はそんなにたいそうなことを考えていたは思えない、というかもともとジャズのマーケットがロックに席巻されたということはないでしょうし、だから挽回というのもありえない。単にマイナーであったというだけではないのかな。あえてそれに似た言い方をすれば、新しいマーケットの開拓というところじゃないかなぁ。なんだかビジネス論議みたいになってきたな(;^^;)。

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コメント

 Takiさんトラックバック有難うございます。私の方こそなけなしの知識で書いておりすみません。ただ一点だけ。チャック・ベリーに始まり、プレスリー、ビートルズでロックがマーケットを席巻するまではグレン・ミラー、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー、デューク・エリントンの楽団音楽からフランク・シナトラのボーカルに至るまでやはりジャズが音楽の主流であったことは間違いないと思います。
 何はともあれこういう場でのやり取りをしているとジャズ・ロックという懐かしい言葉に誘われて見に来てくださる方もあり勉強にもなり励みになりますね。

投稿: ゆうけい | 2004/09/26 10:40

ゆうけいさん、こんにちは。

そうか、グレンミラーとかそこまで時代をさかのぼってまでは考えていませんでしたね。そういえば日本でもジョージ川口さんとか戦後のジャズはすごい人気だったという話を思い出しました。

続きはちょっと時間があくと思いますが、続けていこうと思いますので、またよろしく願います。

投稿: taki | 2004/09/26 21:36

どう思ってるか?と振られたのでボクなりのフュージョン黎明期あるいはその勃興への感想を書いてみます。

プレイヤーにはその名前の有名性や独自の音楽性で名実共にアーティストと呼ばれるにふさわしい人たちがいました。どちらかといえば孤高の世界で常にその人なりの最先端を切り開いていくようなタイプの人たちです。

しかしプレイヤーによっては名人芸といえるようなテクニシャンであっても必ずしも自分の音楽の世界を内なる衝動によって表現しようとするというものとは全く正反対のような人たちもいました。
音楽職人といっても良いかと思いますが、彼らはその実力ゆえに多くの演奏録音現場に登場します。サイドメンとしてならまだしも全然本人の希望するような音楽ではない場合でもあくまでオシゴトとして代価でプレイするようなこともありました。

しかしそれが続くと音楽的うっぷんが溜まってしまいます。そこでそうしたスタジオミュージシャン同士が本番の録音以外の余暇で演奏を始めたらこれが面白いモノになったというのでそれを商業的に売り出し始めることにしました。これがフュージョンとかかつてクロスオーバーと呼ばれた音楽ジャンルの始まりです。

そういう経緯なので管楽器などはジャズをベースにした演奏者が多いのですが、ギターやドラムなどはロックをベースにしたスタジオプレイヤーが混ざることも多かったのです。またそういう理由で基本的に歌物はありませんし、元々が優れた技巧保持者の多いスタジオプレイヤーがセッション的に始めたものなので、その内容は難しいものが多いです。難しいゆえに彼らはうっぷんを晴らすことができたのですから。この辺りは”表現より技巧”という風にボクは感じています。

というのがボクの見解です。なお文中の、ですますの言い切りは全て(とボクは思います)のように読んでください(^^♪。

投稿: たかけん | 2004/09/27 21:21

たかけんさん、わざわざお越しいただいて恐縮です。というより勝手にお名前を出してしまい申し訳ありませんでした。それにもかかわらず貴重なご意見をいただきありがとうございました。

なるほど、そうした面もありましたね。私の先輩(ここのリンクのコーナーでJAZMYSとあるHPの方です)がそのような話をされていたのを思い出しました。超絶技巧のスタジオミュージシャンたち、ただし個性という面では?というような話でした。CTIなどはそうしたミュージシャンを多く使っていたのでつながりがあったように記憶します。

ちょっと話はずれますが、私が学生のとき演奏でバイトさせていただいたときにお会いしたプロの方々も実際のところJazzではほとんど生活できないために他のことで稼がざるを得ない人たちばかりでした。仕事が多い演歌のバックでビータ(旅=ドサ周り)にでる話とか、ポップや演歌の作曲あるいは編曲でお金を稼いでる方、楽器店で教えたり電気店でバイトしたり、などなど、何人かの方にお会いしました。やりたい音楽で生きていくっていうのは生易しいものではないのを実感したものです。

投稿: taki | 2004/09/28 00:47

はじめまして、、というわけでもないのですが、Takiさんと同じ時期、同じ関西でヴァイブをやっていたものです。
同年代なので、Takiさん方の意見を面白く読ませていただきました。
バートン氏については、はじめて日本に来た時はシアリングだったか?なのできちっと決めた7-3分けのスーツ姿。自分のバンドで来た時はジャズロックの売りで長髪。
一緒にやったことのあるベーシストがなんで?って聞いたら『商売だから』なんてことも言っていたようです。いい悪いは別にして音楽家の一つの生き方かな?とも思います。確かにバートン氏はその後の経歴をみてもちゃんと時流に乗っている。
コリアとのバンドしかり、バークリーしかり、ピアソラしかり。
小生もそんなバートン氏にあこがれていたのも事実だし、そこからジャズに入っていったわけで。。今でもヴァイブを始める方(特にマリンバなどから入ってくる方)はバートン指向が強いですし、影響力はつよいです。
ブリティッシュは僕も好きでした。特にキングクリムゾンなど。

ところでこちらのBlogをリンクさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?

投稿: のなか | 2004/09/28 10:49

あれ?発信者がTakiさんになってる。。(>_<)

どうも使い方がよくわかりません〜。

上のかきこみは僕です。

投稿: のなか | 2004/09/28 10:51

のなかさん、早速のお越しをいただきありがとうございます。

>一緒にやったことのあるベーシストがなんで?って聞いたら『商売だから』なんてことも言っていたようです。

バートン氏についてのお話をありがとうございます。これははじめて聞きましたが、確かにバートン氏は時流に乗り若くして成功、今はバークリーの学長まで登り詰めるという世渡りの面でも卓越した人ですね。それにあれだけのテクニックや音楽性を兼ね備えるというのは並大抵の人ではないと思います。

ちょっと話がずれますが、芸術家は概してビジネスという面を軽視しがち、あるいは才能さえあれば誰かが認めてくれて世に出るものだ、という考えがあるといいます。しかし実際に成功するにはビジネス感覚も今の時代には欠かせないため、そうしたことを教える芸術系の大学もアメリカではでてきているそうですね。

あ、それとコメントはきちんとお名前で出ていますよ。
リンクは自由ですから、どうぞよろしくお願いします。

投稿: taki | 2004/09/29 01:25

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