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2004/09/26

Jazz Rock 商売、商売の巻

ゆうけいさんが僕の拙文にトラックバックしてくださったので、中々まとまりがつかないが何か書いてみよう、ということなんですが:

Jazz RockFusionということで適当な資料を挙げて見たという程度しか僕は書いていないわけだが、確かにゆうけいさんのおっしゃるとおりで僕が70年代に体験してきたクロスオーバーなりフュージョンという音楽もロック側からどうこうという記憶はほとんどなくて、ジャズにおける動きだったと思う。ただし、僕自身はロックシーンについて当時のことはほとんど知らないしそちらを見ていたわけでもないから、僕の目から見ればジャズシーンのことしか頭にないわけで、それも当たり前ともいえるのだけど。

だからゆうけいさんが挙げられたブリティッシュロックなりのプレイヤーなども名前を知ってる人もいるかな、というくらいでしかないので申し訳ないですが。ジェフベックと聞くと、ジョーベックというギタリストもいたのを知ってるかい、なんてマイナーな話しか思い浮かばないな。

それと、僕自身はまともにジャズを聴き始めたのが71年、それも大学の軽音楽部に入って演奏を始めることと同期しているから、いわゆるジャズファンとして聴いたことはあまりなくて、自分の楽器や演奏するということに関連しての聴きかただったので、かなり偏っているといわざるを得ないだろうな。

という話は長くなるから、またそのうちにということにして「フュージョンは商業ベースにのるためか」というゆうけいさんの命題について考えてみよう。

これはかなりヘビーな課題なのでおいそれとは扱えないが、まず芸術家と呼ばれる人は商業ベースに乗ることを第一と考えるのかどうか、という命題がある。プロという語を使うとこれはまず商業ベースに乗るかどうかが大きな問題だろうが、それならジャズをやる必要はないと思う。ジャズなんてほとんどの時代を通じてマイナーで商業的に成功しようと思うならあまりいいジャンルとはいえないはずだ。

というようなもっともらしいことを書くと全く月並みな論調になってしまうが、芸術家と呼ばれる人はそれがなければ生きていけない、という人種であるということをその道の人に聞いたことがある。だからジャズプレイヤーが商業的に成功したいという気持ちは持っているのは確かだとしても、それが第一なのかどうかというと、それは違うだろうと僕はいわざるを得ない。

ではなぜWeather ReportやReturn to Foreverなんてのが出てきたのかというと、やはり屁理屈にしかならないが人々に受け入れられる音楽を見直したということだろうと思う・・・それが商業ベースにのるということだ、と反論されるだろうけどね(;^^;)。

そしてその結果として出てきた音楽がロックとの融合であるのかはたまたそれ以外なのかはそれぞれのプレイヤーの生き方の結果なのだと思う。

なぜ「人々に受け入れられる音楽を見直した」ということになるかといえば、60年代に起こっていたいわゆるフリージャズ、アバンギャルドジャズ(そんな語があったかな?)の閉塞感、行き詰まりからの脱却だったろうと思う。詳しいことは実は僕も知らないからいい加減な憶測でしかないのだが、現代音楽などの影響を受けたフリージャズが難解というか、わけが分からんという状態になっていき、一般のジャズファンから遊離していった反動として必然的にWRやRTFが出てきた、というのが多分当時の世の見方だったと思うし、僕もそう思う。

僕は先にも書いたように、WRやRTFが出てくる時代、あるいはGary Burtonなどがロック色の濃い音楽を盛んに演奏していた時代からジャズに入り込んだので、これが自分のジャズのベースになっているが、それ以前からジャズに入っていた人々にとっては、これはジャズの終焉であったかもしれない。これはゆうけいさんのおっしゃる『「イーグルスが「ロックスピリットは69年で終わった」と歌い・・・』とよく似ている。

このあたりはたかけんさんなんかどう思ってるのか聞いてみたいところだな、なんてね(;^^;)。ニフティーサーブのFJAZZで過去ログを調べれば結構こんな話題も出てくるんだろうが、ちょっと時間がない。

ゆうけいさんのご意見を引用させていだたくと:
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フュージョンというと単純にロックとジャズの融合と思われがちですが、こう考えてみると殆どジャズ側だけでの出来事だったのではないでしょうか。まあ、一言で言えば「ジャズの電化運動」でしょうか。
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既に書いたように、前半部分についてはその通りだと僕も思う。しかしフュージョンが「ジャズの電化運動」であったかというと、それは否といいましょう。しかし長くなるのでまた今度にしますが、僕ではなくまたGary Burtonに語ってもらうことにしよう、なんてね、単に彼の言葉を引用してみます、ということですが。

もう一つ、ゆうけいさんのご意見:
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ロックに席巻されたマーケットの挽回、すなわち生き残りをかけたジャズ側の反撃だったのかもしれません。
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どうでしょうね、僕はそんなにたいそうなことを考えていたは思えない、というかもともとジャズのマーケットがロックに席巻されたということはないでしょうし、だから挽回というのもありえない。単にマイナーであったというだけではないのかな。あえてそれに似た言い方をすれば、新しいマーケットの開拓というところじゃないかなぁ。なんだかビジネス論議みたいになってきたな(;^^;)。

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2004/09/23

エロガンス

日本人の造語力というのは留まるところを知らないようで、わけの分からん言葉が日々作り出されているようですが・・・。

ガングロ・コギャル世代が20代になり、ちょっとセクシー(エロチック)ながらどことなく品のよさ(エレガンス)を漂わせる新しいファッションがはやっているそうだ。名づけて、エロガンス。

erogance.jpg
 日経新聞 04.9.21夕刊

 erotic + ellegance = erogance?

なるほどね、でも待ってよ、君たち、ちょっと字の違うこんな単語はしってるのかな?アメリカ人が聞いたらたぶん、この単語を思い浮かべると思うよ。

 arrogance

まぁ、それもヨシと言うことかもしれないね。
さいでがんす、うー、オヤジの発したオヤジギャグ。

さてこれではあんまりなので、発音についての話を書いておこう。ちょっと硬いけど。

むかぁし、アメリカである技術会議に初めて出席したとき、彼らの議論のうまさと即断即決の進め方、誰の意見でも、たとえつたない英語であっても意見を述べるものには耳を傾ける態度に驚いたものだ(その代わり意見を言わなければ無視される)。その時の印象に残っている言葉:

「動議!」というときは手を挙げて"A motion."と言うが、強調するので「エイ・モウション」と発音する。

さて技術会議なので専門用語もでてくるが乳化物という意味のエマルジョン=emulsionが「イモウション」と聞こえ、発音だけではA motionと同じに聞こえるのだな(英語ではエマルションで濁らない)。

ついでに言えば、情緒のemotionも日本人には同じに聞こえるだろうなぁ、と思ったのだった。

ちなみに動議の議決の際、議長は:

Anyone who seconds the motion, raise your hand.
→賛成者は手を挙げて"Aye."という。

Anyone who opposes to the motion, raise your hand.
→反対者は手を挙げて"Nay."という。

他人の意見に賛成(異議なし)する場合は、"Second."というが、思うにこれは意見を述べた人の次に付きます、という意味でSecondというではないかな。

ASTM-S.jpg
その会議での記念写真、1987, 春 Atlantaにて

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台風

今年は台風がいくつも来てすごかった。特に風の強さが尋常ではなかったと思うが、TVでも比較しやすいように普段の秒速~mに加えて時速~kmで表し、新幹線なみのスピードなんて言っていたな。アメリカやカリブの方でも強烈なハリケーンに襲われて被害もすごいようだ。被災地の方々には心よりお見舞い申し上げますが、しかしこんな呑気な夫婦も。

天気予報を見て:

taifoon-0.JPG
TV 「フィリピン沖で発生した台風XX号は・・・」
カミサン 「また台風や。」
ダンナ 「あ、ほんまや。」

taifoon-1.JPG
TV 「明日の午後3時には・・・」
カミサン 「あ、台風、大きなった。」
ダンナ 「いや、あれは明日の3時にはあの円の中の・・・」

taifoon-2.JPG
TV 「明後日の・・・」
カミサン 「あ、また大きなった。」
ダンナ 「あ、いや、はぁ・・・・」

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2004/09/21

Red Snapper? Red Sniper??

このところは音楽と英語の記事が続いているので、やっとBlogのサブタイトルもウソじゃなくなったかな。

今回もメモ程度の内容なんだけど、ちょっとジョークのようなホントの話。二年前、アメリカの取引先から来たS氏、Bさんたちと和食レストランで夕食を共にしたときのこと。

鯛の刺身を食べながらS氏がこの魚は何かと聞いた。しかし誰も鯛を英語でなんと言うか知らなかった。何と説明したのかは忘れてしまったが、とにかくS氏は理解したようで、下の絵と文字はそのときのもの。絵は僕の同僚のK君が、文字はS氏が書いたものだ。

snapper.jpg

多分、やや大きめで平たくてとか説明したのだと思うが、この絵と説明から、それはRed Snapperだということになった。鋭い口で素早くパクリと餌を獲る動きからSnapperと呼ぶということを、S氏は親指と他の指でパクリとする動きを交えながら説明してくれた。

ところがK君はそれをSniperと聞き違え、ライフルを構える格好をして「なるほど、赤いスナイパーですか(彼は英語は話せない)。」といったものだから、全員大笑い。おかげでRed Snapperは決して忘れることはなくなりましたよ、K君、ありがとう\(;^O^;)/。 という訳でこの絵は僕が記念にもらったものだ。

実のところ、辞書には鯛=a sea breamとあり、Red Snapperは「赤身の魚、フエダイ、キンメダイ」などとあるから本当はちょっと違うのかもしれない。

以上が笑い話だが、さてKaiと書いたのを消してTaiと書き直しているところに注目したい。アメリカ人のS氏には鯛(Tai)がKaiと聞こえたらしい。

同じようなことは以前にもあって、さらに数年前のこと、B氏と食事をしていたときに女性に「You are beautiful.」と言いたい場合、日本語でどういうか教えてほしい、といわれた。そこで僕は「きれいです。」と簡単な言葉を教えたところ、彼は「Kidei desu」と発音したのだ。僕は「No, no. Kirei desu.」と言い直したのだが、B氏は「Your pronuciation has "d"sound.」と言うのだ。

なるほど、日本語の「れ」というのはLでもRでもない中途半端な発音で言い方によっては「で」とも聞こえるのだが、英語ネイティブであるB氏の耳はその違いを明確に聞き分けてしまったのだ、と関心もしまた少々恐ろしくも思ったのだった。

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2004/09/20

大島正嗣氏のこと メモリアルアルバムの巻

大島正嗣氏のことについて続きを書くことにしよう、これもほったらかしだったけど。

大島氏は前回の記事で書いたとおり、神戸を中心に活躍されているマリンバ奏者、佐藤梨栄氏の弟さんで、70年代に渡米されバークリー音楽大学でゲーリーバートンに師事した最初の日本人バイブ奏者だ。

今回は以前にニフティーサーブのJazz Forumに投稿したものを少し修正して投稿しよう。なお記事の著作権はニフティーに属しているはずだが、著作者は僕だしこのココログもニフティーなのでかまわないだろう。またメモリアルアルバムに関する内容は記事投稿時に発売元である佐藤先生の了解を得ている。

長文なので退屈かもしれないから、先にアルバム紹介サイトを書いておきます。

こちらにアルバム紹介があり、バイブソロ(Imagine)がダウンロードできます。

購入は、日本木琴協会阪神支部ホームページの「メールはこちらです」へ。

または、VME音楽配信で視聴とダウンロードができます。

oshima.jpg
All That Cool Jazz Vibes
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Jazz Forum/Niftyserve 16番部屋-プレイヤーズJトーク

■1999.6.13投稿
皆様、こんにちは。実はもう一ヶ月以上以前のことですが、ショックなことがありました。

ずっと前にここでも少し触れたことがあるのですが、学生時代にヴァイブを教えていただいた先生の弟さんが、実はバークリー音楽大学でG.Burtonに師事したJazz Vibistでありました。大島正嗣さんとおっしゃいます。

ボストン、ニューヨーク、東京と活動されていたとのことですが、この四月に故郷の神戸でガンのため、49歳の若さでお亡くなりになりました。知らせを受けたときは、ほとんど一日ボーっとしておりました。

お姉様と正嗣さんは、子供のころから天才マリンバ姉弟としてTVにも出たりと活躍されていました。私も子供のころに姉弟のマリンバ演奏を何度かTVでみたことがあり、きっとあれがそうだったのだと思います。今では、お姉様のご子息がやはりマリンバ奏者として活躍されています。

私は正嗣さんの演奏は、2~3度聴いただけです。お姉様の教室で少しだけ教えていただいたこと、教室に伺ったら、はや過ぎて正嗣さんが練習されていたこと、そして米国へ戻られる前にお姉様と神戸で開いたジョイントコンサート、どれも随分昔のことです。その後、米国への渡航費用にするためにマリンバを売りに出すということで、譲っていただきました。そのマリンバも眠ったままです。

現在、正嗣さんのメモリアルCDの制作を進められているとのことです。

■1999.7.1投稿
大島正嗣さんのメモリアルアルバムができました。神戸でのライブ演奏をCDにしたもので、スタンダードや大島さんのオリジナルを中心に構成されています。

すばらしい演奏です。これだけのヴァイブが弾ける人は世界でもそうはいないと思うくらいです。テクニックだけでなく音楽的にもすばらしい内容です。音質も良好です。これだけ玉石混交の音楽が世間にあふれていても、これだけすばらしい演奏が世に出ず埋もれてしまうのかと思うとたまりませんが、やはりジャズはまだまだマイナーな音楽なのでしょうか。

私自身はここへお邪魔するまではしばらく音楽から離れていたのですが、その時期に大島さんは日本での活動が一番盛んだったようで、その時期に生の演奏を聴く機会がなかったことが悔やまれます。

どうか、みなさまにも是非お聴き頂きたいと思います。ライナーノートにはかつての師であったゲーリー・バートンも追悼の言葉を寄せています。英文ですので、訳文をまた今度アップいたします。

CDはご遺族が制作されました。自費出版ですので、一般には出回ることはほとんどないと思いますので、ここに購入先(前述)をご遺族のご了解を得てお知らせいたします(内容はリンクを先参照してください)。
 ********************
"All That Cool Jazz Vibes" 大島正嗣メモリアルアルバム

これを機会に大島さんの活動が世に知られることを期待します。

■1999.7.4投稿>
アルバムの巻頭にゲーリーバートン氏による追悼文が寄せられています。かつての有能な教え子を失った悲しみと、そうした生徒をもったことの誇りを書き綴った文章で、大島さんの豊かな才能と優れた音楽性を裏付ける素敵な文です。私のつたない訳ではそのわずかな意もお伝えできないでしょうが、全文を意訳して掲載させていただきます。

 **Gary Burton (Berklee College of Music)**
私がバークリーで教え始めて間もないころの私の好きな生徒の一人を亡くしたことをお知らせすることはとても残念です。

大島正嗣君のことはとてもよく覚えています。というのも彼は日本からきた最初の非常に才能のあるヴァイブの生徒であり、またそれは私が教師を始めた最初の年であったからです。彼は入校時に既にとても完成されたマレット奏者であり、私の生徒であった2年間にジャズインプロヴァイザーとして、そして音楽家としてコンスタントに成長していきました。彼はいつもよく準備をしてきたし、自分が習った新しいテクニックは全てマスターし、いつの場合も音楽的な響きと自分の表現を持った演奏をしました。私は彼が日本に帰り音楽家として成功する姿を誇りに思いました。また、彼のプロジェクトや活動の便りを時々彼から聞くのは素敵なことでした。

彼が亡くなったことを聞いた時、私は深い悲しみに落ちました。彼についての多くの思い出や彼が貢献してきたことを思い出しました。私は彼をいつも思い出し、彼の成してきたことを誇りに思うでしょう。

ゲーリーバートン 1999年5月13日
 ******************

大島さんは中国の長春の生まれで3歳の時、神戸に移られたのだそうです。「三つ子の魂、百まで」というのは、3歳までの環境の影響はいつまでも残るというような意味だったと思いますが、あの日本人離れした感性はそうした大陸の影響でしょうか。

私よりはたった2歳年上だけです。でも初めてお会いした(そしてその頃に何度かお会いしただけですが)20年以上前のあの頃にもう既に私などよりはずっと成熟した、しかし若さあふれる大人を感じさせる方でした。いや私があまりに未熟なだけです、いまだに一向に成長した気がしない。

BGM:"No More Blues" (Vibraphone Solo by Seiji Oshima) を聴きつつ/taki

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VME配信への登録を働きかけてくださったのは、同じバートン門下で現在活躍されているヴァイビスト赤松氏だが、氏がこのアルバムを知ったのはセミプロとして活躍中の(い)氏の紹介によるもの、さらに(い)氏へはニフティーのフォーラムを通じて僕がアルバム発売時にご紹介したのだった。世の中はめぐりめぐってつながっているものだと思う。

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2004/09/19

Jazz Rock Tribeの巻

Jazz Rock(August 28, 2004)の続きをやっと書くことになった、というかほったらかしだったけど。

Jazz Rockという言葉は今ではほとんど死語という気がするがどうなのかな。70年代にはクロスオーバーとかフュージョンなどという言葉が出てきて、音楽自体も変わっていったのだと思うが、それがいつごろに出てきたのかという話。

僕が持っているレア盤(LP)にHoracee Arnoldの「Tribe」という1973年のアルバムがある。当時を知る人がメンバーを見ればほとんどの人は凄いと思うよね。

tribe-2s.JPG
錚錚たるメンバーたち:上段左から

Horacee Arnold (ds), Ralph Towner (guitar)
Billy Harper (t.sax), David Friedman (vib, marimba, etc), George Mraz (bass)

写真以外に:
Joe Farrell (fl, sax), Ralph MacDonald (percussion)

内容については、ま、こちらに書かれている通り、え~、このメンバーなのに? うーん、ちょっとねぇ、というものだが、それはHoraceeのリーダーとしての限界なのかプロデューサーの問題なのか。CD化されていないというのも仕方がないかもね。

さて僕の持っているCBS Sony盤のライナーノーツに岡崎正通氏が次のような言葉を書いている:

■ホーレス・グループの音楽
"私は融合音楽(Fusion Music)を演奏する。それは私のあらゆる体験の表現である。さまざまな体験をし、私が変わってゆけばサウンドも変化してゆく。"とホーレス・アーノルドは語っている。

これがおそらくこの時期にFusionという語が出てきたのだろうという一つの証左だと思うのだ。それは岡崎氏が「融合音楽(Fusion Music)」などという妙な日本語に英語をカッコつきで書いているところに現れている。つまり評論家である岡崎氏もまだFusionという新しい語をどう日本語として表現すべきかが分からないものの、どうも米国ではこのような新しい音楽が出来つつあるようだ、という曖昧な認識をそのまま文字にしてしまったのではないか。

だからFusionという語がこの頃に出てきたのだと僕は思う、というだけのために出してきたアルバムだが、ジャケットはルソーばりの南国っぽい絵で気に入っている。LPなのでスキャナーに収まりきらないから部分しかないけど画像はこちら

ジャケットの全体像はこちらにあるがしかし、このリンク先にもなぜか "Jazz Rock 1973" と書かれていますね(;^O^;)。

クロスオーバーの方はいつごろなのかはよく分からないが、この言葉を聞いて思い出すのはCTIレーベルとその前身になるA&Mのクリードテイラーだ。A&Mでクリードテイラーがプロデュースしたウェスとかジョビンなどは、ストリングを使ったややイージーリスニング的なジャズやボサノヴァだったが、CTIとして独立したあとはジャズよりながら色々な要素の入った音楽になっていたと思う。

僕はあまり好きになれない面もあってCTIはそれほど聞いていないが、スティーブガッドやグローバーワシントンなどが注目された頃はクロスオーバーと言っていたような気がする。Wilkipediaにも少々の説明があったが正しいのかどうかは分からないね。

  クロスオーバー/Wikipedia
  フュージョン/Wikipedia

Wikipediaにもあるように、クロスオーバーが先でその後フュージョンという語が出てきたと思うのだけど、米国でもフュージョンは70年代終盤とある。しかしTribeは1973年だから、言葉としてはもっと早く出てきていたことになるな。

さて、Fusionについてもう一つちょっと目先の変わった話があるのでまた今度書いてみようと思う、いつになるか分からないけど。

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2004/09/13

不滅の恋 ベートーベン

今日は久しぶりにCATVや以前に録画した番組をみたりしてゴロゴロしてしまった。このBlogに書かなきゃならないこともたまってるんだけど・・・

何となくかけたCATVで「不滅の恋 ベートーベン」をやっていたので結局最後まで見てしまったが、まぁ一度見れば十分、というより別に見なくても十分だった。こちらの「窓際通信」に簡潔に解説されているのでそれ以上言うことはないんだけど、一番の違和感というのはやはりベートーベンの音楽に勝てる画面というのはおいそれとはできないだろうということだろうな。

誰でも一度くらいは音楽室か教科書であの顔を見たことはあるだろうし、美術室でデスマスクを見たことがある人もいるだろうが、あの表情を覚えていると、どうしてもゲイリー・オールドマンのベートーベンはよく演じていると思うが軽いと感じてしまったなぁ。ピアノ演奏はかなりよく演じていたと思いますが。シンドラーを演じた相手役のジェローン・クラッベの方がまだベートーベン顔してるんじゃないかい?ははは(;^^;)

背景とか室内装飾は確かに非常によくできているが、それはただそれだけのことに過ぎない、というのがよっく分かった映画でした。

でもネットで検索すると意外と評判はいいのですね。ふぅーん。

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2004/09/09

A big congratulations

単なるメモですが:

最近、覗いていなかったArchives | Ten Years of My Lifeを見てちょっとびっくりしたんだけど、おめでとうという場合にcongratulationsは形は複数だが、単数扱いなのか、ひとまとまりということなのか A big congratulationsというようだ。

Derek and Heather together 4ever
July 18, 2004

A big congratulations to Derek and Heather on their wedding today.

ネットで検索してみると、a congratulationsという表現はなくて、必ず a congratulations giftなどその後に来る名詞に対する不定冠詞になっているけど、a big congratulationsはごく一般的なようでかなり件数も多い。それ以外ではa hearty congratulationsというのもあったので、こうした形容詞がついた場合に複数でも不定冠詞 a がつくようだった。4everというのもおかしいけど、気分がでているな。

覚えておこっと。

こちらはボケているところがまた味のあるイメージですね

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2004/09/07

やまと言葉と漢字

今日の日経夕刊のエッセイに、「卵を生む」はおかしい、「産む」が正しいのではないかという話があって、「卵が生まれる」「卵を産む」と使い分けるのが本来の用法のはずと書き出している(日経新聞 あすへの話題 日高敏隆)。

日高氏が辞書を調べてみたところでは、結局はどっちでもいいようなことになっていて、「ひょっとすると、産むの受身形「産まれる」が「生まれる」と同じことになるのだろうか?そんな気もしないではないが、なんだか変である。」となり「かなりいいかげんなところもあるのだな。」と結んでいる。

しかし僕が思うには、本来の日本語=やまとことばはもっと単純だったのではないんだろうか。「聞く」と「聴く」などは「きく」という概念が一つしかなかったところに漢字が入ってきて二つの「きく」を区別するようになったに違いないと常々思っていたんだけど、同様に「産む」も「生まれる」も言葉の概念としての区別はなかったと考えるのだ。

丁度また今日、たまたまかけっぱなしにしていたNHK教育TVでみた「趣味・時実新子の川柳」でも、「なく」に「泣哭鳴啼」、「笑う」に「笑嘲哂呵(ちょっと違ったかも)」という概念の区別の話がでてきたのだけど、これらもやまとことばとしては「なく」、「わらう」という語がすべての意味に使われていて細かな区別はなかったのではないかと思うな。

実際のところ、話し言葉つまり会話でそのような漢字による区別をしてこうした語を使っているのかどうか、僕はあまり考えていないと思うんだけどね。

こういうことは金田一先生にでも聞くといいんだろうな。しかし金田一先生は明治の春彦氏、先ごろお亡くなりになった京助氏、現在ご活躍中の秀穂氏まで三代続けての言語学者なのですね。漫画「金田一少年の事件簿」に「じっちゃんの名にかけて」という決まり文句があるけど、まったくそのまんまですねぇ。

ところでこんなページをみつけましたが、いやはやこんなところまで気が回りませんね。

もし皇族の方とお寿司を食べる機会があったとして、醤油がその方の前にしかないとき、どれが正解?
  「醤油をとってくださいませんか」
  「醤油をとってもらえませんか」
  「醤油をとっていただけませんか」
  「醤油をとっていただけませんでしょうか」
  「恐れ入りますが,醤油をとっていただけませんでしょうか」

こたえはこちら

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2004/09/04

不死鳥の騎士団

ゆうけいさんによると「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」の日本語版がやっと出版されたようだ。我が家でも一時期はブームだったので四巻まではそろっているんだけど、どうも4作目あたりからはあまり人気がなくなり「五作目も買ってね」という声はとうとう聞かれずじまいになってしまった。ただし映画のほうは我が家では3作目の「アズカバンの囚人」が今までで一番よい出来だったと評判だったので、DVDが出たら買わなきゃいけないだろうなぁ。

ところで僕のリンクにある「不死鳥の騎士団を読む会」のBBSも『翻訳が出るまで』という条件だったのでもう終わりかな。僕は読み進んだものの途中で挫折していた第5章、まさに「不死鳥の騎士団 The Order of the Phoenix」の章を担当させていただいたが、結局半分も進めなかった。テキストは英国版のp.83まではOCRで読み込んでいたので、あわてて残り(1ページ分くらいしかないけど)を訳して今日、投稿した。

このBBSはプロの翻訳家でなおかつそれ以外にも色々と手がけておられる「ハリポタ好き母」さんが開かれたものだ。ハリポタ好き母さんは、お忙しい中を「ハリポタの生きた英会話」というメールマガジンを出されており、このBBSもそのメルマガで知って参加することになった。

今まで僕はもっぱら産業翻訳しか勉強してこなかったので、こうした文学的作品を訳してみるのはとてもやっかいながらも、面白かったし勉強にもなった。知らない単語はそれほどないんだけど、表現が微妙で意味をどうとっていいのか分からなかったり、いくつかの解釈が出来たりと、なかなかと難しいし、それを適切な日本語にするというのは更に面倒なものだ。しかしそれをうまく訳せたときの快感は何ともいえない。聞くところでは翻訳家はこの快感のために仕事をしているようなものだとか?

例えばこんな会話:
'Molly doesn't approve of Mundungus,' said Sirius in an undertone.
'How come he's in the Order?' Harry said, very quietly.
approveは認定なんていう堅苦しい言葉と思っていたんだけど、辞書を見てみると「「よく言う、好意的にみる」という日本語が最初に来ている。何たるチーア、approveの基本的な意味はこんなところにあったのだなぁ。
in an undertoneというのも辞書には「低音、小声」などとあるが、その後のHarry said, very quietlyとの兼ね合いを考えないといけないよね。

「モリーはマンダンガスを好意的に見ていないのだ。」とシリウスは小声で言った。
「なぜ彼は騎士団にいるのですか?」ハリーはとても静かに言った。

高校生の授業ならこれでもいいのだろうけど、読む側からするとかなり不自然だと思う。シリウスが「小声で言」って、ハリーが「とても静かに言う」のでは、どちらが年上なのか、どちらが主導権を持っているのか分からないような表現ではないかいな。だからシリウスは「声を抑えて言った」とか「低い声で言った」として、「ハリーは小声で聞いた」なんてすると二人の関係もはっきりしてくる・・・ように思うんだけどね。

で、僕の訳は:
「モリーはマンダンガスをよく思ってないんだ。」シリウスは声を低めて言った。
「なぜ彼は騎士団にいるの?」とハリーは小声で聞いた。

今見直してみると、「なぜ彼は・・」とするより「どうして彼は・・」とした方がもっとよかったかな。

英語のニュアンスというのは中々分からないんだけど、それを日本語にするときはどういうニュアンスで伝えるかがかなり自由になるので、かえって大変だ。僕はプロではないから、まぁ適当なもんだけど出版するということなら登場人物の一人一人の言葉のクセなどもよく考えないと駄目だろうな。

「モリーはな、マンダンガスのこと、なんか良く思ってへんのや。」シリウスは声を低めて言った。
「なんで彼が騎士団にいるん?」ハリーは小声で聞いた。

今回の訳でちょっと気に入っている部分:

She was sitting bolt upright in her chair, her fists clenched on its arms, every trace of drowsiness gone.
彼女は椅子に座ったまままっすぐ姿勢を正し、こぶしを腕にしっかり握りしめた姿からは、眠気がすっかり遠のいていた。

「こぶしを腕にしっかり握りしめ」というのはちょっと変かもしれないし、「姿からは」というのも原語にはないんだけど、雰囲気は出てると思う・・・んだけど。

'We've been trying to get stuff out of you for a month and you haven't told us a single stinking thing!' said George.
「僕たちは何とか情報を得ようと一ヶ月も努力したのに、たった一つの屁さえも洩らさなかったじゃないか!」とジョージが言う。

ジョージはいつもふざけているから、このくらいの言葉でちょうどいいんじゃないかな(;^^;)
しかしこれも見直してみると、「たった一つの屁さえも」というのはa single stinking thingという英語の語順に引っ張られているんだね。「屁の一つさえも洩らさなかったじゃないか!」という方が日本語的だろうな。

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