« Jazz Rock Tribeの巻 | トップページ | Red Snapper? Red Sniper?? »

2004/09/20

大島正嗣氏のこと メモリアルアルバムの巻

大島正嗣氏のことについて続きを書くことにしよう、これもほったらかしだったけど。

大島氏は前回の記事で書いたとおり、神戸を中心に活躍されているマリンバ奏者、佐藤梨栄氏の弟さんで、70年代に渡米されバークリー音楽大学でゲーリーバートンに師事した最初の日本人バイブ奏者だ。

今回は以前にニフティーサーブのJazz Forumに投稿したものを少し修正して投稿しよう。なお記事の著作権はニフティーに属しているはずだが、著作者は僕だしこのココログもニフティーなのでかまわないだろう。またメモリアルアルバムに関する内容は記事投稿時に発売元である佐藤先生の了解を得ている。

長文なので退屈かもしれないから、先にアルバム紹介サイトを書いておきます。

こちらにアルバム紹介があり、バイブソロ(Imagine)がダウンロードできます。

購入は、日本木琴協会阪神支部ホームページの「メールはこちらです」へ。

または、VME音楽配信で視聴とダウンロードができます。

oshima.jpg
All That Cool Jazz Vibes
--------------
Jazz Forum/Niftyserve 16番部屋-プレイヤーズJトーク

■1999.6.13投稿
皆様、こんにちは。実はもう一ヶ月以上以前のことですが、ショックなことがありました。

ずっと前にここでも少し触れたことがあるのですが、学生時代にヴァイブを教えていただいた先生の弟さんが、実はバークリー音楽大学でG.Burtonに師事したJazz Vibistでありました。大島正嗣さんとおっしゃいます。

ボストン、ニューヨーク、東京と活動されていたとのことですが、この四月に故郷の神戸でガンのため、49歳の若さでお亡くなりになりました。知らせを受けたときは、ほとんど一日ボーっとしておりました。

お姉様と正嗣さんは、子供のころから天才マリンバ姉弟としてTVにも出たりと活躍されていました。私も子供のころに姉弟のマリンバ演奏を何度かTVでみたことがあり、きっとあれがそうだったのだと思います。今では、お姉様のご子息がやはりマリンバ奏者として活躍されています。

私は正嗣さんの演奏は、2~3度聴いただけです。お姉様の教室で少しだけ教えていただいたこと、教室に伺ったら、はや過ぎて正嗣さんが練習されていたこと、そして米国へ戻られる前にお姉様と神戸で開いたジョイントコンサート、どれも随分昔のことです。その後、米国への渡航費用にするためにマリンバを売りに出すということで、譲っていただきました。そのマリンバも眠ったままです。

現在、正嗣さんのメモリアルCDの制作を進められているとのことです。

■1999.7.1投稿
大島正嗣さんのメモリアルアルバムができました。神戸でのライブ演奏をCDにしたもので、スタンダードや大島さんのオリジナルを中心に構成されています。

すばらしい演奏です。これだけのヴァイブが弾ける人は世界でもそうはいないと思うくらいです。テクニックだけでなく音楽的にもすばらしい内容です。音質も良好です。これだけ玉石混交の音楽が世間にあふれていても、これだけすばらしい演奏が世に出ず埋もれてしまうのかと思うとたまりませんが、やはりジャズはまだまだマイナーな音楽なのでしょうか。

私自身はここへお邪魔するまではしばらく音楽から離れていたのですが、その時期に大島さんは日本での活動が一番盛んだったようで、その時期に生の演奏を聴く機会がなかったことが悔やまれます。

どうか、みなさまにも是非お聴き頂きたいと思います。ライナーノートにはかつての師であったゲーリー・バートンも追悼の言葉を寄せています。英文ですので、訳文をまた今度アップいたします。

CDはご遺族が制作されました。自費出版ですので、一般には出回ることはほとんどないと思いますので、ここに購入先(前述)をご遺族のご了解を得てお知らせいたします(内容はリンクを先参照してください)。
 ********************
"All That Cool Jazz Vibes" 大島正嗣メモリアルアルバム

これを機会に大島さんの活動が世に知られることを期待します。

■1999.7.4投稿>
アルバムの巻頭にゲーリーバートン氏による追悼文が寄せられています。かつての有能な教え子を失った悲しみと、そうした生徒をもったことの誇りを書き綴った文章で、大島さんの豊かな才能と優れた音楽性を裏付ける素敵な文です。私のつたない訳ではそのわずかな意もお伝えできないでしょうが、全文を意訳して掲載させていただきます。

 **Gary Burton (Berklee College of Music)**
私がバークリーで教え始めて間もないころの私の好きな生徒の一人を亡くしたことをお知らせすることはとても残念です。

大島正嗣君のことはとてもよく覚えています。というのも彼は日本からきた最初の非常に才能のあるヴァイブの生徒であり、またそれは私が教師を始めた最初の年であったからです。彼は入校時に既にとても完成されたマレット奏者であり、私の生徒であった2年間にジャズインプロヴァイザーとして、そして音楽家としてコンスタントに成長していきました。彼はいつもよく準備をしてきたし、自分が習った新しいテクニックは全てマスターし、いつの場合も音楽的な響きと自分の表現を持った演奏をしました。私は彼が日本に帰り音楽家として成功する姿を誇りに思いました。また、彼のプロジェクトや活動の便りを時々彼から聞くのは素敵なことでした。

彼が亡くなったことを聞いた時、私は深い悲しみに落ちました。彼についての多くの思い出や彼が貢献してきたことを思い出しました。私は彼をいつも思い出し、彼の成してきたことを誇りに思うでしょう。

ゲーリーバートン 1999年5月13日
 ******************

大島さんは中国の長春の生まれで3歳の時、神戸に移られたのだそうです。「三つ子の魂、百まで」というのは、3歳までの環境の影響はいつまでも残るというような意味だったと思いますが、あの日本人離れした感性はそうした大陸の影響でしょうか。

私よりはたった2歳年上だけです。でも初めてお会いした(そしてその頃に何度かお会いしただけですが)20年以上前のあの頃にもう既に私などよりはずっと成熟した、しかし若さあふれる大人を感じさせる方でした。いや私があまりに未熟なだけです、いまだに一向に成長した気がしない。

BGM:"No More Blues" (Vibraphone Solo by Seiji Oshima) を聴きつつ/taki

---------------

VME配信への登録を働きかけてくださったのは、同じバートン門下で現在活躍されているヴァイビスト赤松氏だが、氏がこのアルバムを知ったのはセミプロとして活躍中の(い)氏の紹介によるもの、さらに(い)氏へはニフティーのフォーラムを通じて僕がアルバム発売時にご紹介したのだった。世の中はめぐりめぐってつながっているものだと思う。

|

« Jazz Rock Tribeの巻 | トップページ | Red Snapper? Red Sniper?? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大島正嗣氏のこと メモリアルアルバムの巻:

« Jazz Rock Tribeの巻 | トップページ | Red Snapper? Red Sniper?? »