« Sound of Silence | トップページ | わたしは兆じゃ(Money Game) »

2005/03/16

ビータ、そしてHiroshima

去年の秋ごろからあちこちに行っている。バンド用語で言えばビータ(旅)かな。といっても日帰りかせいぜい3泊までの出張だけど、岩手県の前沢から水沢、高知市、岡山県の津山から岡山そして倉敷、鳥取県の米子に境港、そして今日は広島。その間に淡路島の黒岩水仙郷から洲本温泉に家族旅行もしたのだった。

12月の前沢-水沢は当たり前に寒いんだけど、例年に比べるとずいぶんと雪が少ないんだそうだ。確かにあまり積もってなかったな。他社の人たちとの合宿みたいな仕事で結構面白かった。仕事は恒温室の中で気温2度から40度までという環境条件で試作機の立会い実験をするという、ちょっとしたミニプロジェクトX状態のかなりハードなものだったけどね。

宿泊は水沢の駅前だったんだけど、夜の食事にでると商店街とか裏通りは人通りが全然ない・・・にもかかわらず裏通りにはスナックやらバーやらがずら~っと軒をつらねてそれは壮観だ。一体このたくさんのお店の中ではどんな人がどれだけ集まって何をしているんだろう・・・ま、お酒を飲んでいるには違いないね。下戸の僕はプロジェクト仲間でもある取引先様に前沢牛をたっぷりご馳走になりました(^o^)v、ごちそうさまぁ。

帰路の花巻空港では雪で遅れた飛行機を待っている間に空港内のプラズマTVで渡辺香津美の演奏を楽しむというオマケまでついてしまった。

kouchi
高知へは営業の車に乗せてもらったんだけど、この時はJR舞子駅の真上にある明石大橋のバス停で待ち合わせ(本当は禁止されてるんだけどね)。驚いたことに、明石大橋を渡るバスは街中の路線バスなみに多いんだね。
そして高知まで約4時間のドライブ、好天に恵まれたものの1月の寒い時期だったので途中の四国山中では雪が降ったりしたが、それはそれでなかなかいいもんだった。トンネルだらけだったけど。
 *写真は仕事で立ち寄った、というか行かざるを得なかったんだけど高知県立美術館。営業の運転手君撮影。

津山には、JR上郡駅で智頭急行に乗り換え、智頭で再度JR鈍行に乗り換えて行く予定だったんだけど、乗り換え電車が定刻になってもこない、、、こない電車を待つこと久し、というほど待っていられないから駅員に聞いたら「智頭急行の駅は30mほど先で別なんです。」といわれてしまった。そんなことはJR西日本「おでかけネット」には出ていなかったぞ! しかしこのままでは津山での待ち合わせ時間に遅れてしまう、と思いつつ駅から出ると幸いタクシーがいた。
 「智頭駅まで、X時Y分の電車に乗りたいんですが。」
 「んー、間に合うでしょう。」
ということで上郡から智頭まで運ちゃんは飛ばそうと・・・したんだけど一本道、先頭を走るトラックやら軽四やら、人の気も知らず制限速度ちょうどで走ります。

 遅れるーよ、まだまだ間に合うわ
 遅れる~よ、まだまだ間に合うわ
 急いで急いで、急いでタクシーさん
  (「Night Train」のメロディーで^^;)

結局充分間に合ってやれやれだけどタクシー代は7000円以上とられちゃった。その分、運転手さんはご機嫌だね。自分のミスだから会社に請求するわけには行きません。おかげで去年からの出張で浮かせた費用が大半、吹き飛んでしまった・・・ということは決して損はしてないんですけどね。出張の宿泊費、食費等は定額支給なんで節約すると結構浮くんです。
この時は倉敷にも行ったとはいうものの、ぐるぐるっと回っておしまいだったな。

先月の米子-境港の時もすごくいい天気で、あまりに素晴らしい車窓のながめにただただボーっとしてしまった。
自宅から直行で米子にいくには姫路から鳥取までは「スーパーはくと」、鳥取からは「とっとりライナー」に乗る。間違っても上郡で乗り換えはしない(^^;。
ライナーというからには流線型とかでカッコいいのかというと、2両編成のごくふつうのワンマン快速電車だ・・・といいたいが、ワンマンなのに米子までは切符販売のために車掌さんが乗っているという・・・、境港行きで米子まで車掌さんがいたら、ワンマンとはいえないんではないかい? ま、それはどうでもいいが車窓からの大山のながめは本当に雄大で素晴らしいものだった。

境港といえば水木しげる、といえばゲゲゲの鬼太郎、あちこちにねずみ男やら猫むすめやら一反もめんやら・・・といってもゆっくり見る暇はなかったけど、JRの列車のライトまで目玉のおやじだったのにはやられたね、ついつい笑ってしまった(^o^;。 帰路は中国山地をつっきって岡山経由で帰ったんだけど、こりゃまたあらまた車窓からの壮大な大山の眺めや山々に囲まれた家々に田畑の風景にみとれてしまった。

気まぐれに米子駅で買った井伏鱒二の短編集を岡山からの新幹線の中で読んでみると、明治の人の文体の風格に圧倒されながらも、その日眺めた風景がそのまま小説の中に重なりあうように現れて心に染み入ったのだった。

ということで今日は広島、仕事の合間には初めて原爆ドームを見学した。

原爆というのは日本人にとっては一種のトラウマという思いがある。だから何かしら身構えてその前に立ったのだけれど、あまりに澄み切った青空と3月とは思えない暖かさのためか、思ったほどに迫りくる感じはなく、まさに平和そのものの公園だった。むしろ孤高な中にも歴史をやさしく包み込むような、あるいは自分が包み込まれるような抱擁感さえ感じられた。

それは時間があまりに短か過ぎたからかもしれない。結局、動員学徒慰霊碑と平和の火に手を合わせただけでは、その重みを感じるには不十分なのだろう。またいつかゆっくり訪れたいと思う。

終戦、といより敗戦から60年、あの震災からも10年が過ぎ、ひとつの節目には違いないが、ドームを前に突然思い出したのはまだ名古屋に住んでいた子供のころ、多分、昭和30年代の初頭、家のすぐ近くには爆撃に残った壊れたコンクリートの壁がまだあり、夏の夜、その上に這い上がって遠くの花火を眺めた遠い記憶だった。

ドームを見上げるとまるで絵に描いたようにジェット旅客機が真っ青な空に飛行機雲を描きながら過ぎていった。

うーん、かなりくさい文学中年気分にひたってしまったがこの週末は塩田温泉にまた家族旅行だぞ。

|

« Sound of Silence | トップページ | わたしは兆じゃ(Money Game) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ビータ、そしてHiroshima:

» 花巻空港 [【花巻空港】]
花巻空港花巻空港(はなまきくうこう)は、岩手県花巻市にある第三種空港。設置・管理者は岩手県。西に奥羽山脈、東に北上山地があり、北上川沿いの田園地帯にある。近くに花巻温泉郷や宮沢賢治記念館等がある。 空港コードはHNA/RJSI。滑走路長は2,500m。2005年3月17日に滑走路をそれまでの2,00...... [続きを読む]

受信: 2005/05/21 08:30

« Sound of Silence | トップページ | わたしは兆じゃ(Money Game) »