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2005/05/22

Gone with the Wind under Suspicion

ひさしぶりに映画のことなど。
19日のTV大阪だったかな。途中からだったけれど"Under Suspicion"を見た。
under_suspicion

何といってもモーガンフリーマンにジーンハックマンだから、俳優がすごい。まさに名優対決という内容だが、多分セットにあまりお金をかけず俳優にたっぷり払ったという映画だろう。
ほとんどが取調室での会話対決だから、SFXやらアクションになれた人には面白くないかもしれない、結末もあっけないし。しかしそれを最後まで引っ張っていく二人はやっぱり大したもんだと思う。

評価としては賛否両論、というより全般には芳しくないようだが、どうも引っかかるんだな。何故かな~っと思っていてふっと気がついた。
種明かしになるかもしれないけど、これは「風と共に去りぬ」のサスペンス版リメイクってとこじゃないか。そう思ってみると、結末もなるほどなって思う、サスペンスではなくなってしまうかもしれないが。

しかしやっぱりジーンハックマンはいいね。

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Dark Side of Old Masters

以前にゆうけいさんが紹介されていた兵庫県立美術館・ドレスデン国立美術館展をやっと見に行くことができた。

ゆうけいさんのご忠告の”迷子になる駐車場”へ入ろうと、信号待ちしているらしき車列を左に見つつ・・・と思ったらそれは駐車場待ちの列なのだった。もう手遅れ、Uターンしようかどうしようか、と進むうちにヤマダ電機の看板が見えたので、えい、ここに入れてしまえ。ん~、2時間は無料なんだね~、と表示を見つつゲートに入り駐車券を取ろうとしたら、「本日は無料」と貼り紙がしてある。「ラッキー、後で買い物するからね~」などと家内と話しながらそそくさとヤマダ電機を後に、一路徒歩で美術館に向かったのであった。

幸いすぐに表示を見つけ迷うこともなく入り口にたどり着くことができた(でも出る時には迷ってしまったのだ、確かに迷路のような美術館でした)。

さすがに明日が最終日ということで、人手はかなり多い、といっても人ごみにもまれるというほどではなく、それなりにゆっくりと鑑賞できた(途中で家内とはぐれてしまい、同じところをぐるぐると鑑賞したということもあったが)。
light

入るなり「集光鏡」という展示には肩透かしを食ったようで面食らったが、往時の器具類の優雅さには感動した。現代の機能美一点張りの機器もいいが、昔の人はこんなところにも心のゆとりや遊び心を持っていたのだ、うらやましい限りだ。展示の第一、二章は収集(蒐集)品で、こうした機器類や刀剣、工芸品などである。しかしデューラーが学術書関係の挿絵を描いていたというのはちょっと驚きだった。

さて何といってもメインは絵画だろう。これは第三章イタリアから始まる。しかしゆうけいさんには悪いが、ボブさんの描き方ではこれらの風景画は不可能だな。絵具の層を重ねつつ実に緻密に描き込まれている。ボブさんはもっと近代の印象派あたりの描写手法に近いだろう。

古い絵画はどうもまだ修復されていないものもあるように思われた。最近仕入れた情報によれば、油彩画は古くなるとひび割れが発生するとともに油の色が黄色から褐色に変色して画面がいわゆるセピア調になってしまうが、同時に絵具層の透明性が増すので、下地に暗い色が塗られている場合は全体に暗くなってしまうのだそうだ。
多くの場合、表面に塗られた保護ワニスを除去すれば、汚れやワニスによる変色は取り除くことができ、ある程度は復元できるらしいのだが、しかしそれ以上に照明の暗さも原因かもしれない。

絵画の多くはカバーガラスで覆われていたが、昔のものに比べると反射防止に優れているようでほとんど気にならないくらいだった。もう20年以上前だったが、建替え前の兵庫近代美術館での、同じくドイツのフリードリッヒを中心にした展示では、照明が暗い上に、カバーガラスが紫外線カット用にアンバー色をしており、なおかつ照明の反射や周囲の映りこみがひどくて実に見づらい思いをした覚えがある。
出口前で販売されている絵葉書やポスターは展示でみた色より随分明るいので、やはりガラスがアンバー色をしていたのかもしれない。展示を見た限りではその辺りはよく分からなかったのだが。
しかし国内やフランス、イタリアあるいはアメリカの美術館をいくつか見ているが、照明を落としかつカバーガラスまでしているのは少ないような気がする。ドイツ人は神経質なのかな。
16世紀辺りの風景画の空や雲が灰色になっているのは、当時は鉛白を使っていたがそれが他の色(顔料)に残留していたりした硫黄分と反応して黒変してしまうからだが、それも一因だろう。

さて、目玉というと話題のフェルメールの「窓辺で手紙を読む若い女」だが、期待したより色調が暗いのはややがっかりではあった。これも修復の問題なのか照明やガラスのせいなのかは分からない。家内も同じ意見なのだが、以前に行った大阪でのフェルメール展でみた絵はいずれもこんなに暗くはなかったと記憶している。
レンブラントの「ガニュメデの誘拐」は修復によって左下に母親らしき姿が現れたことが新聞に載っていたが、思ったより暗くて事前に知らなかったら見過ごすところだった。これも絵葉書ではもっとはっきりとしている。ただしあの不細工な赤子の絵葉書は買おうとは思わなかったけどね。
moon

最後は第七章、19世紀ドイツロマン主義になるとさすがに年代も新しくなって変色も少なく色彩が鮮やかだ。今回の展示で特に気に入ったのは、フリードリッヒ「雪中の石碑」とダール「満月のドレスデン」(右のイメージ)だな。他のイメージは日経新聞のサイトにある。

しかし古い名画が変色してしまうということは、今は鮮やかな印象派の絵画もあと200年もするとあのようにセピア調になってしまうということか。油彩画の避けられない宿命なのだな。

帰りにはもちろんお約束通りヤマダ電機で買い物をしカードまで作ったのだ、買ったのは電球3つと単3電池だけどね。

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2005/05/02

Ton, the Wild Bore

今日は我が家の住人というのか、、、を紹介しよう。いのししのトンちゃんである。

ton-0子供たちが小さいころはぬいぐるみもたくさんいたが、みな行方不明になったりどこかに放置されたり、あるいは・・・されたりで今はほとんどいないのだが、このトンちゃんだけは未だに健在だ。左のイメージで、上に見えるパイプは愛器ヴァイブラフォンM-55、左はヤマハのクラシックギター。目覚まし時計があるのは、実はここが僕の枕元だから。

ton-1彼にはちょっとした由来がある。末っ子がまだ幼稚園に行く前の話だが、大阪の家内の実家に行った時にその近所のお店で出会った。末っ子は姉貴がぬいぐるみを買ったのを見て自分も欲しくなり、おじいちゃんにもらったばかりのお年玉で買ったのだった。夕食を食べた後、車で家に帰る時、うれしそうに抱いて「いのししのトンちゃん」と言っていたのをよく覚えている。それがちょうど成人の日の振り替え休日の月曜日、95年の1月16日だった。

その息子ももう中学生になりトンちゃんの相手もしないが、今はそういうわけで僕の目覚まし時計の番人である。

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