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2006/01/28

翻訳語の論理・・・の予感

ハリポタの最新作、第六巻「The Half Blood Prince」を何とか3/4くらいまで読み進んだ。このところの読書は会社からの帰路、電車の中で眠気と戦いながらに限られているので中々思ったほどには進んでいない(イイワケガマシイネ)が、読み終わってしまうのも何だかさびしい気がする(ホンマカイナ?)。何せ第七巻で終わる予定だそうだからね(ナルホド)。しかし「英語で読む『桜の森の満開の下』」も全然読んでないから早々に終わらせなければいけないのではあるんだけど。

honyakugoところで今ちょっと楽しみにしているのは、たまたま「桜の・・・」をアマゾンで買ったときに送料無料にするために一緒に買った「翻訳語の論理-言語にみる日本文化の構造/柳部章」という本だ。これは別に「桜の・・・」を意識したわけではなくて、以前に翻訳フォーラムで紹介されていて興味を持っていたのをたまたま同時に買っただけなんだけど、まさにぴったりの本、かもしれない(タヨリナイネ)。

まだ最初を少し読んだだけなので断言はできないが、冒頭の「浮雲/二葉亭四迷」にでてくる「真理(しんり)」と「真実(ほんとう)」の違いという話だけでもちょっとした衝撃ではあった。

「真理(しんり)」というと言葉にぐっと重みが出てくるが「真実(ほんとう)」といえば日常的ななじみやすい言葉になる。しかしこれを逆に「真理(ほんとう)」、「真実(しんじつ)」とすれば、また言葉の重みも逆になってくる。

ことほど左様に言葉というものは使い方次第というわけだ。まぁ、ほんの数ページ読んだだけなので、読み進めばがっかりすることもあるかもしれないが、この本を読めばまた「桜の・・・」の英語訳と日本語との比較や訳者パルバース氏による解説もさらに面白く楽しめるのではないか、・・・と深く考える暇があれば、の話だけどね(ヒマガアッテモ、カンガエナイダロウニ)。

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