« 鷲羽太鼓 | トップページ | 有馬温泉春景 »

2006/04/08

Dualis

まずはVib奏者の赤松氏のBlogが始まっていた。赤松氏の書くものは結構面白いし文体も好きだ。それにvibの写真があったりして、それだけでも見ていて楽しい・・・のはvib弾きだけかもしれないが。

さて、昨日は東京ビッグサイトまでペイントショーという業界見本市に行ってきた。前回2002年もそうだったがペイントというのはあまり一般に訴求するものがない(自動車、建築など工業用が多い)し、それほど目新しいものも少ないので、PR的というかお祭り的な展示が多い。中央ステージでは浅草のサンバチームが出ていたし、あちこちの企業ブースでパントマイムやジャグラーやらのアトラクションがあり、「リング」の原作者鈴木光司氏が講演をしているブースまであって、一体、何の見本市なのかと思ってしまう。

しかしだね、秀逸だったのはドイツ化学メーカーBASFでのDualisの演奏だね。美女3人(本当は4人グループらしいが)によるクラシック系演奏、というが本当にきれいな方々ばかりな上に素晴らしい演奏だった、てなこともあるが何より舞台にvibraphoneが置いてあったということが僕にとって重大なことだ。

Dualis機種はSaitoのやや小型タイプ、といってももちろんF-Fなんだけど、バーの幅が低音から高音まで同じでやや全体に小さい。多分、持ち運びが便利なように、とか場所を取らないとかの理由もあるんだろうと思う。

クラシックというのがミソなんだけど、メンバーは多川智子(Vn)、橋本朗子(Sop.&P)、服部恵(Perc.&vib.&P)ということだ。いずれも相当なレベルの演奏でしっかりしたクラシックの素養があることは明らかだ。と同時にかなりポップなアレンジを組み入れている上にクラシックとは違ったGroove感がすごくあるところが今までのこの手のグループとは違うところだろう。JazzだとSwing感というところなんだけど、PopやRockではやはり少々違う気がするので、それはGroove感としておこう。要するにノリってやつだ。特にvibはソロがかなりあるんだけど、ノリがすごくいいので、予め書いているんではなくてimprovisationという気がする。

それと演奏する時のしぐさや表情がとても自然なところがすごくよかった。例えば女子十二楽坊なんかしぐさが妙にわざとらしいし、表情が常にカメラ目線(きらいな言葉だけど他に適当な言葉がないので仕方がない)でいかにも楽しいですっていう作り笑顔で見ていると気味が悪くなる(ちょっと大袈裟か)。そんな演奏をいくつかTVで見たんだけど、彼女たちはそうした外観を取り繕うことがなく、内部から出てくる音がそのまましぐさに現れていた。特に服部さんはほとんど冷静に音と周囲を見ているクールな表情で笑顔はたまにしか見せないところが素敵だったな。特にアフリカンブルースでの太鼓ジャンベを叩く時はむしろ無表情というかすごく覚めた表情だ。あの太鼓は色んな表情がでるんですな、最近はやってるらしいが、なるほどと思う。アフリカンブルースでは素晴らしいvibソロもありました。

三村奈々恵さんがアルバムUNIVERSEでIsn's She Lovelyをvibで弾きソロもされている。非常によくコントロールされた演奏で素晴らしいとは思うのだが、正直にいって上品な演奏なんだけどGroove感があまりなくてソロはちょっともの足りない。しかし、服部さんの演奏はGroove感がすごくあって、しかしコントロールしきれていないというのか「ゆらぎ」のようなものがあって、そこがImprovisationだと感じる根拠ではある。ただJazzのSwingとはちょっと違うという気がした。

以前に、赤松氏のVibクリニックに出席した後に、僕の音(ほんの少しだけ音をだしただけなんだけど)はジャズのアーティキュレーションで他のマリンバ奏者の出席者とは違っていた、ということをメールでいただいんたんだけど、三村さんの演奏が何となくもの足りないのはその辺りなんだろうと思う。

服部さんの音質はやや硬めで僕が聞きなれているバートンやフリードマン、サミュエルズなどとはちょっと違う。vibを弾いていたという割にはそれほどvibistを知らないんだけど、その中で考えるとロイ・エアーズに近いかもしれない。随分と使い込んでボロボロになったマレットを使っていた、気に入ってるんだろうね。

マレットを3本持つとき、普通は左2本が多いんだけど、服部さんは右が2本だ。2本の持ち方はよく分からなかったけどクラシックの持ち方じゃなかったような気がする。それと右2本で単音を弾く時はどちらでも使いやすい方を使っていたのは最近の傾向なんだろうな。まぁ、しかし彼女のblogを見てみると経歴もすごいね、東京芸大卒でコンクールに優勝したりとかしている。でもそれでもこうした仕事につけるのは限られた一部の人なんだろうな。

演奏は打楽器が入る分、やはりビートの利いたアレンジが多くなるが話題の荒川選手が好きなトゥーランドットとか本格的なクラシックの技量を十分に見せる演奏や歌もあった。

しかし最後にベートーベンの第九をアレンジしてたった3人で見事に歌と演奏で締めくくったのはさすがというか、気が利いているね、何といってもスポンサーのBASFはドイツの会社だから、そこはやっぱりBeethovenか。

彼女たちを選んだBASFにも喝采を送りたい、広いブースを商売っ気のないとてもシンプルな演出にして彼女たちを引き立てていました。名刺をだしていただいたパンフもイメージ広告だけというところで、ほとんど何の会社かアピールできていたとは言いがたいけど(まぁ、大事な顧客は知ってるから今更商売でもないって余裕なんだろうな)。

イメージはDualisのサイトから。

|

« 鷲羽太鼓 | トップページ | 有馬温泉春景 »

コメント

takiさんご無沙汰でした&拙ブログへのコメントありがとうございました。
Dualisというユニットは存じませんが、“Winter Love, April Joy”は2年くらい前に偶然渋谷のタワレコで発見し購入済みでした。今は何でも再発されるのだなァと感心すると共に小さくなったジャケットに何となく時代の移り変わりを見た気になりました。音はCDになってノイズが無い分良いかと思っていましたがちょっとアタック音が潰れてしまっていてLPの方が良かったように思います。あの頃のFriedmanではenjaの“Futures Passed”が好きだったので再発を希望したいところですがenjaは版権の問題でもあるのかなかなか出ないのを残念に思っています。
最近ではFriedmanの弟子達が各国で活躍していて“AISHA DUO”(二人のヴァイビスト)の「QUIET SONGS」(Obliq Sound)を聴きましたが、なかなかでした。ヨーロッパも新陳代謝が進んでいるようです。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/13 03:04

赤松様、わざわざお越しいただきありがとうございます。相変わらずろくにvibも弾いていないのにエラそうなこと書いてお恥ずかしい。

Futures Passedは私もLPを持っていますが、いいですね。でもプレイヤーがないので聴けず残念。Winter Love, April Joyは確かに最初聞いたときに昔の記憶に比べちょっと物足りないものを感じましたが、そういうことだったんですね。
CDだと倍音がカットされてしまうとかあるんでしょうか。
AISHA DUOはぜひ聴いてみたいので、早速注文しました。Amazonであと3枚って表示されましたけど。

投稿: taki | 2006/04/13 12:34

>takiさん
LPの記憶があるCDはなかなか満足する事がありませんね。実際に自分のアルバムでもマスタリングの時にスタジオで焼いてもらったCD-Rと製品となった物を聴き比べると音は7割程度劣化しています。プレスの過程で落ちるのですよ。DDDの録音でさえそれですから原盤がどのような状態だかわからないLP時代の音源は・・・特に70年代の録音は60年代のものよりも録音技術が進んでいた分16bitCDに収まりきらない感が強く残念です。
AISHA DUO恐らく現在のヨーロッパのマレット界の縮図だと思います。Friedmanの近作もSkipRecordsから出ています。昨年偶然新宿で見つけて買ったのですが、随分と渋くなりました。
David Friedman TAMBOUR「Earfood」/SKP-9043-2/2003年12月発売
何故かタンゴ色が強くなるのは彼等の世代にタンゴは強い影響があってノスタルジックなのでしょうね。師匠も共通していますから。
では。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/15 05:29

赤松様
CD-Rと製品CDで音の劣化があるというのは初めて知りました。アナログならありそうでデジタルではあり得ないように思うのに、むしろ逆なんでしょうか。
70年代はダイレクトカッティングとか色々と実験的な録音がされていたように記憶しますが、デジタルでは再現できないのでしょうね、残念です。
AISHA DUOが届きました。これからゆっくり聴いてみます。

投稿: taki | 2006/04/16 00:54

>takiさん
AISHA DUOはいかがでしたか?良くも悪くもヨーロッパのマレットキーボード界の縮図という意味はお分かりいただけたでしょうか。最初のBeneath~を聴いた時は期待したのですが、聴き進む内に複雑な気持ちになりました。BlancaやDespertarなど共感を呼ぶ演奏と70年代の綺麗な部分だけの焼き直しにしか聞こえない演奏がごちゃ混ぜになっているような、、、そんな気分になってしまいました。何か足りない、、、、。最後のAmandaが妙に安心して聴けたのは僕だけでしょうか。よく見るとこれはmarimbaのLucaの曲でした。Marcoは大変上手なプレーヤーだと思いますが、、、。

スタジオでミックスを終えマスタリング専門のスタジオでマスターのバックアップ用に焼いたCD-Rは恐らく誰が聞いても「音に曇りや霞」がありません。これがそのまま商品になれば不満はありませんが、工場のスタンパーを経てプレスされた商品は音質が劣化しています。不思議な事に同じラインでプレスされた物でも微妙に違いがあります。良質のプレスでは一つのスタンパーでプレスする枚数に制限を掛けているのです。それでもバックアップ用のCD-Rとは比べ物にならない点が、いつも悩みの種なんです。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/17 14:28

赤松様
AISHA DUOを聴いた感想ですが、全体によく出来ているけれど、ユニットとしておとなしいというのか、特にマリンバの方にダイナミズムがあまり感じられないので、消化不良というか運動不足という印象はぬぐえないです。Windあたりからのオリジナル曲数曲がよいですね。
ところで私の買ったのは邦盤ですが、解説に「ヴァイブはジャズでもジャクソン、ハンプトンで定着しているが、60年代後半にバートンが出て以来それまでのパーカッシヴよりなサウンドからハーモニー楽器に移行してきたように思える(要約)」というようなことを未だに書いているのはどうかと思いました。

投稿: taki | 2006/04/17 23:35

それが良くも悪くもと言った言葉になるんですよ。Friedmanが原盤の解説で触れているAmerican Jazzのコピーではない彼等という表現が的確だとしたら、僕は今のヨーロッパのジャズには興味が沸かなくなってしまいます。
僕のは輸入盤なので誰が書いたのかはわかりませんが、、、例えば僕にトロンボーン奏者について今すぐ何か書け、と言われたら、、、J.J.ジョンソン、カーティス・フラー、、、、しばらく空いてジミー・ネッパーと書きかけて消すようなものですね。未だにそんな事で成り立つライターの書く事に信憑性があるわけがありません。まして、彼等(AISHA DUO)はテーマこそハーモニックですがソロになるとシングルトーン中心でこれはFriedmanのスタイルの継承です。単音と和音の区別がつかないのなら、何も書かない方が良いですね。ハンプトンやジャクソンの偉業が泣きます。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/18 02:55

赤松様
確かにFriedmanにしろこのアルバムにしろ、ソロはシングルトーン主体ですね。
邦版の解説なんですが、ECMを彷彿とさせる、とかENJAがどうとか、これまたアナクロな文が並んでるんですけど、そうした言葉が未だに出てこざるを得ない辺りが問題なのでしょうね。でも僕はこの手の室内楽的音楽は結構好きです。

投稿: taki | 2006/04/18 22:24

>takiさん
連日更新されるのでついつい見てしまいます。ECMやENJAが出て来るのは、それほどあの70年代のインパクトが強かったのでしょうね。あれから40年弱の時間。。。アメリカでは次の時代の模索とチャレンジが始まりましたが、ヨーロッパでは静かに延々とあのインパクトが受け継がれていたのでしょう。それはそれで良いと思いますが、それらのサウンドが大人しいchamber music化されてしまうのにはちょっと抵抗があります。
Emmanuel Segourneという人の作品を最近音大生のレッスンで見たのですが、全て書き譜であるにも関わらず、それはECM的なコードを使ってアドリブしたものを主題として用いているのが一目瞭然でした。そのような即席のメロディーに時間を費やしてまじめに取り組んでいる姿を見るのは心苦しく、譜面にコードとコードスケールを書き添え「貴女がやりたいようにやりなさい。それで十分」と促しました。
物足りなさとは・・・・・その瞬間のスリルを伴わないインプロに魅力を感じないからだと思います。きっと明日聴いても、半年後に聴いても同じ内容に聞こえてしまうかもしれません。
70年代には70年代の、21世紀には21世紀の感性が感じられる音楽が僕は好きです。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/19 04:33

赤松様
長々と引っ張ってしまってすみません。なかなか聞く機会のない貴重なお話なので、ついつい伸ばしてしまいました。
私は71年から本格的にジャズに親しみ始めたのですが、未だに70年代の話が出るというのは、ある意味、いい時代を過ごしたと思います。

投稿: taki | 2006/04/19 19:19

>takiさん
そうですね。ジャズの歴史としてある程度の固定的なイメージで語れる40年代~60年代前半と比べるとそれ以降、特に70年代以降はジャズそのものの定義というのが外されて画一的な音楽のスタイルではなくミュージシャン個人の趣向でジャズが創造出来るようになりましたから、なかなか文章でまとめられる物ではなくなったと思っています。また、80年代になると、いわゆるFUSIONという総称が登場する事によって再びジャズは細分化の道を辿りましたから、70年代というのは実に自由な時代だったとも言えますね。僕はtakiさんよりも少し前の60年代後半からジャズを聴いていましたから、70年代のなってみんなが「やる事」の焦点を絞り切れたような気がしました。あって当たり前の音楽があちこちで登場した時代なんだと思います。

投稿: あかまつとしひろ | 2006/04/20 03:55

赤松様
僕が聞き始めたときは60年代末のフリージャズの名残があって、それがウェザーリポートとRTFで一気に崩れたというのか、がらりと変わる直前で、どちらも初来日公演に行ったのがちょっとした自慢といえるかもしれません。どちらも当時は相当な衝撃だったと思います。
ただ年齢的なものもあるかもしれませんね。僕より年上で60年代からジャズを聴いていた人には70年以降には興味をもてなくなった人もいるようです。

投稿: taki | 2006/04/20 22:35

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Dualis:

« 鷲羽太鼓 | トップページ | 有馬温泉春景 »