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2006/05/31

Gary Burton Quartet Live in Osaka '74-Epilogue

プロローグがあれば、エピローグあり、前回のコンサートの後のお話です。しつこいですけど、22年前とありますが、レポを書いたのが96年のことなので、今では32年前になります。

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NiftyServe ジャズフォーラム「倶楽部ECM」 96/11/02 23:09
「ゾンビ(゚m゚)/22年前のライブレポ-終」

さてさて、コンサートも終わりましたが、このまま帰れるもんですか、ということで、例の横の通路から、後から来たクラブの後輩2人を連れて、舞台へ入り込みます。

Swallow 舞台では、Burtonは自らvibesを片づけてますが、他の4人は退屈そうに椅子に座ったり、ボーっと突っ立ってます。

今なら、色々話しかけて記念撮影なんてこともできたでしょうが、当時はそんな度胸も語学力もなかったので、"Please sign"なんて訳のわからん片言でなんとかみんなのサインをもらい、適当に写真を撮りました。autographなんて単語も知らなかった。

前にも書きましたが、Townerはパンフにサインするとき、「My Photo~!」と叫んでページを繰ってたそうです。後輩の1人はGoodrickが自分と同じ左利きなTowner のを知って、何とか話そうとし、一応お互い左利きであることだけは分かったらしい。

私は、Burtonがvibesを片づけてる横に行って、いかにも一緒という、でもまるで関係ないんですけど、そんな写真を後輩に撮ってもらいました。

Burton4a1 余談ながらこの時、どうもvibesのどこかが壊れたらしく、盛んにBurtonが日本人スタッフに何か言ってました。この後、確か九州へいき、その後東京で2回目のコンサートがあったのですが、この時は自分のvibesは使わず、YAMAHAの新発売vibesを使ったようです。しばらく後に、YAMAHAがこの写真を使って宣伝してました(^^;;、が、わたしゃ、内幕を知ってるよ、なんて思ってしまった。 ついでにvibesのバーは上に布を置いて、クルクルっと巻いて片づけるのもこの時、初めて知りました。

Goodrick さて、この時の1回目の東京コンサートはFMで放送されてます(^^)。エアチェックしましたが、オープンリールで、デッキは壊れてしまったので、ちょっと聴けないです(;_;)。
     。。   。。
  taki ||(^-^)|| 以上、どうも長々とおつきあい、ありがとうございました。
     イヤァ、ワカイトキノコトハ、ヨクオボエテルモンダ、サイキンノコトハ、スグワスレルノニ...
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Scan2 写真は上からファンと話しているらしいスワロウ氏、次は僕の後輩がグッドリック氏に"Are you left?"とか話しかけている。右に立っているのがタウナー氏。次はヴァイブのここら辺がおかしいとかスタッフに言っているらしいバートン氏、このあとしばらくその箇所を見ながらスタッフとバートン氏が話していました。白黒写真の最後は所在なげに座っているシーブス氏(左奥)とグッドリック氏。

そして最下段は当日、会場で購入したアルバム「葬送」にサインをしてもらった僕の宝物。

以上、32年前、まさにゾンビのコンサートレポートでありました。

P.S. この後、91年だったかに来日し大阪ブルーノートで公演があったときは、係りの人に頼み込んで楽屋に入れてもらい、バートン氏に挨拶しました。自分もヴァイブを弾いていたこと、バートン氏の弟子であった今は亡き大島氏のことなども話しました。たまたまその一月前に仕事でボストンに行きバークレー音楽院の前まで行ったことを話したら、次に来た時は是非、中に入っておいでといわれました。てっきり社交辞令かと思っていたら、赤松氏によると一般向けのコンサートをしているっていうことでした。残念。そのときの写真は5/21の記事の下の方にあります。

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2006/05/30

ゲーリーバートンカルテット ライブ・イン大阪'74-パート2

1996年、NiftyServe ジャズフォーラムでのレポート再掲。前々回前回に続いてコンサート第二部です。22年前とありますが、レポを書いたのが96年のことなので、今では32年前になります。

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NiftyServe ジャズフォーラム「倶楽部ECM」 96/11/02 23:09
「ゾンビ(゚m゚)/22年前のライブレポ-Part II」

休憩のあと、第2部、でもここでどうもコンデンサ**がペケ...
またしても内蔵**のため、後半はモノで音質も...(;_;)。

1.Turn of the Century
これはBurtonのバークレー御学友のMichael Gibbsの曲で、"Throb"(Atlantic)収録曲。Throbは、数あるBurtonリーダー作の中では、あまりいい出来ではないです(個人的感想)、そのせいか、今では"Burton & Jarrette"にオマケでついてますねぇ(^^;;。この曲も、このコンサートを聴いて、「あ、仲々いい曲ぢゃないか」と再認識した次第で(^^)。
GibbsはStan Getzなどで有名な"Sweet Rain"の作曲者といった方が分かりやすいかもしれませんね。

ちなみに"New Quartet/ECM"は1973 Mar.ですから、この頃はBurtonはかなり意欲的に録音してますね。

ところで、BurtonのRCA邦盤の解説では、かの岩◇×三氏はGibbsの名前を「ミカエル」なんて書いちって...ホホホホ(^^;;。あ、ゴミだった。

2.Crystal Silence
ここで、Burtonのソロ、これは何もいう必要はないですね。

3.Open Your Eyes, You Can Fly
"New Quartet"の初っぱなの曲、Corea作ですね、しかしSeibs(Burtonはシーブズと発音してました)はちょっとデリカシーに欠けるパワーのみのdrですなぁ...。

さてここで再びTownerの登場ですが、ここでBurtonの言葉が興味深い。
私の分かる範囲で、聞き取ってみますと...分からないところは適当に(^^;

"Ralph and I first had a chance to play together, last summer, in Europe, in Austria, in fact.  We did a concert, just solos and duets.  And that went so well, then we're planning to do a recording, that just duets of Ralph and myself.  And we started to work on some materials..."

もうおわかりでしょう、実にこのツアーの翌月にあの名盤"Matchbook"が録音される、その直前のことなのでした。 そして序にも書きましたが、これとカップリングだった"Hotel Hello"はこの来日直前に吹き込まれてますね。

ということでそのsome materialsの中から、2曲ということで、
4.Song for a friend
5.Icarus
これも、なにも言うことはないです。

6.Las Vegas Tango
最後はTownerを加えての演奏。Gil Evans作、ドミナントなしのマイナーブルース。 Eric Galeも参加の"Good Vibes/Atlantic"に収録の曲です。
まず、Townerのソロから入り、ゆったりとリズムイン、やがてBurtonが強引に8ビートブルースに持っていきます。

Burton4e さて、当然アンコールとなりますが、をを、ここでやっとリハでやった"Brownout"がでてきました(^^)。New QuartetではGoodrickのイントロで始まりますが、今回はvibesで始まってしまいました。勿論、Townerも12弦で参加。Townerソロはdrのみのバックになります。う~ん、Blazerが来てたらもっと良かったろうに(^_^;。 この曲もサブドミなしの8小節変則ブルースにサビを付けたようなもんですね。

という訳で、めでたくコンサートも終了いたしました。
     。。   。。
  taki ||(^-^)|| でも、も少しつづく。
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写真はタウナーの加わってのアンコール、曲は"Brownout"。続けて撮った写真をつないでいます。断っていませんでしたが、今までのレポを含めて、イメージをクリックするとポップアップで拡大します。
も少し続きますので、明日をお楽しみに。

*この記事ばかりにスパムTBがつくので、タイトルをカタカナにしました。

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2006/05/29

Gary Burton Quartet Live in Osaka '74-Part I

1996年、NiftyServe ジャズフォーラムでのレポート再掲。前回に続いてコンサート第一部です。22年前とありますが、レポを書いたのが96年のことなので、今では32年前になります。

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NiftyServe ジャズフォーラム「倶楽部ECM」 96/11/02 23:06
「ゾンビ(゚m゚)/22年前のライブレポ-Part I」

さていよいよコンサートの始まりです。

まず、Burton4の演奏、最初は...例によってチューニング(^^;。
リハの時の**は照れ子の内蔵**だったので右のみのモノだったのですが、ここからは、当時出回りだしたコンデンサー**をガッコのクラブから2本拝借しての**なので、棄照れ夫で結構いいんですよ(^^)v。 ま、22年前です、時効、ということで(^^;;。

Burton42 1.Sea Journey
この曲は"Passengers"が初録音(1976.11)と思いますが、それに先立つこと2年前に既に演奏してたのですね。私はこの時の演奏が素晴らしかったのでLPがでた時は大いに期待してたのですが、正直言って、"Passengers"の方の演奏はやや期待はずれでした。ちなみにこの曲、Coreaの"Forever Song Book"にもこのタイトルで入ってますが、"Piano Improvisation Vol.1"では、"Song for Sally"として入ってますね。雰囲気がまるで違いますが...。
ついでながら、この年の秋のクラブ定期演奏会では、私はBandでこの曲をやりましたです、どもども(*^^*)。でもそのテープは行方不明(;_;)

2.The Eyes of Cat (Olhos de Gato)
New Quartetよりカーラブレイの曲、Bending Noteを初めて、いや、Burton見たのも初めてですが、見ました、感激!、したはず(^^;22ネンマエ。
 *Bending Noteとは、vibesのバーをこすって音程を下げるテクニック

3.Falling Grace
リハで既にやってた曲、Burtonのソロで始まり、途中からリズムイン。きれいな曲ですが難曲です、最終は24小節なんですがフレーズが4小節単位になっていない(^^;。私もBandで何度かトライしましたがどっかで誰かがずれてしまう(;_;)。
Swallowの曲はこういう変則的な、でもきれいな曲が実に多い。初出は66年RCAで"The Time Machine"であります。Burtonお気に入りの曲ですね。

4.Raven Speaks
Atlantic盤"G.Buron & K.Jarrette"から、キースの曲。途中で拍子がころころ変わる変則8ビートブルースもどき。一応20小節かな?

さて、ここでTownerに交代。でもTownerフリークではない私には題名が...分からない、Townerは途中で何か言ってるのですが聞き取れない。すみません、お許しをm(_ _;m。
ソロで4曲演奏しました。 1曲目は12弦、2、3は6弦、最後にまた12弦でした。

    。。   。。
 taki ||(^-^)|| ここで1部終了、また次回へ。
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写真はコンサート。白黒で、フラッシュはもちろん焚いていません。

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2006/05/28

Gary Burton Quartet Live in Osaka '74-Prologue

プロのヴァイブ奏者、赤松氏がblog 「Vibraphone Connection 談話室」に光栄にも僕の名を出されていました。恥ずかしい限りですが、氏も僕も偶然というか必然というか、Gary Burtonの"The Time Machine"というアルバムジャケットをみてマレットの持ち方を研究したというお話。

Burton4s その件はずっと以前にこのblogでも書いたのですが、もう一つの偶然が、1974年のGary Burton Quartet 大阪公演を赤松氏も見に来ていたこと。またJVAでお世話になっているN氏もいたという偶然というか必然というか。で、そのコンサートのことは随分以前、これも随分昔になってしまいましたが、1996年のこと、かのパソ通NiftyServeのジャズフォーラムに書いたことがあります。いつかはまた再掲しようと思っていたのですが、ちょうどよい機会なので掲載します。長いのでいくつかに分けます。イメージはその公演のパンフレット、いやぁ、よく保存していたものです。左手マレットの一本がゴムヘッドなのでベンディングノートを演奏する時の写真ですね。ベンディングノート(ピッチベンド奏法)については赤松氏が説明されています。

さて、はじまり、はじまりぃ。

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NiftyServe ジャズフォーラム「倶楽部ECM」 96/11/02 23:00
「ゾンビ(゚m゚)/22年前のライブレポ-序」

序:リハーサル
さて、そりは1974年5月31日でありました。開演は6:30PM、神戸住まいだった(今もそうですが)私は、大阪までの時間がよく分からないし、初めてみるBurtonということで、いても立ってもおられず早めにでてしまったので、5時頃には会場のサンケイホールについてしまったのでした。 うろうろと会場前をうろついていると、横に通路があります。

(゚O゚)ゞ ん~? ここはなんだ? 誰も見てないことをいいことに入って行くと、なんとそのまま舞台にでてしまった(^^;。

おりしもBurton4はリハーサル中ではないか\(;;^^;;)/、しばらく袖に隠れて見ていたが、誰もな~んも言わないので、そいぢゃ、と客席へおりてゆっくり見学。 ついでにリハも**してしまいました(^。^)。 で、やってた曲は、ECMではCoreaとのDuoでおなじみ、"Falling Grace"、Burtonが客席へおりて音のバランスを確認したりで、途中で何度か中断しながら、Burton、Goodrick、Swallowのソロもちゃんと聴けたのでした。 最後はGoodrickがStandardの"There will never be another you"のメロをちゃらけて、終了...、お茶目な人だったのね(^^;。

さて、ここでTowner御大の登場。12弦の音だしをします。Burtonは客席にて音の確認、しばらくしてから、

Burton4r Burton:"OK? Everybody..." 誰かが:"Together?" Burton:"Together!"
ここらで、Townerは6弦の練習をはじめたようです。

で、Burtonぬきで突然始まったのは、New Quartetから"Brown Out"。
Towner入りのvibesマイナスワンなんて、ちょっと聴けないぞぅ(^_^)デヘヘ..。
Townerはまた12弦に持ち替え、1コーラスでこれも終了し、Townerが少し練習してリハは終了。

私は、今更外へ出ても仕方ないので、そのまま、指定席に...ということで、このチケットは未使用のまま、今でもとってあります(^^)。

と思ったら、Swallowが1人でまた出てきて個人練習(^^;を始めました。スケールやらコードやら...当時はまだ、elbとはいえ、ベースでギターのようなコードソロやる人なんてほとんどいなかったでしょう。Atlantic時代"Chicken"なんて曲も少しやったり、"Falling Grace"の部分のような、"Vashkar/Hotel Hello"のイントロのような、オクターブ練習やら、クラシカルなメロやら、しばらくやってました。
そういえば、この来日のまさに直前に"Hotel Hello"が吹き込まれたのですね(^。^)。
    。。   。。
 taki ||(^-^)|| さて、今回はとりあえずここまで、次回はいよいよコンサートです。
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Burton4tこのレポートを書いてからすでに10年、コンサートはちょうど32年前の今頃だったんですねぇ。左は未使用のコンサートチケット\2500なり。席は「一階ぬ-14」でした。

実は当日はちょっといけないことですが、カ**とテ**を持ち込んでbootlegしてしまっていたので、記憶を呼び起こすことが比較的簡単だったのです。右上はリハーサル風景。バートン氏は客席にいて写っていません。・・・32年前のことですから、お許しを。


   <続く>

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2006/05/21

江戸の誘惑

最近はちょっと芸術づいていて、先々週の平島先生のギターコンサートアメリカンアート展、そして仕事だけど二条城障壁画模写見学と続いて、今日は神戸市立博物館で開催中の「ボストン美術館所蔵-肉筆浮世絵展」を見に行ってきた。

浮世絵というとやはり人気が高いのか、入場制限をするほどに人が多く、またヘッドホンで解説を聞きながら絵の前から動かない人も多くて見るのが大変で疲れてしまった。やはり先週のアメリカンアートくらいにゆったりしているのが理想的だな。それに県立美術館以上に照明が暗いのも難点だ。

少し前にNHK教育の新日曜美術館でこの展覧会の特集を放送していたし、コレクターであるウィリアム・ビゲロについては昨年だったかに世界美術館紀行で取り上げられていた。ビゲロは結構変わった人で、日本にすっかり魅了されて作品を収集しただけでなく、仏教徒にまでなったそうだし、着物を好んで着ていたらしい。

さて、浮世絵というからには日本独自の芸術のはずなのだが、西洋絵画に慣れきった目には、残念なことにTVで予め見たりして期待していた割には、実物にそれほど感動できなかったのが少々ショックだった。全体に人の表情が単調で動きも躍動的とは言いがたい・・・などと思うのもやはり西洋的な感覚なのかもしれない。能などに通じる抽象的で象徴的な世界なのだろうと思う。まぁ、人が多すぎてゆっくり鑑賞できるような環境とは程遠かったせいもあると思うけど。

0102_1 とはいうものの、むしろ見てから数時間以上たった今、色々と絵を思い返しながらこの記事を書いていると徐々にそれぞれの絵のよさが感じられてくるような気がするのがちょっと悔しいし残念。しかしあの人ごみではもう一度見に行く気はしないなぁ。

さて、やはり異彩を放っていたのは葛飾北斎だった(左イメージ)。TVでもほとんど北斎ばかり取り上げていた。他の作品と明らかに違って見えるのは、西洋的な技法を取り入れていたこともあるのかもしれないが、大胆な構図や存在感のある彩色が素晴らしい。また今回、初めて知ったのが、北斎の娘が、弟子でもあり浮世絵を残しているということだ。それが右のイメージだが、明らかに北斎の流れを汲む大胆な構図と着彩が見て取れる・・・といっても博物館のサイトからいただいたイメージでは全くそれが再現できていないので残念だが。0105_2

また同じ北斎の鳳凰の絵の尾の描き方を見ると、やはり不透明でつや消しの絵具をベタに塗っていくのが日本の伝統的な着彩だと再認識できた。現在のアニメやコミックは明らかにこの流れを汲んでいると僕は確信しているのだが。0104_1 残念ながら左のイメージではその尾の部分はカットされてしまっている。

アニメといえば懐月堂安知の絵は、まさにアニメの元祖とも思えるような筆致だ。強弱のついた太く黒い線で縁取りした美人絵は他の美人画とは違った躍動感がある。また人の立ち姿や歩く姿が奇妙に流れるようにくねっているのは当時の書き方の流行なのかと思うが、こうしたデフォルメも今のコミック文化に受け継がれているものではないかと思う。

会社の同僚とも話していたのだが、浮世絵のように単色でベタに塗るという発想は西洋絵画にはないようだ。だからゴッホの浮世絵模写もなんだかゴテゴテしておかしい。だからそうした描画法が、大胆な構図やデフォルメと相まって当時の印象派の画家たちにはとても新鮮だったのだろう。ベタ塗りは版画という制約のせいもあるからかと思っていたが、今回の肉筆画でもベタで塗られていることから、やはりこれが浮世絵の基本なのだと思う。

しかし、最初からずっとみていると美人画、それも遊女ばかりで風景も吉原だったり遊びの場だったりという題材を考えると、やはり浮世絵は芸術作品というよりも商業的な世界だったのだろう思う。いわゆる芸術としてのファインアートではなく、商業目的であるコマーシャルアートだ。先日、二条城で見た狩野派の絵などとは明らかに区別されていたのだろう。

ついでながら、遊女は英語ではcourtesanとされていた。ちょっと高級な方を指すらしい。花魁というところかな。古語ではlift-skirtsという言葉があるらしいが、これは夜鷹というところのようだ。prostituteというのは一般的な表現なのかな。

今回の展示では版画ではない、肉筆画の浮世絵というあまり馴染みのない作品を堪能できるだけでなく、節句の幟や提灯、歌舞伎の看板など珍しい作品もあるのが見所だ。また北斎の最晩年、つまり数え年90歳に描いたという「李白観瀑図」が素晴らしい。90歳とは思えない力強さと共にその年齢でなければ描けないであろう説得力がある。北斎は百歳まで生きれば自分の絵も何とかなるだろうというようなことを言っていたらしい。会期は5月28日、今度の日曜日までです。

Carpenter ところでアメリカの三大美術館というと、ニューヨークメトロポリタン、シカゴ美術館、そしてボストン美術館だ。僕はどの都市にも仕事で訪れ一週間程度の滞在をしたので、メトロポリタンとシカゴは行ったのだが、不覚にもボストン美術館には行っていないのが、全くの心残り(その代わりではないが、ハーバード大にあるフォッグ美術館を見てきた)。左イメージは91年に訪問したハーバード大のカーペンター・ビジュアルアートセンターを学生が作品として照明したもの。右は日本人留学生の作品。当時のカーペンターセンターのマネージャーだった現代美術作家の片山利弘氏が仕事で少し関係があったので表敬訪問した際の写真。ちなみにカーペンターセンターはル・コルビジェの設計。Carpenter2

最後のイメージは今回の記事とは関係ないけど、ボストンにある、かのバークリー音楽院の入り口。びっくりするくらいに目立たない。B


この記事は21日にTaki blog cocoにアップしたものを加筆修正したものです。そのため文章のつながりがおかしいところが多い点はご容赦願います。

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2006/05/14

Picturing America/Whitney Museum of American Art

Lichtenstein雨が上がって晴天となった今日、「アメリカ-ホイットニー美術館コレクションに見るアメリカの素顔」を、例のコンクリート迷路、別名「芸術の館-兵庫県立美術館」に見に行った。

駅のポスターなどで知っていたので是非にいこうと思っていたのだが、ゆうけいさんがblogで記事にされているのを読んで会期が14日までしかないことを知りあわててしまった。しかしおかげさまでぎりぎりの最終日の今日、やっと見ることができた。最終日とはいうものの、やはり日本ではアメリカンアートはそれほど人気はないのだろう、観客は適度に少なめでじっくりと落ち着いて見ることが出来た。

Moma92仕事柄、アメリカンアートには割りと縁があるはずなのだが、著名な作家の作品を実際に意識的に見たのはひょっとすると今回が初めてかもしれない。というのも、近代から現代の絵画は分からないものという思い込みがどうしてもあって、やはりヨーロッパなどの名画に関心が行きがちだったからだ。だから、80年代後半から90年代半ばまでは何度かアメリカの美術館を訪れる機会があったにもかかわらず、アメリカンアートというと、見たものとしての記憶は今回も展示のあったホッパーくらいしかない。特にNYのMOMA(近代美術館)には3回くらい行ったはずなのだが、キリコやマグリット、ピカソあるいはあの馬鹿でかいモネの「睡蓮」などは覚えているものの(写真も撮っている)、今回、展示にあったウォホール等のアメリカの作品は見ているはずだが記憶にない。ポロックもMOMAで大作を見ているはずなのに記憶にないのはまったく悔しい。ホイットニー美術館もその前までは行ったが、休館日で入れなかったと思う。イメージは92年に訪れた際のMOMA、この時はピカソの特別展があった。Moma922
ちなみに僕が見たホッパーの作品はシカゴ美術館にあるNighthawksで、これは色んな作家がパロディーにしたりして超有名なので、だから覚えていたのだと思う。

ということで、やっと見に行ったのだが、戦後、芸術の中心がパリからニューヨークに移ったというそのエネルギーを確かに感じられた。順路に沿ってみていくと、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、フランク・ステラ、ピーター・ハリー、ヘレン・フランケンサーラーなど、名前だけは覚えている人の作品が並んでいる。

現代絵画は特に現物と印刷物では大きく違うように思う。リキテンスタインも、印刷物でみると本当に単にコミックを拡大しただけのように見えるが、実物を前にするとすごい迫力だ。肌のドットは見ていると目がぐるぐる回ってきて吸い込まれそうになる。そのドットに対し、髪や唇、服の色はベタに塗ってあるだけとは思えない存在感は何といっていいのか、すごい。

僕はどちらかというと前半の抽象画に圧倒された。フィリップガストンの「ダイアル」、ハンスホフマンの「黄色いオーケストラ」など、色彩と形、筆使いがぐいぐいと迫ってくるのが感じられる。「写真ができてからは人間が描く絵画は写実ではなく抽象に向かうのだ」、とどこかの画家が言ったとか以前に聞いた記憶があるが、確かに泰西名画とは全く違った強大なエネルギーを感じる。直感的というのか原初的というのか、得体の知れない圧力がある。

以前なら、このような絵を見ても「そんなもんか」、で終わっていただろうが、抽象画にこれほど圧倒されるとは、ここ2年ほどはTVの美術番組を見たり美術展に行ったりしていたおかげだろうか、僕も少しは進歩したようだ。

フランケンサーラー(アメリカ人がいうとフランケンソラーのように聞こえるんだけど)は仕事の関係で何度も名前は耳にしていて、スライドなどでは作品を見ているが、現物を見たのは初めてだ。ぱっと見には何だかよく分からず、本当にシミのようにしか見えないのだが、しばらくして離れたところから見ると、まるで人と植物が一緒にいるような奇妙なシルエットに見えて面白い。生キャンバスに油絵具を薄めてにじませたステイン技法だが、油だけが色の周囲へ染み出してしまっているのがよく分かる。油絵具の油はサラダ油などと同類の植物油だから、CMなどでもおなじみの脂肪酸が含まれている。だから長い年月の間にはキャンバスの繊維が酸によって劣化してしまう問題がこの技法には含まれている。だから、その後は彼女も油絵具は使わず水性のアクリル絵具を使っている(門前の小僧で知った聞きかじりですが)。

アクリル絵具といえば、今回も使用材料に「アクリル」という表示はなかった。なぜかは分からないが、アクリル絵画先進国のアメリカであるにも拘らず、アクリルとは書かずに合成ポリマーなどという表示になっているのだそうだ。今回の作品でポリマーとかの表示があるものはほとんどはアクリル絵具を使っていると思われるが、日本語表記もアメリカ側の表記をそのまま訳しただけのようだ。ただ、中にポリマー乳剤とかいうのがあったが、英語はpolymer emulsionとあり、要するに水性アクリル樹脂のことだ。そのままエマルジョンとしてもかまわない。乳剤というのはこの場合は変だが、美術館側も現代絵画の材料についての知識が不足しているのではないかと思う。

ニューマンの「ヒアIII」は、細長い単純なステンレスだけなのに、なぜかどんどん視線が上へ上へと引っ張られる。ステラの色彩で塗り分けられた同心の四角、それからピーターハリーの蛍光色とブツブツした質感の作品なども実物をみなければその真価は分からない。表示には「蛍光塗料」とあったが、あれは絵具だと思うんだけどな。英語では絵具も塗料もpaintなのだが。

コッティンガムの超写実な作品は伝統的な油彩画のようでありながら不可思議な非現実感がある。まるで村上春樹の小説のよう、かな? コラージュも今まではあまり気にしたことはなかったが、ラウシェンバーグの作品で納得できたように思う。素晴らしいと同時に楽しい作品だった。

カリーの「カンザスの洗礼」では、アメリカ人の宗教感覚がよく現れていると同時に、伝統的な天から降りてくる天使の代わりに鳩が飛んでいるのが面白かったが、僕の目を引いたのは地平線だ。日本だと北海道でも行かないとないだろうが、とにかく四方八方何もない平らな地平線の中にぽつんぽつんと農家が、それこそ100マイルなどという距離を置いて点在している、あの距離感はちょっと日本では想像がつかない。そんな中から生まれるフォークアートとニューヨークなどの大都会のアートが混在しているのが面白い。

ブレックナー、ヘリング等についてはゆうけいさんが書かれている通りで付け加えることは何もありませんが、ヘリングの祭壇衝立は、いつものあの子供の書いたようなフォルムでありながら不思議な神聖さがあった。

今回の展示作家の多くはまだ存命であったり、それほどの年齢ではない人もいたりで、だから僕が名前を知っているというのも米国の取引先が作っている絵具を使っている作家が多いからだ。日頃はほとんど作品に接する機会がないが、こうして世界的な作品としてコレクションされているのを見ると、材料というものに要求される品質を考えざるを得ない。特に近代から現代には様々な、それこそゴミのようなものまで材料になっているが、それが一体全体保存ということを考えた場合にどうなるのかを思わざるを得ない。

先の蛍光色などは室内でもやがては退色してしまう運命にあるし、オルデンバーグのソフトトイレットはビニール製のようだが、白い部分は既にやや黄変してきているようだし、ビニール地は塵などがついて取れなくなるとか、徐々に可塑剤が抜けて硬くなるとか、問題がありそうな気がする。へリングの防水シートも多分ビニール地なのではないか?

うーん、書き出すときりがないな。ゆうけいさんが書かれていたように「普通の美術展と趣・質感の違う雰囲気」を大いに楽しめると同時に様々なことを考えさせられた、充実した展覧会でした。

さて、次は神戸市立博物館で開催中の「ボストン美術館所蔵-肉筆浮世絵展」を見に行かねば。

*この記事は5/14の夜に投稿するはずだったのだが、相変わらずのココログ。全く投稿できず、今日15日もきわめて劣悪な状態。本当にやってられない。

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2006/05/13

What happens will happen

色々と起こるときには起こるもの。

Hirashima昨日は、学生時代にクラシックギターを教えていただいた平島謙二先生の演奏活動40周年記念コンサートだった。先々月に先生のBBSで長年のご無沙汰のご挨拶をしたところ、何と招待状を頂いたので会社を休んでも是非行かねばと思っていた。

しかしそんな理由で休むわけにも行かないと思っていたら、以前から気になっていた脇腹に出来ていた脂肪腫(良性)の除去手術を同じ日の午前中にすることになった。医者からは30分くらいで終わる簡単な手術と聞いていたから、ならば夕方には十分コンサートにいけるから、これは好都合、しめしめ、とほくそえんだのでありました。

というわけで10時半には病院に行き手術となったのだが、随分とほったらかしていたために脂肪もたっぷりと大きくなってしまって、思いのほか時間がかかってしまうし、少々痛かったりするし、おまけに手術していただいた先生は「痛かったら言ってくださいね」、「気分は悪くないですか」とやさしく言ってくれるものの、何となく頼りない人で途中で看護婦さんに「最初に言いましたのに」、「もう一人呼んだ方がいいのでは」、「いやこうだから、」などと注意され(怒られ?)ながらで、結局お医者さんと看護婦さん2人で結構大変だった。まぁ、年齢が行くと体もガタガタしてくるから、やがてはこういうことも多くなるんだろうか、嫌だなぁ、しかし看護婦さんがいてくれるのは随分心強いものだ、などと実感したひと時であった。今回は局所麻酔の手術だったが、後で聞いた話では、もう少し大きかったら全身麻酔になるところだったそうだ。

最初のうちはじっと我慢の子だが、思ったより長くなってくると精神力も萎えてくる。幸いというのか、手術室には静かなBGMが流れていて、最近はこんなこともあるのかと思いつつ、呼吸を大きめにゆったりとしながら、指先だけでリズムを取ってみると少しだけ落ち着いてくる。

New_tangoところが、まだまだ終わりそうにないのにBGMが終わってしまった。仕方ないので、今度は先週の日曜に少し弾いてみた(というより音をだしただけだが)アストール・ピアソラのフレーズを思い出しながらヴァイブ(ヴィブラホン)の鍵盤を頭の中に思い浮かべて叩く練習をしてみる。曲はLa Muerte del Angelで、ゲーリーバートンがピアソラと演奏している。僕が使った楽譜はギターソロ用に編曲されたもので、メロディーも少し違うのだが、かなり簡素化されていてメロディーだけなら僕でも弾けるかな、と練習していたのだ。それを頭の中で思い浮かべようとするが、そう簡単には集中できないな~、ミラー、ファラー、まだまだ終わらないよ~、ラシドシラソファミレドシラソファミレドシラ・・・などといいつつ、やっと終わった時にはもう12時を過ぎていた。

その後も点滴などがあって、結局病院を出たのは2時過ぎ、まだ麻酔が効いているから痛くはないが、遅めの昼食をとって家についたら3時過ぎ、はてさて、こんなんでコンサートは行かない方がいいんだろうか、いやいや、もう30年ぶりくらいで招待状を頂いて、是非遊びに来てくださいなどとメールも頂いたのに行かないわけには・・・

Geijutuhallということで心配する家内を尻目に思い切って出かけることに。今回は都合もあって僕一人で出かけた。

コンサートは西宮にある兵庫県立芸術文化センターの小ホール・・・行ってみてびっくり。これは多分、関西では珍しい本格的なコンサートホールだ。兵庫県では初めてだろう。素晴らしいのは全体が木をベースに作られていることだ。もちろん、骨格は鉄筋コンクリートだろうが、内装が全てチーク調の木肌を生かした透明塗装仕上げで落ち着いた雰囲気になっている。県立の美術館は打ち放しコンクリートで無機的、即物的でおまけに迷路のようであまり好きではないが、こちらはとても暖かな気持ちよい場を創り出してとても素晴らしい。中はまだ新しい木の香りにつつまれている。もちろん、音響効果も考えられているのだろう。職業柄、ついつい塗装はなんだろうかなどと木肌を撫でたりしてしまった。画像はオフィシャルサイトからの小ホール。

平島先生の演奏はまた別に書くつもり(多分)だが、特に後半はどんどん盛り上がって、素晴らしい演奏だった。アンコールも3度もあり、終了後はお礼の見送りに出ていらした平島先生に「本当に遊びにおいでよ」と念を押されながら固い握手をして会場を後にした。

来る時は三宮から阪急だったが、帰りは気分もいいのでつい調子にのってJR西宮まで歩くことにした・・・が、これが悲劇(?)の元。手術直後だぜ、あまりに軽率、脇腹もちょっとチクチクしてきたし、夜半から雨との予報にもあったように生暖かく、1kmくらいは歩いたので汗ばんでくる。お風呂に入れないのに・・・、これは多分、先日読んだ村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の世界か(オオゲサダナ)。

と思いつつやっと駅構内に入ると、前を走る男性、階段を下りてくる客の列。

これは、と思いあわててエスカレーターを上がると快速がちょうど出たところ。やれやれ、15分待たねば。

各停を一台やり過ごして自販機で買ったミルクティーを飲んでいると、「次の快速は米原のうんたらかんたらで、15分遅れております、お急ぎの方は各駅停車で・・・」、おいおい、早く言ってくれよぉ。

仕方がないので次に来た各停に乗って西明石まで行くことに。各停は座席も空いているし、まぁ、今日は平日の週末で快速や新快速は混んでいて座れないだろうから、これもいいか。

時間はたっぷりだから持ってきた本など読んでいると、三宮に着いたのに扉が開かない。降りる人も乗る人もじっとたったまま待っている。車内放送もないが、やがてプラットホームを走っていく駅員が数名。

やっと放送があったら、どうやら駅で待っていた人に列車が接触したので確認しているが、転倒した人が見あたらないという、おいおい、どうなってるんだ?

結局、該当する人が見当たらないとのことで10分遅れで出発した。事故でなかったのは何よりではありました。

というようなことで、各停の終点、西明石に着いて乗り換えを待っていれば、結局は西宮で乗るはずだった15分遅れの快速がやって来た。すごく混んではいなかったが多分、座れなかっただろうから、悪条件の中で最良の判断だったと自分を慰め納得する。後は立っていても一駅乗るだけだからね。
かくして波乱万丈(マタ、オオゲサダネ)の一日は終わったのでありました。あ~、脇腹チクチク。

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2006/05/04

竹中半兵衛

連休二日目、とてもいい天気なので家内と二人でドライブに出かけた。
お目当ては、以前から気になっていた三木市の史跡「竹中半兵衛の墓」。

竹中半兵衛の墓は、以前に一人で行き当たりばったりにドライブしていたとき、たまたまカーナビの画面に現れたのだが、そのときは道路工事中のために墓の方にはいけずに通り過ぎてしまった。それ以来、行ってみたいと思いつつそのままになっていたものだ。

今日こそはとgoogleマップで大体の位置を確かめると、三木市平井付近にちゃんと「竹中半兵衛の墓」と出ている。早速カーナビにセットして出発、しかしカーナビの指示通りには行かずにお気に入りの道を通って行ったり、少々暑いくらいの天気の下、のどかな田園風景の中をとても気持ちのよいドライブとなった。

Dscf0678名所旧跡といっても観光地ではないので、本当に閑散とした田んぼの中に小さな塀に囲まれてぽつんとあるばかり、歴史上有名な人の墓といえども訪れる人はめったにないのではないかと思う。僕たち以外には地元の軽四トラックが通り過ぎただけだった。でも新しいお花が飾ってあるところを見ると、地元の人たちに大切に手入れされていることがうかがえる。
ここは「三木の干し殺し」と呼ばれる羽柴秀吉の三木城攻めで有名な地だ。三木城の陥落までには3年もの月日がかかり、半兵衛が秀吉に進言したという兵糧攻めは凄惨を極めたことでも有名だが、その半兵衛もこの地で病没し、それがこの墓となっている。詳しいことは、こちらのサイトなどに。

Dscf0682近くに三木城攻めの「平井本陣跡」があるというので、遊歩道を1km近く歩いて行ってみるが、本陣というには随分と狭いところだ。キャンプのテントを一つ張ればもう一杯か、という程度の広さしかなく、造りだけは立派な立て札が一枚あるばかり。しかし木々の間から見れば確かに見晴らしの良い場所だから、陣を取るには適していたのだろう。でも上記のサイトによると本陣はここではないという説もあるらしい。

何となく納得したようながっかりしたような気分でもと来た道を戻り、墓の近くに止めていた車に乗ろうとしていると、僕らと似たような中年カップルを乗せた車が近寄ってきて:

  「竹中半兵衛の墓はどこでしょうか?」
  「あ、すぐそこですよ、あの辺り」
  「あ、あの立て札ですね」

うーん、似たような人がやっぱりいるんだね。

Dscf0691おまけは、三木市内で少し遅めの昼食を取ったときにみかけたライダーたち。僕より年上らしき人から若い女性まで様々な年齢層の人たちが集まってのツーリングは楽しいだろうね。彼らも半兵衛の墓詣でに行ったのだろうか?

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2006/05/03

Oh, Danny Boy

Danny Boyといえば、前回のタイトルにしたLondonderry Airと同じ曲なのだが、偶然というものは意外と起きる時には起きるものらしい。

 Londonderry Air-ダニーボーイ-頭骨-恐竜復元画 ・・・ さて何でしょう?

Takemitsu前回にも書いたが、購入した赤松氏のアルバム「NEXT DOOR」に入っているヴァイブソロのLondonderry Airは、僕がちょうど武満徹編曲のギター版で練習をしていた曲だった。そして先月にまとめ買いして読んでいた村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を今日、読み終えたのだが、「ダニーボーイ」がこの小説ではキーの曲として出てくる。

そしてこの小説では、現実の話かどうかは知らないが、ロシアで発掘され行方不明になったという一角獣の頭骨が重要な役割をしているが、これも最近、仕事でお世話になったcorvoさんこと小田隆氏が、恐竜などの復元画を専門としておられる。

それだけといえばそれだけ、こじ付けかもしれないけど、全く関係ない人たちや物が何となくつながりがあっているのが楽しい。

赤松氏はこのblogに何度もコメントをいただいている。お忙しい中、ありがとうございます。そして・・・恥ずかしくてとても言いにくいが一応同じヴァイブという楽器を弾いている・・・持っているといった方が正しい・・・し、一度お会いしたことがある。corvoさんは残念ながらお会いしたことはないものの、ソーシャルネットワークで何度かメッセージを交換させていただいた。村上春樹氏は全く面識はないが、偶然にも僕の高校の数年先輩だ。

という話でありました・・・では音楽にならないので、ちょっと武満徹編曲を改めて見てみた感想をば。

昔、某ホテルでヴァイブのバイトをした際に、編曲も手がけていたピアノの方が、コードのフォームとして例えばCmaj7でベースにB(maj7)、トップにC(root)がくるような和声は基本的にはあり得ない、ということを言っておられたが、武満編曲ではそれが当たり前のように出てきたりする。

Londonderyy楽譜は著作権の問題があるから中間の音は消してあるけど、コードでいえば

 Em7/A7 | Am/Gm7 | C/Bb7

真ん中の小節でAmではベースG#でメロディーがAだから上に書いたルールには反するものの、ベースが前の小節からAから半音ずつ降りていくので、それはなるほどと思う。


しかし(赤松氏blogのマネ、でもcocologにはキャラがない!)


その次、Gm7でメロディーがF#音になるのだから、音としてはF、F#、Gの半音三つが重なってしまうのに、これが平気で出てくるのはちょっとすごいな、と僕は思った。まぁ、ギターとしては弾きやすいんだけど。


しかし


上のイメージにある曲集はかなり難しい編曲で有名で、実は僕が何とか弾けるのはこのLondonderry Airと「星の世界」くらいだが、続編ではもう少しやさしくなっているらしい。武満氏の楽譜はちょっと調べたところでは手に入りにくいみたい。どこかで見つけなければ。大阪ならササヤあたりかな。

それにしてもすごいなと思うのは、赤松氏にしろ、小田氏にしろ、プロとして相当にハードな忙しいスケジュールとお見受けするのに、ほぼ毎日blogを更新されていることだ。全く頭が下がる。

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