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2006/11/11

The Da Vinci Code

小説「The Da Vinci Code」をやっと読み終えた、といっても英語版ではなく日本語版なんだけど、様々に凝らされた謎が巧みで素晴らしいし、ストーリーもよく出来ていて読み出したら一気に最後まで読みきってしまった。ネタとしてはPart IIIなんだけどこっちに書いてしまおう。

Davinci 僕としての楽しかったのは、ストーリーや謎解きもあるんだけど、キリスト教や原始宗教にまつわる伝承から派生した言葉の語源が色々と語られていたり、宗教と政治のつながり、そしてダ・ヴィンチ等の絵画だ。実に言葉は文化、そして歴史そのものということを改めて実感した。

日本人にとってと、欧州や米国などのキリスト教圏の人々にとってとでは随分と捉え方は違うだろうという話は既にあちこちにあるだろうし、ネットで探せば雨後の筍状態なんだろうけど、それはまたもう少し暇ができたら探してみることにして、とりあえず僕なりに書いてみよう。

僕にとってラッキーだったのは、高校時代にバッハの「マタイ受難曲」を聴き倒し、歌詞と対訳や解説で最後の晩餐やらマグダラのマリア等々の言葉の背景にそれなりに馴染んでいたこと、そしてこの夏に「ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙」を読んでいたことだ。

Part IIIに少々書いたことを再掲してみると:

    ソフィーの世界でもう一つ印象深いのは、インド・ヨーロッパ語族はもともと多神教ということだ。つまりヨーロッパの民族もインド人もギリシャ人もみなもとは同じような思想であったということらしい。

    ヨーロッパというとキリスト教=唯一神教と今は思ってしまうのだが、実は唯一神教はセム語族の特徴であることだ。つまりユダヤ人とアラビア人はもとは一つということであり、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地が同じエルサレムというのは全く偶然ではないということのようだ。だから今まさにイスラエル、ヒズボラ、ベイルートが互いに争っているのは、同族同士で争っているようなもので、とても悲しいことだというのがよく分かる。

    従ってヨーロッパのキリスト教は、それまでの多神教を適度に残した混合宗教のようなものらしい。そう思うとなんだか同族意識が出てきたりするから、不思議なものだ。

ダ・ヴィンチ・コードに通底しているのもこの考えだ。シオン修道会などは史実そのものではない面もあるらしいが、あくまでフィクションでありエンターテインメントとして割り切ってみても、全体的にみればキリストと欧州に対する新しい見方を与えてくれると思う。実際のところ、上に書いたように、キリスト=ヨーロッパ=唯一神教というステレオタイプな見方は随分と間違ったものだということが分かりやすく書かれている。ちなみに、「ソフィーの世界」のソフィーとダ・ヴィンチ・コードに出てくるソフィーは偶然の一致ではない・・・つまり同じ語源からだ、っていうのは小説を読めば分かるね。

ま、そんなことは別にしても、僕としては今を遡ること26年前、初めての海外旅行であった新婚旅行で最初に降りたのがローマ、そしてヴァチカン、それからパリ、ルーブル美術館など、二人の思い出の地が次々と登場するというのがとてもうれしくなってくる点だ。ルーブル美術館や各地の名所などは今では手軽に行けるから、登場する絵画や舞台もそれほど珍しくはないのだろうが、26年前はまだまだ遠い憧れの地だったから、印象もずっと強いのだね。

Davinci03 また絵画や芸術、歴史の薀蓄も楽しい。出てくる絵画のうち、「モナリザ」はもちろん新婚旅行で見ているが、この小説によると今は展示されていないという「東方三博士の礼拝(右イメージ)」も新婚二年目にイタリアパックツアーをした際にフィレンツェのウフィツィ美術館でみていたのはラッキーだったといえそうだ。

また当時、NHKで放映された「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」というイタリアの番組を見てダ・ヴィンチに憧れたことも大いに関係がある。今は英語版がアマゾンで販売されているようだが、なんで英語なんだよ、イタリア語版はないのか!っていってもイタリア語が分かるわけではない(多少かじったけどね)が、言葉の持つ響きが全然違うからね。イタリア語ならすぐに注文するんだがなぁ、どうしよう。

この小説に書かれていることが事実なのかどうかと問う人が後を絶たないらしく、VOA Special Englishでも取り上げられたりしているが、それによれば、作者も映画監督もあくまでフィクションである(the story is fiction, a work of imagination)と断っている。まぁ、当然だけど。

さて、この小説の背景で特に今の日本人に分かりづらいのは信仰というものだろうが、僕も分かっているわけではないので、今回はここまでにしよう。ただ、マタイ受難曲に関するアマゾンの評にその辺りのことが書かれていたりするので参考になるかもしれない。

ついでながら、よく知られているように Da Vinciというのは、「ヴィンチ村出身の」という意味で苗字ではない。だから「海外では Da Vinciとはいわず Leonardoという」とか以前にTVで尤もらしい話を聞いたのだが、この本のタイトルを見ればそうではないことがよく分かる。したり顔で誰かに言わなくてよかった。

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