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2007/01/08

Fool on the Hill

最近、身の回りが落ち着かないこともあって、でもそのことは今のところ話題にする気持ちになれないのだが、そのためもあってこれは書こうと思ったりすることがあってもどうも考えがまとまらない。

だからまた考えがまとまりそうな時のためにメモだけしておこう。

1.「ゲーム脳のすすめと人類の進歩」 山形浩生
「論座」という雑誌の今月のお勧め記事、だから来月はまた違う記事になるだろうが、今月は「トンデモ科学」あるいは「ニセ科学」について。もちろんタイトルは皮肉を込めているのだと思う。内容はあちらこちらで批判されている「ゲーム脳」に対する同じような批判だが、面白いと思ったのは次のところ。ちなみに、今回もcorvoさんのblogから仕入れたネタです。

使わない機能はすぐに退行する。技術の発達、新しいメディアや通信手段の発達は、結果として確かに人間の能力の一部を失わせることもあるのだ。だが重要なのは、それだけを見てあれこれくさすのは、不適当かもしれない、ということだ。それがもたらすもっと大きな影響を見る必要がある、ということだ。
 多くの民俗学者や文化人類学者たちは、各種の録音技術や文字記録が持ち込まれたとたんに多くの土着部族の口承文化が失われるのをまのあたりにしている。その土着部族の古老たちも「テープレコーダー脳が」「文字脳が」と嘆いたことだろう。我が国の古事記は、稗田阿礼が暗記していたものを、太安万侶が書き取ったものだ。つまり稗田阿礼は古事記を暗唱できていた。いまはそんなことができる人はいない。文字という記録技術の普及は人間の記憶力を低下させるのだ。稗田阿礼ならたぶん「最近の若い者はたかがこんな本一冊分も暗唱できないのか。紙だの文字だのに頼るからこんなできそこないが生まれる、文字脳が日本文化を滅ぼす」とでも思ったことだろう。

2.「ことばの比較文明学」 梅棹忠夫、小川了
これは図書館で昨年から借りて未だに読破できていない本だが、この中に上記の文字による口承文化の衰退が書かれている。それと、言葉による権力の維持、言葉の支配が権力とどうつながるかなど、今まで考えたことのなかった視点があって興味深い。

3.「文明の生態史観」 梅棹忠夫
Bunmei 翻訳フォーラムで紹介されていた本。西洋哲学の紹介書「ソフィーの世界」を読んでから、アジアはどうなのだろうと思って購入した本。「ソフィーの世界」とは視点が違うが、古代文明は乾燥地帯に発し、その東西に対照的な地域が拡がるという非常にユニークな文明論。これによると、古代文明の東西に被征服地帯があり、そのさらに外にある辺境地域は古代文明から直接的な影響を受けなかった後進国で、やがて封建制を発展させ現在の先進国になっているという論(だと思う、ひょっとすると読み違い、記憶違いがあるかもしれないが)。そしてその辺境地域とは現在の欧州と日本であるという。
1950年代から60年代にかけての古い論議なのだが、そうした古さを感じさせない。確かに当時は平和だったかもしれないアフガンや中東がその後、戦火に見舞われたし、パキスタンとインドの問題なども当時はほとんどなかったようだし、かなり世界情勢は変化しているが、この史観に基づけば、今の北朝鮮とイラン、イラクは相似関係にあるとも言えそうだ。あるいは安定しているように見えていた東欧旧共産圏の内乱と東南アジア諸国の不安定性も相似性があるのかと思われる。色々と納得させられる史観ではあるものの、残念ながら未だに主流とはなっていないようだが。

4.「美術教育の犠牲者」へのコメントについて」 corvoさんのblog
ここでのコメントで、アイスストーンさんが紹介されている記事に次のようなことが書かれている。

 「つくり出す喜びから、生きる喜びを求めて

例えば、幼稚園児がカップに砂を詰め、それをひっくり返しそっと持ち上げる時、その出来映えが自分の思った形に近づけたのかを園児は必ず確認します。その後、気に入るまで試行錯誤を繰り返します。小学生の粘土作品においても同様で、粘土をひねったりつまんだりすることを繰り返して自分の思う形に近づけようとします。この時、子どもたちに働いている力はどのようなものなのでしょうか。まず、自分のつくりだした形がどんなものかを理解・把握し、自己の表現を振り返ります。振り返りによって自己評価した後、どこに手を加えていくべきかを自分なりに熟考し、素材の特性をいかして再活用・再構成して新たなものを作り出します。再びそれを確認し、作り直すことを繰り返します。このような姿は、日頃の授業の中でどの子どもたちにもよく見られることです。このように、これまで図画工作や美術の授業でごく普通に見られた一見平凡な「つくる・みる」を繰り返すような姿は、まさに単なる読み取りだけではない本当の読解力を育成してきたと言えるのではないでしょうか。つまり、美術などの芸術教科やその他技能教科が担っている力というのは、これまで足りないと思われていた力、これから求められていく力だったと再認識できるのではないかと思います。

楽器を弾く場合も同じだね。自分の音を確認し、どうしたらより良い音、よい音楽になるかを確かめながら練習するのだから。そして科学とか研究というのも同じだ。仮説をたて、それを実験なりで検証し、そこからまた不明な点、おかしな点を考えて仮説を訂正し、また検証していくわけだ。まぁ、これはcorvoさんのblogでかなり議論されているので、そちらをお読みください。

「水からの伝言」って何だ?
「水からの伝言」まとめ
「水からの伝言」まとめ2
視点・論点「まん延するニセ科学」

5. Down by the Law
Down_by_law かなりユニークで、でも分かったような分からないような面白いモノクロの映画。手っ取り早くは高橋英二氏のStudio Bをお読みください。氏のサイトは検索で引っかかってきたんだけど、かなり内容が濃いようで興味深い・・・けど読む時間がない!

6.VOA Special English
定期的に更新して通勤電車の中で聞いているニュース。話題が豊富で面白い。愛読、というのか愛聴しているのは、"American Mosaic"、"Explorations"、"People in America"など。

7."Fool on the Hill" or "Nowhere Man"
まぁ、これはネタにするとヤバイかもしれない(個人的にですが)が、意見が合わないとか、納得できない相手でも、議論して話しあえたりできる相手なら、僕もこんな年齢になったことだし、もう少し頑張って論陣を張ろうという気にもなるのだが・・・しかしそのために誰のために働いているのか分からないことばかりになって情けないのだね・・・冒頭に書いた落ち着かない理由の一つではありますが。

さて、では今日はもう寝ます。

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コメント

遅ればせながらあけましておめでとうございます。興味深く読ませて頂きました。

正月から毎日新聞では一面でネット社会の恐怖について特集を組んでいました。万能感と思考停止、匿名ゆえの暴力性と無責任、インタビューの答えにみられる社会的責任感の欠如と甘え、普段使っていて漠然と知っている事を活字で直視するとまた違った印象がありました。

takiさんのおっしゃる世間の落ち着かない感じも、ネット以前の社会を知らない世代から、既存の理論が全く通用しないnowheremanが次々と出現してきて、日常生活に微妙な翳を落とし始めているからなのかもしれませんね。

投稿: ゆうけい | 2007/01/09 13:44

ゆうけいさん、こちらこそ遅ればせながら明けましておめでとうございます。

理論が通用しない人々というのを観察すると、言葉の使い分けや意味の把握ができていなかったり、論理の飛躍があったりするし、思い込みでしか話さないので、議論にならなかったりするみたいですね。
茶化して楽しむ方もいるようで、そんなゆとりを持ちたいです。
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20050702/p4

しかしビートルズの歌詞って、色々考えさせられますねぇ。

投稿: taki | 2007/01/10 23:03

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