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2007/01/28

New York, 1991

ネガ復活作戦でもれていたネガが一つでてきたので、またCDに焼いてもらったら、撮影したことをすっかり忘れていた1991年のSalt Lake Cityだった。

Fh030004 この時は例年の見本市/会議がボストンであったのだが、同行営業担当の仕事が色々とあったので、まずニューヨークに入り、そこからその頃は既に風前の灯火だったパンアメリカン航空のプロペラ機でボストンに入った。

見本市後は、さらにカナダのトロントに飛び市内での調査とか(僕はほ とんど関係がなかったが)した後に、別の見本市があったソルトレイクシティーまで飛んだから、約2週間の旅で僕にして見れば随分と長い滞在だった年だ。

Fh030011今ならデジカメでバチバチと撮るところだろうが、あの頃はフィルムをそれほどもって行かなかったこともあって写真は少ない。また、渡米も’87年から毎年のことだったので段々と面倒になって、その後は撮っていない年もあったのだが、せっかくだからJazMysさんのマネをして91年の記録をニューヨークから順にいくつかアップしていこう。

Fh030012最上段は当時の取引先の方の新居から見たLower Manhattan、確かワシントン広場かグリニッジヴィレッジの近くだったと思う。今はなくなった貿易センタービルが見える。同時多発テロはちょうどこの年の10年後になる。NYには何度か行ったにも拘らず、結局このビルには上らなかった。

その次の2枚は多分、その近くでの露天商。Tシャツが確か一枚$1くらいなので何枚か買ったと思う。91年というと、キースヘリングが亡くなって1年、バスキアが亡くなって3年くらいだから、ニューヨークはまだ彼らの時代の延長線上にあった頃だ。何となく彼らを思い出させる柄のTシャツが多いように思うのはそんな理由からだろう。そんな中、2枚め写真の右上にあるTシャツに書いてあるのは:

LOVE IS:
TRUST
RESPECT
PASSION

LATEX

Fh030013左の写真もその近所だと思うが、よく見ると店には"LARGEST MALL ON BROADAWY"とあるから、この通りはブロードウェイの南端あたりか。いずれの壁や看板にも見られるスプレーで描いたらしき落書きのような文字や柄は、今では目新しくもないが、日本ではまだ少なかったのではないかと思う。左の奥に見える雨流れで汚れたような茶色の薄汚れた壁が、その下の風船や手前の看板のカラフルな色合いと対照的な美しさがあって面白い。

Fh030017 続いてはチャイナタウン。この写真ではあまり分からないが、ゴチャゴチャしてあまりきれいな街ではないところが魅力かと思う。

Fh030019_1 最後はニューヨークからボストンに向かうパンナムのプロペラ機から眺めた下界。ニュージャージー辺りなのか、それとももうボストンに着いた辺りなのか憶えていないが、典型的と思われるアメリカの郊外型住宅地が見える。

それぞれの写真をクリックすると拡大されますが、これでも40%に縮めています。

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2007/01/24

Cloisonné

久しぶりに英語の話題、といっても簡単なものなのだが。

VOA Special Englishのmpg3音声ファイルをUSBのスティックレコーダーに入れて通勤電車で聞くのはずっと続けているが、最近は途中で寝てしまってBGM化していることが多くなっていけない。以前は面白い話題だと眠くもならなかったが、最近はいつの間にか寝てしまう。いかん、いかん。

CloisoneeVOA Special Enghishは比較的簡単だから分かりやすく、90%以上は聞き取れているのだが、僅かに聞き取れないところもある。あるいは聞き取れても意味がよく分からなかったり。

例えばExplorationsでは宝飾版画などが紹介されていて面白いのだが、技法の説明などは簡単な言葉でもどんなことを言っているのかイメージするのが難しい。次の説明は宝飾の中のFiligreeの説明だが、fineの意味が色々あるので分かりづらい。

Filigree is made by arranging fine gold or silver wires into patterns or images. Filigree work can either be joined onto a metal surface, or left as openwork.

ここはfine goldとsilver wiresと分けて聞いていたのでよく分からなかったが、文字を見ているとfine (gold or silver) wiresと聞かなければならない。fineは「細い」という意味で、細い金銀の線でパターンをつくる技法ということだ。広辞苑を見ると「細金細工」として説明があってすぐ分かるんだけど、上の文章を聞くだけではね。

Cloisonné involves forming metal borders to make different contained areas on the surface of the piece of jewelry. These spaces are then filled with different pieces of finely carved precious stones or with small bits of glass that are melted together.

これも同じく宝飾の技法説明の続きだが、こちらはさらに分かりにくい。Cloisonné はクワジネーと聞こえるが、よく分からない。辞書の発音記号だと"klwazunei"というような雰囲気らしい。Lはほとんど聞こえないだろうね。

まず、動詞"involve"がnon-nativeには思いつかないような使い方だ。続く文も曲者だと思う。これは"forming metal borders"つまり金属で境界線を形作るが、その結果、細工する面がいくつかの部分に分けられる。これが"different contained areas"、つまり「境界に含まれた異なった部分」を作る、という分かりにくい表現になっているわけだが、アメリカ人にとっては分かりやすいのかなぁ?
続いて最後に"melted together"とあるのも分かりにくいが、ガラスや削った(細工した)貴石などを金属の線で囲って模様を作り最終的には加熱溶融させるということになるが、加熱という表現がないから、meltedが何故あるのかも分かりづらい。
これも辞書をみれば一発で分かったのだが、何のことはない、七宝焼きのことだ。

なんだ、それならいつもパソコンの横においている壷のことではないか。この壷は、僕が結婚する時に母が知り合いを通じて愛知県にある七宝の工房で作ってもらった二つの壷の一つ。一つは仲人さんにお礼にあげて、もう一つは祝いにくれる・・・のかと思ったら母が自分用に作ったもので、ずっと実家に飾ってあった。

その母ももう亡くなって今年で6年になる・・・という次第で、今はディスプレイの横にずっと置いたままが、上のイメージ。

ところでexplorationというと、つい「探検」と思ってしまうが、ここでは「探求」という意味なのだね。

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2007/01/21

ネガ復活作戦

最近、ネガから画像をCDに焼くサービスがあるのを知って、早速古いネガを焼いてもらった。今はちょうどサービス期間で安くなっているし。

Italy1 とはいってもすぐにネガが出てくるほど整理しているわけではないのだが、20年くらい前からのアメリカ出張時のネガを12本、出してみた。そうすると古いネガは随分と変色していて少々がっかり。プリントしてあるものも20年も経つと退色してるものも結構ある。

画像処理ソフトでうまく処理すればきれいに復活するのだろうが、どうすると一番よいのかが分からない。しかし便利なもので、手持ちのPaint Shop Proには「色あせの調整」という機能があったので、これで調整するとそれなりには戻るようだ。しかしやはり何となく記憶とは違う感じがするし、特に古いものはカラーや明るさ、コントラストなどを色々とやらないと、それなりのレベルまでもいかない。

Italy2 ということで今日の画像は、92年にニューヨークへ行った折に、チャイナタウンからリトルイタリーを一人で歩いた時の写真、というだけのことなんだけど、フィルムというのは意外と解像度が高いのだと改めて思ったのが、右の部分拡大画像。これはまだ新しい方なのでそれほど変色はしていないと思うんだけど、それでも50%ほどの色あせ調整をしている。

お年寄りが椅子に座って日向ぼっこをしている、その上にはアメリカ映画ではおなじみのビル外壁につけられた階段、そして歩道に並んだゴミの缶などが見える(画像をクリックすると拡大画面が出ます)。

Goldengate1 ネガはまだまだ一杯あるので、ボチボチとCDに写していこうと思うけど、20年以上の古いものはどのくらい変色しているのだろうか。

Goldengate2 左は'89年、サンフランシスコのゴールデンゲイトブリッジの色あせ調整前、右は調整後だけど、空の変色が中央あたりがやけに白っぽくなっていて均一な変色をしていないみたいだ。こういうのは困るなぁ。

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2007/01/15

レジ袋

僕は濡れ落ち葉じゃないけど、よく家内と買い物に行く。だからスーパーの様子は多少は知っているのだが、以前から気になっているのが、ニュースでのレジ袋の話題。

200701131124000 今日もNHKのニュースで、東京杉並区でレジ袋が有料になったというニュースをあたかも新しい動きのように(実際には数年前から色々検討していたらしいが)報道していたが、内の近所ではかなり以前からレジ袋を減らす活動をしている。

灘神戸生協はかなり前から有料になっている、というかレジで袋はくれない。欲しい人はレジから出たところの台にある袋を取り、一枚当たり5円を料金箱に入れる仕組みになっている。だからほとんどの人は袋持参だ。

近所のイズミヤは袋が不要な人にはサービスポイントが1000円分の買い物をしたくらいにつくので、これも利用している人が結構いる。我が家もそうだ。

マックスバリューも同じようにポイントがつくのだが、点数が低いために我が家はパス。このあたりはちょっと反省か。

まぁ、ということでニュースはいつも東京中心ということなのかなぁ。

イメージは一昨日のマックスバリュー、たかけんさんのカットには比べるべくもないけど、空がきれいですねぇ。ま、携帯のカメラですから。空にかかっているのは飛行機雲ですが、ジェット機が飛んでる瞬間を写したかったところを出遅れてしまった。

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2007/01/14

Edward Hopper

昨日のTV「美の巨人たち」は、僕の好きな米国の作家Edward Hopperだった。

Hopperの絵は好きだったものの彼自身についてはよく知らなかったのだが、昨年、VOA Special EnglishのPoeple in Americaで取り上げられていて、その生涯や作品などについてもある程度の知ることができた。しかし番組はVOAとはやや印象の違う紹介をしている。

番組では有名になったのは40代になってからとは説明しているものの、それまでの苦労などは紹介していない。VOAによれば有名になるまでの長い間、両親の勧めに従って生活のために宣伝広告関係の仕事(Commercial Art)を続けたそうだ。そしてその傍らで自分の描きたい絵を描いたがほとんど売れなかったという。(詳しくはVOAを)

またNYでCommercial Artを学んだ時に同時に絵画の勉強をした時の師である、Robert Henriに一番大きな影響を受けたこと、フランスではあまり学ぶものがなかったことなどがVOAでは語られているが、番組ではむしろフランスが大好きで印象派の影響を大いに受けたような解説になっている。いずれにしろHenriに習った具象表現が自分の道と考え、当時パリで盛んになっていたPicasoなどの抽象表現には関心を示さなかったのは確かなようだ。

作品の中で特にChicagoart1 有名なのは"Nighthawks"で、仕事で訪れたシカゴ美術館(右写真:1990年)で本物を観ているはずなのだが、なぜか写真は撮ってきていない。また番組で紹介された"Gas"もニューヨーク近代美術館で観た覚えはあるがこれも写真を撮っていなかった。今思うと残念至極だ。

Nighthwk VOAでは、この絵が描かれたのはちょうど日本が真珠湾攻撃をした直後であり、当時の米国民の戦争に対する不安感を表しているとして非常に有名になったと説明している。うまく表現できないが、今まではクールでニヒルなアメリカの孤独な夜というようなイメージで、不安とはあまり縁のない絵と観ていたのだが、真珠湾攻撃という時代背景との関連があると知って背後に迫る不安を感じながら見直すと、まるで違う絵のように見える。

これも番組では解説されなかったが、具象表現にこだわったHopperは、やがて戦後にJackson Pollockを代表とするアメリカを中心に起こった様々な新しい抽象表現に取り残されて行った。

さて、Hopperは成功を収める少し前に生涯の伴侶であるJo Nivisonと出会うが、亭主関白だったようだ。

His wife sometimes said that Edward tried to control her thoughts and actions too much. However, most people who knew them said they loved each other very much. They stayed married for the rest of their lives.(VOA)

画家を支える妻という構図はよく聞くものの、著名な作家の場合、破局に至るケースが多いように思うが(単なる思い込みだろうが)、Hopperの場合は生涯、おしどり夫婦だったようで、Hopperが亡くなった翌年にはJoも亡くなっている。

夫婦が片方だけ長々と生き残るというのはあまりしたくないなぁ、と常々思っている僕にとっては理想的な夫婦だね。

Two_comedians VOA Special Englishでは、あくまでHopperを、観るものに不安感や疑問を起こさせ推理をしたくなるような画風の作家としてしか紹介していないが、「美の巨人たち」の"今日の一枚"では、それらの絵とは違い、生涯連れ添った二人の姿を最後に描いたという"Two Comedians"を取り上げている。このような絵は、多分、長い人生を振り返った上でないと描けない絵だろうと思うし、老いること、死に向かうことが決して悪いことではないと知らしめてくれる。生涯の最後を、このような二人の姿で終われたら素晴らしいだろうな。

ところでこの"Two Comedians"のリンク先にしたTate Modernの画像の下に、Mrs Frank Sinatraとあるのが気になるね。あのシナトラの奥さんが所有しているということだろうか?

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2007/01/08

Fool on the Hill

最近、身の回りが落ち着かないこともあって、でもそのことは今のところ話題にする気持ちになれないのだが、そのためもあってこれは書こうと思ったりすることがあってもどうも考えがまとまらない。

だからまた考えがまとまりそうな時のためにメモだけしておこう。

1.「ゲーム脳のすすめと人類の進歩」 山形浩生
「論座」という雑誌の今月のお勧め記事、だから来月はまた違う記事になるだろうが、今月は「トンデモ科学」あるいは「ニセ科学」について。もちろんタイトルは皮肉を込めているのだと思う。内容はあちらこちらで批判されている「ゲーム脳」に対する同じような批判だが、面白いと思ったのは次のところ。ちなみに、今回もcorvoさんのblogから仕入れたネタです。

使わない機能はすぐに退行する。技術の発達、新しいメディアや通信手段の発達は、結果として確かに人間の能力の一部を失わせることもあるのだ。だが重要なのは、それだけを見てあれこれくさすのは、不適当かもしれない、ということだ。それがもたらすもっと大きな影響を見る必要がある、ということだ。
 多くの民俗学者や文化人類学者たちは、各種の録音技術や文字記録が持ち込まれたとたんに多くの土着部族の口承文化が失われるのをまのあたりにしている。その土着部族の古老たちも「テープレコーダー脳が」「文字脳が」と嘆いたことだろう。我が国の古事記は、稗田阿礼が暗記していたものを、太安万侶が書き取ったものだ。つまり稗田阿礼は古事記を暗唱できていた。いまはそんなことができる人はいない。文字という記録技術の普及は人間の記憶力を低下させるのだ。稗田阿礼ならたぶん「最近の若い者はたかがこんな本一冊分も暗唱できないのか。紙だの文字だのに頼るからこんなできそこないが生まれる、文字脳が日本文化を滅ぼす」とでも思ったことだろう。

2.「ことばの比較文明学」 梅棹忠夫、小川了
これは図書館で昨年から借りて未だに読破できていない本だが、この中に上記の文字による口承文化の衰退が書かれている。それと、言葉による権力の維持、言葉の支配が権力とどうつながるかなど、今まで考えたことのなかった視点があって興味深い。

3.「文明の生態史観」 梅棹忠夫
Bunmei 翻訳フォーラムで紹介されていた本。西洋哲学の紹介書「ソフィーの世界」を読んでから、アジアはどうなのだろうと思って購入した本。「ソフィーの世界」とは視点が違うが、古代文明は乾燥地帯に発し、その東西に対照的な地域が拡がるという非常にユニークな文明論。これによると、古代文明の東西に被征服地帯があり、そのさらに外にある辺境地域は古代文明から直接的な影響を受けなかった後進国で、やがて封建制を発展させ現在の先進国になっているという論(だと思う、ひょっとすると読み違い、記憶違いがあるかもしれないが)。そしてその辺境地域とは現在の欧州と日本であるという。
1950年代から60年代にかけての古い論議なのだが、そうした古さを感じさせない。確かに当時は平和だったかもしれないアフガンや中東がその後、戦火に見舞われたし、パキスタンとインドの問題なども当時はほとんどなかったようだし、かなり世界情勢は変化しているが、この史観に基づけば、今の北朝鮮とイラン、イラクは相似関係にあるとも言えそうだ。あるいは安定しているように見えていた東欧旧共産圏の内乱と東南アジア諸国の不安定性も相似性があるのかと思われる。色々と納得させられる史観ではあるものの、残念ながら未だに主流とはなっていないようだが。

4.「美術教育の犠牲者」へのコメントについて」 corvoさんのblog
ここでのコメントで、アイスストーンさんが紹介されている記事に次のようなことが書かれている。

 「つくり出す喜びから、生きる喜びを求めて

例えば、幼稚園児がカップに砂を詰め、それをひっくり返しそっと持ち上げる時、その出来映えが自分の思った形に近づけたのかを園児は必ず確認します。その後、気に入るまで試行錯誤を繰り返します。小学生の粘土作品においても同様で、粘土をひねったりつまんだりすることを繰り返して自分の思う形に近づけようとします。この時、子どもたちに働いている力はどのようなものなのでしょうか。まず、自分のつくりだした形がどんなものかを理解・把握し、自己の表現を振り返ります。振り返りによって自己評価した後、どこに手を加えていくべきかを自分なりに熟考し、素材の特性をいかして再活用・再構成して新たなものを作り出します。再びそれを確認し、作り直すことを繰り返します。このような姿は、日頃の授業の中でどの子どもたちにもよく見られることです。このように、これまで図画工作や美術の授業でごく普通に見られた一見平凡な「つくる・みる」を繰り返すような姿は、まさに単なる読み取りだけではない本当の読解力を育成してきたと言えるのではないでしょうか。つまり、美術などの芸術教科やその他技能教科が担っている力というのは、これまで足りないと思われていた力、これから求められていく力だったと再認識できるのではないかと思います。

楽器を弾く場合も同じだね。自分の音を確認し、どうしたらより良い音、よい音楽になるかを確かめながら練習するのだから。そして科学とか研究というのも同じだ。仮説をたて、それを実験なりで検証し、そこからまた不明な点、おかしな点を考えて仮説を訂正し、また検証していくわけだ。まぁ、これはcorvoさんのblogでかなり議論されているので、そちらをお読みください。

「水からの伝言」って何だ?
「水からの伝言」まとめ
「水からの伝言」まとめ2
視点・論点「まん延するニセ科学」

5. Down by the Law
Down_by_law かなりユニークで、でも分かったような分からないような面白いモノクロの映画。手っ取り早くは高橋英二氏のStudio Bをお読みください。氏のサイトは検索で引っかかってきたんだけど、かなり内容が濃いようで興味深い・・・けど読む時間がない!

6.VOA Special English
定期的に更新して通勤電車の中で聞いているニュース。話題が豊富で面白い。愛読、というのか愛聴しているのは、"American Mosaic"、"Explorations"、"People in America"など。

7."Fool on the Hill" or "Nowhere Man"
まぁ、これはネタにするとヤバイかもしれない(個人的にですが)が、意見が合わないとか、納得できない相手でも、議論して話しあえたりできる相手なら、僕もこんな年齢になったことだし、もう少し頑張って論陣を張ろうという気にもなるのだが・・・しかしそのために誰のために働いているのか分からないことばかりになって情けないのだね・・・冒頭に書いた落ち着かない理由の一つではありますが。

さて、では今日はもう寝ます。

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2007/01/03

Tony Bennett: An American Classic

昨晩のBS2で放映されたのが、"Tony Bennett: An American Classic"、トニーベネットの80歳誕生日を記念して制作された一時間のTV番組だ。これはいつも聞いているVOA(Voice of America)の音楽ニュースで紹介されていた(At 80, Tony Bennett Shows No Signs of Slowing Down)のだが、昨日の番組表で見つけて慌てて録画予約しておいたものを、今日のお昼に見た。だから夜のこの時間には既に記憶がボケているんだけど、録画しているHDプレーヤーは今は娘がピーターラビットを録画中なので内容確認ができない・・・けど、とにかく書いておこう。

Tony_bennett_ultimate_210 VOAではデュエット特集というような紹介だったので、全てのデュエットを放送するのかと思ったら、そうではなくて、一部は断片的な録音風景とインタビューだけだったりしたが、それぞれに面白かった。

共演する歌手はみな世界的にも一流とはいえ、相手が相手だけに、皆、かなり緊張していたようだ。ビリージョエルもどう歌えばよいか、かなり悩んだらしい。

デュエットの録音はそれぞれの歌手に合わせて場所や時間を変えて行っているので、バラバラだったそうだが、ほとんどの共演者がスタジオに入って驚いたというのがライブ録音だということ。

ライブ録音というのは、実際にバックのバンドやオーケストラがいて、バックの演奏と一緒に歌うことだ。何だか当たり前のように感じるが、現在の録音はほとんどが伴奏を先に録音しておいて、後で歌を吹き込むのが普通らしい。こういうところにも、いかにもトニーベネットがジャズ歌手という意識が現れていて楽しい。やはりライブ感、その瞬間が大切なのだそうだ。記憶が曖昧だけど、スウィングが一番大切、スウィングはアメリカが生んだもの、というようなことも言っている。

ちょっと変わったところでは、ポールマッカートニーがコールポーターの"The Very Thought of You"を歌っている。彼は「一番好きな作曲家は?」と聞かれて「コールポーター」と答えたら意外そうな顔をされたことがある、とインタビューで語っているが、確かにちょっと意外だね。ポールは昔の作曲家を高く評価しているそうで、トニーもそれを「若い人に伝えたい」と語り、「古いものがわからずに何ができるのか」というようなことを言っている。
全くね、何かというと過去を捨てなければ新しいことはできない、などという輩が特にビジネス界には多いが、この言葉を聞かせてやりたい、特にあの**にはねぇ・・・、あ、これはここだけの話。 ポールとの共演はロンドンのアビーロードスタジオで録音されたそうな。

American_classic面白そうと思うのは、ディキシーチックスとの共演かな。彼女たちのCDは持っていないけど、VOA Special: American Mosaicで紹介されていて、Bushに対する言動も頼もしいし、音楽も結構好きだ。それに何といっても意外な感じの組み合わせだからね。

音楽のみなら既にCDが出ている(左イメージ)ので曲目と共演者はアマゾンからちょっと拝借しておこう。アジア版はボーナストラックがあるそうだ。

1. ブロードウェイの子守歌(デュエット相手:ディクシー・チックス)
2. スマイル(バーブラ・ストライサンド&ピンカス・ズーカーマン)
3. プット・オン・ア・ハッピー・フェイス(ジェイムス・テイラー)

4. ザ・ヴェリー・ソート・オブ・ユー(ポール・マッカートニー)
5. いそしぎ(フアネス)
6. ラグス・トゥ・リッチズ(エルトン・ジョン)
7. ザ・グッド・ライフ(ビリー・ジョエル)
8. コールド、コールド・ハート(ティム・マッグロウ)

9. イフ・アイ・ルールド・ザ・ワールド(セリーヌ・ディオン)
10. ザ・ベスト・イズ・イェット・トゥ・カム(ダイアナ・クラール)
11. フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ(スティーヴィー・ワンダー)
12. アー・ユー・ハヴィン・エニー・ファン?(エルヴィス・コステロ)
13. ビコーズ・オブ・ユー(k.d.ラング&クリス・ボッティ)
14. ジャスト・イン・タイム(マイケル・ブーブレ)
15. ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス(スティング)
16. アイ・ワナ・ビー・アラウンド(ボノ)

17. シング・ユー・シナーズ(ジョン・レジェンド)
18. 霧のサンフランシスコ(ソロ)
19. ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイング?(ジョージ・マイケル)
20. イフ・アイ・ルールド・ザ・ワールド(ワン・リーホン) ※アジア用ボーナストラック

TVでは、ダイアナクラール、バーブラストライザンド、エルトンジョン、K.D.ラング、スティービーワンダー、その他(知らない歌手なので覚えていない)が録音風景ではなくTV用に収録したショーの画像になっている(実際に歌っているのかどうかは定かではないが)。

番組の最後は、20世紀レコーディング史上に残る重要な録音の一つとまで言われている(VOAニュースによる)「霧のサンフランシスコ」が、ピアノ伴奏のみのソロで歌われる。声は確かに衰えているけど、でもいいねぇ。
ただし、BS2の放映ではピアノソロ中に日本語の余計なナレーションが入ったりしてちょっと興醒めだった。僕が好きなのはその昔、FMでエアチェックしたビッグバンドのバックで歌っているライヴバージョンで、カウントベイシー楽団だったような気がするが、アマゾンで検索してみるとベイシーとの共演で歌っているCDはないのだなぁ、記憶違いだろうか。

うーん、新年三箇日連続の更新だ。それから、珍しくPart V(映画)も更新しましたので、よろしく。

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2007/01/02

初詣

元旦の午前中はカラリと晴れていたが、午後からは曇り空となり今日は朝から雨。

今日は初詣に、と予定していたのだがこれではちょっと出かけにくい。しかし地元の神社というのは、田舎のこととて秋祭りと正月三箇日以外は神主さんがいないのだ。さらには正月でも3時までしかいないので、それまでにいかないと各種祈願受付はしてくれない。今年は孫の高校受験合格祈願を、と義父がはりきっているから何とか行かねば。

Ishrine といっていると午後には雨も上がってきたので、やっと近所の神社に初詣に出かけた。出かけたはいいんだけど、交通安全とか宮参りはあるけど、合格祈願はメニューにないんだって。どうしましょうか、といっていたら宮参りの申込書に必要事項を書いて出してくださいとのこと。こんなところは融通が利くというか、テキトーというか。一緒に交通安全祈願もしてもらうことにした。

正月といってもそれほど参拝者が来るわけではない。だから誰もいない拝殿に上がって待っていると、以前にも交通安全祈願をしてもらったことがある丸顔で何となく朝からお酒が入ってそうな(赤ら顔の)神主さんが出てきて、ご祈祷をしてくださった。多分、普段は他の仕事をしてるんだろうな。だからかどうか知らないけど割と簡単に済んだ。

イメージはカメラにしか使っていないケータイ(カタカナで書いた方がそれらしい)で撮ったものなので、ちょっとブレ気味。

信心があるかというと、義父はとても信心深いけど、僕はそうとはいえない。とはいうものの、何となく縁起担ぎとか、昔からの風習とかはしておかないと何となく良くない気がするのは、ごく普通の日本人かも。

今年も良い年でありますように。

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2007/01/01

明けましておめでとうございます

Fire_tower 本blogの数少ない読者のみなさま、明けましておめでとうございます。旧年中は、たまにしか更新しないblogを辛抱強くお読みいただきありがとうございました。特に年末にかけては公私とも色々と時間に追われて、書きたいネタは色々あったものの満足にまとめることもできず焦点の定まらない内容ばかりで、我ながら情けなく思っております。

とはいうものの、私事ながら昨年は色々と変化のあった年でもありました。いいこともあまりよくないこともありましたが、考え方次第で「万事塞翁が馬」、今年はそれをバネにもっと充実した年にしていきたいもの。

イメージは近所にあった古い望火楼(火の見櫓)。今年はこんな櫓から落ち着いた気持ちで世間を見渡すような、心のゆとりを持ちたいものです。そうすれば、本blogや、姉妹blogも今年はもう少しましなものが書けますでしょう。

では、本年もよろしくお願いいたします。

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