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2007/02/12

Boston '91 -Driving Around

Mansion ビジネスの後は、ホテルまで送っていただいた後、夜に片山氏宅の夕食に招待していただくことに。当時はまだ、ボストンに日本人が訪ねて来ることは珍しいことだそうで、だからうれしいからとご招待してくださった。左は、片山氏のお住まいのご近所、大邸宅街を通った時の写真。いわゆる英語でいうマンションだ。

やがて哀しき外国語/村上春樹著」では、白人インテリの間でのあからさまな人種差別はないが、地域的な区別による厳然とした差があるという話があり、rough neiborhoodという英語が出てくる。ボストンでもそれが厳然としてあるというお話をこの時に片山氏から聞きながらの車窓風景である。

地名は覚えていないが、この地域は金持ちか何らかのステイタスのある白人しか住めないのだそうだ。いくらお金があっても黒人は不動産屋が仲介や紹介をしないのだそうだ。片山氏は非白人ではあるものの、日本人でハーヴァードの教授というステータスがあるためにここに住むことが可能だったという。

途中で黒人街、いわゆるrough neiborhoodに近い辺りも通ったが、やはり日本の建売住宅のような庭もほとんどないこじんまりした家ばかりで、何となく雑然とした雰囲気があった(とはいっても日本の都会にある建売よりは大きかったように思う)。

Monument 右は何の建物だったか(駅だったかもしれない)の前にある、片山氏の作になるモニュメント。通り過ぎしなに説明されて慌てて撮ったので、あまりよく写っていないが、中央辺りにある丸い彫刻がそれ。

Work1 一旦ホテルに帰ってから、夕方にまた片山氏が車まで迎えに来てくださったと記憶している。その夜はちょうど生徒さんの作品がカーペンターセンターで展示されるので、見ていきましょう、ということでまた一旦センターに寄る。
左上は日本人生徒によるセンターの地階を目いっぱい使った大きな作品で、確か卵をイメージしたものとお聞きしたように思う。手前下のベンチと比較すると、その大きさが分かると思う。
Work2 右は黒人の生徒の作品、というかセンター全体をカラフルに照明してダイナミックな作品に仕立ててしまったもの。確か、昼間にその生徒さんが来ていたか何かで、彼はちょっと悩んでいて相談に乗っているんだよ、というようなお話をされていたと思う。
こうした作品は、抽象画に多少なりとも関心が出てきた今なら面白いと思うだろうが、当時は「へぇー・・・、でもよく分からん」というのが正直な感想だった。

Weber 次の写真は出入り口の辺りに飾ってあったような気がする。何だったのか分からなかったが、絵の上にある"Idelle Weber"を検索してみたら、彼女のサイトがあり、経歴を見るとハーヴァードで教えていたことが分かった。おそらく片山氏が同僚の絵として紹介してくださったものだと思う。サイトにある作品は色鮮やかな植物などだが、残念ながらこの写真は写りが悪いようで、Paint Shopで調整してもきれいにはならなかった。

Katayama 最後は片山氏のお宅での記念写真。左から片山利弘氏、奥様、そして同僚のモデュロール・セールスマン氏(私人が写っている写真なので小さくしています)。家はその辺りでは大きなものではないが、白くてモダンな建物で、いかにも芸術家の家という雰囲気がした。左の壁に黒っぽく見えるのは、片山氏の作品がかけてあるものだ。

この時は、ボストン名物のロブスターを御馳走になったが、当地ではバターなど油っこいソースで食べるのが一般的だが「これはあっさりと醤油味でいただく方がおいしいんだよ」というのが片山氏のご意見。
この後、ダウンタウンでロブスターを食べたこともあるが、確かに奥様の作られた醤油味のソースでいただいたロブスターが一番おいしかった。

食事の後は、色々な話を伺ったと思うがもうあまり記憶にない。印象的だったのは、ちょうど湾岸戦争の直後だったこともあって、アメリカの世界に対する警察というような意識の高さを話され、それに対する日本人の自覚の低さを嘆いておられた。
連合赤軍のときだったか、総理大臣が「人の命は地球より重い」とか発言したことを馬鹿げた話だとおっしゃっていたが、当時は日本はそんなレベルだったのは確かだ。
先年の自衛隊イラク派遣や日本人が過激派の犠牲になったことなど、今はどう思われているだろうか?
それから、地名に大袈裟な名前をつけることが流行っていて、お宅の前のごくありきたりな通りも「こんな通りまでStreetでなくて、Avenueなんていうんだ」とおっしゃっていた。

とにかく、先日のNHKでの石井裕MIT教授もすごかったが、片山氏は高卒でデザインを中心に芸術界に入り、実力でスイスのガイギー社のデザイナーからハーヴァードの教授にまで昇りつめた方だから、並大抵の苦労ではなかったろうと思う。それを感じさせる明瞭な姿勢と、やや傲慢とも思えるほどの自己主張が感じられたことは覚えている。

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