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2007/03/30

Il Canal Grande

一昨日の"A Foggy Day in Vanezia"にいただいたコメントで、ゆうけいさんからMJQの"No Sun in Venice"をご紹介いただいた。ロジェ・ヴァディム監督の同名映画(邦題「大運河」)のサウンドトラックである。

Dh000003_3 残念ながらこのアルバムは持っていないが、その中の曲"Three Windows"がMJQとスイングルシンガーズの共演盤に収録されている。そちらのアルバムについては以前に少しふれたことがあるが、高校の時に買って何度も繰り返し聴いたものだ。その解説にあったロジェ・ヴァディム、大運河、ヴェニスという言葉と、短調の静かに、しかし徐々にクライマックスに向かうフーガ形式の曲に、ヴェニスの大運河を想像してみたりしたものだったが、'81年末から'82年初に訪れたヴェニスは、そのイメージのままの霧に沈んだ灰色の世界だった。

Dh000004_2 大運河はヴェニス本島を二つに分けて真ん中を逆S字型に通り抜ける運河。右上は、リド島へ渡ったときに船から撮ったサンマルコの鐘楼。塔頂が霧にかすんでいる。そこから左に目を向けると大運河の入り口、つまり左の写真となる。すっかり霧に包まれてほとんど何も見えない。

船で15分ほどでリド島に到着する。雨と霧に包まれた冬のリド島は、夏のリゾートがすべて閉鎖され、ほとんど人影もない寒く淋しい島だった。誰もいない海岸を二人で歩き、ホテルの朝食で余分にもらったオレンジマーマレードの入ったクロワッサンを軽いランチ代わりに食べたことだけが印象に残っている。結局、写真も撮らず、そのまま本島に帰るしかなかった。

Dh000027_1 帰ってきたサンマルコ広場も霧に包まれている。鐘楼の横に宙に浮いて見えるのは、夜になると照明になるライトが左右の建物から張られたロープに吊り下げられているものだ。

ところで大運河はイタリア語ではil Canal Grande 。映画の題名についている副題「グランカナル」はフランス語ではないかと思う。

"Three Windows"は延々と短調で静かに流れるが、最後は長調で終わる。霧に沈んだヴェニスも最後には素晴らしく晴れたことと、何だか符合している。

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2007/03/27

A Foggy Day in Venezia '82

A foggy day...とくれば、in London town...、「霧の...」、「想い出の...」、というとサンフランシスコかな・・・といっても歌を知らないと面白くも何ともないけど、今回もイタリアはヴェネツィア。JazMysさんからコメントをいただいたので調子に乗って想い出のアルバムを続けてみよう。

Dh000013 今回は「霧に包まれた冬のヴェニス」。最初は霧にかすむドゥカーレ宮殿を港の方から眺める。
真ん中あたりにある杭の上に白いものが乗っているのがお分かりでしょうか・・・かもめですが、次の写真はそのかもめさんをメインに撮ろうとしたもの。といっても望遠があるわけではないので、あまり大きくは写ってないけど、その左にとぶかもめの姿もDh000014何とかとらえて、 Return to Venezia、なんちゃって(これも’70年代のECMを知らないと面白くないけど)。

(続く、多分)

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2007/03/24

Venezia, 1982

Boston '91シリーズもちょっとだれてきて中断したまま、そこに副業がまた入ったりと少々忙しいけど、ネガCD復活で懐かしい写真が出てきたので、ちょっと一休みしてアップしよう。
これは1982年、新婚二年目の年末から奥さんと正月にかけて二人でイタリア旅行をしたときの写真。クリスマスの翌日から新年までの9日間、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアをまわる旅だった。

Fh000018

天候にはあまり恵まれなかったし、ヴェニスは雨と霧に包まれ、満潮になるとサンマルコ広場は海からの水が入り込んで水浸しになるし、ちょっと大変だったけど、それはそれで素敵な旅だった。
うーん、「霧に包まれた冬のヴェニス」って舞台としては哀愁があってちょっといいんではないかい・・・などと言ってみたくなるね。
だからそんなヴェニスの印象が強いので、ネットで見る観光案内のような晴れた夏のヴェニスの景色にはちょっと違和感があったりする。

上は雨模様の港。ここからヴェネツィアングラスのムラノ島や、ヴィスコンティの映画で有名らしい(僕は見ていないが、奥さんは見たそうだ)リド島へ渡ったりした。

Dh000034 ただ最後の日、朝早く近くの鐘楼からの鐘の音で目が覚めてホテルの窓から外を見やると、素晴らしく青い空が見える。急いで二人で外へ出てみると、それまでの雨や満潮時の海水で濡れた街が朝陽に照らされて、信じられないほどの美しさに輝いていた。右はホテルから程近かったサンマルコ広場。早朝に聞こえた鐘は多分、この鐘楼からの音だと思う。

Dh000047 ついで海岸に続く道、左端に見える傘を持った人影は奥様。傘はここヴェニスで買ったのだけど、Voilenzinoというちょっと怪しげなロゴが入っている。もちろん例のブランドものでないのは明らかだけど、日本の傘より一回り大きなおしゃれな傘で、値段もお手頃、結構丈夫で10年以上は使っていた。手前には、サンマルコ名物の鳩がいたりして、なかなかといい写真ではないかと思う。

Dh000062左は、港につながれたゴンドラと朝陽にかすんで見える対岸のサンジョルジョマッジョーレ島。
これはお気に入りで、A4くらいの絵に描いたことがあって、中学卒業以来の僕の唯一の絵画作品になった。その絵はどこかにしまいこんでちょっと行方不明。

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2007/03/15

Red Roses for White Day

タイトルはもちろん、スタンダード曲の"Red Roses for a Blue Lady"のもじり。

Dscf1491 昨日はホワイトデーだったから、ヴァレンタインデーのお返しと日頃の感謝を込めて、奥様のために梅田地下街の花屋さんで赤いバラの入った小さな花のアレンジメントを買い、JR神戸線新快速に乗ってはるばると神戸の果てまで、というより明石まで帰ったのでした。本当はバラの花束にしたかったのですが、満員電車なので持ち運びやすい小さなアソートメントにしたのです。

タイトルは実は二番煎じで、以前にほったらかしのMy Websiteに書いた日記の焼き直し。ちょっとそちらから引用してみると:

ところで我が家ではずっとホワイトデーなんてものはなかった。というのもバレンタインデーにはチョコレートに対し薔薇の花を贈ることにしていたからだ。
これはずいぶん以前なんだけれど、英会話学校で女性インストラクターがアメリカではバレンタインデーにはお互いにプレゼントを交換するのが普通で、男性は恋人に赤い薔薇を一本贈るのがいい、という話を聞いたからだ。
赤い薔薇、それも一本、というのが何ともキザというかカッコいいのだが、やはりそこまでは、ということで3本か5本を贈ることにしている。

アメリカ版 "Shall We Dance"では、クライマックスシーンでタキシードでバッチリ決めたリチャードギアがバラの花をもって奥さんの職場に現れますね。エスカレーターを上がってくる手に持っているのは、一本だけのバラ、というところが大いに意味があるということでしょう。日本版は最後まで見ていないので知らないけど、どうやらそんなシーンはないらしい。リメイクの際に、いかにもアメリカらしいシーンとして付け加えたのだと思います。

以前にアメリカに年一度の出張していた頃、何度か夜に正装をした若い男女が連れ立ってホテルの中を歩いていく様子を見たことがあります。やっぱり映画の中でもあれだけ決められるのは若い頃から正装をしてパーティーに出る習慣のあるアメリカだからこそ、あの一本のバラも自然に映画のシーンに現れるのでしょう。日本だと、いくら本人がカッコよくてもそうした習慣がないから、何となく不自然になりそうな気がします。でも最近の若い人たちは案外パーティーに慣れているだろうから、また変わってくるかもしれません。

Ikanago さて、我が家もやっとこの季節の風物、春を呼ぶ味覚、いかなごの釘煮を作り始めました。今年は全国的なブームに加えて暖冬の影響で不漁らしく、例年になく出回るいかなごが少なく、またお高くて、1kg2000円近いそうです。おまけに大きさがばらばらだそうで家内はちょっと不機嫌です。以前は、2kgで1000円なんて時もあったそうですから、神戸や明石の主婦の方々にとってはブームも迷惑な話です。

今日は4kg作ったところで、早速、いかなご宅急便の専用箱に入れて大阪の親戚に送るようです。「いかなご宅急便」なんて冗談みたいですが、写真の通り、本当にあります。スーパーにはお裾分け用パックが売られていることを、ゆうけいさんもblogに書かれていました。パックというのは、いかなごを入れるための空のパックです、念のため。

ちょっと驚いたのは、マリンバの佐藤先生が最近は毎年、お手製の釘煮をヴァイブの赤松氏に送られているということが、昨日のVibraphone Connectionに書かれていたことです。間接的ながら僕の縁からめぐりめぐってつながったご縁だと思うと、うれしくなります。

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2007/03/11

Boston '91 -Artists of The Nation

場面は再び"The Carpenter Center for the Visual Arts"に戻る。

The_nation ちょうどこの時期にセンターでは、風刺画展"Artists of The Nation, Brushes with Politics, The Art of Social Commentary"が開催されていたので、それを見に行った。もちろん、片山氏に招待されたからだが。

長寿命雑誌"The Nation"に掲載された様々な風刺画の原画展だったのだと思う。左はその時にもらったパンフレットで、1991.5.1-6.3の開催とある。原本がちょっと見当たらないが、文書登録ファイルの"DocuWorks"に登録していたので、そこから画像として取り込んでみた。政治を風刺した漫画原画展だが、僕は政治には疎いところがあるので、残念ながらもう一つピンとはこなかったように思う。
Wikipedia(USA)によれば、The Nationは1865年から続く政治と文化を題材とする週刊誌で、 "the flagship of the left" 、つまりは左翼の旗艦なのだそうだ。

Fh010005右は展示会風景。人が多いし、簡単なパーティーで軽食を食べたような覚えもあるので、オープニングの日だったのかもしれない。だとすると5月1日ということになる。
パンフレットには23人の画家の名前があるが、知っているのはBen Shahanくらいだ。

Image2その次の写真は拡大なので少々粗いが、奥にキッシンジャーのカリカチュアが見える。パンフレットによれば、David Levineという作家の作ということだ。画面では顔しか見えないが、キッシンジャーが地球と**をするという、あまり品の良い内容の絵ではないが、当時のキッシンジャーに対する痛烈な風刺になっている(のだと思う)。何といっても"The Flagship of the Left"だからね。

Fh010007 次の二枚は多分、センターから眺めた大学構内。よく見ると、中央右よりにあるピンクの花の咲いた木の向こうの道を自転車で通り抜ける人がいる。Fh010008_1

オープニングパーティーは6時から8時とあるから、陽射しが傾いてきた頃ではないかな。欧米は日本に比べると、夕刻は遅くまで明るいからね。

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