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2007/06/24

静岡名物あべ川もち

後半に続くといいつつ、また時間が空いてしまったが前回の続き。

学会も無事終了、ではなくて5時過ぎまでありその後は懇親会、翌日も続くのだけど、僕は5時過ぎの新幹線を予約しているので、早々に失礼する。

200706161641000 外に出るとかなり温度は上がっていて暑いが、湿気はあまりないので日陰に入れば爽快なくらいだ。

来る時はちょっと遠回りしてしまったので、近いと思われる商店などの並ぶちょっと広めの通りを通る。地図を見るとどうやら北街道というらしい。何だか宿場町でもありそうな名前だね。
何故か土曜日なのに女子高生が制服姿でウロウロしているが、しかしスカートが短いね・・・なんてことをいっている暇はないのだが、ふと「静岡名物」という看板に目が止まり、お菓子屋さんらしき店にふらふらと入ってしまった。

何が名物なのだろうかとキョロキョロしていると突然、「静岡名物、あべ川もちはこちらでございます」という手招きする元気な声がする(声が手招きするんではないんだけれど、本当にそんな感じなのだ)。なるほど、確かに新幹線の車内販売でも静岡辺りであべ川もちを売っていたね。実にうまいタイミングでご丁寧な声をかけられてしまうと、「こいつぁ、静岡のもちだぁ、まぁひとつ、買いねぇ買いねぇ」なんて森の石松でもあるまいが、「あ、こうつぁ買わずにおりゃりょうかぁ、ペペン、ペンペン。

「あべ川といえばこし餡でございますが、つぶ餡と抹茶味もご用意しております。ご自由に組み合わせいただいたらよろしゅうございます。こし餡だけにされるもよし、二種類、三種類と選ばれるもよし、それぞれにご用意いたします。」
「三種類それぞれお選びなさいますか、ではこちらで詰めさせていただきますので、どうぞ。」
「こちらではこのように凍らせておりまして、ご注文いただくごとに箱詰めしておりまして、予め詰めたりしてはおりませんのですよ。」
「二時間ほどしましたらちょうど食べごろになりますが、パックにして脱酸素剤を入れておりますので一週間は日持ちいたします。」

なるほどね、新鮮さを保つに冷凍しているのか、和菓子としては珍しいね。

「これまでお味で苦情をいただいたことは、一度もございませんのですよ。」
「一度だけありましたけどね、それはお味ではなくてお買い上げいただいて二時間と申し上げたのに我慢し切れなくて、一時間ほどでお車の中で開けられたそうで、『まだ冷たくて凍っている』とおっしゃいますんです。」
「それはお客様、まだ凍っておりますからね、二時間はお待ちいただかないと」

ふむふむ、しかしよほど自慢のお味なのだろうね、すらすらとよく喋ることだが、そういいながらも手元は実に手際よくあべ川のパックを箱に入れ、さらに砂糖と黄な粉のパックを入れて包装紙で包んでくれた。ありがたく箱を頂き御代(600円少々だったと思うがよく覚えていない。口上の割には安いという印象だった)を払うと、急いで静岡駅へと向かった。

200706161651000 途中、静鉄の踏み切りで電車がきたので慌てて撮ったのが右。何だかワケの分からない写真になってしまったが、車体に"LuLuca"書いてあるのは多分、ICカードの宣伝なんだろうな。

結局、駅へついたらまだ十分に余裕はあったので、もう少しお菓子屋さんでお土産を物色すればよかったかな。
駅構内で売っているお土産はもう一つな感じだねぇ、「あべ川もち」も売っているが、パッケージもちょっと貧相だし、さっきのお店ほどおいしそうにみえないし、冷凍していないから賞味期限も三日しかない上に、こちらの方がお値段がちょっと高い。

とはいうものの結局、夜のお菓子という意味不明なキャッチフレーズで有名(?)な「うなぎパイ」を買ってしまったが、真夜中のお菓子「うなぎパイV.S.O.P.」というさらに意味不明なものが売っていた(恐れ多いのでそれは買わず)。

200706161854000_1 ということで無事新幹線に乗車、学会の資料でも読もうかと・・・いう間もなくすぐに寝入ってしまった。

200706161914000 大阪駅から西明石には「こだま」に乗り換えるのだが、この列車は一昔前の型なので、左右に二席ずつで実にゆったりしているし、ソファーのように軟らかくてまるでビジネスクラスのようだから好きなんだが、二駅しか乗れないのがちょっと残念だ(右上がひかり、左がこだま)。

200706161936000 西明石に着く頃には真っ赤な夕焼けがきれいだった。

Abekawa 「静岡名物あべ川もち」は、言葉どおりにとてもおいしゅううございました。

お店の名前は「松柏堂本店」、僕の入った店が本店だったようだ。創業慶応三年というから、老舗だったのだね。静岡へお立ち寄りの節は是非、お試しください。

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2007/06/21

駿府城跡

ちょっと時間が経ってしまったけど、先週の土曜日は某学会出席(発表ではない、単なる聴講)とそれに合せた展示があって、静岡まで行ってきた。

予報では天気は崩れそうだったのだけど、見事に裏切る素晴らしい天気。

200706160953000 静岡だから富士山が見えるかと思ったのだけど、残念ながら会場付近からは見えなかった。新幹線でも静岡駅を過ぎてトンネルを通った後でないと見えなかったと思うから、仕方がないかな。

会場は静岡市民文化会館(左上)。どうやら市役所やら体育館とか集まっているところらしいけど、ちょっと会場をでてウロウロしてみたら、それよりも徳川家康の駿府城跡の公園に隣接してこれらの施設を建てていることが分かった。200706160956000

駿府城は影も形もないけど石垣と堀が残っており、家康像もあるらしい(時間がなかったので観ていないけど)。

駿府城というと、岡崎(実際には浜松城にいたらしい)を拠点にしていた家康を、秀吉が領地を増やしてやるという名目で小田原の北条氏をけん制し大阪城からさらに遠ざけるために国替えさせたところ、だったと思う。

家康というとタヌキ親父、ずるがしこい、とか、特に秀吉贔屓の多い関西では評判がよくないが、原因は明治政府が政策的に徳川幕府を悪者扱いにして政権安定を画策したことが大きな原因だと近年には言われるようになった、と思う。

しかし何といっても家康見直しのきっかけになったのは、吉川英治の小説だろう・・・といっても歴史はその時代の解釈でどんどん変わるものだし、あくまで小説であるから真実かどうかは別問題だが。

200706161001000 実をいえば、家康に興味を持ったのはもう20年ほど前、英会話学校に通い始めた頃のインストラクターが何故か日本史が好きな人で、その人のクラスで家康の功績について聞いたのがきっかけだった(そのインストラクターについては、Blog Part IIIでちょっと触れています)。

それで吉川作品を読んでみる気になったのだが、実に全26巻という長大なもので(世界最長だったような?)読み始めるまでは最後まで読めるかな、と不安があったものの、読み始めるとこれが実に面白くて最後まで息つく暇なく読んでしまった・・・というのは大袈裟だけど、これだけの長さを中だるみもほとんどなく、また実在の膨大な登場人物も実に巧みに書き分けて、それは素晴らしい小説であることは確かだ。

200706161004000 26巻といってももちろん文庫本で読んだのだけど、大阪から神戸に引っ越した際に間違って捨ててきてしまったようで、今は見当たらない。まぁ、あれだけの長大な小説だから、また読む時間があればもっと他の小説をたくさん読むほうがいいと思うので、なくてもいいのだが、記念に置いておけばよかったな。

左上は、駿府城周囲の石垣上の散歩道。右上は門の前で知り合いらしき人と話し込んでいる、人力車のおじさん。いずれも携帯電話のカメラなので画像があまりきれいでないのは仕方がない。検索してみたら、もっと奥に行くと立派な門とか櫓があったらしい。残念。

学会の方は中々と有意義で、展示の方も多くの方が見てくださったので、まずまず成功。

ということで後半へ続く。

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2007/06/10

Boston '91 -Around the Hotel

1991年ボストン滞在記、最後はホテル周辺。

Fh010021 宿泊先はMarriott Copley Place。素晴らしいホテルだったはずだが、どうもほとんど記憶にない。

地図で確認すると、Huntington Avenueに面しており、この通りをホテルからガラス張りの陸橋が伸びている、その中から南西方向を見たのが右の写真。丸いドームはどうやら、Christian Science Churchという建物らしい。キリスト科学教会?・・・何だか分からないがそいうことか?

ではなくて、Wikipediaによると「キリスト教科学」などと呼ばれ「全ての病気の原因は心的なものであり、人間の病気の本質は心の中の虚偽とか幻想から起るとし、それを取り除くためには神とつながる霊的理解によらねばならぬ」ということだそうだ。だから医学的な治療は拒否するとか(日本のWikipediaは何故かココログでリンクできないので、リンクは貼っていません)。うーむ、そんな教会があったとは知らなかったな。

閑話休題。

Fh010026 右の写真はホテルの部屋から見えた住宅街。多分、南東方向だと思うが、中央左辺りに壁面が四角く白く塗られているアパートが見える。

Fh010024_1 何だろうと見に行ったら壁画が描かれていた。何を意味しているのかよく分からないが、左下の方にどうやら作者の名前が書いてあるようだ。拡大してみると、Garcia、**kowski、Belsey Nellis、Ricardoというように読める。 屋根の煙突が何となくいい感じだ。

Fh010023 陽射しは夕刻、オレンジ色に輝いてきている。

Fh010025_1 こちらは最初にあった陸橋を道路側から見たところ。かなり陽が傾いてきている。割と気に入っている写真で、自転車を押しながら道行く人やタクシーが、これから始まるナイトライフを予感させる。

八角形の踊り場のようなものがあるが、確かそのうちの一つに回転扉と身障者用の自動扉がついていた。ビルとビルをつないでいるから、空調とかの圧力調整なのかもしれないが、よく分からない。この頃はまだまだ日本では身障者を考慮した設備がなかったころで、身障者専用というところにちょっと感動したことを覚えている。

回転扉は昨今、日本でも多くなったものの管理の悪さから事故が相次いだことは周知のことだが、アメリカでは以前から回転扉が多く、だから安全面での管理も行き届いているのだろう。ただ車椅子など身障者には優しくないので、それとは別にわざわざスイッチを車椅子に合せた位置につけた普通の自動扉をつけるというのがよく分からないが、後からつけたのかもしれない。

Fh010027 最後はこの旅の目的の一つであった見本市のあったHynes Convention Center。これも何だか立派なセンターだが、よく覚えていないなぁ。

さて、やっと1991年ボストン滞在記も終わったが、旅はさらにトロントへと続きます。

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2007/06/08

実に摩訶不思議

実に摩訶不思議なスケールと拍子だが・・・、弾いてみると意外と面白かったりするんですよ・・・と書いていた前回。

Stellas Picks Clicksさんからのコメントへの返事も書いたが、実はこの投稿をした時は、楽譜のところで「ウッ」となって他のマンガに飛んでしまい、この物語の後半は読んでなかった。
で、後から読んでみたら、この曲はプッチーニの「トスカ」から『3幕のアリア「星は光りぬ」よ』ってな台詞があって歌う場面(右上画像)まであるんですね。

そこでネット検索してみたら・・・、ありましたねぇ。

William and Gayle Cook Music Library
Indiana University School of Music

G. Puccini Tosca

多分、著作権も切れているから楽譜もネットで公開されているのだろう。『3幕のアリア「星は光りぬ」よ』ってなもんだが、「星影のステラ」っていうくらいだから、左のメニューで多分ACT III  "E lucevan le stelle"だろうとクリックすると左に楽譜が表示される。

で、ずずーっと、言うまもなくP.287の最後の小節が、ぴったり例の摩訶不思議な楽譜の音列に一致する。

Score2_1 楽譜を遡ると、前の曲の最後でBminor、6/4拍子となってそのままこの曲に続くようだ。そして確かに3/4拍子になるのだが、マンガで空白になって半分だけ見えている小節は存在せずに二段目の小節がそこにこないといけない。もちろん、#は当り前だがFとCにつく。Tosca

拍数があわなかったのも、符点が抜けていたり十六分音符が八分音符になっていたりとかだからだ。両方の画像を見比べればよく分かる。

しかし音楽をテーマとしたマンガだからねぇ、楽譜の初歩の初歩である調性記号の位置を間違えているのはどうかと思うな。恐らくは元譜を見たうえで描いているのだろうから、なぜそのまま正確に写さなかったのだろうか、不思議といえば不思議だ。

音楽を多少かじっていれば分かるような初歩的なミスだが、プロである以上、ちょっと気をつければ誰かに確認できたはずなのに、それもせずに描くというのは実に怠慢だと思うがね。

でも僕も知らない分野のことで、いい加減なことを言ったり書いたりしてるかもしれないから、気をつけよう。

しかしこのメロディーは聴いたことがある。いかにもプッチーニ、イタリアオペラらしいメロディーだ。摩訶不思議なスケールの前衛音楽風アレンジ(?)も面白かったけどね。

と書いて、もう一度二つの楽譜を見比べて、ふと感じたのは、ひょっとすると誰かがメロディーを聴いて、ささっと採譜したものではないか、ということだ。

この物語では主人公が憧れる先生から送られてきた手紙にこの楽譜が同封されていることになっている。だから拍子とかはいい加減だがとにかくメロディーを楽譜に書いて送った、という設定でわざと適当にしたとか・・・、ま、しかしそれなら#の位置は間違えませんわな、考えすぎか。

補足:タイトルを書かずにアップしたので、最初の文がタイトルとして表示されてしまった。だからそのままタイトルにしました。

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2007/06/05

Irregular Scale...

Flowerss_1 某月間マンガ、、っていっても右のイメージでまる分かりだが、途中で何度もタイトルやら発売期間が変わったものの、我が家では随分以前から継続して読んでいる。

一応、女性向け雑誌だが結構面白い連載があるし、ジャンプのように読むマンガが少なくなってあっという間に終えてしまうということもない。最近、楽しみに読んでいたのが、諸葛孔明を主人公にした中国三国志時代の物語と、戦前の某有名音楽大学を舞台にしたピアノと恋を巡る物語だ。

Scores 諸葛孔明はとうとう今月号で終了してしまったが、音楽マンガはまだまだ続きそう、と思っていたら、あれ、これは何だ?

Score2 うーむ、不思議な楽譜だ。ト音記号があるにもかかわらず一段目は#記号がDとAについていて、拍子指定はないが一小節に5拍ある。しかし二段目は#がEとCに移動していきなり四分の三拍子と指定があるが、2拍半しかない・・・と、次の小節はどうも6拍のようだ。三段目になると#はさらにFとDに移動するがやっと3拍になっている。

実に摩訶不思議なスケールと拍子だが・・・、弾いてみると意外と面白かったりするんですよ。

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2007/06/03

People in America

久しぶりにこのblogの本来のテーマ、英語とジャズにしよう。たかけんさんから教えていただいたVOA Special English(以下SE)は相変わらず続けて聞いている。これだけまじめ(?)に続けているのに、どうも英語聞き取り力はそれほど向上していないような気がするのは情けないが。

SEもテーマがたくさんあるが、最近はもっぱら"American Mosaic"と"People in America"を主に、"Explorations"と"Scinence in the News"、"Words and their Stories"を時々加えて 聞いている。他にもトピックがまだまだあるが、手が、というか耳が回らない。

各トピックはテーマごとに週一回程度で更新される。無料のMP3ファイルをDLしてUSBプレイヤーにコピーし、毎日の通勤電車内で聞いているが、さらにそこに音楽CDも2枚分くらい入れたり、その上、途中で寝てしまったりで、結局全部聞くのに時間がかかってしまい、SEの更新ペースになかなかとついていけないのが実情だ。

"American Mosaic"はいつも三つの題材があって、アメリカに関する一般的なレポート、世界のリスナーからの質問、そして必ず音楽ネタが最後にある。音楽ネタは大体が最新ポップ情報なので、あまり関心のある分野ではないが今様(古い!)を聞けるのは貴重な機会といえる。15分くらいの結構長いショーだ。
そう、ショーなんですね、いつもお決まりのイントロは、"On our show this week, we answer a question about...., play some music from..., and report about...."

"People in America"はアメリカ史上で重要な人物を取り上げていて、なかなか面白いのだが、意外というのかジャズにつながりのある音楽関係の人が結構出てくる。やはりアメリカの生んだ素晴らしい文化だからだろうね。先週はかのElla Fitzgeraldだった。"She was known as America's first lady of song."という紹介から評価の高さが伺える。

と、書いたところで気がついた。"known as an American first lady"ではないのだね。first ladyといのは普通名詞ではなく称号のようなものだから無冠詞ということか。しかしAmerica'sというのは何故かなぁ。
やはり聞いているだけだと、あまり気がつかずに流してしまうから、テキストを確認した方がよいということだな。

Ellab Ellaというと、1975年に来日した際に、確か大阪厚生年金会館だったかに聴きに行った。実はその時のBootleg(右のボケたイメージ)がある。もう20年以上前のことだから、時効ということで・・・。今はテレコがないので再生できない。どこかで調達してCDにでも焼きなおさないといけないね。

Ella Fitzgerald began to have health problems during the nineteen seventies. She had the disease diabetes which caused problems with her eyes.

diabetesは糖尿病、そうだ、1975年公演では病気回復後の体とはいえ、まだまだ立派な体躯の時で、バックはかのトミーフラナガントリオだから、それは素晴らしいステージだった。

その後さらに病気は進んだという噂は聞いていて、雑誌でやせこけた写真をみてすごく驚き、悲しい気持ちになったことを覚えている。

Ella 僕が持っているエラのアルバムというと、実は一枚しかなくて最初の病気回復直後の1972年録音という、"Take Love Easy"というジョーパスとのデュオアルバム(LP)だ。

バラードばかりで、いつもの元気一杯の歌ではないがよく聴いたアルバムだ。この中の歌を参考に"Foggy Day"のMIDIファイルを作ってパソ通時代のジャズフォーラムにアップしたこともある。メロディーをテナーサックスにしたので、たかけんさんに修正していただいたと思う。

エラというと、Mack the Knifeの替え歌が有名なのは知っていたが、SEで解説されている話は知らなかった。即興の歌詞とはすごいね。

It was with his band in Berlin, Germany in nineteen sixty that Ella sang a famous song in a very different way. A man asked her if she knew the song "Mack the Knife. " Ella said she had heard it a few times but the band did not have the music for it. She said she would try to sing it anyway. This recording shows how she continued to sing "Mack the Knife" when she did not remember the words. The people listening loved it.

半音ずつ上がっていくのはもともとそういう歌なのかな。単純な曲だから各キーの練習にはちょうどいいかもしれない。

People in Americaでジャズと関連した音楽関係の人は(Gene Kellyはちょっと違うが):

John Coltrane
Billie Holiday
Gene Kelly

George Gershwin
Richard Rogers
Irving Berlin
Jerome Kern
Duke Ellington, Part I
Duke Ellington, Part II

他にもNina Simonとか、あるいはジャズではない音楽関係の人物記事があるけど、メニューには最近のものだけしかない。右上に検索ウィンドウがあるけど、過去の記事は出てこないのでアーカイブで探さないといけなくて、それがちょっと大変です。

いつもテキストとMP3をDLして保存しているものの、テキストは画像をちらっと確認するだけで全然読んでいなかった。改めて見直すと結構いい加減に間違って聞いているところがあるなぁ。

そうそう、John Coltraneは、"コルトレーン"ではなくて、"コゥ"と発音するのを初めて知った。しかし、"L"の発音はこういう場合ほとんど"ウ"に聞こえるから、"Co"が二重母音というわけではないのかな。"t"はもちろん、"ト"なんて発音しないが。

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2007/06/02

Miscellaneous

Tokyo1961 相変わらずボーっとしているので、頭に浮かんだことなど:

先日、藤原糊化・・・海苔か、あれあれ、駄目か・・・、例の披露宴をTVでやっていた。最後の方だけちらっとみただけだけど、あんまり品格のある印象はなかったなぁ。ご主人がお笑いの人だからそんなもんなのか、紀香さん、浮いていたような気がしたが・・・、本人たちが幸せならばよいのだけど、すごいお金がかかってるらしいね。
彼らが結婚式をしたので急激に人気が出たと聞く生田神社、実は我が夫婦はそれを去ること、20数年前に生田神社で式を挙げたのだよ。僕らは新婚旅行にお金をまわせるように、高校の同窓会館で節約披露宴だったけどね。

これも先日、仕事で色々と企画や発明をしている方に会いに行った。最初は仕事の話だったんだけど、途中から個人的な話に飛んでしまう。大体、こういう人は多彩だからね、話し好きで上手だし、面白い。
かつてはホンダのレーサーだったそうで、鈴鹿で何度も死にかけたとか。時速300km以上で走ると、秒速でいえば100m近い、0.1秒で10m、0.01秒で1mだ。
コーナリングはレーサーはみなほぼ同じコースをとるのだそうだが、そのスピードでコーナーに入る判断は、だからほとんど0.01秒未満の判断が必要になる。数メートル狂えばクラッシュ!、ここでいけるか、もう少しか、これで死ぬかも、いやもう少し、というようなSとMを併せ持った世界とか、過去とか未来とか考える世界ではないとか・・・というような手に汗握る話だったね。

ということで、冒頭のレトロな写真。

JazMys氏の米国旅行記が続いていて、今はアトランタなんだけど、アトランタは僕が初めて渡米した時の最初の滞在地で、なおかつ全くの一人、それも観光ではなくビジネスという想い出深い地だ。
ちょっと前に古いネガCD化作戦を展開していたのだけど、このアトランタとか翌年のサンフランシスコのネガが見当たらなかったもので、今日はそれを探していたら、出てきたのがこの写真。

「東京観光 1961.8.6 はとバス」と書かれている。これは僕の生まれて初めの遠方旅行の記録だ。当時、母の弟さん家族が東京転勤になったということで、母の両親、つまり僕の祖父母と母、そして従姉妹の5人で東京見物に出かけた時の記念写真だ。こんなものが出てくるとは思わなかったが、懐かしいね。1961年というと、まだ小学校低学年だ。もちろん僕もこの中のどこかにいる。
当時はもちろん、新幹線なんかないから、夜行列車の座席で随分と長い旅だったような気がする。
東京観光も断片的な記憶しかないけど、タクシーに乗った時に交差側の信号が黄色になると発進するので、とにかく東京はすごいなぁ、と思ったもんだ。

ということで、やっとアトランタのネガも出てきたので、CD化作戦再開、1991年ボストンも終わっていないけど、1987年アトランタも出てくるかもしれない。

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