« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007/10/28

New York, 2007 - Driving along the Country Road

From Cooperstown to New Beriln

朝食が終わって一息ついた頃に、またS氏が車で迎えに来てくれる。取引先の会社訪問である。CooperstownからNew Berlinというさらに田舎町というか、villageへと向かう。

Dscf1958_3 北海道のような、というより北海道より広いだろう-アメリカだからね。ホテルから会社まで、大体時速60マイルで飛ばして40分くらいかかる。

Newberlin2_2 飛行機で着いたSyracuseから宿泊先のCooperstownは随分と遠かったが、地図でみると直線距離で120kmくらいある。大阪からだと、三重県の桑名とか岡山県の備前辺りまでいってしまう距離だ。CooperstownとNew Berlinはこれも直線距離で35km、大阪-京都間に近い。改めて驚いてしまうが、その間はもちろん山林と農地や牧草地ばかりだ。

上のgoogle mapをクリックして拡大してみると、右手にCooperstown、その左にNew Berlin、左上にSyracuseがある。2003年に訪れた時は、中央辺りにあるHamiltonに泊まったから、この時の方が空港には近かったのだね。

Dscf1953 ちょうど大阪にきたお客様が京都に宿泊するようなものだが、それが北海道の大平原にぽつんとある感じだ。いくらアメリカでもこれほど離れたところに会社があるのは少ないようだ。

写真はそれぞれ途中の風景だが、こんな風景がずっと続く。こんな中に3泊4日いたわけだが、最初は遠いと感じていたのが、段々慣れてきてそれほどでもないような気になってくる。意外と適応してしまうのだね。

Dscf1951 左の写真では白い雲のようなものが見えるが、谷になっているところには早朝の霧がまだ残っている。

Dscf1960 そんな中に入ると視界が悪くなる。右がその写真。ぱっと見には高速の追い越し車線を走っているように勘違いするが、アメリカは右側通行だ。対向車も来る片道一斜線の地道である。そんな道を霧もかまわずS氏は平気で60マイルくらいで走っていく。時速60マイルというと約96キロだ。時には70マイルくらいで飛ばす。もちろん、家が並んでいるような場所では減速するが、それでも40マイルくらいだ。

ただし交差点になると、極端に慎重になるのは何だか微笑ましいくらいだった。なんせみんな100キロ前後で飛ばしている上に、交差点といっても信号のあるところは少ないから、そこだけは気をつけるということがマナーになっているのだね。

しかし交通量が少ないとはいえ、時速100キロのドライブはちょっとこわかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/21

Marimba 2007

毎年のことながら、10月は忙しい。

先週はボーイスカウト保護者OB会という意味不明な団体の奉仕活動(コミセン祭り)、今週は土曜は会社の意味不明な研修会と懇親会、今日は佐藤先生のマリンバコンサート2007、来週は業界見本市と娘の学校の文化祭だ。おまけに副業の方も入ったりしている。

Marimba071021 というわけで、今日は舞子ビラというホテルにあるホールで開催された佐藤先生主催のマリンバコンサートに行ってきた。毎度のことながら、二人分の招待状を頂いたので、家内と二人で無料の素敵な時間を過ごすことができた。

舞子は、古くから美しい浜辺として有名で、日本のあちこちに舞子と称した浜があるらしい。ただ本家の舞子の浜は僕が神戸に越してきた1960年代には、既にコンクリートの護岸ですっかり台無しにされていた。最近、人工浜を作ったとか何とかのウワサがあるようだが、確かめてはいない。むしろ今は明石海峡大橋がまたがる地点として有名かもしれない(詳細はこちらに)。

明石海峡大橋の壮大な眺めは素晴らしい。僕は毎日の通勤電車で見ているのだが、毎日の天候や季節の移り変わりによる、海峡と橋と淡路島の見せる表情の変化は飽きることがない。ただ、こんなでかいものを作る必然性があったのかという疑問がないことはないけどね。

さて、車で高速を飛ばして(というほどの距離はないのだけど)到着した舞子ビラでは、今日は日曜日ということもあってか、いくつかの結婚式があったようだ。なかなかときれいなホテルで、家内と二人、27年前を思い出しながら、新郎新婦や家族の人たちがウロウロするのを横目で見ながら、コンサートのホールへと向かった。

出演は先生のお仲間であるマリンビストが、北海道、横浜、名古屋から来られての四人での共演と、長年の先生の生徒さんである若い方々の四人の共演という二つのグループに大きく分かれている。

特にすごかったのは、バッハのトッカータとフーガニ短調だろう(あれ、原曲はト短調ではなかったっけ)。これはかなり複雑でテンポも緩急自在な曲だから、日頃お忙しいであろう先生方四名がどのように合せていくのか、非常にスリリングな面もあったが、やはりキャリアが違うというのか、最後まで息を抜けない演奏だった。

今回は、マリンバに加えて、その仲間であるシロホン、グロッケンシュピール、そしてヴィブラフォンを交えての演奏で、楽しい趣向が凝らされていた。

広澤園子さんによるヴァイブでの「白鳥」では、ペダルは踏んだままで右手だけでメロディーを弾きながら左の掌で消音していくという、一風変わった奏法をされていた。簡単そうに見えたので家に帰ってからやってみたが、意外と難しいですねぇ。ただ、停電だと演奏できない不便な楽器とおっしゃってたのはちょっと不満ですな。今はファンを使わない奏者も多いですからね。

若手の方々もどんどんと成長されて、素晴らしかった。

ということで時間がなくなったので、また続きはそのうちに書くかも・・・アメリカ滞在記もあるからなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/18

New York, 2007 - Clearing Fog

Clearing Fog over the Lake

Dscf1919 早朝散歩の後は朝食だ。たかけんさんもトルコ旅行ではABF(American Breakfast)だったそうだけど、こちらは本家ABF。

左上の写真がホテルの食堂。カメラが安物のほとんどトイカメラなのでボケてハレーションを起こしてしまっているけど、ここにも大きなシャンデリアがかかってたりして、素敵な内装だ。

日本流にいえば、バイキング、ただしあちらではバイキングといっても日本人がしょっちゅう来るような観光地のホテル以外では通じない。Buffet(バッフェ)などという。セルフサービスだから、チップはいらない。

写真には写っていないが、左の方には小さなコンロが並んでいて玉子焼きを作ってくれる。"Scrambled, or fried eggs?"とか聞かれたので、"Fried egg、just one"と応えた。"One"というのは何故かというと、焼いているのをみていると、卵二つで一回分なのだけど、僕は二つもいらないからね。

"Fried eggs"は目玉焼きのことだが、なるほど、二つだからまさに目玉だ・・・、いやいや、それは日本語だ。

黄身がオレンジ色をしてこんもりと、とても健康的な卵だ。さすがリゾートホテル・・・、関係ないか。

先に並んでいた人が横にある「具」らしきものを小皿にいれて渡していたので、僕も真似してみた。大体、こうした風習の分からない場合は人のやることをマネすればあまり間違いはないだろうと思ったんだけど・・・、コックさんから、"Do you want an omlet? You said "fried egg"といわれてしまった。そうか、具をもったらオムレツになってしまうのか。いやぁ、何も分からずにサルマネをすると恥をかいてしまうといういい例だ。仕方がないので、"Yes, omlet"とかいってごまかした。翌朝はfried egg (just one)をいただきました。

目玉焼きは"Sunny side up"かと思い込んでいたけど、"Fried eggs"だね。だまっていると両面を焼いて、黄身はまっ黄色になる。それがアメリカ風目玉焼きのようだ。こちらにちょっとした説明があった。

さて、後はそれほど珍しいものはなくて品数も多くはないが、アメリカでの朝食での楽しみは塩味の効いたカリカリベーコンだ。僕の子供のころは日本でもベーコンとは炒めればカリカリになって、しょっぱいものだったけど、随分以前からハムだか何だか分からないベロンとしたものになってしまっている。しかし、さすがにアメリカのベーコンはカリカリでしょっぱくて懐かしい。

飲み物は、アメリカだからコーヒーが似合うのかもしれないが、もちろん、アメリカンなんていったって通じないよ。僕は紅茶の方がよいので(別に詳しいわけではない)、"Hot tea."と一言だけいう。

そうすると、お湯の入ったポットがやってくるのだが、葉っぱが入っていない。変だね、と思っていると、何やら箱を抱えてやってきた美人のウェイトレスが、やにわに蓋を開けて"Which one?"と聞く。箱の中は升目にしきられてティーバッグが一杯入っているので、「お好きなものをお選びください」ということなのだね。

でも種類が一杯ある上に何が書いてあるのかよく分からないので、一目で分かった黄色い袋、おなじみリプトン紅茶を選んでしまった。美人のウェイトレスは、ニコっと笑ったけど、あれはきっと「この人、何も知らないのね」っていう笑いに違いない、などとヒネたことを考えてしまった。

翌日は数少ない知っている銘柄アールグレイにしようと、"Which is Earl Grey?"と聞いてみた。だけどあまり香りがなくておいしくはなかったな。その日は美人のウェイトレスではなくて、おじさんだったから・・・そんなことないか。

Dscf1920_2 朝食が終わるころには霧も晴れて、窓からは青空が見え陽の光が降り注いでいる。そこでもう一度、裏のバルコニーに出てみると、先ほどは霧に覆われてほとんど見えなかった情景に息を呑んだ。

Dscf1921 バルコニーに立つと、北へ続く湖が霧の中から姿を現しつつある。湖は南北に長く伸びた形をして、ホテルはその南端にあり、裏庭のバルコニーは北を向いて湖に臨んでいる。湖の霧が立ち昇る様は眩しいほどに美しく輝いていた。

Cooperstown 湖の名は"Otsego Lake"、Otsegoとはインデアンの言葉で"a place of meeting"を意味する。まさに「集いの場」と呼ぶにふさわしい。あたかも周りの樹陰からインデアン達が現れ、これからの一日の祈りを捧げるのではないかと思わせる。
  (ちょっと紀行文風にまとめてみました)

「湖から立ち昇る霧」の情景というのは、話には聞いたことがあるが、実際に見るととても幻想的だった。

ところで、地元のS氏などは湖をホテルの名と同じにOtesaga Lake(オテサガ)といっていたように思ったのだが、Google地図にはOtsego Lakeと書かれている。記憶違いかと思って調べてみると、どうやら同じ語が違うスペルで書かれていることのようだが、どうもよくは分からない。
  Journey through a pastime paradise
  The Story of Cooperstown

朝方の湿り気を帯びた空気が嘘のように晴れて爽やかだった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/10/14

New York, 2007 - Early in the Morning

9/17 Early in the morning in Cooperstown

到着後は時差ボケで夜は眠れず昼間は眠いのが普通なんだけど、今回はあまり緊張感がないおまかせ旅行だし、昼過ぎに空港に到着してその後は夕食まで起きていたためか、夜は意外と眠れた。といっても夜の10時頃に寝て12時頃に目が覚め、また2時頃から朝まで寝た、というパターンだけど、それでも随分と楽だった。

Dscf1916 翌朝、これも意外と気持ちよく目覚めたので、ホテル周囲を歩いてみた。今回はその辺りをご紹介。

まずはホテルの裏側のバルコニー。かなり濃い霧に包まれているが、この季節の朝はいつもこんな風なのだそうだ。歩いている人の服装を見ても分かると思うけど、空気が冷たい。

Dscf1917 続いてホテルのロビー。大ホテルとは違ってこじんまりとした、しかし内装の美しいロビーだ。最近は日本でもよく見かける、朝のコーヒーサービスが置いてあるのが写っている。

写真正面が入り口、つまり玄関で、このロビーをそのまま直進すると、カメラマンである僕の位置を通り過ぎ、そのすぐ背後にあるバルコニー(上の写真)へ出るドアに突き当たってしまう。決して大きな建物ではないし、設備らしいものも屋外プールとレストラン、バー、会議室数室、そしてお土産などを売っている小さな店がある程度だ。本当に何もない・・・これぞリゾートホテルの王道・・・かどうかは知らないけどね。ただし、ホテルに隣接して、全米でも有数といわれるゴルフコース、Leatherstocking Golf Courseがある。

僕はゴルフはしないので関係ないけど、Leatherstockingとは調べてみたら「革脚絆」ということで、開拓時代の旅装束の一つを指すのだろうね。"Leather-Stocking Tales"という古い小説があるらしい。

プールというのは最初の写真のバルコニーの向こう側、写真中央をよく見るとわずかに水色にみえるのがそのプールだ。出迎えてくれたS氏によれば、屋外温水プールなので、その気になればこの季節でも泳げるとのこと・・・、ということだけど、滞在中に泳いでいる人をみたことはないですね。

Dscf1918 続いて正面玄関から前庭にでてホテルを撮影。大きな木々がたくさん生えているのだが、それはホテル内だけでなく、周囲の住宅街にもずっと続いている。

初日の朝は特に霧が濃かったようで、大きな木の下に行くと枝や葉にたまった夜露がちょっとした風で雨のように降ってくる。

芝生を歩くと、靴がびっしょりと濡れてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/12

New York, 2007 - from DTW to Cooperstown

9/16 デトロイト発-シラキューズ経由-クーパーズタウン

デトロイトから行き先はNY州だけど、NYCではなくSyracuseだ。SyracuseはNY州北部にある都市で、マンハッタンよりはカナダ国境に近い、といっても宿泊地のCooperstownへ空港からすぐに移動したので、街の様子は知らない。

Cooperstownは二度目で2003年に訪れた時のことは、ほったらかしの僕のサイトに書いている。美しい湖畔の街で野球発祥の地として知られているが、それ以外はほとんど何もない小さな町だ。

空港まで迎えに来てくれた取引先のS氏の運転する車に乗って、高速や地道を100km前後で飛ばしても、1時間半くらいかかった。ほとんどなだらかな起伏しかない山林や牧草地ばかりで、北海道とよく似ている。残暑というより、まだ夏まっさかりのような日本から来ると、かなりヒヤッと空気が冷たい。

Otesaga 宿泊先は、これも取引先が用意してくれた湖畔の高級リゾートホテル、Otesaga Resort Hotelだ。しかし・・・こういうのが本当のリゾートホテルなのかもしれないと思わせるほど何もない。昔は何かの学校だったというきれいな建物と美しい湖、大きな木々といった自然に囲まれているだけ、お店や飲食関係は歩いて数分のメインストリートまで行かないとないが、メインストリートもほんの10分も歩けばおしまい。

ホテルの周囲も住宅街、いわゆるアーリーアメリカンの古い家がまばらに建っているだけで、本当に何もない。

さて、ちょっと驚いたのがこんな高級ホテルでもセルフサービスということだ。ホテルに乗り付けると、高級ホテルだから当然、ドアボーイ(というのかな)がいて荷物を降ろしてくれるのだが、普通はそのまま部屋まで運んでもらってチップを払うところを、S氏は「自分で運んでもかまわないか」とドアボーイに聞いた後、「チェックイン手続きをしたら、カードをもらって後は自分で運んでね」という。あるいはリゾートホテルはこんなものなのかな?なんせ、リゾートホテルなんて初めての経験だからね。

Dscf1911 それと最近は枕銭というのも置かないのだそうだ(S氏談)。高級ホテルだからと思って$2置いたのだが、初日はなくなっていたものの、翌日は置いたままだった。

ということで、上の写真が僕の泊まった部屋。20畳以上あるんではないかという部屋でカメラに入りきらない。写っている面積の4倍はあると思っていただければよろしいかと。これに2畳くらいのクロゼットと6畳くらいのバスルームがついている(畳で数えるのが何とも貧乏臭いね)。

Dscf1913 右の写真がバスルーム。髭剃り用かと思うが拡大鏡になる凹面鏡がついている。 といっても位置が高すぎて、僕には使いようがなかったのだがね。並んでいるシャンプーとか石鹸は使用後の残りは捨てられるのだろうからと、頂いて帰って使っている。あちらのバス用品は香りが独特だ。

さて、到着は夕方だったので、一休みした後は夕食にでかけた。メインストリートのイタリアレストラン、やっぱりアメリカ。でっかい皿に山盛りのパスタ(スパゲッティのようだったけど、正確には違うらしい、よく分からない)で半分くらいしか食べられなかった。S氏いわく、オーナーが変わって味が落ちたとのこと、確かにあまりおいしくはなかった。

外に出るともう暗くて、ブルブル震えるほどに寒かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »