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2007/12/30

From Here to Eternity・・・

今年もとうとう終わりだ。毎年のことながら、バタバタといううちに年があけてしまうだろう。

51f08w0qt5l__aa240__2 中途半端なままに年末を迎えてしまった、やり残したことが色々あるのだけれど、冬の休み初日の昨日は家人が借りていた「ベルサイユのばら」全巻と外伝を手に取ったのが運の憑き、いや運の尽き、3-4時間を費やしてしまった。連載当時やその後の話題は知っていたし、ベルサイユ宮殿で実際に撮影されたという映画も封切時に見に行ったけれど、原作を読んだのは初めて。しかしこれを描いたとき、池田理代子は24歳だったというから驚きだ。

池田理代子は僕より上の世代になる。所謂少女漫画を僕が読み始めたのは勤めだしてからで、当時は萩尾望都や竹宮恵子全盛時代、その頃に出た作品集を全部買って読んだりとか、結構はまっていた。あの頃から少年漫画より少女漫画のほうがレベルが高くなっていた気がするが、そのきっかけが多分、「ベルサイユのばら」だったのだろう。

という話ではなくて、やり残したことが片付くだろうか、という話だ。

"New York - 2007"はまだ前半段階、この後はマンハッタンに移る。

その中で訪問先のCEO氏が11月に来日して講演したことはちょっとだけ触れたが、その講演内容をmixiのコミュニティーにアップすること。

それから技術資料の翻訳、これは何とか一段落はしているけど、まだ続きがある。

年賀状は会社関係だけは出した。これはプリンターにしてから随分と楽にはなった。今年も娘の絵をプリントしたもので、緑色のネズミというかなり変わったデザインになった。

仕事の方も来年やらないといけないことなど、まとめなければならないけど、これが一番まとまらない。

ついでにBlogに書こうと思って書いていないこと:

来日したCEO氏の講演の通訳をしたのが三回、東京、金沢、京都。

東京出張の帰り、新大阪でこだまに乗り換えたら、見たような顔のおっさんたちがどやどやと入ってきた。

お、自由席はガラガラやないか。これからはグリーンとか指定よりも自由席やな。

そのこだまはグリーン車がなくて普通の指定と自由席だけだけど、自由席の方が空いている。席はゆったりしてグリーン車なみだ。多分、指定席の方が客が多かったのだろう。

そうだ、思い出した、あのおっさんたちはチャンバラトリオだ。

最初は何か話していたけど、後はビールを飲んでいたようで実に静かでした。僕は横目で見ながら西明石で降りたけど、何というか、貫禄と迫力があったなぁ。

200711140902000 その週末には金沢へ。大阪駅での乗り換えの時間を間違えて指定席をとっていたサンダーバードにタッチの差で乗り遅れる。でもすぐあとに雷鳥が出るので自由席で乗ることが出来た。サンダーバードと雷鳥は同じ電車だと思っていたのだが、違うということを初めて知る。(左は車窓からの風景)

小松で北陸担当の営業さんと待ち合わせだったが、電車の中から彼に遅れる旨を連絡。このときばかりは携帯電話を持っていて助かったと思う。何とか時間は間に合いそうだ。

小松駅で降車、急いで改札を出て営業さんの車に乗り、東京から来るCEO氏を小松空港へ迎えに行く。

空港の到着ロビーで待っていると乗客が出てきた。CEO氏の姿もみえた。荷物が出てくるのを待っているようだ。

乗客がぞろぞろ出てくる。

あ、なんかケバイねぇちゃんがきたで。
 ん?、あぁ。
 (真っ白なロングドレスにサングラスをかけたやや長身の女性二人が歩いてくる)
二人そろって、まるで叶姉妹みたいや。
 ふ~ん
あっ、あれ、叶姉妹や。
 あぁ? え? えぇっ?!

おしまい。

おまけ
PICKS CLICKSさんをマネて、お悩み手帳

駅の表示に悩む

200711061602000 仕事で吹田の某所へ行った時の、大阪モノレールの駅の表示。

当駅Here前駅From

Here? From? From・・って、どこやねん?!

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2007/12/24

New York 2007 - Leaving on a Limousine

Leaving on a Limousine

パーティーの翌日は、Cooperstownを離れ、用意してもらったリムジンでManhattanに向かう。

Dscf1974 朝早く、ベランダをのぞくとリスがピョコピョコと歩いていた。

都会から来た日本人にしてみれば珍しいが、ホテル周辺を歩いているとよく見かける。

Dscf1975_2 扉を開けると人を恐れる様子もなくピョコタン、ピョコタンと離れていった。

Dscf1977 後を追って裏庭に降りると芝生が夜露でびっしょりと濡れて、履いていたスニーカーが水浸しになるほどだ。

Dscf1978 湖畔を回ってベランダに戻る階段を上がろうとすると、先ほどのリスがベランダに上がった時の足跡が残っていた。

Dscf1976 リゾートホテル最後のAmerican Breakfastの後、早朝のCooperstownを出発。

リムジンの運転手以外はもう誰も迎えには来ない。

リムジンは大きめのリンカーンだった。

まだ霧の深い田舎道を走り抜ける。

Cooperstownがあるのは、Otsego County、New BerlinはChenango County、いずれもインディアンの言葉からきた地名のようだ。

Otsego means "meeting place"
Chenango means "pleasant river flowing through the land of the bull thistle"

Dscf1981 大柄でpot bellyな運転手がガソリンと自分の食料補給に立ち寄ったガソリンスタンド。 僕は水を補給。

  

Dscf1982 こんなごく当り前なガソリンスタンドに、何だかいかにもアメリカに来たと感じてしまった。

 

*タイトルの"Leaving on a Limousine"は60年代の歌 "Leaving on a Jet Plane"のもじりですが、車の場合は"Leaving in a Limousine"の方が自然みたいです。
あるいは、Dumbo's Leaving on a Jet Plane

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2007/12/23

New York 2007 - Around the Hotel

アメリカでは土地よりも住宅の価値が高いというのは、割と知られていると思うけど、実際に見てみると古い住宅を大切にしていることがよく分かる。

Dscf1944 Cooperstownのような街では、100年とか200年以上の古い住宅を修復して住んでいる場合がとても多いそうだ。そして古いほど価値も高い。

こうした感覚は、古い家の修復などお金がかかるし面倒だと、すぐに建替えてしまう日本とは全く違うようだ。

アーリーアメリカンなどと十把一絡げにいうわけには行かないのだろうが、ホテル周囲にもそんな家が多くあった。Dscf1945

古いかどうかというのは素人にはよく分からないが、S氏によれば地元民ならある程度は分かるらしい。まぁ、長年すんでいるんだからそうなんだろうけど、簡単に見分けるには、土台を見るのだそうだ。

Dscf1946 この辺りの家の土台は薄い石板を重ねてあるのだが、重なり方が緻密で整っているのは比較的新しい家、あまり整っていないものが古いのだそうだ。
もっと新しい家は石ではなくコンクリートになるのは予想できるね。

Dscf1950 早朝、まだ霧がかかっている通りを犬を連れて颯爽と散歩する女性の姿。

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2007/12/22

New York 2007 - Party, Party-Part III

Party, Party - Part III

Cooperstown最後の夜は、以前に講師として来日したことのある取引先のお客様や幹部の方々とのディナーパーティー。今回の写真はすべて同行した貿易担当氏の写したものです。

P1030320 午後のホテル裏庭。

ガーデンパーティーをするのか、閉じていたパラソルが開かれ、テーブルにはナプキンなどが用意されて、湖畔に集う人影も見える。ただしそれは僕らとは違う別のグループ。

僕たちの会場は室内だが、明るい間はベランダで飲み物などを楽しみながら、ディナータイムまでを過ごす。
同じ会社の同僚ばかりだから、当り前かもしれないが、やっぱりアメリカ人はパーティー慣れしていると感じる。気にせず気楽にしていることだと思うがついつい構えてしまう。

P1030347 右端にいる長身で口ひげの男性が、色々と面倒を見てくださったS氏だ。アメリカ人には珍しく(?)お腹が出ていないスラっとした実にダンディーな人だ。以前に来日した時も、若い女の子に大人気だった。
その前で背中が見えている方が最高経営責任者。といっても僕より若いのだけどね。

P1030345 CEOの彼は社業は現社長たちに任せて、販促活動などと共に学術研究や講演会を仕事として世界中を回ったりしている。
日本にも毎年のように二週間程度滞在しては各地で講演やら説明会をするのだが、以前は僕がその通訳でずっとついていたりしたし、ビジネスが始まるより以前から業界の技術会議などで面識があったため、どちらかというと堅苦しくないお付き合い(というほどではないけど)をさせていただいている。初めてお会いしてからもう20年近く経ってしまった。今年も実は11月に来日されて、東京、金沢、京都にご一緒した。

P1030340 さて、そろそろ陽も陰ってきたのでパーティールームに移動するが、その前に記念撮影。結構な人数だ。
この近辺に住む人たち(といっても結構な距離)が大半ではあるが、来日時に世話になったからとマンハッタンから夫婦でわざわざ自動車を飛ばして来てくださった方もいらっしゃったし、仕事にかこつけてノースカロライナから来られた夫婦もいらっしゃる。どちらも夫婦で活躍されている。

P1030370 パーティーのテーブルはこんな風。

アメリカの料理は量ばかり多くて大味でおいしくないという噂は全般的には当たっているが、このホテルのように一流のところに行けば決してそんなことはない。
僕はやっぱりアメリカだからとステーキを頼んだのだが、量もそれほど多くないし、とてもおいしくいただきました。

写真はもうデザートの時のものだが、食事をしながらの歓談は日本とあんまり変わらないといえば変わらない。顔はボカしてあるけど、僕も写っています。いかにも日本人、って感じだなぁ。

途中で来日経験のある人たちに何か面白い話、"Funny story!"を、というリクエストに応えてそれぞれに経験談を話す。

S氏は九州でイカの活け造りを食べた時、刺身にされたイカが生きて動いていて、それを見た同行の女性講師が箸でつついたら動いたので、びっくりして"It's alive!"と叫びながら恐る恐るまたつついた、という話だ。
ただ、実際に活きたまま料理されているといってしまうと、アメリカ人は恐らく眉をひそめるだろうということから、実は刺身の下に生きたイカが置いてあってあたかも刺身が生きていてフレッシュな印象を与える演出ですと僕が説明してくれた、と変えていた。そんな説明した覚えはないんだけどね。

外国でこういう話をする場合はちょっと気をつけたほうがいいってことだね。

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2007/12/16

New York 2007 - American Chinese Japanese Restaurant

滞在中、毎日の送り迎えで貿易担当さんは助手席で運転中のS氏と色んな話をしていた。

今回は後部座席で時々ウトウトしながらも聞くともなしに聞いた話。

日本にいると中々実感できないが、今では日本文化は世界中に浸透している。アニメは有名だし日本料理もそうだ。

Dscf1957 僕がアメリカに行きだした1980年代後半頃は日本料理店というと都市部にしかなかったようで(未確認だけど)、日本人の駐在員や出張したビジネスマンがたむろする高級料理か、怪しげな日本もどき料理だったように思う。無目的で金だけは持っている留学生やら何でもいいからアメリカにわたったらしき日本人が増えて日本の評判を落としたりもしていた。

しかし今ではちょうど日本にイタリア料理やフランス料理があるようなレベルでアメリカにも日本料理が浸透している。だから日本に来たアメリカ人が上手に箸を使うのを見て、「箸を使うのが上手ですね」というのは野暮というものだ。むしろ変なクセのついた日本人よりもずっと上手だったりする。中華料理や韓国料理でも箸を使うしね。

前回ご紹介したNew York州の田舎、New Berlinに住むS氏の近所にもとうとう日本料理店ができたそうだ・・・といっても車で30分くらい・・・多分、時速60マイルで30分だろうけど、あの辺りでは近所なのだろう。

奥さんと行ってみたところ、S氏の評価もまずまず満足の味だったそうだ。実はS氏の前職はシェフということなのでこれは信用してもよいだろう。ちなみにS氏は国際営業部長で日本だけでなく韓国や中国も含めてアジアには何度も来ていて、アジア慣れしている。

ということで、ジャパニーズレストランでのS氏夫妻の会話再現:

奥さん: 感慨深げに「この辺りにも日本人がやってきて日本料理店を開くようになったのねぇ」
S氏: 「いや、あれは日本人じゃないよ、中国人だ」
奥さん: 「日本料理店だから日本人でしょ、中国人だって分かるの?」
S氏: 「あぁ、分かるよ、似てるけど違うんだ」
奥さん: 「じゃぁ、証明して見せてよ」
S氏: おもむろにウェイトレスを呼んで 「ニイハオ」
ウェイトレス: 「ニイハオ」

結局、このレストランは日本に料理の修行に行った中国人が開いたものだったそうで、アメリカでは最近、中国人や韓国人が日本料理店を開くことも増えているとのこと。

一昔前なら中国人が日本料理を習ってアメリカの田舎で日本料理店を開くなんてことはまずなかっただろうが、今では中国人や韓国人が日本料理店を開いてビジネスが成り立つくらいにアメリカでは一般化しているということだね。

逆に言えば中国人はそれだけアメリカ社会に浸透しているということか。

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2007/12/02

New York 2007 - New Berlin

Up-State in New York

今回は同行の貿易担当さんが写した画像をもらったので、New Berlinの町をご紹介しよう。

P1030266s New Berlinのメインストリートに入るところ。日本では見たことがないが、信号機がつるされているのはアメリカではおなじみ。道路の真ん中で街路樹などに邪魔されずに見やすいし、数も少なくてすむという利点はありそうだ。星条旗があちこちに見られたが、同時多発テロの起こった9月だからかもしれない。

Yard_sale 彼の写真は僕のよりずっと解像度が高いので、拡大すると色々と面白い。上の写真の左手前を拡大すると、”Yard Sale →”と書いたダンボールが木の電柱に貼ってあるのが見える。右に行くと Yard Saleをやってるから来てね、ということだね。

Speed_limit その右側を拡大すると、アメリカらしい白い建物と、”SPEED LIMIT 30”と書いた看板がある。町に入ったら30マイル、ということは制限速度は時速48キロということだ。このくらいの広い通りで歩道があるなら日本でもそんなものかな。

P1030267s 時計台を見ると、ちょうど12時、昼食時だ。”SOUTH 8”とある看板は、南方向は8号線というような意味だろうか。

P1030268s_2 こちらの写真には NORTH 8、WEST 80、EAST 80とあるから、南北方向が8号線、東西方向が80号線ということのように思えるが、WESTとNORTHの矢印が同じ方向なのでよく分からない。

Main その左側を拡大してみると、手前はガソリンスタンドで奥はコンビニかな。309という数字はガソリンの値段だろうか? 一ガロンが$3.09とすると、リッター¥100くらいか?思ったほど安くないが、確かに案内のS氏もガソリンがすごく高くなったと嘆いていた。道路標識には交差方向が”WEST ST”、直進方向が”N. MAIN ST”とある。North Main Streetということではなかろうか、ということはまさにメインストリートだったのだ。

Houses 中央にはゆったりとした建物が並んでいるのが見える。実にうらやましい広さだが、日本でも田舎に行けば同じか。

Buick 手前に駐車している車を拡大してみるとBUICKだが、塗装がはげちょろで、すごい。ひょっとすると再塗装するために一部を剥離しているのかもしれないが、アメリカ人は車の外観を気にしないといのは本当だと思う。

P1030269s こちらは唯一の、かどうかは知らないけど銀行。右手を通る汚れた車があるが、こんなのがよく走っている。

P1030270s 時計台が何の建物かはわからないが、その横は薬局だね。SERVICE PHARMACYPRESCRIPTIONSなどと書かれている。道路の上は電線だらけで、アメリカも田舎になると地中に埋めずに電柱で張っているのがよく分かる。歩いていくるお二人は、手前が午後の技術講習をしていただいたMTさん、後ろは午前中の打合せに参加されたSSさん。

School_bus 時計台の前にある黄色の菱形の看板を拡大してみると、”SCHOOL BUS STOP AHEAD”と書かれている。その向こうの看板は”Hair”という字に女性の顔が見えるから、時計台の建物内に美容院があるのだろう。
白いペンキがはげちょろけたらしきレンガ造りの建物は西部劇にでもでてきそうだ。さらにその向こうに見える搭は教会かな。

P1030271s こちらが昼食をとった、”NEW YORK PIZZERIA & RESTAURANT”だ。確かにニューヨークにあるんだけどね。
こういうちょっと暗い赤なんかを使った色使いがアメリカらしくて、しゃれているね。アメリカは意外というか、原色ではなく渋い色をうまく配色しているのをよく見かける。

Pizzeria マンハッタンばかりがニューヨークじゃないよ、といわんばかりに、看板には”A Legendary Taste”と書かれている。「伝説の味」というと大袈裟かもしれないが、とってもおいしいよ、ということだね。

”A Legendary Taste”と不定冠詞がついているのは、あちこちにおいしいところはありますが、ここもおいしいんですよ、ということなんだろうか? 冠詞は難しい。

ということで、New Berlinの目抜き通りでした。北海道よりも早く冬が来るそうなので、今はもう雪に覆われていることでしょう。

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