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2008/12/20

モーリス・ルイス 秘密の色層-III

モーリス・ルイスの秘密に迫る、ラーナー博士の講演-1

Actionpainting ラーナー博士は修復の中でも特に近代から現代の絵画とそれに使われた材料(絵具や塗料)の研究をされている。講演では、ルイス以外についても色々と興味深い話をされた。僕のメモと記憶から一部を抜粋してみる。

近代以前の伝統技法による絵画であれば、材料はある程度限られてくるし、修復の歴史も長いので、どのように修復していくかの見通しは立てやすい。しかし、現代絵画では、例えばジャクソン・ポロック(右写真:Artinthepicture.com)は絵具だけでなく工業用塗料、建築用塗料など表現に適すると思えば様々な材料を使ったことで有名だが、何を使ったのかは画面だけから特定することが難しい。

そのような場合は、一番よいのは本人に確認することだが、亡くなった人では不可能だ。何らかの記録が残っていれば参考にはするが、本当に正しいのかどうかはまた別問題だ。本人に聞くことができる場合でも記憶が曖昧であったり勘違いしていることもある。

残されたアトリエの写真から判断することもあるが、たとえばそこに塗料の缶が写っていたとしても、その塗料を使ったのかあるいはゴミ箱に使っていたのか、何の確証もない。

かくのごとく、現代アートの修復に際しては未知数が非常に多くなっており、材料学を含む自然科学を総動員して研究する必要性がある。

絵具以外の材料の例として、ピカソは建築用アルキド塗料(1908)、ジャクソン・ポロックはニトロセルロース・ラッカーや屋根用反射塗料(アルミ塗料)を使っていた。

ルイス展の図録は、作品が15点と少ないこともあって5mm程度の薄いもので、解説なども非常に簡単だが、ラーナー博士の研究書のルイスに関する部分の訳が掲載されている。モールス・ルイスの作品は初期のアクリル絵具マグナを使わなければ出来なかったといわれているが、そこに到る過程について、次のように書かれている。

---引用---
Frankenthaler 1936年にニューヨークでダビ・アルファロ・シケイロスの実験工房に短期間参加し、そこで数多くの合成塗料や多様な制作手段に触れていたにもかかわらず、その制作活動の初期において、ルイスはまず油絵具を使用した。しかし、1953年に友人のケネス・ノーランドとヘレン・フランケンサーラーのアトリエを訪れたことが、彼らの制作方法に重要な転機をもたらすことになった。二人は、フランケンサーラーがその絵具で実現した効果、とりわけ、ごく薄い塗りの使用による色彩と「カンヴァスの布地との一体化、すなわち分離した塗膜ではなく染みだということ」を高く評価した。ルイスは特に下塗りが施されていないカンヴァスにおける染み込みの可能性に惹かれた。ノーランドは、「僕らは油絵具をカンヴァスに染み込ませるのを躊躇した。なぜなら油絵具はカンヴァスを台無しにしてしまうからね」と述べている。
写真左上:Helen Frankenthaler(mintwiki/Mint Museum of Art)

Picturefrahkenthaleracrylics シケイロスの実験工房にはポロックも参加したことがあり、シケイロスの現代絵画への影響は材料からスタイルに至る広範囲なものであったことが分かる。右はフランケンサーラーのアクリルによる作品 Nadir Rising (artnet)。フランケンサーラーは、カンヴァスに下塗りを施し筆で絵具を塗る従来の絵画技法ではなく、下塗りを施さない生のコットンカンヴァス、つまり綿生地にシャブシャブに薄めた絵具を垂らしこんでしみ込ませる、ステイン技法で描いている(写真左上)。

P1030414 ノーランドがカンヴァスに油絵具を沁み込ませるのを躊躇したのは、油絵具の主成分である亜麻仁油などの植物油は、脂肪酸から出来ており酸性であるため、下塗りをしていない生の綿生地に直接描画した場合、長期的には綿の繊維が酸によって劣化するからだ。その点、アクリル絵具は綿繊維を侵す心配がない。左の画像は昨年の米国出張の際に訪れたメトロポリタン美術館でのケン・ノーランドの作品。

ステイン技法では薄い絵具を使うため、カンヴァスの生地の色も発色に影響するし、何も塗られていない生カンヴァスも作品の一部となることが多いので、灰色がかった麻カンヴァスではなく、より色の白い綿カンヴァスが使われることが多い。麻カンヴァスは生地を構成する単繊維がかなり長いため油絵具の酸による劣化が遅いが、綿カンヴァスは繊維がずっと短いため、劣化も速いといわれる。

ルイスらがフランケンサーラーを訪問した1953年には溶剤系のアクリル絵具マグナは既に開発されている(1948年)が、フランケンサーラーは当初は油絵具を使っている。上記の引用でのノーランドの言葉からは、フランケンサーラーはまだ油絵具を使ったステイン技法をしていたようにも受け取れる。しかし彼女もやがて繊維劣化を懸念して水性のアクリル絵具を後に使うようになった。水性アクリル絵具は1955年にならないと現れない。

<続く>

おまけ:これであなたもポロック?

関連エントリー
- モーリス・ルイス 秘密の色層-I
- モーリス・ルイス 秘密の色層-II

*「カンヴァス」よりは「キャンバス」の方が僕にはなじみがあるのですが、川村記念美術館の図録の表現を尊重しています。

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