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2008/12/31

温泉めぐり-有馬・・・無駄にゴージャズ-1

とうとう大晦日、今年もBlogは書き残しが溜まったまま中途半端に終わってしまったが、最後は今年の温泉しめくくり。

ここ数年、年末は有馬温泉に一泊が年中行事となって今年も29~30日と義父を含めて5人で出かけた。

Dscf2311 いつもパック旅行なので通常よりは格安なのだが、予約が少し遅れたため我が家にしてはややお高いコースになった上に5人一部屋は取れず、キャンセル待ちで二人と三人の二部屋となった。

3時到着予定が、いつものことながら何やかやと出遅れて3時過ぎに出発だが、高速を飛ばせば40分もかからない。

今まではどのホテルでも車を玄関に横付けすると、従業員が出迎えに来てくれて、荷物を渡した後は駐車場へ案内されるか従業員に車を預けるのだが、今回は玄関からロビーまで少し距離があるようで誰も出てこない。だから、みんなを降ろしてから案内もなしに前方に見える駐車場へ自分で停めに行くことになった。

Dscf2319 何だかサービス悪いなぁ、と思いながら玄関に行くと女性従業員がやっとお出迎え、玄関からロビーまではやはり少し歩いてフロントにたどり着いた。右の写真はロビーから。眺めはかなりよい。

部屋は別館の方とのことで少し歩かねばならないが、有馬は山の中、エレベーターだけでなく階段も使って、さらには廊下もスロープになっていたりと、足の弱い義父には少々きつい。

特に階段は手でしっかりとつかめる手すりさえない。このホテルはバリアフリーを考えていない、年寄りには向かないホテルだった。こういうのは事前に調べないといけないのは確かだが、エレベーターだけではたどり着けないのに階段に手すりさえないというのはホテルとしての姿勢を疑うね。

Dscf2350_2 さて最初からあまりよくない印象が続いたが、案内してくれた仲居さんは愛想のよい親切な人ではあった。部屋に案内されて「こちらにベッドが二つあります」といわれ、聞き間違いかと耳を疑うが、見ると和室と洋室、バスルームにトイレが別々にある大きな部屋である。

ということはここに5人泊まるのか、二人はベッドになるなぁ、と思っていたら「こちらにお三人様、後のお二方は別の和室でございます」という。そうだ、二部屋予約だったのだ。

Dscf2313 そちらの和室もトイレとバスルームが別々になって和室との間に廊下があるという、普通よりはかなり大き目の部屋だ。こちらの部屋の方が眺めはよく、ホテルの庭と温泉が見える(写真右)。右のとんがり屋根が八角堂というその名の通り八角の木造建ての温泉、左へ行くと岩風呂がある。

う~む、10月の中国出張では無駄にゴージャスなホテルに泊まったが、有馬温泉家族旅行でもこんな無駄にゴージャスなホテルに泊まることになるとは・・・。

とりあえず年寄りを連れているので、温泉までの道筋を確認しに家内と八角堂に向かうが、こうしたホテルの常として部屋から浴場まではかなり歩かねばならない。

Dscf2315 温泉を確認後、そのまま敷地内に出られるので出てみると、ホテルとは別にロッジやレストランなどがある。さらにその向こうには「庭園」と書いた道標があった。寒いので庭園までは行かなかったが、どうも本来は我が家のような庶民が泊まるホテルではなかったようだなぁ。

部屋に戻ってからは、まだ食事まで時間があるので娘と家内の三人で温泉街にくり出して、みやげ物などを物色することに。

Dscf2322_2 「トンネルを抜けると温泉街だった」、なんてね、トンネルのあるホテルも珍しいだろう。

Dscf23232_2 年末だからか、年末にもかかわらずかは分からないけれど、結構な人手だ。

Dscf23242_2 有馬温泉も一時はかなり寂れたらしいが、若手経営者たちが旧態然とした温泉街を若者向けの街に見事に再生している。今でも次々と新しい手を考え出して、特に若者を取り込むことに成功している、全国でも数少ない例だろうと思う。

Dscf23272_2 こちらは無料の足湯。茶色く濁った金泉で、写真では分かりにくいが座っている人たちが足を湯につけている。柱にはもう注連飾りが飾られている。

また温泉はホテルや旅館だけでなく温泉だけの外湯があって、茶色の金泉と透明な湯の銀泉がある。六甲山を山歩きした人が帰りがけに湯につかっていくことも多いそうだし、最近は旅館は素泊まりで温泉は外湯、食事は街中のレストランや割烹で、というコースもできているそうだ。

Dscf23262 右はフラッシュを焚いていないのでブレまくっているけれど、玩具博物館やら名産品のお店やら色々と並ぶにぎやかな通り。

Dscf23282 娘のお目当ての玩具博物館の隣にあるミュージアムショップ「アリマリ」。その前で家内と娘のツーショット。

さて、今年はここまで。家内の御節料理の手伝い、といっても栗きんとんのサツマイモを裏ごしする力仕事を手伝わなければならないので、続きは来年、無駄にゴージャスや如何に。

では、みなさま、よいお年を。

- 是突然的中国旅行-2

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2008/12/25

Spaghetti Italiani

昨日のエントリーで「イタリアにはイタリアンドレッシングなどといういい加減な名前のドレッシングはない」なんて書いたが、実はスパゲッティの間違いだと気がついたので、訂正しました。

英語なら"Italian Spagetti"、イタリア語では"Spaghetti Italiano"となるかと、検索したら英語や日本語のサイトがドバドバっと出てきた。そうだ、イタリア語なら"Spaghetti Italiani"なのだ。これで検索するとイタリア語のサイトが出てくる。

スパゲッティは男性名詞で単数は spaghetto、複数は spaghetti、だからイタリアンという形容詞をつけるなら、単数つまりスパゲッティー1本ならば uno spaghetto Italiano、二本なら due spaghetti Italianiであるね。かつてイタリア語を勉強したことがあるものの、ほとんど忘れてしまったがこの程度は覚えている。

Spaghetti ということだが、イタリア語サイトで spaghetti italianiが出てくるということはイタリアンというスパゲッティ料理も存在することなのか、単にイタリアのスパゲッティという意味なのかは、書かれているイタリア語までは分からないけど、どうも画像やサイトの雰囲気からはイタリアのスパゲッティということみたいだなぁ。やはり伊丹さんは正しかったのだろうね。画像は、その名もずばり、SPAGHETTITALIANI.com。

さて、そのもう一つ前のQueen Magentaのエントリーだが、何と赤松氏からコメントをいただいてしまい、お褒めの言葉とアドバイスまでいただいてしまった。いやいや、嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。

しかし、Blog上の音源を聞きなおすと、何だかヘタな演奏がさらにヘタに聞こえて、こんなんだったかなぁ・・・と。元のwavファイルを聞いてみると、やはりかなり音質が低下し音のツブ立ちが相当に悪くなっていた。一方で最初に128bitで変換したmpgファイルはそんなに悪くない。

まぁ、そうですわね、元のwavファイルが23MB、128bitのmpgファイルが2MB、blogにアップした48bitファイルが779KBですからね、情報量が格段に違うので音質もかなり差があって当たり前でしょう。

Myspace もしお暇ならばMySpaceにアップした音源も聞いてくださるとありがたいです。

MySpace Taki
http://www.myspace.com/takivib

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2008/12/23

天明屋尚

美術ネタが最近は多くなっているのは、仕事関係であるけれど今頃になってそれを意識しだしたのかもしれない<-もっと早く気づけよ、といいたくなるが。

Fifa 天明屋尚(てんみょうや・ひさし)という名は全然知らなかったのだけれど、鎧武者がボールを蹴っている2006年ワールドサッカーのポスターなら僕も覚えているし、ご存知の方も多いと思う。

この10月に東京に行った際、東京支店の同僚から天明屋さんが個展をしているので是非見て欲しいといわれて、しかしちょうどアメリカからのお客さんの通訳で気疲れしていたしその時はどのような絵かも知らなかったし時間があるなら「ハンマースホイ展」をみたかったし、などなど実はあまり気が進まなかのだが、僕も開発に関った絵具でほぼ全ての作品を制作していてその保存性を気にされているとのことで、「お客様は神様」、行かねばなりませぬ・・・ので中目黒で同僚と待ち合わせてミヅマ画廊をたずねた。

天明屋氏はネオ日本画の絵師を名乗り、

婆娑羅、傾奇者、天明屋尚。
     この男、孤高の絵師なり。

という、何とも奇矯なキャッチフレーズを持っている。

日本画という語はよく聞く言葉だが、実はとてもいい加減な語である、というのは美術界では常識なのだが、要するに西洋絵画が入ってきた明治初期にそれに対する、それまで日本にあった絵を十把一絡げに「日本画」と呼ぶようになっただけのことである。

だから狩野派だろうが浮世絵だろうが、え~、あとは覚えていない、いや知らないけれど、とにかく江戸時代までに既に多種多様な様式の絵画があったものをひっくるめてしまったもので、たとえばスパゲッティーイタリアンなんていうのと同じなのだ・・・違うかぁ! -伊丹十三さんによるとイタリアにはイタリアンなんていい加減な名前のスパゲッティーはないのだそうだ

現在ではとりあえず日本画といえば何となく漠然としたイメージを持つ人は多いだろうし、とりあえず日本画という分類で描いている画家も多い。

しかし日本画というジャンルの現代の展覧会を見に行くと、ほとんどコンテンポラリーアートと変わらないような気がする作品が多くある。それでは何が西洋絵画ジャンルの日本のコンテンポラリーアートと違うのかというと、大抵の場合は「日本画材料を使っている」といのが答であるらしい。

日本画の材料については僕も大して詳しくないので簡単にいうと、膠(ニカワ)と岩絵具(顔料)が主な成分であり、基本的には画家が自分で原材料を買ってきて絵具を作る。

Maedaj それに対して天明屋氏は現代の絵具であるアクリル絵具を使っているために、日本画界からは異端視されているということらしい。同じような例かどうか分からないが、昨年亡くなられた前田常作氏(画像右)は曼荼羅絵で有名で絵を見ると日本画のように思えるけど、アクリル絵具を使っていて洋画家となっているから、日本画ではないらしい。どうも素人にはよく分からない。

さて、ミヅマ画廊は結構有名らしいのだけれど、行ってみると雑居ビルのような古い建物の中にある。

白い壁に鮮やかな、そしてDead Matte、つまり完全なツヤ消しで細密に描き込まれた大きな作品が何枚か展示されていた。

確かにこれは日本画と呼ばなくてどう呼ぶのか・・・、浮世絵をメートル単位に拡大したらこうなるのかもしれないし、絵具を開発した身から見るとこれはその特性を最大限に活かしたスタイルだと思える・・・それだけに保存は極めて難しい・・・そんな無責任な・・・。

残念ながら平日のお昼ごろで、天明屋氏はいないし訪れる人もほとんどいなかったが、これはちょっとした衝撃的出会いだった。

ただ氏の絵は日本独特の文化のある面を題材にしていて、それは武者絵や入墨などであり、見方によっては右翼的かもしれず、60~70年代世代の僕としてはやや抵抗のある、できれば避けて通りたい画題でもある。(作品は天明屋氏あるいはミヅマ画廊のサイトをご覧ください。)

現在、日本における若手、といっても40代だが、注目されている人として、天明屋尚、会田誠、山口晃の3人がよく引き合いに出るようだ。村上隆もいるがちょっと系統が違うだろう・・・多分。

Tenmyoya ということで何がいいたいか分からなくなってきたが、とにかく気になるのでネット検索していると、ニアイコールというシリーズで天明屋氏の制作風景や日常をドキュメンタリーにした映画があって、それがDVDになってアマゾンでも手に入ることが分かった。

こうしたドキュメンタリーが日本で作られて商売になるのか、ちょっと驚きではあったけれどアマゾンでユーズドが出ていたので、興味があるし仕事にも役立つだろうと買ってしまったのが二週間ほど前、今日、やっと全部を見ることが出来た、というか実際にはほったらかしていたのだが(今、確認したらもう品切れになっていた)

絵やDVDの写真からはかなり強面のお兄さんのような印象を抱くが、DVDで話す天明屋氏はとても穏やかで落ち着いた人に見える。確かに絵の題材は強面かもしれないし、鮮やかな色がちりばめられているが、どっしりと落ち着いた印象もあった。

DVDの内容は、天明屋氏のアトリエでの制作風景、子供の頃の話、影響を受けた河鍋暁斎などの話、などなど盛りだくさんなのだが、入墨とか武者とか、今ではアナクロとか右傾的とか、敬遠されがちな、あるいは現代日本では日陰にあるような文化も実は日本の一面として脈々と長い歴史を生き抜いているのだということに気付かされる。

このテーマは何もなければ存在すら意識に昇らす通過することさえないものだったろうが、一旦、気になりだすと、決して僕の守備範囲ではないのだが考えざるを得ないような気がするし、とても重いテーマだ。

それはジャズというアメリカ文化を趣味としてMySpaceに自作曲の演奏をアップした頃から、自分が日本人であるということが世界中につながるMySpaceにおいて表現できるのか、という疑問を持ったことと大きく関係している・・・かもしれない・・・違うかぁ!

追記 09.2.7
- より詳しい内容についてはTakさんのレビューをご覧ください。
天明屋尚展「闘魂」/弐代目・青い日記帳

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2008/12/21

Queen Magenta - Composition

ヴィブラホンの練習で適当に弾いている中で、それなりにまとまったメロディーができたことは以前に書いたが、中々と練習が進まないもののとりあえずということで録音してみた。

題名は前回の時に書いたように、Queen Magentaとすることにした。化学名からの語呂合わせで特に深い意味はないし、僕としては必ずしも曲のイメージがあっているわけではないのだけれど、まぁ、いいんじゃない、ということで。

U1aa03g1 Magentaというと今は赤紫の色を指す名前で印刷の三原色の一つでもあるけど、もとはイタリア北部ピエモンテ州にある都市名だ。色名の発端となった合成染料マゼンタはイタリアで発明されたが、名前の由来はWikipediaでも読んでください。右の画像は情報処理推進機構から。印刷の勉強になります。

717pxmagentaitaly1 ところでMagentaというのはどんな街なのか検索してみたらWikipedia英語サイトに画像があった。イタリアはどこの街も絵になるね。

ということで、Queen Magentaの録音だが、相変わらずミストーンがあるし、途中でつまづくけど、これも、まぁ、いいんじゃない、ということで。

音量や音質はSound Engine Freeで若干の修正をしている。wav→mpg変換は前回とは違う変換ソフトSwitch Sound File Converterを使ってみた。MySpaceへのアップ用には128bitで変換したのだけれど、それだと2MB以上になってcocologにはアップできない。cocologの制限=1MB以下にするには48bitまで落とさないと無理だったから、音質はかなり低下しています。できればMySpaceにアップした音源をお聞きください(08.12.25訂正)。

「Q-Magenta-2.mp3」をダウンロード

MySpace Taki
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関連エントリー
- Composition-Solo

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モーリス・ルイス 秘密の色層-IV

モーリス・ルイスの秘密に迫る、ラーナー博士の講演-2

ルイスは自宅のダイニングルームをアトリエに改装して使った。妻が仕事に出かけている昼間に制作を行い、夜には片付けていたという(これは乾燥の速いアクリルだからできたことで、油絵具では乾燥が遅くて不可能)。アトリエは狭く、彼の大きな作品を広げて描くだけのスペースはとてもなかった。

制作の秘密 川村記念美術館解説
ルイスは、自分のアトリエに他人を招き入れず、制作中は妻ですら入室を禁じていました。また、制作方法を記録したり、友人に話したりすることがなかったため、彼がどのように絵を描いたのか正確にはわかっていません。そのため、制作方法について専門家の間で様々な議論が飛び交っています。例えば、「ルイスのアトリエは4.3×3.7mの大きさにもかかわらず、どのように横幅5m以上の作品を描き得たのか?」「薄めた絵具をどうやって端から端まで均等な濃度を保ってカンヴァスに定着させたのか?」といった疑問は、いまだ解決されていません。

今回の講演ではこの制作の秘密がほぼ解明されたことが報告された。

ルイスのスタイルは大きく三つに分けられる。

三つの主要スタイル(同じく美術館解説から)

現存するルイス作品は600点以上、そのほとんどが幅3メートルを超える大作です。ちなみに、作家が破棄した作品も同数ほどといわれています。現存する作品群は以下3つのスタイルに大別することができます。(例示作品は一部変更)

Gimel1. 〈ヴェール〉
1954年、そして1958-59年に制作され、幾層にも流し重ねられた絵具の層が画面全体を覆い、透明感のある画面が特徴。1954年には16点、1958-59年には約120点が制作されています。

 《ギメル》 1958年 川村記念美術館 ©1958 Morris Louis

Deltam_22. 〈アンファールド〉
カンヴァスの両端から中央にむけて、鮮やかな色彩の絵具が流れ、中央に白い余白を残した作品。1960-61年に制作され、120-150点が現存します。

《デルタ・ミュー》 1960-61年 愛知県美術館 ©1993 Marcella Louis Brenner

181 3. 〈ストライプ〉
1961-62年に制作された最後のシリーズ。細長いカンヴァスに、いくつもの鮮やかな色の帯を束状に垂直方向に流し、緊張感を孕んだ画面構成が特徴。230点が現存します。

"Number 1-81" High Museum of Art Washington Postの記事より

講演ではまず、ヴェールのシリーズの技法から解説された。

<続く>

関連エントリー
- モーリス・ルイス 秘密の色層-I
- モーリス・ルイス 秘密の色層-II
- モーリス・ルイス 秘密の色相-III

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2008/12/20

モーリス・ルイス 秘密の色層-III

モーリス・ルイスの秘密に迫る、ラーナー博士の講演-1

Actionpainting ラーナー博士は修復の中でも特に近代から現代の絵画とそれに使われた材料(絵具や塗料)の研究をされている。講演では、ルイス以外についても色々と興味深い話をされた。僕のメモと記憶から一部を抜粋してみる。

近代以前の伝統技法による絵画であれば、材料はある程度限られてくるし、修復の歴史も長いので、どのように修復していくかの見通しは立てやすい。しかし、現代絵画では、例えばジャクソン・ポロック(右写真:Artinthepicture.com)は絵具だけでなく工業用塗料、建築用塗料など表現に適すると思えば様々な材料を使ったことで有名だが、何を使ったのかは画面だけから特定することが難しい。

そのような場合は、一番よいのは本人に確認することだが、亡くなった人では不可能だ。何らかの記録が残っていれば参考にはするが、本当に正しいのかどうかはまた別問題だ。本人に聞くことができる場合でも記憶が曖昧であったり勘違いしていることもある。

残されたアトリエの写真から判断することもあるが、たとえばそこに塗料の缶が写っていたとしても、その塗料を使ったのかあるいはゴミ箱に使っていたのか、何の確証もない。

かくのごとく、現代アートの修復に際しては未知数が非常に多くなっており、材料学を含む自然科学を総動員して研究する必要性がある。

絵具以外の材料の例として、ピカソは建築用アルキド塗料(1908)、ジャクソン・ポロックはニトロセルロース・ラッカーや屋根用反射塗料(アルミ塗料)を使っていた。

ルイス展の図録は、作品が15点と少ないこともあって5mm程度の薄いもので、解説なども非常に簡単だが、ラーナー博士の研究書のルイスに関する部分の訳が掲載されている。モールス・ルイスの作品は初期のアクリル絵具マグナを使わなければ出来なかったといわれているが、そこに到る過程について、次のように書かれている。

---引用---
Frankenthaler 1936年にニューヨークでダビ・アルファロ・シケイロスの実験工房に短期間参加し、そこで数多くの合成塗料や多様な制作手段に触れていたにもかかわらず、その制作活動の初期において、ルイスはまず油絵具を使用した。しかし、1953年に友人のケネス・ノーランドとヘレン・フランケンサーラーのアトリエを訪れたことが、彼らの制作方法に重要な転機をもたらすことになった。二人は、フランケンサーラーがその絵具で実現した効果、とりわけ、ごく薄い塗りの使用による色彩と「カンヴァスの布地との一体化、すなわち分離した塗膜ではなく染みだということ」を高く評価した。ルイスは特に下塗りが施されていないカンヴァスにおける染み込みの可能性に惹かれた。ノーランドは、「僕らは油絵具をカンヴァスに染み込ませるのを躊躇した。なぜなら油絵具はカンヴァスを台無しにしてしまうからね」と述べている。
写真左上:Helen Frankenthaler(mintwiki/Mint Museum of Art)

Picturefrahkenthaleracrylics シケイロスの実験工房にはポロックも参加したことがあり、シケイロスの現代絵画への影響は材料からスタイルに至る広範囲なものであったことが分かる。右はフランケンサーラーのアクリルによる作品 Nadir Rising (artnet)。フランケンサーラーは、カンヴァスに下塗りを施し筆で絵具を塗る従来の絵画技法ではなく、下塗りを施さない生のコットンカンヴァス、つまり綿生地にシャブシャブに薄めた絵具を垂らしこんでしみ込ませる、ステイン技法で描いている(写真左上)。

P1030414 ノーランドがカンヴァスに油絵具を沁み込ませるのを躊躇したのは、油絵具の主成分である亜麻仁油などの植物油は、脂肪酸から出来ており酸性であるため、下塗りをしていない生の綿生地に直接描画した場合、長期的には綿の繊維が酸によって劣化するからだ。その点、アクリル絵具は綿繊維を侵す心配がない。左の画像は昨年の米国出張の際に訪れたメトロポリタン美術館でのケン・ノーランドの作品。

ステイン技法では薄い絵具を使うため、カンヴァスの生地の色も発色に影響するし、何も塗られていない生カンヴァスも作品の一部となることが多いので、灰色がかった麻カンヴァスではなく、より色の白い綿カンヴァスが使われることが多い。麻カンヴァスは生地を構成する単繊維がかなり長いため油絵具の酸による劣化が遅いが、綿カンヴァスは繊維がずっと短いため、劣化も速いといわれる。

ルイスらがフランケンサーラーを訪問した1953年には溶剤系のアクリル絵具マグナは既に開発されている(1948年)が、フランケンサーラーは当初は油絵具を使っている。上記の引用でのノーランドの言葉からは、フランケンサーラーはまだ油絵具を使ったステイン技法をしていたようにも受け取れる。しかし彼女もやがて繊維劣化を懸念して水性のアクリル絵具を後に使うようになった。水性アクリル絵具は1955年にならないと現れない。

<続く>

おまけ:これであなたもポロック?

関連エントリー
- モーリス・ルイス 秘密の色層-I
- モーリス・ルイス 秘密の色層-II

*「カンヴァス」よりは「キャンバス」の方が僕にはなじみがあるのですが、川村記念美術館の図録の表現を尊重しています。

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2008/12/17

スパム対策

このところ、2006年8月に投稿した「A Girl with A Pearl Earrings/Indian Yellow」の記事に連続してスパムコメントがついてきた。

Pearl_earring 以前、別の記事にスパムTBが着いた時はタイトルを英語から日本語に変えたらなくなったので、今回も「真珠の耳飾りの少女/Indian Yellow」としたのだけれど、相変わらずだった。

仕方がないので、一旦削除して再投稿しコメントを受けつけないようにしようと思ったんだけれど、投稿時にいただいたコメントと返事があるのでそれをどうするか。

ということで記事とコメントをコピーしておいて、一旦削除し、2006年の日付で再投稿してから、Blog画面でコメントを貼り付けてPost、再度、記事を「閲覧のみ」に設定しなおして、ということだったんだけど、何だ、記事は削除せずにスパムコメントを削除してからすぐに閲覧のみに設定すればよかったのだ。

いや、それよりもスパム防止認証画面の設定というのがあったんだ。これを設定してればよかったのだ。

アホですね~->ワタシ\\(;;^o^;;)//

久しぶりにパソ通時代を思い出しての全角絵文字でした。

ということで全てのコメントに対し認証画面がでますので、よろしくお願いします。

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2008/12/14

モーリス・ルイス 秘密の色層-II

随分と間があいてしまったけれど、川村記念美術館 モーリス・ルイス展のエピローグのプロローグ・・・って、なんのこっちゃ!? ただし展覧会は11月30日に終了しています。

Green_and_gold 展示会タイトルの「秘密の色層」には、ルイスの制作の謎や独特な表現の秘密に迫ろうという意図が込められている(と思う)。美術館サイトの解説には三つの秘密について書かれている。

制作現場の秘密
色彩の秘密
タイトルの秘密

9月28日に神戸の西端から千葉県佐倉までわざわざ行ったのは、その秘密についての講演、ゲッティ修復研究所シニア・サイエンティストであるトム・ラーナー博士による「Morris Louis and Magna」を聴きに行くのが第一の目的だった。

演題にあるMagnaというのは何か? 美術館の解説を引用すると:

色彩の秘密
1954年、ルイスは「マグナ」というアクリル絵具に出会いました。この絵具は、開発当初にポロックやニューマン、ラインハートなど当時アメリカで活躍していた画家たちに配られましたが、油絵具の扱いに慣れていた彼らは、サラサラとした質感のアクリル絵具は使いづらいと判断し、メーカーに改良を求めました。一方、ルイスはその粘性の低さを大変気に入り、以来、マグナ以外の絵具を一切使用しませんでした。1960年には、ルイスの希望により、薄めても鮮やかに発色するマグナ絵具がオーダーメイドで作られ、この色材がルイス作品の特徴に大きく寄与しました。

先日、近所のショッピングセンターで家内が買い物をしている間、暇つぶしに本屋をのぞいていたら、リキテンスタインの画集を見つけたので開いてみると、作品の下に「油絵具とマグナ」と書かれていた。普通は使われた材料については、「油絵具」とか「水彩絵具」とか「テンペラ」とか、一般名が書かれているのだが、何故かマグナという、多分ほとんどの人は知らないであろう名称が書かれている。マグナというのは一般名ではなく商品名である。不思議といえば不思議だ。それほどマグナという絵具が特殊だということだろう。

Eyck_arnolfini_2 油彩画、つまり油絵具で描いた絵はおよそ500年の歴史があると言われるが、その間、新しい絵具というのは発明されていない。左は油彩画技法を確立したといわれるvan Eyckの「アルノルフィーニ夫妻(1434年)」。

Giorgio_morning 産業革命のときイギリスで現在の透明水彩が確立されたというから、それを勘定に入れてもよいのだろうが、水彩絵具そのものは油絵具以前からあったので、全く新しいというわけではない。バージョンアップみたいなものかと思う。右はターナーの水彩画「San Giorgio Maggiore, Early Morning (1819年)」。

Siqueirosmuralsanmiguel 近代の絵具が始まるのは、第二次大戦前くらいからで、メキシコの画家シケイロスなどが壁画用に工業用塗料を転用したのが始まりといわれる。右はWikipediaから、シケイロスの未完の壁画(1940年代)。

ちなみにシケイロスたちの壁画はメキシコ革命に密接に関係している。芸術は政治や経済と関係してはいけないような話もあるが、実際には無関係ではいられない例だろう。詳しくはWikipediaなどをご覧ください。

マグナは工業用の原料として発明されたアクリル樹脂を絵具という形にした最初のものということで、それまでの絵具とは異なる全く新しい絵具だった(ただし現在、アクリル絵具というと水で溶いて使う水性の絵具だが、マグナは溶剤つまりはシンナーで溶いて使う絵具である)。

Dscf1931 マグナを作った会社は今はなくマグナも生産されていないのだが、実をいえば、昨年、アメリカ出張した際に訪問した会社の創業者がマグナの開発に携わった本人であり、今年も来日されて僕が通訳で随行した方がそのご子息なのだった。

写真は昨年の訪問の際に撮ったショーケースだが、MAGNAという文字が真ん中辺りに見えている。マグナそのものはなくなったが、その歴史を正統に受け継いでいるということだね。

ということで、しばらくこの話題は続きます。

関連エントリー
- モーリス・ルイス 秘密の色層-I

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2008/12/08

The Easiest Instrument

赤松氏がマレットを変更することをBlogに書かれている。

Burton1 氏の恩師であるゲーリーバートンが使っているVic Firthのマレットにするとのことだけれど、何番のマレットかは今日の記事には書かれていなかったのでちょっと検索していたら、Vic Firthのサイトにバートン氏による、Vibraphone Masterclass seriesという8部からなる画像を見つけた。

一昔前ならこういう画像にはめったにお目にかかれないところだ。しかし簡単に見られるということは、今の若い人には情報のありがたみもあまり感じられないものかもしれない。

昔の情報不足の経験から、こうした情報を見るとびっくりするし、ありがたいと思うし、できるだけ吸収しようという気持ちも出てくるが、簡単に見つけられる世代だと適当に流してしまうかもしれないし、情報過多でかえって混乱する人もいるかもしれない。

というようなことは別にしても、僕がヴァイブを始めた頃はゲーリーバートンの演奏姿というと、写真も少ないし、動く姿となると来日公演にでも行かなければ見れないし、80年代になってやっとチックコリアとのデュオのTV放送があるというので、当時はまだまだ高かったヴィデオデッキ(それも東芝のベータ)を無理して買って録画したというのが、ウソのような時代になったのだなぁ・・・感無量だ。

Gary_burton さて、Masterclassなんだけれど、まだ最初の「An Overview of the Vibraphone and History of the Instrument (ヴァイブの概略と歴史)」しか見ていないのだが、そこで面白いことをいっている、というのが今回のタイトル。バートン御大いわく:

One of the first point that I wanna make is some things that are unique about the vibraphone. In my opinion, it is probably the easiest instrument to learn to play.

うーむ、そうなのか。ヴァイブは最も簡単な楽器なのだ。

その理由を要約すると:

クラリネットやバイオリンを習おうとすればまずしっかりした音程をとるだけで最初の一年くらいはかかってしまうだろうが、ヴァイブならバーを叩けば既に音程はとれている。これだけの音程をとるだけでもクラリネット等の管楽器なら2~3年かかってしまう。おまけに運指の問題がある。同じ鍵盤楽器のピアノにしてもそうだが、十本の指を使わなければならないが、ヴァイブならマレットは2本か4本ですむ。だからきちんと目的のバーを叩くことと、ペダルを使うことさえマスターすればヴァイブは弾ける。だから他の楽器よりずっと早く習熟できる。

ということだそうだ。うーむ、そう言われればそうかもしれないが、聞いているうちに笑けてしまった、いや笑うより仕方がない。「バートンさん、あなただからそう言えるんでしょう」といいたくなるね。それに、簡単な割りにはヴァイブプレイヤーは少ない。赤松氏によると:

あるラジオで「全国にたった230人しかいない●●の称号を持つパティシエ」と紹介されていたのを聴いたが、ヴィブラフォンなどは全国に専門のプロが数十人いるかいないかの世界。

まぁ、だからこそ僕のようなド素人でも超一流の赤松氏とネットを通じてとはいえ、コンタクトできたり何となく同族意識を持ったりできるのだろう。ピアノやギターみたいに人口が多い楽器だとなかなかこうは行かないだろうね。

M25 というわけで、結局のところバートン氏の使用マレットは何だったのかというと、M-25という番定だ。何とも気になるところで、また大人買いしてしまうかもしれないねぇ。

お断り:二つ前の記事「Composition-Solo」のコード進行に間違いがあったので、訂正しました。

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2008/12/07

またまた温泉めぐり

前回の温泉めぐり記事はいつだったか。

今年の夏休みは、義父とお子達を連れて久しぶりに淡路島の洲本温泉に一泊旅行をした。

以前は温泉なんかは年寄りが行くものだと馬鹿にしたようなところがあったのだけれど、自分が年取ったせいか、7~8年前から年に数回は泊まりで温泉に行くようになった。

初めて行ったときはお子達も小学生だったので、姫路のセントラルパークで遊んでから、北に上がって塩田温泉に行った。

塩田温泉は一応は山の中だけれどぽつんと旅館やホテルが数軒あるだけ、まわりは温泉街もなく普通の農家があるという、それこそ鄙びた温泉で、ゆっくりするにはとてもよかったのだけれど、その旅館が店じまいしてしまったので、その後は淡路島の洲本温泉に行くようになった。でもこのところは有馬温泉に行くことが多かったので、洲本は久しぶりだ。

A2_2 夏休みももう終わりという日、明石海峡大橋をわたって洲本に向かう。第ニ神明から明石海峡大橋を渡り、神戸淡路鳴門自動車道を飛ばして、40~50分というところだ。

温泉一日目はあまりよい天気ではなかったけど、ホテルについて食事までの間、お子達はホテルの釣り場で魚釣りに挑戦したものの、小さな魚が数匹釣れただけだった。夕方は6時頃から釣れ出すと、釣り場のおじさんが教えてくれたが、食事を頼んだのがちょうど6時だったので残念!

Dscf2233_2 翌日は晴れてとてもよい天気。左はホテルの部屋から見えた釣り船。

Dscf2237 海水浴場は少し離れているけれど、ホテルにプールがあるので、水着を持ってくればよかったと後悔したのだが、まぁ温泉が目的だからね。

洲本温泉に行ったあとも、かなり頻繁に日帰り温泉に出かけている。特に9月は毎週のように行ったのだが、新しく開拓したのが、三木市のはずれにある「よかたん」だ。

Dscf2255 「よかたん」は露天風呂が割りと広いのが特徴で、有馬と同じ炭酸泉だが、炭酸の強さが日本一だそうで、お湯の出口でゴボゴボと音がして時々お湯が噴き出してくる。

Dscf2252 それから地元の名産、主に農産物だけど、それを販売している売店が併設されている。それから山田錦という地酒があって、売店横のホールに大きな酒樽が飾ってある。僕は飲めないから関係ないけどね。

Dscf2249 食事はレストランがあるけど、こちらはあまり期待はしない方がよいというのが正直な感想だった。

「よかたん」のホームページをみたら、僕らが行った後、排水設備に問題が出てしばらくは休業していたらしいが、また再開したようだ、よかったん・・・ウププ

200809072118000_2 「よかたん」は三木市吉川(よかわ)にあるからそんな名前にしたのだろうけど、いつも行っているのが小野市の「ゆぴか」、たまに行くのが三木市の「ゆうあん」だ。右が「ゆうあん」のお食事場所で、畳敷きになっている。

名前に「や行」が入っていると、何となく柔らかで温泉でゆったり、という雰囲気がするね。お湯のイメージにもつながる気がする。

運営は吉川まちづくり公社とあるから、「ゆぴか」と同じくこれも公営なのだね。槙山温泉「森の湯」のあるグリーンピア三木は兵庫県が出資しているようだから、第三セクターみたいなものか。「ゆうあん」は私営企業なので入浴料はちょっとだけ高い。

それ以外には、明石の大倉海岸にあるのが「龍の湯」。明石海峡大橋が見える露天風呂というので期待していったのだが、まぁまぁ、というところか。明石海峡大橋を見る露天風呂ならやっぱり淡路島の「松帆の湯」だね。でも橋の通行料金が高いのが難点。

200811221425000 もう先月のことだけれど、11月22日は語呂合わせで「いい夫婦の日」、夫婦で行くと無料入浴券が二人分もらえるというし、ちょうど土曜日だったので家内と「ゆぴか」に行って無料入浴券をもらってきた。でも有効期限が年内なので、早い目に使わないといけない。

200811221426000 左は、ゆぴかの駐車場から入り口を写したところ。我が家からは11kmくらい、クルマでならあっという間と思うのだけれど、信号でひっかかるので20分くらいだ。
入り口の上り坂に沿って照明があり、夜は青~紫~ピンクと変わってとてもきれいだ。

我が家の近所、といってもクルマで30分前後ということだけれど、他にも加古川や神戸市西区内にまだ行っていない温泉が何ケ所かあるので、まだまだ楽しみが続くのだ。

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2008/12/02

Composition-Solo

このところ美術ネタが続いているが・・・って、これはちょっと前の出だしに使ったフレーズだった。

Dscf2308 最近はヴァイブの練習もやや怠け気味だ。といっても毎日必ず少しは音を出してはいるのだが、以前やっていた、毎日何かメロディーを作って楽譜に書いておくというのはサボっている。

ただ何となくメロディーを弾いてみるのは、その場限りで適当にやっていて、最近、少しまとまってきたのが一つあるので、とりあえず録音してみた。

題名はまだない。MySpaceにアップしているCarbaという曲の題名は、もともとは顔料の化学名"Carbazole Dioxazine"というのから取ったのだが、ではおんなじようにして顔料名の"Quinacridone Magenta"、略して"Quin-Magenta"とでもしてやろうかとも思ったが、何かイメージが違うな。"Queen Magenta"ならいいかな?

「081202_01-2.mp3」をダウンロード

コード進行は以下の通り。(一部訂正/'08.12.8)

C(bassG) |C+5(bassG#) |Am7  |Gm7(bassBb)/C7|
Fmaj7  |Fm7/Bb7  |C(bassG)    |Dm7/G7  |
C(bassG) |C+5(bassG#) |Am7  |Gm7(bassBb)/C7|
Fmaj7 |Fm7/Bb7 |C(bassG) /Dm7/G7 |C    |
Abmaj7 |Ebmaj7 |Dbmaj7 |Gbmaj7 |
Bmaj7 |Cm7-5 |Dm7 |G7  |
C(bassG)  |C+5(bassG#) |Am7 |Gm7(bassBb)/C7|
Fmaj7 |Fm7/Bb7 |C(bassG)/Dm7/G7 |C   |
Dbmaj7 |Gbmaj7  |Bmaj7  |C    |

録音したのが夜中なので大きな音は出せないから共鳴管を閉じているし、アタックも弱めで音がややたよりないので、編集ソフトで音量を少し上げてみた。そのためか、wavファイルからmp3に変換したら、妙にエコーがかかったようになってしまった。フリーのソフトだから仕方がないかな。とりあえずの試しだから、まぁいいか。

ミストーンが結構あるし、ペダリングが甘くて音がきちんと消音できていない。もっと練習して仕上げていかなければなりません。

上の画像はブレてしまったが、先日のコロー展で買った図録の上にレコーダーのPCM-D50を乗せたもので、その横は音がソフトなので練習用に使っているMusserのふる~いマレット。

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