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2009/01/25

マンガ脳について

更新が少々滞っております。

前々回の「最後の国境への旅」でのコメント欄で、内田樹氏のBlogにあった「マンガ脳」というエントリーが眉唾ものではないかとcorvoさんからご指摘いただいたことから、ちょっと考えているうちに時間が経ってしまった。

内田氏というと、面白い視点で考える人だとは、養老孟司氏との対談「逆立ち日本論」を読んだときに思ったが、一方で二人とも庶民感覚とは少しずれた世界の人という気がした。

E757d0920ea09aec7b1be110_l 「マンガ脳」を検証しようとか思ってみても、自分自身が専門家でもないのだから重箱の隅つつきとか見当違いになっても面白くないので途中でやめてしまったが、読み直して感じたのは、件のエントリーでは思い込みであったり自分の都合のよい(検証されていない、あるいは古い)理屈を使って自分の望む方向に結論を持っていっているように見えるということだった。

しかしこれでは何のことか分からないので、僕が考えた範囲でのことを書き出しておこう。これも僕の都合のよい部分だけ取り出して僕の都合のよい結論に持っていっているといわれれば、それまでだが、まぁ、素人が大学の先生に対するわけだから、高が知れたこととお許し願いたい。

内田氏はまず次のように書いている。

日本語は「漢字とかなを混ぜて書く」言語である。
漢字は表意文字であり、かなは表音文字である。
この二つを脳は並行処理している。
アルファベットは表音文字であるから、欧米語話者はそんな面倒なことはしない。

恐らくこの前提を読んでうなづく人は多いと思う。僕も読んだ時には疑問も抱かずに通り過ぎてしまった。僕は言語学者でもないので、これが正しいのかどうか検証しようにも文献もないしネット検索してもそれが信用できるかどうかも分からないのだが、Wikipediaで調べても、現在では表意文字にあたるのはアラビア数字などで、漢字は表語文字と呼ばれているようだ。

Dscf2383 教育者としては最新の情報に基づいていないのが既に問題ではないかと思ったりするが、それだけでは重箱の隅つつきにすぎないので、他に何かないかと探してみて出てきたのが、たまたま持っていた「ことばの比較文明学/梅棹忠夫、小川了編」だ(この本は絶版のようです)。

この本は1990年に初版が出ているのだが、読んでみるとやはり表語文字にあたるLogogramという言葉が使われており、この時点で既に「表意文字」と「表音文字」を区別するという考え方は実験や過去のデータから否定されている(J.Marshall Unger/ハワイ大教授(当時)。

Unger氏はここで「形態素」という概念を使っている。Wikipediaの説明はかなり難しいが、僕が簡単に理解した範囲でいえば、意味を持つ漢字は形態素であり、英語の単語も形態素といえるようだ。

例として出ているのが、"right"とwrite"である。これらは同じ発音だが入れ替えることはできず、別の意味を持つ。アルファベットは表音文字といわれるが、実際の英語は内田氏が「アルファベットは表音文字であるから、欧米語話者はそんな面倒なことはしない。」というような単純なものではなく、ひとつの単語を形態素、つまりは漢字と同じような機能でとらえているということだと、とりあえず僕は理解した。

内田氏が続いて書いている失語症についてもUnger氏は直接ではないが否定的に思えることを書いている。

この本が出版されてから既に19年になろうとしている現在ではまた変わっているかもしれないし、編者の梅棹忠夫氏が日本語ローマ字化の推進者であることも差し引いて考えないといけないかもしれないが、まぁ、とにかく事はそれほど単純ではないということは確かだろう。

続いての次の記述もよく聞く話だが、本当だろうか。

とりあえず脳科学について知られていることをおさらいしてみよう。
角田忠信によると、日本人は鳥の声や虫の鳴き声も言語音として左脳で処理している。

これに対する反論はネット検索結果を紹介するに留めよう。どちらが正しいか判断できる材料を僕は持っていないし、角田忠信の『日本人の脳』も読んでいないのだが、引用URLの方が僕には尤もなように思える。

http://blog.ohtan.net/archives/51282596.html

corvoさんの指摘されたマンガ脳に関する記述部については、もともとの話題の英語と日本語とは直接関係がないのであまり興味がなかった上に、何だか思い込みで書いるような気がして飛ばし読みしていたのだが、確かにcorvoさんが指摘された「画力のあるマンガ家は、話も面白い」という部分はおかしいと思う。

というのは、マンガ家を見て知れることの一つは、「画力のあるマンガ家は、話も面白い」ということだからである。
絵はめちゃめちゃうまいが、話は穴だらけ、とか、ストーリーは抜群だが、デッサンがどうも狂っている・・・というようなマンガ家は(あまり)いない(青木雄二くらいである)。
画力と物語構成力はマンガにおいてはおそらく脳内において並行的に発達している。
大友克洋、鳥山明、井上雄彦・・・ワールドワイドに画風のフォロワーを有しているマンガ家たちは、いずれも創造性あふれる抜群のストーリーテラーである。
これをどうして「変だ」と思わずに来たのか、その方が不思議である。

挙げられているマンガ家は一流といわれる人である。そしてマンガは絵とストーリーからなる。競争の激しいと思われるマンガの世界で生き残りかつ一流と認められるには、絵もストーリーもうまいのは当り前である。鶏と卵のたとえになってしまうのかもしれないが、いやしくもマンガのプロなのであるから、両方ができる才能のある人が生き残ると考えるのが普通ではないかと思う。それが「変だ」と思う方が「変だ」と思う。

一方で原作者が別にいるマンガはよくある。現在、少年ジャンプで連載中の「バクマン」(冒頭の画像-アマゾンより)はそれを題材に取り上げたものであるし、このマンガ自体が絵とストーリーが別の人だ。
絵を描いている小畑健氏のヒット作は「ヒカルの碁」、「デスノート」など原作者は別で自作のストーリーではないが、画力は抜群だと思う。小畑氏がそうだというわけではないが、corvoさんが指摘されていたように、画力があってもストーリーが面白くない人もいるに違いない。

そのように考えると、内田氏は「マンガ脳」のエントリーでは「日本人は特別だ」という結論に導くために都合のよい話を並べているように思えた、ということです。

関連エントリー
- 最後の国境への旅

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コメント

お久しぶりです.言語についても驚くほど勉強家ですね.大変質の高い文章をうれしく思います.さて,おっしゃるとおり,大脳生理学,神経科学,心理学の人たちは何度か再現を試みてあげた人もいたのですが,全く結果が再現されませんでした.また科学者は殆ど「音楽=右脳」説を殆ど信用していないので,藤原氏の日本人脳説は過去殆ど無視されてきました.そして殆どの学者はそうしたものに係わり合いになろうとしない一方で,音楽および人類学の世界ではある程度受け入れられてしまう文化的余地があります.つまり・・・

・近代以来日本人は伝統音楽に変わり西洋音楽=音楽として受け入れてきたが,それは正しくない.
・音楽文化はそれぞれ異なった(従って相容れない)音楽体系をもち,楽音が意図されるものは異なる.
・したがって音楽の認識(感覚)は全く異なり(従って相容れない),それ自体が文化の産物である.
・音楽のあり方は暮らし,人々の関係性あり方に拠る.
・日本人は農耕民族なので独自のリズムを持つ.
・西洋楽器と異なり,邦楽器は(和声的に)純粋な音をださないノイズが多く含まれている.
・西洋人が雑音として捕らえるものを日本人は音楽として聴いている.
・西洋楽器は機械音や雑音と同じように処理されている一方で,鳥や虫の鳴き声や邦楽器は言語と同様に処理されている.

という具合に日本人脳説と相性が良いのです.このあたりの事情が明確に現れた例として,小泉文夫氏による『音楽の根源にあるもの』が挙げられましょう.これに収録された「音感覚と文化の構造」に角田氏との対談が載っています.こうした結果,彼の主張は正しい天をついている一方で,かなり極端にもなってしまいました.こうした文化人類学的な言説が極端になってしまった背景には,もちろん西洋文化の(進歩史観的)価値体系の押し付けを相対化しようという正しい試みがあったわけですが・・・.

最も音楽の分野ではこうした相対主義的な主張が極端になる事は極めて一般的に見受けられます.例として,石井宏氏の「西洋音楽からみたニッポン」が挙げられましょう.

・西洋音楽には正しいくない音を発声するような歌い方はない.
・日本音楽には拍子がなく,休符を一拍と認識できない.
・風の音や虫の音を音楽と同じ様に聴く.
・日本語には「音節」がない.

などなど・・・.

ちなみに,クリケットの音のようなものは他にもたくさん考えられます.草刈機の音,芝刈り機の音,チェーンソーの音などはアメリカの一部やオーストラリアなどで特別な価値をもって迎えられます.ですが,こういう話なら嗅覚のほうがわかりやすいでしょう.明らかに文化によって匂いの価値が(特に食べ物ね)大きく異なりますが,誰も日本人の嗅覚は言語と同じ様に処理されているとは言わないでしょう.

投稿: Chiari | 2009/03/15 07:03

Chiariさん、コメントをありがとうございます。

素人の書き込みに過分の言葉をいただき恐縮です。また色々と興味深い話をありがとうございます。言葉と文化はとても面白いテーマです。
小泉氏は学生時代に團伊玖磨氏との対談「日本音楽の再発見」を読んだくらいですが、ご紹介の本は面白そうですね。

どの民族も同じなのかも知れませんが、自分たちを特別視しようとする考えが根底にあると、どうしてもバイアスのかかった話になってしまうように思います。

話はずれますが、日本民族が農耕民族で、だから平和を好む、というのもよくある論ですが、最近読んだ「チョゴリと鎧/池明観」では著者は日本は「武」の社会であり、だからこそ韓国を植民地化し中国にも侵攻したと断じていて、ちょっとしたショックでした。

投稿: taki | 2009/03/15 20:52

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