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2009/01/12

最近読んだ本

最近読んだ中で印象に残った本を記録しておこうと思います。どれも図書館で借りたもの。

41ofbhbchml__ss400_ 仮の水 リービ英雄
リービ英雄の本は図書館で見つければ必ず読んでいる。最近は中国の旅行記が多いようだが、この本も比較的最近、北京オリンピックの前の状況が描かれている(2008.8発刊)。(リービ英雄が育ったのは台湾だが、著作内容は大陸側が多い)。
偶然ながら、「是突然的中国旅行」に行くことになった直前に借りたので、往復の飛行機の中やホテルで読みながら、本の内容を実際の中国で実際に確認したり納得するという奇妙な体験をした。
中国では水には気をつけなければならないが、田舎に行くとボトルに入ったミネラルウォーターでもとんでもない目に会う話とか、高速公路(道路)を夜一人で走るのは危ないことがあるとか、列車で同席した中国人が偽の切符をつかまされた話など。

 内モンゴルから東南へ向かう高速公路の工事現場で働くのだ、月に二千をかせぐ。お金は足りない。
 二千で十分ですよ、私よりずっと多い、と中年女がたしなめるような口調で答えた。
 いや、仕事はきつい、特に冬は辛苦(シンクー)する、だからもうちょっと欲しい。

 「二千」を三万円、と頭で翻訳しながら、かれは中年女の横顔の向こうに流れる赤いレンガの農家の列に見入った、

僕が天津でお昼をご馳走になった、「これはちょっと違うなぁ的日本料理店」では日本語を話すというウェイトレスが3万円、シェフで6万円程度だそうだから、田舎と都会では格差があるようだ。

03225 歴史まみれの韓国-現代両班(ヤンバン)紀行 尹学準(Yoon Hak Jun)
リービ英雄の本は中国の現在をうまく描写していると思っていたが、ひょんなことから中国に出張して実体験をしたことから、ではお隣の韓国はどうなんだろうと興味を持った。
しかしリービ英雄の連想から、日本人が書いた韓国とか韓国人が書いたものの翻訳よりは日本にいる韓国の作家が日本語で書いたようなものが読んでみたいと思い図書館で見つけた本。
儒教、祖先崇拝そして家格の優劣がいかに韓国では重要なものであり、それに起因した争いが絶えなかった歴史、そのために国が滅んだとさえ言われる実態を面白おかしく描写している。狭い海峡を隔てただけなのに、これだけ国民性が違うのかと思う。お隣とは言え日本の常識を単純に当てはめると、とんでもないことになりそうな気がする。
内容がやや偏っているかもしれないが、しかし普段あまり目にしない漢字を使った奥ゆかしい熟語がところどころに出てきてびっくりすると共に、今の日本語の語彙の貧弱さを痛感させられた。(本は返却してしまったので例示できないのが情けない)

41j2z054fjl__ss500_ チェーザレボルジアあるいは優雅なる冷酷 塩野七生
この本で新潮社の「塩野七生ルネサンス著作集 1-7」は読みつくしたことになるんだけど、稲美町立図書館の蔵書を見ると氏の本はまだまだあるようだ。特に「ローマ人の物語」は15巻もあり当分はお楽しみにとっておこう。

スペイン出身のローマ法王を父に持つチェーザレの一生。枢機卿に一旦はなったものの、その職を捨ててイタリア統一を目指す。当時としては飛びぬけて権謀術策に長け、冷徹な論理と合理性で父の権力と資金をバックアップに国を作り上げていくが、道半ばで挫折し31歳で壮絶に散った人生。ちなみにチェーザレはラテン語のカエサル(シーザー)のイタリア語読みであり、彼自身もシーザーの後継者であることを念じていたという。

チェーザレが勢力を拡大しつつあるときに関わった人物の中でも特に目を引くのが、フィレンツェの特使として長期間チェーザレの元に派遣されたニコロ・マキャヴェッリと、軍事顧問となったレオナルド・ダ・ビンチである。ルネサンスという時代が芸術だけでなく様々な面で時代の転換期であったことが分かる。マキャヴェッリはチェーザレから多くを学び、「君主論」の中でチェーザレを理想の君主としているそうだ。

この本を読んでいると織田信長を彷彿とさせるが、ネット検索すると同じことを考える人は多いようなのでこの話題はやめておこう。

当時イタリアは多くの小国に分かれており、統一国家を作るという概念はなかったが、それを最初に口にしたのがチェーザレであり、その言葉を聞いたのがマキャヴェッリである。

 しかし、イタリアの統一は、チェーザレにとっては使命感からくる悲願ではない。あくまでも彼にとっては、野望である。チェーザレは、使命感などという、弱者にとっての武器、というより拠りどころを必要としない男であった。マキャヴェッリの理想は、チェーザレのこの野望と一致したのである。人々がやたらと口にする使命感を、人間の本性に向けられた鋭い現実的直視から信じかなったマキャヴェッリは、使命感よりもいっそう信頼できるものとして、人間の野望を信じたのである。

本作のタイトルは、塩野の高校同期であった庄司薫に相談して決めたそうだ。当時、庄司薫は「赤頭巾ちゃんシリーズ」で売れっ子作家、一方の塩野はデビュー作「ルネサンスの女たち」が何とか重版という状況だったというが、その後、庄司は赤頭巾一発で中村紘子の旦那さんという以外は忘れ去られたような存在であるのに比べ、塩野は執筆を続けて多くの著作をものにしているのを見ると、本人たちがどう考えているかは知らないが、読者としては人生は分からないものだという典型のように思える。もっとも中村紘子の随筆は実は庄司薫が書いているという噂もあるらしい。

関連エントリー
- 是突然的中国旅行-1
- 是突然的中国旅行-2
- 最後の国境への旅 

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