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2009/02/28

動くScott LaFaro

Scott LaFaroといえば、Bill Evans Trio。

僕がJazzを始めた1970年代初期は、LaFaroの参加したBill Evans TrioのLP、つまりRiversideレーベルはほとんど手に入らなくてジャズ喫茶でしか聴けないような、まぁ、その面ではちょっとした暗黒時代だったなぁ。もちろん、新しいスタイルがどんどんと出だした時代でもあるのですが。

だからLaFroのベースはすごいと噂では聞きながらもあまり聴いたことがなかったし、その後、復刻盤ブームで一気にRiversideのLPが再発されたときも、Evansのピアノにばかり気がいってベースはあまり聴いていなかったと思う。

LaFaroのベースが本当にすごいと思ったのは、2000年前後だったか、パソコン通信のJazzフォーラムで、たかけんさんが始めたmidi1001計画に参加して、Evans Trioの"Alice in Wonderland"をMIDIで作った時だ。

これは、参加メンバーの方がEvans TrioのTranscriptionから何曲か、ピアノパートを打ち込んだだけ(強弱も何もなしの棒弾き状態)のファイルを作ったので、これを仕上げてほしいという話があって、何人かがそれぞれに趣向を凝らした曲に仕上げたのだ。

僕もいくつかを仕上げたのだけれど、工夫がないのでEvans Trioの演奏をそのままコピーしたようなファイルに仕上げようと、ベースとドラムを聴き取って打ち込み、表情などをつけてなんとか曲にしたのだけれど、その時に初めてLaFaroのベースをじっくり聴いて、何とも自由奔放でいながら、確実にEvansのピアノと絡み合って、これは本当に恐るべし、驚愕のベースだと実感したのだった。

LaFaroのベースはいわゆるランニングベースというよりはソロのように自在に動き回りながらも確実にユニットを支えている、当時としては破格のスタイルだったのだろうと思う。だから彼のベースがBill Evansのトリオ形成に決定的な役割を果たしたのは確かだろうね。

そのLaFaroの動く姿をYoutubeで見つけた。ここでも独特のつんのめるようなベースが聴ける。

 

まぁ、この初めてまともにみたLaFaro、髪の毛を長くしたら、若き日のMiroslav Vitousになんとなく似ていないかい?、ということを言いたかっただけ・・・なのが止まらなくなるのが、Youtubeの怖いところ。

そのかつての天才美少年、Vitousもずいぶんと成熟というか・・・、画像もあったよ。

 

Lafroの画像をみつけたきっかけは、赤松氏がVictor Feldmanのヴィブラフォン演奏の画像を紹介されていたので、それを見ていたら、横のメニューにあったもの。

 

Feldmanが多彩な人というのは知っていたけど、実はほとんど聴いたことがなかった。これも初めてまともに見て聴いたけれど、いいねぇ。ちょっとEddie Costaを思い出した。

さすがにEddi Costaの画像は見つからなかったけれど、Remembering Eddie Costaというのがあった。お話だけなので英語がわからないと駄目なんだけど、興味のある方はリンク先をみてください。このおじさんは誰なんだろう?

それからこれはまた希少な画像、Waltz For DebbyをMonica ZetterlundがBill Evans Trioをバックに歌っている。ベースはEddie Gomezだね?埋め込み不可になっているので、リンク先を見てください。英語でなくてスウェーデン語(たぶん)でうたっているのがいいなぁ。これも70年代復刻ブームで再発されたアルバムを買ったときはそれほどいいヴォーカルとは思わなかったけど、今聴くといいねぇ。Evansのピアノとしっくり合っている。

モニカさん、タバコ吸いながら歌っているけど、今では考えにくいシーンですな。でも、それが原因で2005年に亡くなってしまったらしい。惜しいなぁ。

そうえいば、ABBAがまた流行ってるみたいだけど、ずっと以前にFernandだったか、英語でなくスウェーデン語(たぶん)で歌っているのをFMで聴いたことがあるんだけど、英語版よりもずっと心の底からしぼり出てくるような響きがあって素晴らしかった。

英語で歌うことでユニバーサルになったのかもしれないけれど、その分、何か物足りないものをABBAの歌には感じていたんだけれど、それを全く感じなかった。また聴いてみたいものだ。

さて、さらに見つけたのがJim HallとPetrucianiのデュオ。Jim Hallも好きなギタリストだ。いわゆるギターっぽいギターでなくて、キーボードのようなハーモニーセンスをもった独特のサウンドだと思う。

 

21f6yeg6s4l__sl500_aa180_ 実は僕にとっては、Bill EvansとJim Hallのデュオ、有名なUndercurrentの中の、My Funny ValentineをFMで聴いたとき、鳥肌が立つ思いをしたのが本当にジャズに開眼したときなのです。だからこの二人は僕の中では特別な存在でありますね。

ということで、Youtubeは見だすとキリがないなぁ・・・この辺でやめとこ。

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2009/02/22

ホルン

最近、韓国に関する少々ヘビーな本を続けて読んでいるので、ちょっと骨休めというか、他の本を読んでみたくなった。

512bfa0cfjl__sl500_aa240_ そこで今日、借りてきたのがまた村上春樹なんだけど「村上朝日堂超短編小説-夜のくもざる/平凡社」だ。例によって安西水丸氏が挿絵を描いている。

村上氏の本をまた読んでみようかと思ったのは、内田樹氏がBlogで「壁と卵」と題して村上氏のエルサレム賞受賞について書いていたのがきっかけといえばいえる。

話題はそれるが、内田氏については少し前に批判的なことを書いた。しかしさすがに有名人になる大学教授だけあって視点は面白い。ただ、それを鵜呑みにせず、どこに納得しどこに納得しないかという自己判断が大切だと思う。

この「壁と卵」でも次のような件がある。

村上春樹が語っているのは、「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」についてである。
それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。
弱さは文学だけが扱うことのできる特権的な主題である。
そして、村上春樹は間違いなく人間の「本態的な弱さ」を、あらゆる作品で、執拗なまでに書き続けてきた作家である。

ここでも内田流話術というのか、独特のレトリックがある。

それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる

なぜ政治学や哲学の用語で語ることが出来ないのか、なぜ「物語」だけが、かろうじて語ることができるのか、その根拠が全く示されていない。また政治用語、哲学用語とは何なのか、それによって何が語られるのか、あるいは語られないのか、よく考えるとこれだけではほとんど意味のない文言ではないか。

もし内田氏に理由を聞けば、伊丹十三風に「そんなこと、わかってんじゃない」とか、あるいは一昔前に流行った「定説です」とか言われそうな気がしないでもない・・・わははっ、違うかぁ!

まぁ、ここでの内田氏の話が正しいのか正しくないのか僕は判断しかねるのが正直なところだが、こうして、あたかも定説か既定事実のように単純化した前提を出して自分の結論に導くのが内田氏特有の話術であることは、間違いない。

例によってネット検索すれば、このエントリーに対して批判的な人も結構いるみたいだが、そのような人よりは、恐らく内田氏の書くことだからと鵜呑みにする人の方がはるかに多いのではないかと思う。それがちょっと恐い気がする。

   ************* 

ということで、本当は内田氏が引用されている村上氏の「風の歌を聴け」を借りようと思ったのだが、残念ながらなかったのでとりあえず手に取った「夜のくもざる」を借りてきたのだ。

なぜかというと、とりあえず手にとって開いたページが「ホルン」だったからだ。

たとえばホルンという楽器がある。そしてそのホルンを吹くという仕事を専門的職業とする人々がいる。

Yamaha20yhr882d_2 ホルンという、どちらかというとマイナーな楽器を専門とする人と、小説を書くという比較的ポピュラーかもしれないことを専門とする自分を対比して、はてさて、という超短編なわけなのだが・・・(画像はgakkiyasan.comから)・・・ホルンについて村上氏はマイナーな楽器とは書いてはいないのだが、やはり例えばヴァイオリンとかギターでは話にならないだろうから、やっぱりホルンはマイナーという前提があると考えるのが自然だと思います。

 

 まぁ、ようするにそういうことです。

 

  ホルンをヴィブラフォンと置き換えてみたまえ。

 

   これもマイナーな楽器ではないか。

 

M55 いや、ホルンよりはヴィブラフォンの方が直接に耳にする機会は多いかもしれない。BGM的な音楽でもヴィブラフォンはたまに聞えたりするし、ハワイアンなんかでも使われたりするし(画像はごちゃごちゃとした部屋の隅に押しやられた我が家のMusser M-55君)。

でもね、大体は打楽器奏者とか、より人口の多いマリンバ奏者が弾いている場合が多いと思うね。

最初からヴィブラフォンを専門とする人は、以前にも書いたけど、専門とされている赤松氏の言葉を借りれば:

あるラジオで「全国にたった230人しかいない●●の称号を持つパティシエ」と紹介されていたのを聴いたが、ヴィブラフォンなどは全国に専門のプロが数十人いるかいないかの世界。

 

ホルン奏者とヴィブラフォン奏者、どちらが多いのかなぁ、と思ったのが「夜のくもざる」を借りるきっかけだった、という話。もちろん、気楽に読めそうな超短編集ということもあるのだけどね。

彼はある日の午後に、深い森の奥でヴィブラフォンとたまたま出会ったのかもしれない、と僕は想像する。そして世間話か何かをしているうちにすっかり意気投合して、それで彼は職業的ヴィブラフォン弾きになったのだと。あるいはヴィブラフォンは彼にきわめてヴィブラフォン的な身の上話をしたのかもしれない。辛い少年時代や複雑な家庭環境や、容貌上のコンプレックスや、性的な悩みとか、そういうことを。

 (村上氏の文章を勝手にホルンをヴィブラフォンと置き換えて引用しました。)

いや、僕は職業的なレベルにはとても及ばない一介のアマチュアでありますが、楽器との出会いというのも案外こんなものかもしれないね。

ホルンは何といっても長い歴史があるが、それに比べればヴィブラフォンはずっと若くて楽器界ではひよっこ扱いされているに違いないから、悩みも多い・・・かな。

そういえば、高校の吹奏楽部にホルンを吹く生徒がいて、何の行事だったのかその生徒のホルン独奏会があったことがあったなぁ。でもヴィブラフォン奏者の独奏会はなかったなぁ。

関連エントリー
- The Easiest Instrument
- マンガ脳について
- マンガ脳-補足

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2009/02/15

ランプ交換

階段の照明の電球が切れた。

Dscf2382_2 階段はもともとは丸い白熱球がついていて割と明るかったのだけれど、この家に引っ越してきた時に、別の照明器具を自分で付け替えたのだ。

この電灯というかペンダントというのかな、これは新婚時代に買ったものだ。

最近の事情は知らないが、僕が結婚した頃はまだ結婚前に親御さんなどが高くて高級な新婚家具なんかを買い込んで、しかし新婚さんの新居は狭くて入らないので親元に置いたままとか、無理やり狭い所に押し込んだりとかいうことが、割と多かったのだけれど、僕らは実際に住み始めてから家具やら照明器具なんかを買うことにしていた。

だから、新婚時代には大阪日本橋に何度も二人で出かけて電気屋さんや家具屋さんを回ったものだ。

今、階段についているものはその時に照明器具専門店(店の名前は忘れてしまった)で見つけて気に入ったもので、イタリア製。

新居は公団の分譲住宅(マンション)だったので天井が低い。一方でペンダントは長い鎖で吊り下げるタイプなので、全然サマにならない。要するに新婚時代の衝動買いだったのだけれどどうにもならないので、ずっと物入れにしまったままだった。

Dscf2374 しかし今の家に引っ越した時に、階段は天井が高くなるのでこれはいいんではないかと自分でつけてみたのだ。この時が来ることを予想して買っておいたのだ、なんてことはないけどね。

ペンダントはランプ風のデザインで、陶器のシェードとガラスのカバー(?)がついている。この際だから、カバーとかきれいに洗ってやったので、ずっと明るくなったかな。

Dscf2373 まず電球だけ交換したところ。

Dscf2375 次はガラスカバー、

 

Dscf2377 次いでシェードを順につけて終了。
シェードがつくと一気に雰囲気が変わる。

 

Dscf2380 階段下から見上げたところ。シェードから洩れる光の模様の位置も決めているのです。

本当は白熱電球なのでもっと黄みの光なんだけど、おもちゃデジカメなので、白っぽい光に写ってしまった。

右にかかっているのは新婚旅行のときに、スイスのモンタレーで買ったペルー産のアルパカのタペストリー。これはマンションに住んでいる時も居間の壁にかけていた。

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2009/02/12

京都

昨日は仕事で京都まで。

Tsubaki_2 訪問したのは、京都造形芸術大学コンテンポラリーアーティストで同大教授の椿昇氏がこの17日より京都国立近代美術館で開かれる個展「GOLD/WHITE/BLACK」に向けての作品を制作されている現場にお邪魔した。

個展といっても椿氏が一人で制作するのではなく、技官の方や学生さんとの共同作業でのプロジェクトである。ちょうどレンブラントの工房のようなものかと思う。

作品は巨大な油彩画だ。油彩は仕事としては専門外なのだが、この個展の会期中には同じメンバーで東京のギャラリーでの制作展示(ライブペインティング)が予定されており、その際にはアクリル絵具を使っていただくことになっているため、京都での現場を拝見しに行ったのだ。

現代絵画ではサイズも大きな要素となるが、日本では大きな作品を描くスペースの確保が困難だ。学生時代は限度はあるものの学校がある程度のスペースを提供してくれるが、卒業してしまうとほとんど不可能になる。同じことは昨年の東京出張の際にも聞いたのだが、椿氏によればそこが日本の現代絵画が世界に出ていく上でのネックになっているのだそうだ。

Img_3_2 今回は会社のデジカメを持っていって撮影も許可いただいたのだけれど、それはあくまで仕事上の話なので公開できないのが残念・・・これから発表される作品ですから、詳しいことも書くわけにはいきません。これ以上お知りになりたい方は個展にお越しいただき、実際の作品、迫力のある大画面をご覧ください。

Img_32 作品はすでにほぼ完成、というよりもう会期直前でのぎりぎりでの終了で、12日には搬入とのことだった。乾燥の遅い油絵なのに大丈夫かなと少々心配ではある。

さて、4時頃にお邪魔したのだが、あっという間に時間が経ち、お暇する頃にはもう陽が傾いていた。右上の写真にある左側の建物で制作されているが、これもたまたま空いていたから制作が順調に行ったとのことで、学内でも学生の制作スペースはかなり限られているそうだ。左の写真は学校から見た、おそらくは市街地の方向。

昨年はやはり仕事で滋賀県にある成安造形大学corvoさんをお訪ねし、その際に学生さんたちの制作現場も拝見したが、スペースという点では成安の方が恵まれているようだった。京都市内と滋賀という地理的な差かと思う。

Img_4 さて、帰りはバスでJR京都駅までだが結構時間がかかるし、せっかくデジカメを持ってきたので、たかけんさんのマネをして夜景を撮ってみよう、ということで右折で停止していたバスから車外を取ろうとしたら、いきなり動き出してブレてしまったのが右の写真。

Img_5 こちらは河原町の辺りだったと思う。偶然だけれどちょうど真ん中に若い女性が一人、周囲の人がぶれているのに彼女だけ割ときれいに写っているのが面白い。

Img_6 京都駅前には名物かどうか知らないけど京都タワーがある。まずはバスから降りたあたりで、ガメラに破壊されたはずの京都駅に写った姿を撮ってみた。実物は大きいので結構面白いのだけれど、写真になると大したことはなかったな。

Img_7_2 京都タワーは建てられた当時は賛否両論、というより反対の方が多かったように思うけど、今ではどう思われているのだろう。タワーの形はキャンドルをイメージしているのだそうだ。

写真を撮るためにウロウロしているうちに7時近くになってしまったので、駅の売店で急いでお土産に「おたべ」を買い、新快速で明石の大久保駅まで帰る。京都から明石までは二時間近くかかってしまったが、ほとんど爆睡状態。

Img_8 西明石で各停に乗り換えて一駅だが、停車していた電車と駅の屋根の間から鮮やかに月が見える。満月かと思ったけれど、調べてみると前日が満月だったから、まぁ、ほぼ満月だ。

眼には大きくくっきりと見えたのだけれど、これも写真になると大したことはなかった。まぁ、ど素人カメラマンだからね。

最後に、前回エントリーの小曽根真氏の言葉をもう一度引用しよう。

それよりも観る方が聴く方が感じることによって、自分の中の感性と自分の生き方とか考え方っていうのが、出来る限り近くつながっていくっていうことに役立つのが僕はアートだと思うんですね。

ジャズは制作現場がそのまま作品になるが、美術は制作現場を見ることは滅多にない。しかしそこにはエネルギーがあふれていて、作品を観ることとはまた違った素晴らしいアートではないかと思ったのでありました。

関連エントリー
- 上野公園
- Vilhelm Hammershoi

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2009/02/09

みゅーじん/音遊人

みゅーじん/音遊人」というYAMAHA提供の音楽番組がある、らしい。

音楽は演奏を趣味とし、美術はどちらかというと仕事から趣味でもっぱら鑑賞という身だからか、美術番組は録画しても見ようと思うのに、音楽番組はほとんど見ない。気に入ったCDを買って聴くくらいか。

080615_pic だから「みゅーじん」という番組も、たまたま家内がチャンネルを替えたら「ジャズやってるよ」というので見ると、小曽根真が出ていたのでとりあえず録画したものの、ほったらかしていたのを今日見たのだ。番組のタイトルも見るまで知らなかったけど、サイトを見たら去年の6月15日の放送だった。半年以上、ほったらかしていたわけだ。もちろん、それ以後、この番組は見ていない。

なかなかと面白かった。さすがに世界の小曽根だからね。

ちょっと気に入った言葉をメモしておこう。

よくあるのはジャズとかクラシックとかっていう音楽は子供には難しいだろうっていう、大人がとんでもなく間違った考えを持ってて、美術もそうだし、アートっていうものは上手に演奏したり描いたり、これは大切なんですけど、それよりも観る方が聴く方が感じることによって、自分の中の感性と自分の生き方とか考え方っていうのが、出来る限り近くつながっていくっていうことに役立つのが僕はアートだと思うんですね。

これはそうだねぇ。僕もクラシックは子供でも聴くが、ジャズは難しいかどうかは別にして子供は聴かないだろうという先入観はあるなぁ。だからクラシックが上手な子供には驚かないが、ジャズが上手な子供には何となく「ほんまか?」と思ってしまうところがある。でもそれは偏見ということだね。

ジャズとクラシックについて

「融合」ではなく「共存」

溶けて交わってしまうと、お互いの原形がなくなってしまう。

おもしろかったのは、ジャズピアニストは左手指をバラバラに動かすことがあまりないので、クラシックを弾くと頭がこんがらがるようなことを言っていたことだ。そう言われればそうなんだろうね。

小曽根氏は子供のころにクラシックピアノの練習が嫌いになって、それからクラシックは避けていたそうだが、常にその部分が欠けていることを自覚していたらしい。だから40歳になって改めてクラシックを学びなおしたのだそうだ。

僕はクラシックギターを平島謙二氏に2年ほど師事したので、それなりのクラシックの素養はあるつもりなんだけど、アマチュアでジャズを始めると、たとえば学校の倶楽部などで頻繁に生の演奏に接する機会があって、なおかつ他人からの批評に曝されるような場合は別にして、個人で趣味でやっていると音楽を構築していくという訓練が難しいような気がする。

テーマよりインプロヴィゼーション中心になると、ある意味、好き勝手に音を羅列するだけで満足して、音楽を仕上げるということまで行かないかもしれない。そういう意味ではクラシックのように形が決まった音列でテクニックと音楽の構築をしていく訓練はジャズ演奏にも役に立つんではないかと思ったりする。

Vicfirth_2 ギターに比べるとヴィブラフォンは大学でジャズとして始めたからか、どうも楽譜をみてキチンと弾くのが未だに苦手だ。だから最近はヴィブラフォン用に編曲されたクラシックを楽譜を見ながら弾く練習を少しずつしている。

3165495 左上の写真に見えているのが、その楽譜(表紙は右)で、"Solos for the Vibraphone Players/Ian Finkel"。これも他の楽譜や教則本と同様、学生時代に買うだけ買って弾けずにほったらかしていたものだ。その中からバロックかそれ以前くらいのギターでもよく弾かれる曲を試している(弾いているとは言えないのだ)。

リンク先ではサンプル楽譜が3曲あまり表示されます。

番組を見ていて感じたのは、上記の文を見てもわかると思うけど、小曽根氏は自分の考えをきちんとした言葉で表現する人だということだった。TVでいわゆるタレントたちがいい加減な言葉ばかり使って平気なのに辟易していたので、すごく気持ちがよかった。

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2009/02/02

Mixi日記とリンク

mixiで日記をずっと書いていないのだけれど、こちらのBlogは週一回程度で何とか更新しているのは、一部のマイミクさんにしかお知らせしていませんでした。ということで、mixi日記をこちらにリンクさせました。

Mixis というようなお知らせをまずmixi日記で書いてから、設定変更でリンクさせたら、以前のmixi日記は読めなくなってしまったみたいだ。

だからmixiで書いたお知らせの意味がなくなっちまったし、以前にいくつか書いたmixi日記も消えてしまったぜ、やっちまったなぁ!

内部か外部の二者択一というのは融通がきかないね。

ということで、マイミクのみなさま、よろしくお願いします。

話題は、音楽、美術、温泉、その他、テキトーなことを週一回程度で更新しております。

お好きな話題があれば、右下の「Categories」から選んでください。

では、よろしく。

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2009/02/01

マレット、マレット

赤松氏がマレットをGary BurtonモデルのVic Firth M25に変更されたことは、以前に書いた。

学生時分なら安物で我慢していたが、オトナ買いのできる年齢としては、ついつい試してみたくなる・・・ということで、大阪の川端楽器に問い合わせてみると、価格も以前に買ったGood Vibesの半分程度、というよりGood Vibesが予想外の値上がりで高すぎたんだけどね。

で、結局買ってしまったのが先週のこと。

Dscf2389 まず予想外だったのが、ラタンの柄が太い。以前に試しに買ったInaki Sebastian Standard V3も太いと思ったが、それより僅かにだが太い感じだ。

写真は左から順に:

Vic Firth M25
Inaki Sebastian V3
Good Vibes M229
Deagan 2015
Musser M-5

Deaganは学生時代、まだヴィブラホンを始めたばかりのときに、よく分からずに大阪心斎橋の三木楽器にあったものを買ったのだ。たまたま軽音楽部仲間のお姉さんが勤めていて社員割引がきいたことと、アメリカ製はこれしかなかったからだと思う(この頃はヤマハの403を使っていた)。これは軽すぎてちょっと頼りないために結局はほとんどつかっていない。もう30年以上の年代ものだ。今はDeagan社がなくなってしまったので、手に入らないヴィンテージもの、かな?

G_mcfarland_4 右端の白い柄は、楽器のM-55におまけでついてきたもの。当時のハイテク製品(そんな言葉はなかったように思うけど)で、確かグラスファイバーの柄ではなかったかな。細い柄がしっくりこなくて、これも全然つかっていなかったが、最近はむしろ練習でよく使っている。これは今でも販売しているみたいだ。

Departure_2 このタイプは、一枚だけ持っているGary McFarlandのアルバム "Point of Departure/impulse A-46(1963年録音)"に載っていた写真(右上)で彼が使っているから、かなり以前からあったのだね。
あまり印象にないアルバムなんだけど、アマゾンの評ではべた褒めだ。LPプレイヤーがないので聞けないのが残念だけど、中々とすごいメンバーだ。

閑話休題、今回の主題はそれぞれのマレットの違いである。

M25の柄が太いのは、実際のところはあまり気にならない。むしろかなり重く感じるので、家内に内緒でケーキを作るときの秤で測ってみた。値は4本の合計重量だ。

Deagan   76g
Good Vibes  106g
Musser  120g
Vic Firth   165g

Dscf2388 DeaganとVic Firthでは倍以上の差だ。左はヘッドを比較してみた写真。M25は随分と大きい。

しかし何といっても音質が問題なので録音してみよう。レコーダーはいつものSony PCM-D50。

Dscf2386 Good Vibes
「goodvibes.mp3」をダウンロード
マッシュルームヘッドという変形タイプで、赤松氏風にいうと、音のコツコツ感がはっきりしている。しかしコントロールが難しい。特に重いVic Firthで弾いた後は軽くて浮いてしまう感じがする。

Dscf2387 Musser
「musser.mp3」をダウンロード
ヘッドが黄色いのがM-8、青いのがM-7。なんで違うのを組み合わせているかというと、おまけなので二本ずつしか付いてこなかったため。わざわざ買ってまで揃えようとは今のところは考えていない。これ以外に赤のM-6もある。
Good Vibesよりも軽いかと思っていたが、実測したら重いのだ。バランスは悪くないけれど、音が軽いかな。特に低音の響きが軽いと思う。

Dscf2385 Vic Firth M25
「vicfirth.mp3」をダウンロード
これまた赤松氏風にいうと、コツコツ感がない。しかし重い割りにバランスはよくて弾きやすい。重いのとヘッドが大きいためか、低音がよく響いている。アタックが弱いとモコモコして音が小さいから、夜の練習にはよいかもしれないが、ある程度強く弾くと他のマレットでは目立たなかった楽器の振動が気になる。ヘッドの重さのためだろうと思うが、時々、振動音がしているのが分かる。楽器も古いからね。
振動は、派生音側の共鳴管とファン軸が当たっているのと、足を支える「つっかい」の二箇所と原因は分かったので、これは何とかしないといけない。

赤松氏からはVic Firth M25でのコツコツ感もコントロールできるとコメントをいただいたけれど、修行が圧倒的に足りない僕では、まだその辺りがよく分からないところだ。その内に分かるかな。

改めて、Vic Firthのサイトを見たら、Burton氏自ら、このマレットの解説をしていた(ページ中ごろの "Watch Gary demonstrate his mallets!"のリンク)。音量に関らずトーンが同じに保たれるのがよいということで、このマレットになったそうで、重さは中程度だそうである。

ところで、下の関連エントリーにある「大人買い」で買った、Mike Balterのマレット 22Rはヴィブラホンでは一般的だとお店で聞いたのだけれど、重い目で芯が硬いのか、音がコツコツというよりはカンカンという感じで、バートン氏が言っているように、アタックの強弱で音質が変わってしまう。どうも気に入らないのでお蔵入りになってしまった。

関連エントリー
- Queen Matenta -Composition
- The Easiest Instrument
- Mallets
- 大人買い

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