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2009/02/22

ホルン

最近、韓国に関する少々ヘビーな本を続けて読んでいるので、ちょっと骨休めというか、他の本を読んでみたくなった。

512bfa0cfjl__sl500_aa240_ そこで今日、借りてきたのがまた村上春樹なんだけど「村上朝日堂超短編小説-夜のくもざる/平凡社」だ。例によって安西水丸氏が挿絵を描いている。

村上氏の本をまた読んでみようかと思ったのは、内田樹氏がBlogで「壁と卵」と題して村上氏のエルサレム賞受賞について書いていたのがきっかけといえばいえる。

話題はそれるが、内田氏については少し前に批判的なことを書いた。しかしさすがに有名人になる大学教授だけあって視点は面白い。ただ、それを鵜呑みにせず、どこに納得しどこに納得しないかという自己判断が大切だと思う。

この「壁と卵」でも次のような件がある。

村上春樹が語っているのは、「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」についてである。
それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。
弱さは文学だけが扱うことのできる特権的な主題である。
そして、村上春樹は間違いなく人間の「本態的な弱さ」を、あらゆる作品で、執拗なまでに書き続けてきた作家である。

ここでも内田流話術というのか、独特のレトリックがある。

それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる

なぜ政治学や哲学の用語で語ることが出来ないのか、なぜ「物語」だけが、かろうじて語ることができるのか、その根拠が全く示されていない。また政治用語、哲学用語とは何なのか、それによって何が語られるのか、あるいは語られないのか、よく考えるとこれだけではほとんど意味のない文言ではないか。

もし内田氏に理由を聞けば、伊丹十三風に「そんなこと、わかってんじゃない」とか、あるいは一昔前に流行った「定説です」とか言われそうな気がしないでもない・・・わははっ、違うかぁ!

まぁ、ここでの内田氏の話が正しいのか正しくないのか僕は判断しかねるのが正直なところだが、こうして、あたかも定説か既定事実のように単純化した前提を出して自分の結論に導くのが内田氏特有の話術であることは、間違いない。

例によってネット検索すれば、このエントリーに対して批判的な人も結構いるみたいだが、そのような人よりは、恐らく内田氏の書くことだからと鵜呑みにする人の方がはるかに多いのではないかと思う。それがちょっと恐い気がする。

   ************* 

ということで、本当は内田氏が引用されている村上氏の「風の歌を聴け」を借りようと思ったのだが、残念ながらなかったのでとりあえず手に取った「夜のくもざる」を借りてきたのだ。

なぜかというと、とりあえず手にとって開いたページが「ホルン」だったからだ。

たとえばホルンという楽器がある。そしてそのホルンを吹くという仕事を専門的職業とする人々がいる。

Yamaha20yhr882d_2 ホルンという、どちらかというとマイナーな楽器を専門とする人と、小説を書くという比較的ポピュラーかもしれないことを専門とする自分を対比して、はてさて、という超短編なわけなのだが・・・(画像はgakkiyasan.comから)・・・ホルンについて村上氏はマイナーな楽器とは書いてはいないのだが、やはり例えばヴァイオリンとかギターでは話にならないだろうから、やっぱりホルンはマイナーという前提があると考えるのが自然だと思います。

 

 まぁ、ようするにそういうことです。

 

  ホルンをヴィブラフォンと置き換えてみたまえ。

 

   これもマイナーな楽器ではないか。

 

M55 いや、ホルンよりはヴィブラフォンの方が直接に耳にする機会は多いかもしれない。BGM的な音楽でもヴィブラフォンはたまに聞えたりするし、ハワイアンなんかでも使われたりするし(画像はごちゃごちゃとした部屋の隅に押しやられた我が家のMusser M-55君)。

でもね、大体は打楽器奏者とか、より人口の多いマリンバ奏者が弾いている場合が多いと思うね。

最初からヴィブラフォンを専門とする人は、以前にも書いたけど、専門とされている赤松氏の言葉を借りれば:

あるラジオで「全国にたった230人しかいない●●の称号を持つパティシエ」と紹介されていたのを聴いたが、ヴィブラフォンなどは全国に専門のプロが数十人いるかいないかの世界。

 

ホルン奏者とヴィブラフォン奏者、どちらが多いのかなぁ、と思ったのが「夜のくもざる」を借りるきっかけだった、という話。もちろん、気楽に読めそうな超短編集ということもあるのだけどね。

彼はある日の午後に、深い森の奥でヴィブラフォンとたまたま出会ったのかもしれない、と僕は想像する。そして世間話か何かをしているうちにすっかり意気投合して、それで彼は職業的ヴィブラフォン弾きになったのだと。あるいはヴィブラフォンは彼にきわめてヴィブラフォン的な身の上話をしたのかもしれない。辛い少年時代や複雑な家庭環境や、容貌上のコンプレックスや、性的な悩みとか、そういうことを。

 (村上氏の文章を勝手にホルンをヴィブラフォンと置き換えて引用しました。)

いや、僕は職業的なレベルにはとても及ばない一介のアマチュアでありますが、楽器との出会いというのも案外こんなものかもしれないね。

ホルンは何といっても長い歴史があるが、それに比べればヴィブラフォンはずっと若くて楽器界ではひよっこ扱いされているに違いないから、悩みも多い・・・かな。

そういえば、高校の吹奏楽部にホルンを吹く生徒がいて、何の行事だったのかその生徒のホルン独奏会があったことがあったなぁ。でもヴィブラフォン奏者の独奏会はなかったなぁ。

関連エントリー
- The Easiest Instrument
- マンガ脳について
- マンガ脳-補足

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