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2010/02/21

別れ

2月11日、建国記念日、朝6時前に電話が鳴りました。

入院中の義父が永眠いたしました。平成22年2月11日午前6時20分、満86歳、享年88歳。

急いでかけつけた家内、僕、孫たち、皆が見守る中で静かに息を引き取りました。電話があってからほんの30分くらいのでき事でした。

腎臓が弱っていたのが一番の原因でしょうけれど、やはり体全体の機能が低下していたということでした。

先月、大阪に住む妹さん夫婦と義兄が見舞いに来た時には、まだ食事も会話も何とかできたのですが、その後は徐々に食事も思うようにはとれず、体も動かせなくなっていました。

痛みなどはなかったようですが、ずっと意識はしっかりしていたので体が言うことをきかないことが苦しかったのではないかと思います。しかし、最後は眠ったまま静かに、本当に静かに息を引き取りました。実に穏やかな顔でした。

その日のうちに通夜をすませ、翌日には告別式もすませ、また吹田の家まで往復したりと、あわただしく時間が過ぎましたが、やっと落ち着いてきました。

葬儀は以前に会員登録していた近くの会館で執り行いました。

同居といっても家内の父なので義兄が喪主なのですが、ほとんどのことは同居していた家内が行ないました。

信心深い人で、もともと住んでいた大阪吹田の真言宗のお寺や四天王寺に熱心に通っていましたが、ここ数年、体が特に弱くなってからはそれもできずにこちらにいたので、地元の真言宗のお寺に読経をお願いしました。これからもこのお寺にお世話になることになります。

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火葬は神戸市立西神斎場でしたが、山の中の静かできれいな新しい斎場で、義父も静かに旅立てたことと思います。

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ある程度覚悟はしていたとはいえ、遺影などは用意していたなかったので、大慌てで写真を探しましたが、なかなかいい写真が見つかりませんでした。でも、ぎりぎりになって、家内の作ったケーキを前にして、4人の孫に囲まれた幸せそうな笑顔の69歳の誕生日の写真が出てきました。よく出てきたものだと思います。

もともと持病があったし、年齢による衰えやらであちこちに症状がでたりして、同居以来20年近く、よく入院をしてきたので、家内は何かというと買い物と病院通いのセットが日課のようになっていたし、僕も休みのたびに病院を訪ねてきました。しかし、もうそれをすることもなくなります。

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一昨年末に有馬温泉に行ったのが最後でしたが、もう一度一緒に温泉にでも行きたかったと思います。

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コメント

いつもと感じの違う題名だったのでおや?っと思ったのですが。。。ご冥福をお祈りします。当方も義母が倒れて今てんやわんやで、takiさん一家の今までのご苦労が少しですが分かるような気がします。お疲れのでないようにお気をつけ下さい。

投稿: ゆうけい | 2010/02/21 18:15

別れは悲しいですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: 虹色☆S | 2010/02/21 21:23

ゆうけいさん、虹色☆Sさん、ありがとうございます。

義父の病気は慢性タイプなので長い年月、病気とつきあいながらも長生きだったと思います。

今は冥福を祈るばかりですが、長年一緒に住んでいたので、やはりさびしいです。

ゆうけいさんのお義母さまのご回復をお祈りします。

投稿: taki | 2010/02/21 23:28

義父さま旅立たれたそうでご冥福をお祈りいたします。

ボクの父も満85歳で亡くなったのが去年の4月で、先日一年祭(仏でいう一周忌)の手はずを取ったところでした。今は残された母と過ごす時間を大事にしようと思っているのですが、梅林などで母の写真を撮っても、これがいつか遺影になるのかと感傷的になってしまっていけません。

残された者がしっかり人生を歩むことが、先に逝った者から託されたバトンなのでしょうね。

投稿: たかけん | 2010/02/24 11:08

たかけんさん、ありがとうございます。

昨年、たかけんさんの日記を読んでいたことで、ずいぶんと助けられた気がします。あの頃からかなり悪くなってきていたので、心の準備ができました。

私も義父のバトンをしっかりと受け止めていきたいと思います。

投稿: taki | 2010/02/24 23:10

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