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2010/06/27

芦屋市立美術博物館

6月17日、大阪国際美術館から続いて芦屋市立美術博物館に向かう。

とても暑い日だったが、最近の蒸し暑さに比べればまだまだ過ごしやすかったと思う。

大阪国際美術館を出て暑い中を肥後橋まで歩き、梅田から阪神電車で芦屋に向かう。

阪神の駅は何となくレトロといえばいえる、古い駅そのままのところが多いようだ。芦屋駅も部分的には改修しているのだろうが、何となく高度成長期のままのような駅だった。

駅から芦屋川沿いに海に向かって歩く。アクセス案内には徒歩15分とあるので気楽に考えていたが、大阪の美術館で歩き回った後の暑さの中では結構堪える。

川沿いに大きな松が並び、ところどころに大きな家が見え、かつての芦屋の裕福な時代を感じさせるが、その中にマンションなども見え、時代はすっかり変わっているのだろう。

途中にテニスコートがあった。テニスを楽しんでいるのは中年以上の女性や退職後の男性と思われる人たちだったが、芦屋の金持ちというよりはごく普通のおばさん、おじさんにしか見えなかった。本当の金持ちはこんなところには来ないのだろう。

学生のころは阪急芦屋川からハーフノート(ジャズ喫茶)やルナホールまではよく来たが、ここまで海に近いところには来たことがなかった。もう海が見えてきたところで東に回ってさら歩くとやっと美術博物館にたどりついた。

Asiya 開館は5時まで、到着はとうに4時を過ぎていたが、暑い中をここまで来たのだからとにかく見て帰らないと何のために来たのかわからない。

目的は、ハイチ出身でアメリカで美術を学び、現在は大阪在住のH.R.マシュー氏の「ハイチ地震復興支援企画 ヒューズ・ロジャー・マシュー展」だ。(展示は既に終了)

彼とは以前、一緒に仕事をしたことがあるので、その関係で案内をいただいていた。彼は画家としては珍しいと思うのだが、ビジネス感覚に優れ、各所で活躍している。本当は翌日に来れば公開制作をしているはずだったのだが、仕事の都合で一日ずれてしまった。

アクリル絵具を中心に鉛筆や金など、色々な材料を組み合わせた作品で、浮世絵を現代風に再構築した一連の作品が中心だ。原色といっても比較的淡泊で平面的な着彩である浮世絵を、立体的に濃厚に飾り付けた、和洋折衷の逆バージョンのような作風である。オフィシャルサイトは商業空間の壁画などが主だが、展示はほとんどがこちらのような浮世絵を題材にしている。小さい画面が常識の浮世絵風に小さな作品もあるが、明らかに壁画を意識したと思われる大きくダイナミックな作品が印象に残った。

続いて併催の「モダニズムの光華 芦屋カメラクラブ」を見る。

写真作品といっても現在のものではなく、戦前、1930年代の関西を中心に活躍した写真家たちの作品である。美術館の案内はすでになくなっているが、紹介記事がInternet Museumにあったので、詳しくはそちらを読んでいただいた方がよいだろう。

作品の多くは現存するガラス乾板から現像しなおしたもののようだが、いわゆるセピアがかった白黒写真で、被写体をそのままに写したというよりはトリックのような写真も多かった。

トリック作品はどうやって撮影したのかと思っていたが、展示してあったガラス乾板から見ると何枚かのネガを重ねて現像しているようだった。このような画像は今ならCGで簡単にできるのだろうが、そうした仮想技術ではなくアナログ技術を駆使して現実をいかに工夫して非現実を現わそうかと奮闘した人たちの情熱と魂が感じられた。

何とか閉館までに見終わることが出来たところで外に出ると、美術館の庭では上の写真で何となくわかるように、どうやら近所の子供連れの奥様たちが談笑しており、ちょっとしたサロンのようだ。

帰路をまた歩いて帰る気力はなかったので、バスでJR芦屋まで帰ったのだった。

関連エントリー
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- 明石城公園

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2010/06/20

大阪国際美術館

6月17日、木曜日はすごく暑い日だった。

午後1時過ぎ、地下鉄肥後橋から炎天下を大阪国際美術館まで歩いた。

Osaka 開催中のルノアール展を見に、ではなく、気鋭の現代作家、会田誠氏が公開制作展示をされているというので、その見学がメインだった。

到着したときには展示室にはおられなかったので、しばらくルノアールでも見て時間をつぶそうか・・・、といっては怒られてしまうが、平日なのにやはり人が多いのと、時間の都合もあっててゆっくり鑑賞する雰囲気ではなかったので、少々残念ではあったものの、まぁ、当り前だけれどルノアールはルノアール、本物を見ることが出来ただけでもよしとしたい。(右写真は、美術館内のロビー、地下3階からの吹き抜けになっている)

Renoir_2 特に気に入ったのは、ボストン美術館蔵の「ブージヴアルのダンス」だ。意外と注目を集めていなかったので間近で見ることが出来た。1991年にボストンまで行きながらボストン美術館に行かなかったのが心残りだったけれど、ここで3つの作品に会うことが出来たのだ。「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」などの有名な作品は人だかりがすごくて、「とにかく見ました」で終わってしまった。

なんというのかな、ルノアールの作品というよく目にするメジャーな絵がずらずらと並んでいるのは、意外性がないという点で緊張感を持ってみることが難しいような気がする。観客が多いというのも、そして見ている人たちも知っている作品の本物をざわざわと見に来たという雰囲気が漂っているようで、そのことも緊張感を薄れさせるのかと思う。じっくりと見ればきっとそんなことはないのだろうけど。

館内は他の美術館と比べると明るく照明されており、鑑賞しやすい環境とは思うが、何となく軽い美術館であるようにも感じたのも一因かもしれない。

さて一方、ルノアール展の入場券で鑑賞できる併催のコレクション展は人がとても少なくてゆったりと鑑賞できた。逆にいえば、美術館の中にこれだけ人がいるのに現代美術に関心を持つ人はほとんどいないということが、現在の日本の美術の実態なのだろう。とても残念なことだ。

コレクション展については美術館のサイトには説明が全然ないのがとても不親切だ。コレクションの検索は一応はできるようになっているが、文字だけなのでどれが展示されていたのか見当がつかない。このあたり、美術館の姿勢にも問題があると思う。

予備知識もなく入ったので、作品名や作家名を覚えていないのだが、入口にある圧倒的に大きな作品が印象的だった。大きさというのは現代作品の表現形態の一つかと思う。僕には理解の範疇を超えた作品もあったものの、ルノアールよりは新鮮な気持ちと緊張感を持って見ることが出来た。

また、小品ではあるものの、ロバート・ラウシェンバーグ、リチャード・ハミルトン、ジャスパー・ジョーンズなどの作品、あるいはウォホール、リキテンスタインの版画もあったのは少々驚いた。特にハミルトンは初めてみたが本(the impact of MODERN PAINTS)で見ていた"Swingeing London 67"の別バージョンだったのでちょっとした感劇だった。しかし現代作家としてはメジャーなこれら欧米の作家名は知っているが、日本の作家は知らないという僕の姿勢も問題があるといわねばならないか。

これも併催の「死なないための葬送・・・・荒川修作初期作品点」は何とも不気味な作品群だが、うーむ、それ以上はよく分からない。

さて、これらの現代作品群の横の部屋にお目当ての会田誠氏の公開制作現場がある。現在、日本で注目されている中堅作家というと、会田誠、天明屋尚、山口晃という三人だと思うが、他の二氏に比べると会田氏はエログロな作品が多くて僕にはどうもなじめないところがある。しかし今回、公開制作されていた「滝の絵」はグロッティーなところはなくて、見方によってはエロチックだが一方で清楚な絵だった。解説では「宗教画」と書かれているが、そうした見方についてはそれはよく分からないとしか言えないが、インパクトのある作品には違いない。

Kokusai 作品の前でしばらく見ていると、会田氏がそそくさと現れ、作品の前にあった椅子に座ってしばし作品とにらめっこした後、制作を始めた。といってもほとんど完成しているので、微調整という感じだ。機会があれば話しかけようかとも思ったが、とてもそんな雰囲気ではなかったので、しばらく見た後、次の目的地である芦屋市立美術博物館に向かう。スケジュールが詰まっているのだった。(右は、美術館の入口を外から見たところ。この地下が美術館になっている)

しかし正直なところ、見方によってはイラスト、もっといえばアニメやコミックのような多くの日本現代アートが本当に僕の心に訴えかけているかというと、まだまだ「面白いなぁ、すごいなぁ」という域を出ない。比較しても仕方がないのだろうが、ルノアールはいわずもがなだが、川村記念美術館で見たモーリス・ルイスやバーネット・ニューマン、あるいは兵庫県立美術館でのホイットニー美術館展で見た作品群の衝撃には及ばない。こうした作品がどのように残っていくのか楽しみではあるが。

-続く・・・予定-

関連エントリー
- モーリス・ルイス 秘密の色層-I
- Picturing America/Whitney Museum of American Art
- 天明屋尚

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2010/06/14

西宮から岐阜へウロウロ

金曜日は梅田で疑似塗装のデモ体験をした。

F1 発泡スチロールの卵に大理石風のフェイクペイントをするのだけれど、インストラクターの言うとおりにすると、本当に簡単にそれらしくなった。意外と簡単なのだね。右下がその卵。

Egg その後、西宮文化センターまで、マイミクの虹色☆Sさんが参加しているKANTAN歩展を見に行く。なかなか時間が取れなかったが、13日で終わりなので梅田のデモ体験と合わせて外出した。

文化センターへはめったに乗らない阪神電車で香櫨園まで行く。

KANTAN歩展は昨年も来たのだけれど、現代作家の見応えのある展覧会だ。無料でこれだけの作品が楽しめるのはなかなかないのではないかと思う。抽象作品が大半だが、虹色☆Sさんは日本画を思わせる静かな具象作品だった。

F2 残念ながら写真は不可だから、帰路、夙川沿いの写真でも。オアシスロードという、いかにもという名前がついているけれど、夕方、樹々の間を抜ける風が涼しい。

一日あけて今日は、岐阜の長良川国際会議場で開かれた修復学会に行く。学会聴講と出展の両方だ。

昨年は倉敷で天気もよく観光もしてきたけれど、今年は曇天だし駅から会場までは遠いし、ということで観光はできなかったけれど、駅から会場へのバスから、岐阜城が見えたとか、かの柳ケ瀬とはこのあたりか、とか、何だか昭和40年くらいの雰囲気を思わせる古いビルがあったりとか、大きなアーケードの商店街があるぞ、とか、岐阜市街地というかアメリカ風にいえばダウンタウンエリアは思ったより大きいね、とか、そんなところか。

F3 聴講もするつもりだったけれど、少し遅れてしまったので興味のあった演目は終わった後だった。結局、展示ブースでたまに覗きに来られるお客さんに説明するだけで一日終わった。

F4 展示ブースのある場所は大きな吹き抜けで、二階から廊下がぐるぐるっと回ってグッゲンハイムかと思うような・・・、でも螺旋ではありません。一周すると戻ってしまった。あえて写真は縦にしなかったけれど、面白いでしょ。残念ながら二階から上は立ち入り禁止で上がることはできなかったけれど、3階から上は螺旋のようです。

ここで偶然というか必然というか、修復の仕事をされているマイミクのはにゃさんにお会いした。実に2006年、上野にある某大学での講演会の後、今はなき聚楽台というレトロな大衆食堂でアメリカからのお客様参加でオフ会をして以来だ。同じくマイミクのcorvoさんともその時にお近づきになったのでした。

帰路はまたバスで岐阜駅へ戻り、お土産を買って、次の電車は、とみると名古屋行き特急がすぐに出るという、あわてて飛び乗った。

F5 数日前に切符を買ったとき、係の駅員さんが「名古屋から岐阜は指定席にしますか」といわれて、「近距離に特急は乗りません」と断ったのだけれど、「帰路も買います」というとまた「岐阜から名古屋は指定席にしますか」といわれて、ついついつられて「自由席」といってしまったのだ。新幹線乗り継ぎの特急は半額になるとはいえ、無駄な事をしてしまったと思っていたのだけれど、おかげでゆったりとした特急列車で帰ることが出来ました。

関連エントリー
- 倉敷風景-I 美観保存地区
- 倉敷風景 II お昼時
- 倉敷風景 III 大原美術館
- 駿府城跡

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2010/06/11

Flor de lis

連続アップ。

前回の最初の曲、"Flor de lis"はスペインのKETAMAが歌っているからスペイン語のようにも聞こえるのだけれど、バックコーラスなんかどう聞いてもブラジルっぽい。

で、同じ曲をDjavanという歌手が歌っているのを見つけたので聴いてみたら、やっぱりブラジルだよね、これ。

ついでだから歌詞を探してみたら、こちらにあった。でも文字を見たからといって、スペイン語とポルトガル語の区別なんかは知らない。

そこで、これをExcite翻訳で英訳してみたら、やっぱりスペイン語-英語では訳せず、ポルトガル語だったら英語になった。

一件落着・・・と思って、歌詞を見ながらKETAMAを聴くと、どうも文字と微妙に違うような・・・、Djavanはつづりと発音がぴったりしているから、ポルトガル語なのは間違いないのだけれど、KETAMAはスペイン語に訳したものを歌ってるってことか・・・って、スペイン語もポルトガル語も知らないから、結局、KETAMAは何語で歌っているのかよく分からないということでした。

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2010/06/10

韓流 Spanish "Ketama"

また、YouTube。

KETAMAというグループがあるのを最近知った・・・、といっても調べてみたら、以前のJane Monheitと同様、かなり以前から活動しているグループだった。詳しくはこちら

最初に見つけたのが、この画像。Brazilian Pop風なので、てっきりブラジルの歌手かと思ってしまった。よく聞けばスペイン語なのだろうけど、こんなリズムに乗るとポルトガル語のように聞こえてしまって、しばらくは分からなかった。うーん、やっぱり分からない。

しかし、何となく韓流の歌のような粘っこさがある・・・いえ、韓流に詳しいわけではなくてこんな雰囲気かな?、という程度ですが、韓国とスペインは通じるものがあるのかな。

ハーモニーが素敵だ。それと、バックコーラスの腰つきがいいね。大きく二拍子(二分音符)でリズムを取っている感じだ。

こちらはもっと粘っこい。かなり韓流っぽい、と思う、多分。

最後は、埋め込みが出来ないのでリンクのみですが、ニューフラメンコと称される、というのがよく分かる。でも、ブラジリアンテイストもちょっとありますね。

Ketama " Acaba de Nacer "

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2010/06/06

Blue Tango

音楽ネタ、YouTube続き:

ARTHUR LIPNER & WORLD JAZZ GROUP "Blue Tango"

タンゴというよりサンバのような感じだ。ヴィブラフォンのおじさんがノリノリですね。腰つきが何とも言えない。最初と最後が切れているのが残念。テーマにRicardo Bossa Novaに似たメロディーがあるね。

ヴィブラフォンおじさん Arthur Lipner氏のMySpaceはこちらオフィシャルサイトはこちら

*以下はつけ足し。

同じタイトルで The Venturesも演奏していたみたいだが、全然違う曲だ。何だか小学生のころ、ギターを弾き始めたころを思い出して懐かしい。こうしたイージーリスニング的な演奏も彼らの持ち味だね。

こちらはダンスのBlue Tango、これも全然違う曲だ。

社交ダンスを習ったことがあって、タンゴも少しやったのだけれど、膝を曲げ気味にして両足の膝の内側がすれるように、顔はこの画像のように向き合うのではなくて、進行方向を二人とも向きながらステップを踏むのだった。あれはコンチネンタルタンゴのスタイルだったのかな?

ついでに、Ricardo Bossa Nova、なかなかとクールなギターソロ。

ギターのリハビリも少しずつやっているのだけれど、どうも思ったほど進まない。

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2010/06/05

Robot Marimba Player

珍しく政治ネタが続いてしまった。

518mee4wf3l__ss500_ 世情の影響もあるけれど、村上龍の「半島を出よ(上)」を読んで、ちょっとかぶれたからに違いない。北朝鮮の特殊部隊が福岡に侵入して福岡ドームを占拠するという話が、実際にありそうな現実感を持って描かれていて、日常の生活が簡単に崩れる可能性に非常に不安を覚える作品だ。

舞台はちょうど2010年、現実の日本の経済状態は小説のようにはなっていないし、逆に朝鮮半島がキナ臭い状態なのだが、物語は話の都合上、作り上げられた舞台であって、現実と比較しても仕方がない。小説は村上氏のメッセージを伝えるための道具であり、未来予測の物語ではないのだから。

氏のメッセージがすべて正しいというわけではないかもしれないが、周到な調査に基づき独自の明瞭な観点から書かれたのは確かだと思う。

上巻を読み終えたので、今日、図書館で下巻を借りてきた。話の展開は他の村上作品の傾向からみても、上巻の途中でおよその予想が出来てしまうのがちょっと残念だが、予想を裏切る展開を期待したいところだ。

というわけで、今日はお気楽なネタ。

Shimonという名のロボットマリンバプレイヤー。

Human-Robot Jazz Improvisation (Highlights)

Sixteen Tonesという、どうやら広島大学の先生らしき方のBlogに紹介されていた。どういう経緯でブックマークしていたのか忘れてしまったけれど、たまたま覗いて見つけた。

どうやらピアニストとインタープレイをしているようだ。フルバージョンがこちらにあるが、うーん、コードはいい感じに出来ているが、インプロヴィゼーションというのはどうかな。

Shimon the marimba-playing robot learns and improvises while jamming with musicians

こちらは顔らしきものがついていて、音楽に合わせて顔を動かすみたいだ。解説では、人の演奏から学習をしていくらしい。ただし人間をロボットに置き換えようというのではなく、豊かなボキャブラリーを蓄積して人間が思いもしないようなプレイをすればそれに人間の方がインスパイアされて、人同士の演奏とは違った演奏を産み出せることを期待しているようだ。

しかし、伴奏ソフトのBand In A Boxに、コードによる自動インプロヴィゼーション機能がついたのはもう何年も前のことだったから、目新しいとは言えないのかもしれない。

Shimonを作ったのは、Georgia Tech Center for Music Technologyという、学校なのか研究機関なのかわからないけど、こういう機関があるというのがアメリカのすごいところだ。

こちらの方が面白い。

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人の演奏する音を聞いてそれを真似し、さらにインプロヴィゼーションまで出来るというところが新しいということかな。他にもいくつかYouTubeにアップされているから、興味のある方はどうぞ。

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2010/06/02

「それ」って・・・RVR

村上龍氏がRVRで、普天間問題(辺野古)について改めて語っている。

民社党、政権離脱
日本の外交では、無理を聞いてくれるところが必ず犠牲になってきた

これが大方の人の感覚だと思う。

みんな、本当に大丈夫かな、と思って見てた・・・、県外で5月の末に決着というから、そんなことできるのかなって見ていた・・・って、「できません」、ていうんだもの。それまでに何回も何回も聞いて、その都度、耳当たりがいいことをいってたくせに、ここにきて急に「抑止力のことを勉強したら、やっぱり辺野古じゃなきゃ駄目だ」なんて、あれは罪が重いし、国民はあきれたんじゃないの。マスコミはなんかいってるけど、嘘つきだもん、完璧に。ああいうのを嘘つきっていうんだよ、前言を翻しちゃったりして。

沖縄問題は、日本政府が、沖縄を説得するかアメリカを説得するかの問題だが、アメリカは説得が難しいから、結局は無理を聞いてくれそうなところが犠牲になる。

毎日新聞がどこまで信用できるかはわからないが、5月31日の朝刊では、例のオバマ大統領との10分の会談で大統領が「期限が迫っている」と厳しい態度を示し、どうにもならないため「アメリカがダメだというんだ、オバマさんも最初から辺野古だったから」ということになった、と書かれている。この記事を読むと、まったくアメリカの言うがままで、自分の意見をはっきりと言えない情けない首相像が浮かんでくる。

一方、内田氏も「それ」の件で、。それなりに説得力はあるが、やはり独善的な考えではないかと思うし、特に鳩山首相が期限の5月になって、沖縄で初めて米軍関係者から話を聞いて事情を理解したというのは、それはないだろうと思う。万が一、それが本当だとしても、それは、やっぱり鳩山という人は無能だ、ということの証明にしかならないだろう。毎日新聞の記事のような事情が本当のところではなかろうか。

しかし、さすが村上氏は小説家、「耳触りがいい」なんて言葉は使わず「耳当たりがいい」と言ってますね。

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