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2010/08/23

虹の彼方に

一昨日ご紹介した武満徹編曲の「虹の彼方に」だけれど、もっといい画像を見つけたのでご紹介。かの村治佳織さんです。

実を言うと彼女の演奏を何度かTVで聞いたことがあるのだけれど、僕はあまり好みの演奏ではない気がした。もちろんテクニックなどすごいと思うが、何となくそれ以上のものを感じなかったのだ。むしろ弟さんの演奏の方がよかったりしたのだが、まぁ、好みは個人的な問題ですからね。

ついでながら、一緒にご紹介した Tango en Skai は、村治さんの演奏がトヨタのCMで使われてポピュラーになったらしい。どんなCMか分からないけれど、だからメロディーに聞きおぼえがある気がしたのかな。

こちらは作曲者の、Roland Dylanの演奏。荒々しくて野性的な演奏ですね。

51c4xxbfzxl__ss500_ ついでながら、弾けもしないだろうに、この曲が入った曲集をAmazonで注文してしまった。20曲以上の楽譜に演奏CDもついて\2100だ。知っている曲も何曲か入ってはいるけれど、楽譜というのは楽しみ方次第ですごく安いと思います。

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2010/08/22

スイスの花嫁 1982

PICKS-CLICKSさんがBlogで、スイスのグリンデルヴァルトやユングフラウ旅行の記事を書かれていたので、1982年の9月に仕事でスイスに出張した際のことを思い出し、その写真をCDに焼いてもらって対抗しようと(何にだ?)古い写真やらネガを引っ張りだしたのがお盆休みだったが、その中のお気に入りの画像をアップします。

この出張は、仕事らしい仕事は既に終わっていて最終確認だけみたいな出張だったので、ほとんど観光旅行のようだった上に、商社のドイツ在住の方(日本人)が約一週間、僕一人のためにずっとついてくれるという贅沢なものだった。

ちょうど土日をはさんでいたので、それを利用してグリンデルヴァルト、ユングフラウを観光した。

土曜日、グリンデルヴァルトに到着した日はすごくよい天気で、その日はアイガーの向かいにあるやや低めのメンリッヒェンにロープウェイで登り、アイガーやユングフラウの絶景を堪能した。

Dh000156s_4 夏の観光シーズンが終わった後で観光客も少なく、ゴンドラの中はよけいなBGMも解説もなくとても静かで、時々、眼下の牧場にまばらに見える牛がぶら下げたベルの音がカラカラと聞こえるだけだった。正面にみえるのが、ヴェッターホルンで、アイガー、ユングフラウは右手に続く。

ネガが古くて色あせてしまっているのをPaintShopで何とか補正したものの、プリントの色までは再生できなかった。本当はもっと鮮やかな緑なのだけれど。

メンリッヒェンの頂上では、レストランで結婚式が行われていて、その写真を撮らせていただいたのが、今回のお気に入りだ。

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アイガーの北壁を背にした可憐な花嫁姿が素晴らしい。写真では分かりにくいかもしれないが、花嫁の立つ草原と後背のアイガーの間にはグリンデルヴァルトの町を抱く盆地が広がっている。その雄大さは写真では表しきれないのが残念だ。Jungfrau_map

地図を見てもらうと、メンリッヒェンとアイガーがどれだけ離れているかがわかるかと思う。(地図はこちらから)

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こちらは「日本人が写真を撮りたいと言っている」と同行の方が通訳してくださったので、新郎新婦に付き人、そして多分、親族の女の子が集まってくれたもの。実は女の子の弟がチロルハットをかぶった可愛らしい服装だったのだが、写真はいやがって入ってくれなかった。後背の山は左から、アイガー、メンヒ、そして草原から続くメンリッヒェン。ユングフラウは残念ながらメンリッヒェンの後ろの雲に隠れている。メンリッヒェンに登って行けば、さらに雄大な景色が楽しめただろうが、そこまでの時間はとてもなかった。

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親族が揃っての写真、といってもてんでんばらばらだけれど、さっきは入ってくれなかった男の子が後ろ向きながら真ん中に写っている。

この夜、ホテルの部屋から見えたアイガーの背後から登る月と、本当に落ちてくるのではないかというほどに満天に輝く息をのむほどの無数の星と天の川も一生の思い出になった。

あれからもう30年近く経ってしまった。今は当時からは想像できないような世の中になってしまっているが、あの新郎新婦や家族のみなさんが幸せに暮らしていることを祈ります。

この旅行は、仕事としては最高、旅行としては家内との新婚旅行とイタリア旅行に次ぐ素敵で贅沢な旅だった。

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2010/08/21

武満徹 編曲

お盆を過ぎて、うるさいクマゼミも少しは静かになり、何度かツクツクホウシの声を聞いたが、まだまだ暑い。

暑い中、日々ヴィブラフォンの練習は細々とは続けていて、前からこれも細々と適当なコードをつけて弾いていたDanny Boyもそれなりに決まってきたこの頃、ギター用に武満徹が編曲したLondonderry Airをヴィブラフォンで弾いてみると、やっぱり自分でつけた和音などは幼稚に聞こえてきてしまう。

ヴィブラフォンでは楽譜を見ながら弾くのがとても苦手だし、テクニックも伴わないからちっとも曲にならない。それでも最近はちょっとは進歩したので、武満流和声を鳴らしてみるだけでもなかなかと楽しいのだが、きっと近所迷惑には違いない。

今日はもう一曲、武満徹編曲のOver The Rainbowを弾いた、というよりは鳴らしてみたのだけれど、曲にはならないがユニークなコード進行がこれまた面白い。

以前、ギターでは弾いてみたことがあって、まともな演奏にはならないがヴィブラフォンで鳴らすよりはまだ曲になっていたのだけれど、ギターでは逆に楽譜を見ながら弾くのは、まぁあまり苦にならないものの、音符をそのまま弾くだけでコード進行の妙をそれほど感じることはなかった。

多分、ギターでは楽譜通りに弾くという回路が頭の中にあるのに対し、ヴィブラフォンではコード進行の上に曲が成り立つような回路があるのではないかと思う。自分の頭のことなのに、「ではないか」というのも変だが、まぁ、とにかくだからヴィブラフォンで鳴らしてみた方が武満流の和音の響きを楽しむことが出来るのも事実だ。

ということで僕の音はとてもアップできるようなものではないので、例によってYouTubeで探してみた、武満徹氏のハーモニーをお楽しみください。

Londonderry Air(Danny Boy) / 大萩康司

Over The Rainbow / Andrea Dieci

Danny Boyを弾いている大萩康司という人は初めて知ったのだけれど、Tango en Skaiというメニューがあったので聴いてみたら、すごいね、なかなかといい男だし人気があるんだろうね・・・オハギと紹介されているのがちょっとおかしいけど。それと音質がちょっと残念。

Tango en Skai

しかしタンゴの演奏としては、ボリビアのギタリストPirai Vacaの方が正統かもしれない。オハギさんの方がdanceableではあるけど。

こんな演奏を聴くと、アマチュアとプロの間にはやはり大きな谷があるのを痛感してしまうね。その一方でギターのリハビリもしなければという気持ちも起きてくるが、今のギターはあまり弾きやすくないので、もっといいギターが欲しいなぁ。

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2010/08/16

初盆-精霊送り

今日で盆休みは終わり。

昨日は本当はマリンバの佐藤先生のコンサートだったのだけれど、義父が亡くなっての初盆で地区の精霊流しの時間と重なってしまい、せっかく招待状をいただきながら失礼してしまった。

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精霊流しという言葉は知っていたものの、実際の経験は初めてだ。法要は八月の最初の日曜日に済ませていたが、精霊流しは勝手にするわけにはいかない。やたらと川や海に流すことはできない世情なので、自治体などがまとめて行うことになっているようである。

写真の右にある金色の御堂のようなものが精霊棚で、お盆の間は新仏の御位牌をお祭り(といっていいのか)しておく。左は吹田の家内の実家から運んできた仏壇で、子供たちも合意の上で我が家でお祭りすることになった。

精霊流しは本来は16日らしいが、この辺りでは今年は日曜日の15日の午後と決まっていて、神戸市西区は西神中央で神戸市が行っているのだが、明石圏の我が家では明石市の方がずっと近い。

明石では各自治会が市の委託のような形でしているらしく、だから明石に住んでおらず市民税も払っていない我が家は本当は駄目なのかもしれないが、すぐ近くの明石市中央体育館で行っていたのでお盆の飾りなどを持っていったら快く引き取ってもらえた。

精霊送りのすぐ横では祭壇があって読経もされていたので、御賽銭を少し奮発してお祈りしてお盆の送りを終えたのだった。

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2010/08/14

お盆と、めくらやなぎ

盆休みは例年のことながら何をするということもなく、だらだら。

PICKS_CLICKSさんのBlogで、スイスのグリンデルヴァルトやユングフラウ旅行の記事を読んだので、30歳のときに仕事でスイスに出張した際のことを思い出し、その写真をCDに焼いてもらって対抗しようと(何にだ?)古い写真やらネガを見ているうちに今日は終了してしまった。

明日は出てきたスイスやフロリダ出張のネガ、イタリア旅行のネガなどをCDに焼いてもらおう。今使っているプリンタはネガもスキャンできるのだけれど、やってみるとプロの機械に比べれば全然ダメだったのだ。

その際に家内や僕の若いころの写真とか子供の小さいころの写真も出てきて、ちょっとした大騒ぎだった。まぁ、どうということはないのだけど。

昨日は久しぶりにお尻の医院に行って来たのだけれど、お腹の調子がもうひとつなので近所の医院で腸の調子を整える錠剤をもらっていることを話したら、錠剤よりは粉の方がよいといわれてしまった。粉の方が腸に届く前に均一になるのでよいとか何とかそんな話で、理屈としてはあっているようなので、粉末の薬をもらってそちらを飲むことにした。

この医院は車でないと行けない程度に近くて遠いので、往きは高速を飛ばして(といっても10分もない)、帰路は地道を通ったのだけれど、途中に墓場が二か所もあるところなので、田舎とは思えないほどの渋滞でびっくりだ。仕方がないので、カーナビの地図を頼りに横道にそれ、田んぼの真ん中を抜けて帰ったのだ。

そうそう、その時に朝の便通をよくするための薬とよく眠れるような薬をもらったので寝る前に飲んだら、今朝は起きられなかったのだ(「起きれなかった」と書いてしまいそうだなぁ)。

で、今日の午前中は、ずっと押し入れに放り込んだままだったEDベータのデッキが動くかどうか試したのだけれど、動かなかった! ほんの数秒だけ画面が出てすぐに止まってしまうし、早送りもできないので、駆動系がダメになってるのだろう。

ウワサでは、VHSのデッキは買い手がないがベータは買い手があるとか聞くが、動かないのではねぇ。

昨日は村上春樹の米国出版の短編集「BLIND WILLOW, SLEEPING WOMAN」の日本版を読んでいたのだけれど、この「めくらやなぎと、眠る女」は以前に読んだバージョンからかなり書き直されている。というか省略されている。

もとはタイトルも途中に読点がないのだが、バスの経路が山の上の団地を回るという説明がなくなり、また乗り合わせた老人たちの不可思議さもほとんどなくなっている。その辺りが恐らくは話の筋にはあまり関係がないので削除されたのだろう。

村上氏のこうした小説ではフィクションだから必ずしも現実とは一致しないのだけれど、同じ頃の自分の神戸体験をついつい重ねてしまうのだ。

この小説でも山の上の団地を巡るルートのバスというと、鶴甲団地かな、しかしそうすると高校には行けないな、阪神芦屋からなら御影で降りて阪急六甲までバスで、そこからさらに2系統のバスに乗り換えたのだろうか、などと考えてしまったのだが、新版ではその辺りが削除されているので悩みは少なくなる・・・が、なくなるわけではない。しかしいずれにしろ、小説では28番のバスとなっているから全然違うので、まぁ、悩んでも仕方がない。

どうでもいいようなことで悩むな、と仰る方はこちらでも読んでください。

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2010/08/08

水木しげる・妖怪図鑑

今日は先週に続いて兵庫県立美術館で開催中の「水木しげる・妖怪図鑑」を観に行ってきた。一連の原画が展示されているだけといえばいえるが(他にも色々と展示はあったが)、背景の正確さと描き込み方はマンガとは思えないすごさだった。

Youkai2 美術館が現在の場所に移る以前、現在の原田の森ギャラリーが兵庫近代美術館だったころから水木しげる展は開催されていたのだけれど、なぜ神戸なのかと思ったら、水木氏は戦後の一時期、神戸の水木通りにある水木荘で紙芝居を描き始めたという縁があったからのようだ。水木というペンネームもその地名に由来するのだそうだ。

妖怪関連で江戸から明治にかけての妖怪画も展示されていたが、河鍋暁斎の絵を初めて見ることが出来た。水木氏の妖怪画はこうした日本の伝統的な絵画を引き継いだものであることがよく分かった。

昨日CATVで、李香蘭を主題としたらしい映画で、本人(山口淑子)や雪村いずみのショーの場面だけを断片的に観て、現在の流行歌手とは違う、基礎的な訓練をきっちりと受けたと思われる歌唱力にいたく感銘を受けたのだが、水木氏の絵も、現在のデフォルメばかりが目立つようなマンガとは違った、きっちりとした基礎の上に出来上がった、絵だけでも十分に鑑賞に耐えうる世界だと思う。

Hyogo 昔はプロとアマの違いというのは厳然とあったのではないかと思うが、現在は音楽もマンガを含めた絵画も多様化すると同時にプロとアマの境が不明瞭になっていると思う。それだけ裾野が広がったとかアマチュアのレベルが上がったという見方もできるだろうし、決して昔の方がよかったとはいわないが、しかし結局は本物だけが残っていくのだ、という当り前の結論になったのでした。(右は美術館3階からみた神戸港風景)

関連エントリー
- 妖怪天国ニッポン

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2010/08/01

レンピッカ展

既に先週で終了してしまったレンピッカ展の話。

その始まりは、あの時代としては、自由奔放に生きたレンピッカの展覧会、彼女に振り回されたような紆余曲折の、どうでもいいような我が家の事情から。

Lempicka 会期前に招待券を二枚もらったのだが、それが行方不明、そのうちにゆうけいさんがレビューを書かれたので、やっぱり行きたいなぁ、と思ううちに、ローカルな美術展にしては珍しくNHK教育の「日曜美術館」で特集され、うーむ、これだけ観ればもういいかな、とか思いつつも気になるうちに最終前日の7月24日、午前中に用事を済ませた家内に行くのかどうかとか言われて、うーむ、このくそ暑い中を都会に出るのは・・・、どないすんねん、といううちに2時近くになって、何となく険悪な雰囲気、もうやめようか・・・といっていたら、午後はバイトの予定だった息子がバイトがキャンセルになったので、「どっか行こ、美術館とかいってたやん、久しぶりに行こ」という一言で二時半すぎてからダラダラと出かけ、出てしまえば高速を飛ばして30分もかからないくらいなのに、まぁ、僕がモノグサなのがいけないのだが、とにかく、観てきた。

日曜美術館ではゲストの三輪明宏氏のレンピッカ論、そして晩年のレンピッカに彼女の邸宅で会ったというデザイナーの石岡瑛子さんのインタビューを軸にしているが、それはこちらに詳しい

石岡氏は晩年、自分の絵を模写したのは自分のためというように語っていたが、美術館の説明では友人に頼まれてと書かれていた。どちらが正しいのか分からないが、いずれにしろかつての輝きはなかったのは確かだ。

館内ナレーションをしている辺見マリさんは、インタビューで次のように語っている。

「世の中の端っこで生きているの」という言葉でしょうか。それは世の中に迎合しないというか、そんな姿勢も感じられて・・・

ところが日曜美術館は全く逆の解釈で、三輪氏も石岡氏も「時代に迎合して生きた人間の悲劇」というように語っている。

僕は日曜美術館を見てからだから、どうしても後者の先入観で観てしまう面は否めないが、作品から受けた印象からみれば日曜美術館の解釈が妥当のように思える。

黄金時代の作品は確かにエネルギーにあふれているが、僕はむしろ大恐慌のために絵の注文がなくなって苦悩した時代の絵の方が心に響いてくるものがあると感じた。

しかしその後、アメリカに渡ってからは何が描きたいのか分からないような、僕の目で見ての話だが、凡庸な作品ばかりだった。特に最晩年のメキシコ時代は塗り絵のようにさえ見えた。

ただ非常に技量に優れた画家だったと思う。メタリックな肌合いというように表現されるけれど、よく見ると肌の描写などは伝統的な人体の画法をしっかりと受け継いでいるように見えるし、デッサンやクロッキーは素晴らしかった。

L1 僕が気に入ったのは、娘を描いた「初めて聖体を拝領する娘」と、苦悩時代の「マドンナ」だ。L2 

マドンナをみて思い出したのは、新婚時代に行ったフィレンツェで見たミケランジェロの「聖家族」(右下)だ。構図などは全然違うが、ラファエロなどのルネサンス時代の絵も参考にしたらしいから、当たらずとも遠からずだろう。L3

使い古された表現だが、大恐慌(1929年)までの華やかな時代と、彼女の生き方や作風がマッチしたことが彼女の幸福であり不幸であったということだろう。時代が変わるとともに作品はミスマッチとなり、時代に迎合しようとして忘れられていった。

三輪氏はピカソや自分の生き方を引き合いに出していたが、ピカソは自ら変化していったのに対し、レンピッカは時代に合わせようとしたところが最大の違いといえそうだ。

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