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2010/08/01

レンピッカ展

既に先週で終了してしまったレンピッカ展の話。

その始まりは、あの時代としては、自由奔放に生きたレンピッカの展覧会、彼女に振り回されたような紆余曲折の、どうでもいいような我が家の事情から。

Lempicka 会期前に招待券を二枚もらったのだが、それが行方不明、そのうちにゆうけいさんがレビューを書かれたので、やっぱり行きたいなぁ、と思ううちに、ローカルな美術展にしては珍しくNHK教育の「日曜美術館」で特集され、うーむ、これだけ観ればもういいかな、とか思いつつも気になるうちに最終前日の7月24日、午前中に用事を済ませた家内に行くのかどうかとか言われて、うーむ、このくそ暑い中を都会に出るのは・・・、どないすんねん、といううちに2時近くになって、何となく険悪な雰囲気、もうやめようか・・・といっていたら、午後はバイトの予定だった息子がバイトがキャンセルになったので、「どっか行こ、美術館とかいってたやん、久しぶりに行こ」という一言で二時半すぎてからダラダラと出かけ、出てしまえば高速を飛ばして30分もかからないくらいなのに、まぁ、僕がモノグサなのがいけないのだが、とにかく、観てきた。

日曜美術館ではゲストの三輪明宏氏のレンピッカ論、そして晩年のレンピッカに彼女の邸宅で会ったというデザイナーの石岡瑛子さんのインタビューを軸にしているが、それはこちらに詳しい

石岡氏は晩年、自分の絵を模写したのは自分のためというように語っていたが、美術館の説明では友人に頼まれてと書かれていた。どちらが正しいのか分からないが、いずれにしろかつての輝きはなかったのは確かだ。

館内ナレーションをしている辺見マリさんは、インタビューで次のように語っている。

「世の中の端っこで生きているの」という言葉でしょうか。それは世の中に迎合しないというか、そんな姿勢も感じられて・・・

ところが日曜美術館は全く逆の解釈で、三輪氏も石岡氏も「時代に迎合して生きた人間の悲劇」というように語っている。

僕は日曜美術館を見てからだから、どうしても後者の先入観で観てしまう面は否めないが、作品から受けた印象からみれば日曜美術館の解釈が妥当のように思える。

黄金時代の作品は確かにエネルギーにあふれているが、僕はむしろ大恐慌のために絵の注文がなくなって苦悩した時代の絵の方が心に響いてくるものがあると感じた。

しかしその後、アメリカに渡ってからは何が描きたいのか分からないような、僕の目で見ての話だが、凡庸な作品ばかりだった。特に最晩年のメキシコ時代は塗り絵のようにさえ見えた。

ただ非常に技量に優れた画家だったと思う。メタリックな肌合いというように表現されるけれど、よく見ると肌の描写などは伝統的な人体の画法をしっかりと受け継いでいるように見えるし、デッサンやクロッキーは素晴らしかった。

L1 僕が気に入ったのは、娘を描いた「初めて聖体を拝領する娘」と、苦悩時代の「マドンナ」だ。L2 

マドンナをみて思い出したのは、新婚時代に行ったフィレンツェで見たミケランジェロの「聖家族」(右下)だ。構図などは全然違うが、ラファエロなどのルネサンス時代の絵も参考にしたらしいから、当たらずとも遠からずだろう。L3

使い古された表現だが、大恐慌(1929年)までの華やかな時代と、彼女の生き方や作風がマッチしたことが彼女の幸福であり不幸であったということだろう。時代が変わるとともに作品はミスマッチとなり、時代に迎合しようとして忘れられていった。

三輪氏はピカソや自分の生き方を引き合いに出していたが、ピカソは自ら変化していったのに対し、レンピッカは時代に合わせようとしたところが最大の違いといえそうだ。

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