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2011/08/23

Exeter School of Samba

Exeter School of Sambaは、イギリスのFacebookフレンドScott Craigさんが主催するサンバスクール。少年少女を集めてひたすら打楽器だけでサンバのリズムを刻む、つまりBatucada専門の風変りな学校です。画像はいっぱいあるのだけれど、どれも10分前後と長いので、まず少し短めなものをアップ。前で指揮しているのがScottさん、いやぁ、楽しそうだね。

次は8分以上ある映像、部分的には何となく日本のお祭りのチンチキチンチキというリズムを思い起こします。

こちらはサンバらしいリズムだけれど、もっと長い。

最近、イギリスでは若者のうっ憤が爆発しているけれど、こうして若い人を集めてものごとに集中させ楽しむことを教えればそんなことも起こらないんでは、なんて書き込みがFacebookにありました。

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2011/08/16

時間は問題ではない

盆休み中の日曜日、珍しく一人で図書館に行った。

Ts3p0967s 貸し出し期限が来ていた本を家内の分も含めてまた借り直すのと、村上春樹の「海辺のカフカ」上巻を読み終えたので下巻を借りるのが目的だ。

左写真は図書館内部。館内にある二階読書室のガラスに丸天井の照明が映り込んで不思議な模様が面白い。

村上春樹の小説はしばらく遠慮しているのだけれど、小説ではない「雑文集」で「海辺のカフカ」のことが触れられていて興味がわいたのと、図書館で「雑文集」を返した時にたまたまその上下巻が揃って本棚にあったからだ。

ただ上巻しか借りなかったので下巻を借りに行ったついでに、珍しく一人で暇もあったので涼しい図書館で読み始めたら、ついつい一時間くらいもいてしまった。

その時に気がついたのが、あぁ、時間はゆったりと使うものだということだった。

別に目新しいことではないのだけれど、いつも何かに追われたような毎日を過ごして、その中で時間がもったいない、時間の使い方を有効に、とか、ちょっとした強迫観念の中で過ごしてきたことが、実は逆に自分をしばっていたのだと思う。

「海辺のカフカ」でも、時間は問題ではないとか、人生なんてどうせクズだ、とか意味なんかない、とかのセリフがあったけれど、あくせくと考えることが却って足枷になってるんだなぁ、と思い始めたら、何だか肩の荷が下りたような気分になった。

歳をとってくると、これから何年、自分の人生はあるのだろうか、その使い方を無駄にしないようにしたいとか考えがちだったのだけれど、むしろこれからの先は死ぬまで時間はたっぷりあって、それにいちいち意味だの有効活用だのと考える必要はなくて、子供のように(死ぬまでは)無限に時間があると思ってしまえば、あくせくする必要もないのだなぁ、と思えてきた。

まぁ、今年のお盆の収穫かな。

で、空いた時間にぽつぽつと下巻を読んでいたら翌日には読み終えてしまった。電車の中での読書っていうのは案外と効率が悪いのではないかと思う。速読ではないけれど、ある程度集中して読めば結構早く読めるものだ。

だから今日は家内と一緒に図書館に行って下巻を返し、今度は村上龍の「歌うクジラ」と「長崎オランダ村」を借りてきた。でも村上春樹訳の「世界のすべての七月/ティム・オブライエン」がまだ1/3くらい残っていて、ついでに明治の人の格式高い文章に触れてみたいと思って井伏鱒二の本も借りたりしていて、あちこちと目移りしながらの読書が続いている。

「雑文集」は面白かったので、アマゾンで安い古本が出たら買ってみようと思う。「海辺のカフカ」も村上春樹の小説としては珍しくまた読んでみたい気がしたので、古本で安く買おうかと思っている。

Ts3p0974s 「海辺のカフカ」の感想としては、うーん、後半がちょっと読むのが面倒くさくなるところがあったけれど、内面に入りこんでいくところがもう一度読んで考えてみたいところかな。相変わらず会話は予定調和というか、あらかじめ気のきいたセリフを作って会話してるようなところが気にはなったけれど、これはクラシック音楽的なのかと思ったりする。

右上の写真は帰りに寄った、家内とよく行くレトロな喫茶店。空調のきいた中では、窓から射す夕方の光は秋のような色合いだったが、外に出ると真夏の蒸し暑さの現実に引き戻される。

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2011/08/09

パーカッション映像など

Facebookでの映像から:

演奏自体はパーカッション中心ではないんだけれど、マラカス?の演奏というか動きがすごい。しかし音質とバランスの悪さが何とも残念。このバンド構成はベース抜きの場合もあるけれど、お決まりみたいだ。

次はドラムレッスンで一拍あたりの打数を一つすつ増やしていくということだけれど、何かすごいな。

Sam demonstrates the Table of Time from Joe Morello's Master Studies book on the drum set; first playing with 8th note hi-hats on every beat, then with triplet hi-hats on every beat. A real coordination challenge!!

だんだんわけがわからなくなって、何拍かわからんくなる。SamさんはFacebookフレンド。

Facebookフレンドはコンスタントにリクエストをいただいて、今は252人。相変わらずほとんどがパーカッション系の人たちばかりです。パーカッショニストって人懐っこいのかな?

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2011/08/06

ありま涼風川座敷

先月、天地雅楽を初めて聴いたありま涼風川座敷の様子がTVで放送されたようで、その映像がYouTubeにアップされていた。最後に少しだけ天地雅楽の映像があるけれど、川をはさんだその真ん前に家内と僕が陣取っていたわけだ。

天地雅楽のことを書いた記事に、CDを渡してくれた龍笛奏者のnoyanさんからコメントをいただいた。上の映像はnaoyanさんのTwitterで紹介されていた。

ずっと以前だけれど、東京出張の際にこれも見本市会場で無料で聴いたDualisの記事を書いた際にもメンバーの方から、このBlogではなくてmixiの方にメッセージをいただいたことがある。そしてその記事には、ジャズヴィブラフォンの赤松氏から、70年代ジャズと現代ヨーロッパジャズに関連したコメントをたくさんいただいた。今さらだけれどネットのお陰だ。

naoyanさんはありま涼風川座敷の舞台全般担当としてイベントの期間中、有馬でストリートライブなどもされているそうなので、機会のある方はどうぞ。

61z2bfxzhgxl__ss500__2 さてこのところ、通勤電車の中で有馬で買った天地雅楽の曲を聴いているのだけれど、その中でも特に気に入っているのが、「故郷の風」というモンゴルの歌手ソロンゴさんが歌っている歌だ。最初は中国語かと思ったのだけれど、ロシア語のような発音もあり、何語だろうと思っていたら、モンゴル語なのだね。地域的にもちょうど中間のような感じなのかな、いや、どの言葉も全然知らないので勝手な思いつきですが。

「06.mp3」をダウンロード

イントロのギターの後に入ってくる音をよく聴くと、まさに雅楽の音色だ。何だか懐かしい気持ちになってきて、ついつい聴き入ってしまい、先日は西明石で乗り越して加古川まで行ってしまった。

天地雅楽の音楽は、連続した厚い音の重なりが向こうからやってきて耳や意識を占拠するような気がする(そうでない曲もあります)。それと違って普段聴いているジャズコンボは音に空間があってお互いの会話のような音楽なので、自分の意識が流れる音に占拠されるというよりは会話しているような意識になるようで、電車で乗り越すことはない・・・・と思います、Hehehe、、、

※2017.7.2:最初に埋め込んでいた下段の映像は再生不可になっていたので、別の映像に差し替えています。

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