« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012/03/26

マタイ受難曲

ひょんなことから、バッハのマタイ受難曲の映像をYouTubeで見つけた。それも僕の好きなカール・リヒターとミュンヘンバッハ管弦楽団・合唱団の演奏だ。どうやら全曲、アップされているらしい。

彼らが初来日したのは、1969年、僕が高校二年の時だ。NHKで彼らのコンサートが放映され、それを高校入学時の祝いに買ってもらった4トラックオープンリールのデッキで録音し、繰り返し聴いたものだ。その頃はNHKFMで日曜の朝だったか、「バッハ連続演奏」という番組もあって、毎週録音してよく聴いていた。

Stmatthewその後、何かの折にArchive盤の箱入り4枚組LPを母に買ってもらってからはテープよりもずっとよい音質で聴けるようになったのだが、付録の解説には全曲のドイツ語歌詞と日本語訳がついているので、曲を聴きながら同時に最後の晩餐を含むキリスト受難のストーリーを知ることが出来た。解説にはアルブレヒト・デューラーによる受難の木版画も何枚か挿絵としてついている。

僕は特段、宗教心があるわけでもないし、例えばキリスト教と仏教のどちらをとるかといわれれば仏教を選ぶ方だけれど、それでも受難伝の一部とはいえ、一番のクライマックス部分をバッハの曲で、またリヒターの重厚でありながら華麗でもある、当時としては画期的は解釈で聴くのは随分と面白い、といっては語弊があるがキリスト教世界の一端を知るきっかけにはなった。

マタイ受難曲はもちろん音楽として素晴らしいのだが、本来は聖金曜日(キリスト受難の日)の晩課(晩の礼拝式)に演奏する目的で作曲されたもので、いわゆる鑑賞されるための音楽というよりは宗教と切り離せない存在だったといえるだろう。当時、ドイツプロテスタント教会ではコラール(讃美歌)が生活に密接に入りこんでいたのだが、バッハはこれらのコラールも取り入れて、信者の共同体意識を高める意味合いも持たせている(以上、解説の受け売り)。独唱曲、器楽演奏もそれぞれに素晴らしいけれど、僕は合唱曲が好きだ。特にミュンヘンバッハ合唱団はそれまで聞いたことのある日本の合唱団のような妙に濁ったような合唱ではなく、非常にストレートで澄んだ合唱だったので、ろくに音楽知識もない高校生ながら驚きと感動を覚えたものだ。

しかしそうした背景を知らなくてもとにかく素晴らしい音楽なので、ごく一部だけれどご紹介します。といいつつ、もう少し話を続けますが。

受難伝を音楽にしているのだから、ちょうど劇のないオペラのようなものと考えるとよいかもしれない。一部と二部に分かれていて、全体で3時間もかかるという大曲なのだけれど、僕は高校、大学の頃に何度も繰り返して聴いていて、それでも飽きたことがない。

僕はこの歌詞の日本語訳を読むことから、ゴルゴタの丘やマグダラのマリア、ローマ総督ピラトなどの名やストーリーを知ったのだが、そのおかげで「ダビンチコード」を読んだ時も背景がよく分かって楽しむことが出来たし、塩野七生のイタリアを舞台にした歴史に関する本を読む場合でも随分と面白さが違っていると思う。

それからそれまでは何となくローマ帝国がキリスト教弾圧のためにイエスを死刑にしたと思っていたのだけれど、実は総督ピラトはイエスを無罪として釈放しようとしていたことも知った。その辺りのことはこちら(ピラトの尋問)に詳しい。

構成としては、ナレーターを務めるテノールの福音史家(エバンゲリスト)を中心として、イエス、その他諸々の登場人物や挿入歌を歌うためにソプラノ二人、アルト一人、テノール、バス二人の独唱が七人、そして人民の声やら天の声だか背景描写だか何だかそんな諸々を表す大人の混声合唱団に少年合唱団、管弦楽団、そしてチェンバロにオルガンという、大がかりな編成で演奏される。69年の来日時には少年合唱団は随行しなかったので、女性合唱がその部分を務めていたと思う。

初演は1729年3月15日とあるが、バッハの死後はいつの間にか忘れ去られ、ちょうど100年後の1829年3月11日にメンデルスゾーンが復活させた(これも解説の受け売り)。

記憶はあいまいなのだけれど、リヒター来日時のTV放映での解説だったと思うのだが、復活演奏はロマン派のメンデルスゾーンだけあって、かなりロマンチックな演奏だったらしく、それがずっとこの曲の解釈のベースになってきたのだけれど、リヒターはそれまでの解釈とは違って、厳格で荘厳な中にも抒情性を含ませた全く新しい解釈でバッハを再現したという話である。

まぁ、なんやかやと長々と書いてきましたが、曲自体も長いので抜粋してご紹介します。といっても、それでも全部聴くと30分、いやもっとかかります。

まずは受難曲の導入部というべきホ短調、12/8拍子の壮大な合唱曲。管弦楽の長い序奏に合唱が続く(解説そのまま)。歌詞の英語訳が字幕で出ています。あ、いつの間にか「ですます調」になってしまった。

第一部は最後の晩餐に入る少し前からイエスの捕縛までを描きます。次は一部の最後を飾るホ短調、4/4拍子の合唱曲、美しい曲です。

第二部は、ピラトによる尋問、人民による赦免の選択(彼らはイエス以外の人、バラバを選ぶことは先に挙げたリンクの通り)、そしてイエスの最後までを描きます。

イエスが処刑されるゴルゴタの丘についてアルトが朗唱(レシタティーヴ)、やがて昼間にもかかわらず真っ暗になり、イエスは最後の言葉、"Eli, Eli, lama, asabthani! (映像ではsabathacni)、わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか!と叫んで息をひきとります。続いての合唱の旋律は受難曲の中で5回、繰り返し使われますが、その状況に応じて調性や和声を巧みに変えています。この曲については最後にもう一度ふれます。

いよいよ受難曲も終わり、イエスが天に召され、安らかに眠れと歌うソロに続いて、受難曲を締めくくる最終の大合唱。ハ短調、3/4拍子、厳粛な中にも優しさと力強さにあふれたメロディーです。

さて、後でふれますと書いていたイエスの最後に続く合唱曲ですが、これはバッハの作曲ではなく、ドイツプロテスタントの有名な讃美歌とのことですが、実は16世紀ドイツの作曲家ハスラーによる恋の歌が原曲なのだそうです。

さらにいえば、僕がこの旋律を最初に知ったのはマタイ受難曲を聴くよりも以前、中学の時に買ったPPM(Peter, Paul and Mary)のアルバム"See What Tommorow Brings"にあった”Because all men are brothers"という曲でした。この曲はバッハのマタイ受難曲の中の曲に英語の歌詞をつけたものという日本語の解説を読んで、おぉ、なんかすごいな、と思っていたので、TVでリヒター指揮のこの曲が放映されたときにはとても感激したことを覚えています。最後にこの旋律が最初に使われる場面をご紹介します。これはイエスが捕らえられた場面になりますが、同じメロディーですが全く違った表情を見せています。

これで最後ですが、全曲をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。

Karl Richter, Münchener Bach Orchester
St. Matthew Passion

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/03/23

Songs with Marimba in Colombia

Facebookから、久しぶりに映像ご紹介。

南米Colombiaのフレンドが紹介していた画像のリンクからみつけた映像。フレンドでは南米の人がかなりいて、コロンビア、ヴェネゼラが多い。これはコロンビアのMarimbas PalmaChontaというマリンバメーカー(だと思う)のサイトにあった映像。Facebookがなければコロンビアの音楽と映像なんて視聴することもなかっただろうから面白いね。街の風景や人々の姿が音楽と相まって素敵だ。このBlogでは端が切れてしまうので、YouTubeに飛んで見た方がいいかもしれません。

 

ついでに同じサイトにあった音源だけど、埋め込みが出来るというのでやってみたら、何だかアルバム一枚分が聴けるみたいだ。こんなことしていいのかな、とも思うけど自由にリンクできるのだから、まぁいいか。歌声とともに素朴なマリンバの音が素敵だ。お好きな方はどうぞコロンビアの音楽を堪能してください。でもひょっとすると、Sound Cloudに登録していないと聴けないのかもしれませんが。

 

 

ついでにこれはコロンビアではなくてアメリカのカリフォルニアで開かれるらしい、Pulse Percussion 2012のプロモーションビデオ、っていっても僕も知らないのだけれど、フェスティバルかコンペかな。Facebookで打楽器関連の情報がよく出ているのだけれど、世界中ではあちらこちらで結構こうした打楽器系のお祭りやら展示会やらコンペティションが開かれているようだ。

英語の聞き取りにもちょうどよいかも。割と聞きやすい英語で音楽関係だし。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/03/18

Facebookアルバム 2

「Facebookアルバム、その2」をアップしました。

最初はアルバムの作り方がよくわからなくて、ファイル名がFacebookでDLしたまんまの愛想なしでしたが、今回はファイル名を変更しキャプションも入れてみました。まぁ、前回同様、まとまりのないアルバムですが、どうぞお楽しみください。二つだけご紹介。

World_2

アルバムだと小さくなってちょっと分かりにくいのですが、クリックした画像は大きめなので楽譜なのがよく分かると思います。音楽は世界共通語です。

Gary_burton

それから、これは貴重な写真、Fusionの先駆者、若き日のGary Burton氏です。Downbeat誌でJazzman of the yearに選ばれたんだったかな。学生の時、大阪のLPコーナー(レコード店)だったかに、そのDownbeatが飾ってあったのを覚えています。あの頃は英語記事なんて読む語学力はなかったから、どうせ宝の持ち腐れになっただろうけど 欲しかったな。写真の下の方に、Stereo 8 Cartridge Tapeとありますが、今の人は何のことか知らないでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Pleas Don't Die

Facebookで集めた画像をフォトアルバムにしました。このページの右側にあります。

この中で、一つよく分からないのがありました。

Nohopenocashnojobs

アルバムの画像は縦長でこのBlogでの表示には向かないので、ちょうど見つけた別バージョンをアップしています。

No Hopeは、喜劇俳優のBob Hope、No Cashは歌手のJohnny Cash、そしてNo Jobsはいわずと知れたSteve Jobsですが、最後のPlease Don'd Dieの人が顔は見おぼえがあるけれど名前が分からない。それで検索してみて見つけたのが上の画像のサイトです。

同じように分からないので質問しているコメントのスレッドでやっと分かりました(このスレッドも結構面白いです)。この人の名前は、Kevin Bacon、だからベーコンまでなくならないで、ということですね。

何故ベーコンなのか、他に適当な名前がなかったからかもしれませんが、「希望もお金も仕事もない、でも食べるものまでなくならないで」、ということでしょう。

も一つ、いつもながらジョークに鈍い僕のこと、すぐに分からなかったけど、分かるとすごく気に入ったのがこの画像。

397035_293176710737607_1472190720_n

台詞はスペイン語ですが、Padreが「父親」というのはイタリア語と同じで知っていたので、iPodがカセットに「父親」といわれて「Noooo」といってるのか・・・程度にしか思ってなかったんですが、アルバムをアップしてから見なおしてみると、カセットは黒装束でマントを着ている、ってことは、そうか、スターウォーズ・ネタだったのかぁ!。。。ということでやっと分かりました。おもろいことを考える人がいるもんだねぇ。

ちなみに台詞の"Yo soy tu padre"をGoogle翻訳してみると"I am your father"でした。しかしこのカセットベーダーの身体が妙に四角くて足がまっすぐなのはなんかトランジスタかなんかを表してるのかしらん?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/03/12

I like your guitar

しばらくなかったFacebook(FBと省略するらしい)からのネタ。

Cello_2

英語や音楽に興味のない方には面白くない絵かもしれないですけど、いや、実におもろい。

この最初にある"I like your guitar."というフレーズですが、ずっと以前に新聞の英語関連記事に、サザンの曲の中でこのフレーズがあると書いてありました。どういう曲かは知らないですが、日本語で「君のギターが好きだ」というのは、「君の演奏が好きだ」と受け取られることが多いでしょうが、英語ではまさにギターそのものが好きだという意味にしかならない、ということが書いてありました。

上の絵では、まさにそのことが分かりますね、しかしこういう奴が結構いるんだな、世の中。人の話を全然聞いていないというか。あ、「まさに」ってのは枝野さんの口癖ですね。

ついでにもう一つ。Piano

海外のFBフレンドにはこういう音楽関連の画像が一杯あって楽しいし面白い。色々紹介できたらいいんだけど、FBネタばかりになるのもなんだし、アルバムにでもしておこうかな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012/03/11

3.11の吉本ばなな

吉本ばななの本は読んだことがありませんでした。

デビュー当時は奇異なペンネームに抵抗があって手を出す気がなかったし、その後はすっかり忘れていたのですが、図書館通いで通り過ぎる本棚で見かけるたびに、何となく気がひかれる思いはありました。やはりそのペンネームが強烈な印象を残していたのだろうと思いますが、どの本を読んだらいいかわからんなぁ、とか思う程度で、読むまでには至りませんでした。

Banana昨年末に借りた「東京するめクラブ 地球のはぐれ方」は村上春樹と吉本ばななだったかと思ったけれど、それは吉本違いの吉本由美だったという勘違いから何となく昨日、図書館で吉本ばななの本を手に取りました。「ハードボイルド/ハードラック」というタイトルが、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を連想させたこともあったけれど、表紙が奈良美智の絵だったので借りてみることにしました。本が薄いことも気を楽にさせたのでしょう。色々と要因が絡まないと、読んだことのない作家の本には手を出しにくいものです。

昨日から読み始めて、125ページしかないということもあるけれど、かなり読みやすい文体ということもあって、あっという間に読み終えてしまいました。

内容は、奈良美智の絵から予想できたことかもしれませんが、手に取ったときの印象とは違って、気楽とはいえないものでした。身近な人の死と、残された人々が死を受け止めていく姿を描いた短編が二つ。ただ、読後感は決して重苦しいものではありません。

3月11日、東日本大震災から一年というときにこの本を読んだのも何かの縁というのは勝手な思い込みですが、この本を読んだことを、何の役にも立ちませんが、震災で亡くなられた方々と残された人たちに捧げたいと思います。

関西にいると電力需給くらいしか震災の影響を実感することがないのは本当に申し訳ない気がします。まだまだ道は遠いでしょうが、震災からの復興を祈りつつ合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/03/05

城崎にて

城崎にて、といえば志賀直哉である。ただし小説の題は「城の崎にて」となっている。

Ts3p0083s志賀直哉といえば、簡潔な名文を書く小説の神様といわれたとは、高校の授業で聞いた話であるが、たまたま実家にあった文学全集にあった話をいくつか読んだような記憶がある。「城の崎にて」と「剃刀」があったのは覚えている。「剃刀」は何とも熱っぽいどろどろとした不気味さが残る後味の悪い小説だったがそれなりに存在感のある小説だった。しかし「城の崎にて」は、石を投げたらイモリが死んでしまったというところしか覚えていなくて、それが人生のはかなさ、偶然性を表しているのだろうとありきたりの適当な解釈をした程度の印象しかない。

もうひとつ、小説の神様で有名なのは、戦後のアメリカ統治時代に国語を英語かフランス語に変えればよかったという「国語問題」である。その内容はこちらに詳しい。

志賀直哉の日本語廢止論(旧仮名使いで少々読み辛い)
志賀直哉の日本語廃止論をめぐって

僕が「国語問題」を知ったのがいつだったのか分からないが、はっきりとしているのは、参考のリンクでも述べられている、大野晋著「日本語練習帳」を読んだ時だ。この頃には翻訳の勉強をかなり進めていて、日本語と英語の関係、言葉のありかたなどについて色々と考えたり本を読んだりしていたので、志賀直哉というのは小説の神様といわれながら、どこからそんなことを考えつくのか、随分とおかしな話だという気がした。大野晋の本も、パソコン通信の「翻訳フォーラム」の推薦図書にあったから読んだものだ。大野氏は次のように述べている。(この文の前提には志賀直哉の「国語問題」が絡んでいるので、興味のある方は上記のリンクを参照してください)

 英語に切り換えていれば、学業はどういう点で楽に進むのか。学校生活はどの点で樂しいものに思い返されるのか。古い国語を知らず外国語の意識なしに英語を話し英文を書く事は、日本の地でどのようにして可能になるのか。英語辞書にない日本独特の言葉は、どんなものとして英語社会で使われるのか。『万葉集』や『源氏物語』が英語によってどうしてはるかに多くの人々に読まれまれるのか。
 志賀直哉は、言語を、スウィッチによって、右に切り換えれば日本語、左に切り換えればフランス語というように、切り換えのきく裝置とでも見ているかのようです。「文化が進む」という場合の「文化」とは、内実何なのか。おそらく彼は『源氏物語』など読んだことがないのでしょう。志賀直哉には「世界」もなく、「社会」もなく、「文明」もありはしなかった。それを「小説の神様」としたのは大正期・昭和初期の日本人の世界把握の底の浅さのあらわれであるでしょう。

日本語が論理的構造をしていなくて、情緒的な表現には優れているが、明確に論理的に内容を伝えるには向いていいないというのはよく聞く話だし、以前は僕もそうおもっていた。しかしそれを覆してくれたのが、本田勝一著「日本語の作文技術」だった。要するに言葉を使う技術をしっかり築けば、日本語であっても論理的に内容を表すことができるということだ。ただ多くの日本人が、そして恐らくは国語の授業でもそうした技術を身につける機会がなかったということだろうと思われる。母国語はその国の文化と密接につながっているものであり、大野氏の論に大いに賛成するものだ。

Ts3p0060sということで随分と硬い話になってしまったが、本当は先々週の土曜日に家内と一緒に、日帰りバスツアーで城崎までカニを食べに行ってきたという話を書くつもりだったのだが、まぁ、いいか。

ついでに「城の崎にて」/志賀直哉関連のリンクをもう一つ挙げておきます。

「城の崎にて」は名作か

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »