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2012/03/26

マタイ受難曲

ひょんなことから、バッハのマタイ受難曲の映像をYouTubeで見つけた。それも僕の好きなカール・リヒターとミュンヘンバッハ管弦楽団・合唱団の演奏だ。どうやら全曲、アップされているらしい。

彼らが初来日したのは、1969年、僕が高校二年の時だ。NHKで彼らのコンサートが放映され、それを高校入学時の祝いに買ってもらった4トラックオープンリールのデッキで録音し、繰り返し聴いたものだ。その頃はNHKFMで日曜の朝だったか、「バッハ連続演奏」という番組もあって、毎週録音してよく聴いていた。

Stmatthewその後、何かの折にArchive盤の箱入り4枚組LPを母に買ってもらってからはテープよりもずっとよい音質で聴けるようになったのだが、付録の解説には全曲のドイツ語歌詞と日本語訳がついているので、曲を聴きながら同時に最後の晩餐を含むキリスト受難のストーリーを知ることが出来た。解説にはアルブレヒト・デューラーによる受難の木版画も何枚か挿絵としてついている。

僕は特段、宗教心があるわけでもないし、例えばキリスト教と仏教のどちらをとるかといわれれば仏教を選ぶ方だけれど、それでも受難伝の一部とはいえ、一番のクライマックス部分をバッハの曲で、またリヒターの重厚でありながら華麗でもある、当時としては画期的は解釈で聴くのは随分と面白い、といっては語弊があるがキリスト教世界の一端を知るきっかけにはなった。

マタイ受難曲はもちろん音楽として素晴らしいのだが、本来は聖金曜日(キリスト受難の日)の晩課(晩の礼拝式)に演奏する目的で作曲されたもので、いわゆる鑑賞されるための音楽というよりは宗教と切り離せない存在だったといえるだろう。当時、ドイツプロテスタント教会ではコラール(讃美歌)が生活に密接に入りこんでいたのだが、バッハはこれらのコラールも取り入れて、信者の共同体意識を高める意味合いも持たせている(以上、解説の受け売り)。独唱曲、器楽演奏もそれぞれに素晴らしいけれど、僕は合唱曲が好きだ。特にミュンヘンバッハ合唱団はそれまで聞いたことのある日本の合唱団のような妙に濁ったような合唱ではなく、非常にストレートで澄んだ合唱だったので、ろくに音楽知識もない高校生ながら驚きと感動を覚えたものだ。

しかしそうした背景を知らなくてもとにかく素晴らしい音楽なので、ごく一部だけれどご紹介します。といいつつ、もう少し話を続けますが。

受難伝を音楽にしているのだから、ちょうど劇のないオペラのようなものと考えるとよいかもしれない。一部と二部に分かれていて、全体で3時間もかかるという大曲なのだけれど、僕は高校、大学の頃に何度も繰り返して聴いていて、それでも飽きたことがない。

僕はこの歌詞の日本語訳を読むことから、ゴルゴタの丘やマグダラのマリア、ローマ総督ピラトなどの名やストーリーを知ったのだが、そのおかげで「ダビンチコード」を読んだ時も背景がよく分かって楽しむことが出来たし、塩野七生のイタリアを舞台にした歴史に関する本を読む場合でも随分と面白さが違っていると思う。

それからそれまでは何となくローマ帝国がキリスト教弾圧のためにイエスを死刑にしたと思っていたのだけれど、実は総督ピラトはイエスを無罪として釈放しようとしていたことも知った。その辺りのことはこちら(ピラトの尋問)に詳しい。

構成としては、ナレーターを務めるテノールの福音史家(エバンゲリスト)を中心として、イエス、その他諸々の登場人物や挿入歌を歌うためにソプラノ二人、アルト一人、テノール、バス二人の独唱が七人、そして人民の声やら天の声だか背景描写だか何だかそんな諸々を表す大人の混声合唱団に少年合唱団、管弦楽団、そしてチェンバロにオルガンという、大がかりな編成で演奏される。69年の来日時には少年合唱団は随行しなかったので、女性合唱がその部分を務めていたと思う。

初演は1729年3月15日とあるが、バッハの死後はいつの間にか忘れ去られ、ちょうど100年後の1829年3月11日にメンデルスゾーンが復活させた(これも解説の受け売り)。

記憶はあいまいなのだけれど、リヒター来日時のTV放映での解説だったと思うのだが、復活演奏はロマン派のメンデルスゾーンだけあって、かなりロマンチックな演奏だったらしく、それがずっとこの曲の解釈のベースになってきたのだけれど、リヒターはそれまでの解釈とは違って、厳格で荘厳な中にも抒情性を含ませた全く新しい解釈でバッハを再現したという話である。

まぁ、なんやかやと長々と書いてきましたが、曲自体も長いので抜粋してご紹介します。といっても、それでも全部聴くと30分、いやもっとかかります。

まずは受難曲の導入部というべきホ短調、12/8拍子の壮大な合唱曲。管弦楽の長い序奏に合唱が続く(解説そのまま)。歌詞の英語訳が字幕で出ています。あ、いつの間にか「ですます調」になってしまった。

第一部は最後の晩餐に入る少し前からイエスの捕縛までを描きます。次は一部の最後を飾るホ短調、4/4拍子の合唱曲、美しい曲です。

第二部は、ピラトによる尋問、人民による赦免の選択(彼らはイエス以外の人、バラバを選ぶことは先に挙げたリンクの通り)、そしてイエスの最後までを描きます。

イエスが処刑されるゴルゴタの丘についてアルトが朗唱(レシタティーヴ)、やがて昼間にもかかわらず真っ暗になり、イエスは最後の言葉、"Eli, Eli, lama, asabthani! (映像ではsabathacni)、わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか!と叫んで息をひきとります。続いての合唱の旋律は受難曲の中で5回、繰り返し使われますが、その状況に応じて調性や和声を巧みに変えています。この曲については最後にもう一度ふれます。

いよいよ受難曲も終わり、イエスが天に召され、安らかに眠れと歌うソロに続いて、受難曲を締めくくる最終の大合唱。ハ短調、3/4拍子、厳粛な中にも優しさと力強さにあふれたメロディーです。

さて、後でふれますと書いていたイエスの最後に続く合唱曲ですが、これはバッハの作曲ではなく、ドイツプロテスタントの有名な讃美歌とのことですが、実は16世紀ドイツの作曲家ハスラーによる恋の歌が原曲なのだそうです。

さらにいえば、僕がこの旋律を最初に知ったのはマタイ受難曲を聴くよりも以前、中学の時に買ったPPM(Peter, Paul and Mary)のアルバム"See What Tommorow Brings"にあった”Because all men are brothers"という曲でした。この曲はバッハのマタイ受難曲の中の曲に英語の歌詞をつけたものという日本語の解説を読んで、おぉ、なんかすごいな、と思っていたので、TVでリヒター指揮のこの曲が放映されたときにはとても感激したことを覚えています。最後にこの旋律が最初に使われる場面をご紹介します。これはイエスが捕らえられた場面になりますが、同じメロディーですが全く違った表情を見せています。

これで最後ですが、全曲をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。

Karl Richter, Münchener Bach Orchester
St. Matthew Passion

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