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2012/03/05

城崎にて

城崎にて、といえば志賀直哉である。ただし小説の題は「城の崎にて」となっている。

Ts3p0083s志賀直哉といえば、簡潔な名文を書く小説の神様といわれたとは、高校の授業で聞いた話であるが、たまたま実家にあった文学全集にあった話をいくつか読んだような記憶がある。「城の崎にて」と「剃刀」があったのは覚えている。「剃刀」は何とも熱っぽいどろどろとした不気味さが残る後味の悪い小説だったがそれなりに存在感のある小説だった。しかし「城の崎にて」は、石を投げたらイモリが死んでしまったというところしか覚えていなくて、それが人生のはかなさ、偶然性を表しているのだろうとありきたりの適当な解釈をした程度の印象しかない。

もうひとつ、小説の神様で有名なのは、戦後のアメリカ統治時代に国語を英語かフランス語に変えればよかったという「国語問題」である。その内容はこちらに詳しい。

志賀直哉の日本語廢止論(旧仮名使いで少々読み辛い)
志賀直哉の日本語廃止論をめぐって

僕が「国語問題」を知ったのがいつだったのか分からないが、はっきりとしているのは、参考のリンクでも述べられている、大野晋著「日本語練習帳」を読んだ時だ。この頃には翻訳の勉強をかなり進めていて、日本語と英語の関係、言葉のありかたなどについて色々と考えたり本を読んだりしていたので、志賀直哉というのは小説の神様といわれながら、どこからそんなことを考えつくのか、随分とおかしな話だという気がした。大野晋の本も、パソコン通信の「翻訳フォーラム」の推薦図書にあったから読んだものだ。大野氏は次のように述べている。(この文の前提には志賀直哉の「国語問題」が絡んでいるので、興味のある方は上記のリンクを参照してください)

 英語に切り換えていれば、学業はどういう点で楽に進むのか。学校生活はどの点で樂しいものに思い返されるのか。古い国語を知らず外国語の意識なしに英語を話し英文を書く事は、日本の地でどのようにして可能になるのか。英語辞書にない日本独特の言葉は、どんなものとして英語社会で使われるのか。『万葉集』や『源氏物語』が英語によってどうしてはるかに多くの人々に読まれまれるのか。
 志賀直哉は、言語を、スウィッチによって、右に切り換えれば日本語、左に切り換えればフランス語というように、切り換えのきく裝置とでも見ているかのようです。「文化が進む」という場合の「文化」とは、内実何なのか。おそらく彼は『源氏物語』など読んだことがないのでしょう。志賀直哉には「世界」もなく、「社会」もなく、「文明」もありはしなかった。それを「小説の神様」としたのは大正期・昭和初期の日本人の世界把握の底の浅さのあらわれであるでしょう。

日本語が論理的構造をしていなくて、情緒的な表現には優れているが、明確に論理的に内容を伝えるには向いていいないというのはよく聞く話だし、以前は僕もそうおもっていた。しかしそれを覆してくれたのが、本田勝一著「日本語の作文技術」だった。要するに言葉を使う技術をしっかり築けば、日本語であっても論理的に内容を表すことができるということだ。ただ多くの日本人が、そして恐らくは国語の授業でもそうした技術を身につける機会がなかったということだろうと思われる。母国語はその国の文化と密接につながっているものであり、大野氏の論に大いに賛成するものだ。

Ts3p0060sということで随分と硬い話になってしまったが、本当は先々週の土曜日に家内と一緒に、日帰りバスツアーで城崎までカニを食べに行ってきたという話を書くつもりだったのだが、まぁ、いいか。

ついでに「城の崎にて」/志賀直哉関連のリンクをもう一つ挙げておきます。

「城の崎にて」は名作か

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