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2012/05/12

村上読書

1Q84を読み始めた。まだ一巻の1/4くらい。

今頃になって読み始めたのは、話題の性描写にまたうんざりするかと思って避けていたということもあるし、人気作品で図書館でもいつも見かけなかったということもあるけれど、たまたま図書館で一巻があったのでとりあえず借りたのと、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」と「イビサ」を続けて読んでしまったので、免疫ができたかとも思ってとか、でもまだ1/4では性描写は、ほぼないです。

では、なんで村上龍の本を二冊も続けて読んだかというと、実は三冊なのであって、それは面白いという評判だけ知っていてなかなか見かけなかった「69」が図書館の棚にあったのでそれを読んだら確かにめっぽう面白かったのと、小説の舞台は1969年で、学年は僕が一年下ではああるけれど、同い年(村上龍は早生まれ)の人間の同時代性を感じたので、そこで以前にちょっと読みかけながらドラッグやセックスの描写に嫌気がさして少し読みかけたところで放り出していたデビュー作の「限りなく透明に近いブルー」も読んでみようということになったところ、あ、これは1970年代前半の話なんだと思いながら読むと、多少は我慢しなきゃ進まないところもあるけれど、あの時代の現実感がじわじわとよみがえってきて最後まで読み終えたところで、あぁ、確かにこれは名作なのだろうな、と思ったりして、では何かもう一冊読んでみようとなんとなく手にとったのが「イビサ」で、これはまたドラッグ、セックス、バイオレンス満載のなんとも凄惨な話だけれどその割には暗くないこの人独特の世界があるが、同時に以前に読んだ最近作の「歌うクジラ」は「イビサ」の焼き直しじゃないかと読んでる途中で思ったりして、しかし「イビサ」では中位の厚さの文庫本一冊で書き終えている内容が、「歌うクジラ」では上下二巻にもなって冗長なところが出てきてしまっているのは作家の凝集エネルギーが衰えているのだろうかと思ったり、一方で「イビサ」は現実世界のなかでのドラッグやバイオレンスだから鬼気迫るものがあるけれど、「歌うクジラ」は架空の世界だし、ドラッグやセックスもなくなってバイオレンスも随分と抑えられているようで、そこまでは鬼気迫るものではないのは、村上龍も年取ったのかもしれないとか、まぁそんなことを思いながら、やっと「1Q84」を手にとったという次第。

「限りなく透明に近いブルー」はまだ僕が学生のときに話題になった作品だが、なんとなく題名がキザで出来過ぎな気がしてあえて読まず、代わりに同じ芥川賞になった三田誠広の「僕って何」を読んだらなんだかずいぶんと軟弱な小説だったので芥川賞ってあまり大したことないなんて思ったもんだからよけいに「限りなく透明に近いブルー」も読もうという気がおこらなかったわけだけれど、当時に読んでいたらどう感じただろう、しかし24歳でこういう本を書くというのだから、すごいことといえば言えるなと思いつつも、この年になって読むような本ではないかもしれないけれど、同じ時代を同じ年令で過ごした感覚を一歩離れた思いで振り返ってみるいい機会だったといえるかもしれないが、今の若い人にとってはもう過去のことで実感はないのだろうし、どう感じるんだろう、僕が明治や大正の小説を読むようなものかなとか思ったりしている内に、1Q84を手に取ることになったのだった。

しかし実は読んでいるのは村上ばかりではなくて、同時並行で、カズオ・イシグロの「女たちの遠い夏」とトルーマン・カポーティーの「夏の竪琴」も読みかけていて、かつジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」も借りていて、なおかつ「女たちの遠い夏」はもう1/3ほど読み進んでしまっているのだけれど、なんでそんなことになったかというと、ゴールデンウィーク明けは図書館が整理期間に入って休館になるために、通常2週間の貸出期間が3週間になって、なおかつ10冊まで借りられるという、まぁしかし10冊はいくらなんでも借りないけれど休み中にちょっとは読めるだろうと何冊か借りたのをつまみ食いならぬつまみ読みして、しかしゴールデンウィーク中はほとんど読み進まず未読のままで休み明けから読みだしたのものの、イシグロやカポーティーは予約待ちはないだろうけど、「1Q48」は人気がありそうだから先の読んだ方がよさそうと思いつつ結局先に読み終えたのは文庫本で電車の中でも読みやすい「イビサ」になってしまって、しかしこの本は電車の中では恥ずかしくて読みづらかったねぇ。

ここまで読んだ人はきっと我慢強い人でしょう、ありがとう。

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コメント

お久しぶりです。
実は二人の村上さんの昔の作品はよく読んでいたので、
今までに何度かブログにアップされるたびにコメントで参加したかったのですが、モバイルから拝見する事の方が多く、PCは古いためか、夜間に開くと限りなく遅いPCになるので、あまり書きに来ることがありませんでした。

さて、限りなく透明に近いブルーは読みましたが、(タイトルに惹かれて)自分がドラッグしてるかのように文章に酔ってしまい、もう読みたくない本なのと、この本が村上龍さんの最初に手に取った本だったので、その後あまり読む気はしませんでしたが、KYOKOを読んで「こんな文章も書く人なのか」と目からウロコでした。

基本、闇というか、セックスドラッグの多い本の中では、比較的軽い方だと思います。

村上春樹さんの本は海辺のカフカまでは、文庫化したらすぐに買う方でしたが、今は離れています。以前お書きになっていたかっこつけた文章という表現が面白く感じて、確かにサラッとした入って気易い文章だと感じています。1Q84は長そうなので、全て出揃ってから読みたいと思ってますが、takiさんの感想も楽しみにしてます(◎´∀`)ノ

投稿: 虹色☆S | 2012/05/17 17:12

虹色☆Sさん、だらだらした文をお読みいただきありがとうございました。

村上龍氏の作品はセックスやドラッグがないものには結構さわやかなものや滑稽な本がありますね。KYOKOはその中でも特に「闇」から遠い作品だと思います。少々作り過ぎな感じはしますけど。69や長崎オランダ村はとても楽しい本でした。こうした本での、あたかもその場にいるような気にさせる描写力が好きです。

村上春樹氏は現代アメリカ文学の影響がすごく大きいですね。ジョン・アーヴィングなど読んでいるとそれをすごく感じます。そのあたりが、あまり日本人らしくない「かっこつけた文章」の源泉ではないかと思います。
1Q84は読む気は全然なかったんですが、最近、英語版が出てFacebookやQuora(アメリカのQ&Aサイト)で話題になっていたのと、図書館でたまたま見かけたので借りてみました。やっと1巻を読み終えるところです。2巻や3巻はすぐには借りられないかもしれないので、読み終えるのはずっと先になりそうです。今のところなかなかと面白いです。

投稿: taki | 2012/05/17 22:00

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