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2012/06/30

平島謙二ギターコンサート

一昨日になりますが、ギターの平島先生のコンサートが西宮の兵庫県立芸術文化センター・小ホールでありました。

今回も招待状を二枚いただき、家内と出かけてきました。例年は休日の午後でしたが、今回は平日の夜ということで、休みをとってゆっくりとしてから、と思っていたけれど、実際は年金請求関係の書類をそろえたり振込先の銀行印をもらいにいったりとバタバタしながら、なんとか5時過ぎにでかけ、ちょうど間に合う時間にホール到着しました。

6_28concert2前半は奥様のフルートとの合奏、休憩をはさんで後半は先生のギター独奏です。

しかしフルートというのはギターに比べるとかなり音が通るものですね。どうしてもフルートに比べて伴奏のギターは音量の点では不利かな、と思う面もありましたが、ギター伴奏による美しいフルート演奏を堪能しました。奥様のフルートは初めてお聴きしたころよりもずっと音が澄んで綺麗になってきている気がします。

アイルランド民謡の「思い出の庭」と、おなじみの「タイスの瞑想曲」が素敵でした。

後半、バッハの「ガボット」、ソルによる「魔笛の主題による変奏曲」、「アルハンブラの思い出」と有名な曲ばかりが並びます。

楽しみだったのは、ちょっとマイナーかもしれませんがポンセの「6つのプレリュード」でした。

これは学生時代、先生にギターを習っていた時の課題だった曲ですが、テクニック的には「難しい!」というほどではないけれど、曲として仕上げることができず、いつもダメだしばかりだった難曲です。さすがに綺麗にまとめられていました。またその内に挑戦してみたいと思いますが、最近はギターを弾いていないなぁ。

続いて同じくポンセの「ワルツ」、ヴィラ・ロボスの「ショーロ」、プフォールの「南十字星」と中南米の作曲家の作品が続きました。いずれも独特のエキゾチックな香りのある特徴的な曲でした。

そして最後のアルベニスによる「アストリアス」は締めくくりにふさわしい演奏でした。

アンコールも4曲されたかな。最後は「大きな古時計」でした。こちらで聴けます。

終了後、ご挨拶したところ「インターネットですごいこと書いてくれたね」というようなことをいわれて何だったかすぐに思い出せなかったのですが、多分、音楽的なメンターは平島先生だったと以前に書いたことかと思います。

Rondo a la Samba/平島謙二ギターコンサート

さて、今回はマニュエル・ポンセを堪能したコンサートでしたが、ポンセがギター以外で名が知られているのかどうか寡聞にして知らないのですが、この曲はだれでも知っているのではないでしょうか。ギター演奏もあったのですが、こちらの方がメロディーが際立っていて美しいです。

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MalletKAT その後

その後のMalletKATはいかに、という話。

買ったはいいけれど、とりあえずヘッドフォンで聞きながらボチボチと練習をしていただけ、音出しにはアンプが必要だ。

ずっと以前、娘が高校のときに友人とバンドをしたいといってピンクっぽいエレベと小さいアンプを買ったのがある(結局、娘と友人はバンドにいたらずほとんど弾いていない)ので、それを使う予定だったんだけれど、ベース用のジャックがあるだけの単機能だし、その割にはそれほど小さくない。結局、使っていない。

ネットで少々調べたら、今はストリート用に電池駆動で軽量コンパクトで色々と機能もついたのがあちこちにある。

その中で一番軽くて小さいのが、ローランドのMobile Cubeだった。ただ人気商品なのかどこも在庫切れ状態で、いつものアマゾンでは「取り扱いできません」となっていたので、PICKS-CLICKSさんがリンクを紹介してくれたサウンドハウスでとりあえず注文してみたら、1ヶ月程度で入るとメールが来た、それが1ヶ月前で、昨日、届いた。

Ts3p012470年代のアンプしか実感のない身にとってはびっくりするくらいに小さくて軽い。電源は単三電池6本で、AUX INもついているので、PCと楽器の両方をつないで、パソ通時代に作ったりDLした色んな曲のMIDIで伴奏させながら練習ができるし、ヘッドフォンもつなぐことができる。スケール練習もボサノバのリズムでするとちょっと楽しい。

さて、こうなると楽器ケースが必要だ。

MalletKATは、あまり深く考えずにトラベラーズセットを買ってしまったんだけど、これは本格的な公演旅行に使うようなハードケースで大きいし重くて手軽に使える代物ではない。もっとよく考えて買うべきだった。

そこでまたネットで調べてみると、普通のキーボードケースで間に合いそうだ。またサウンドハウスで見ると色々と書き込みがあって参考になる。安いのはZENNというメーカーらしいが、大きいものになると強度があまりないようだし、無駄に大きいみたいだ。

MalletKATは2オクターブのExpress本体と、1オクターブ拡張ユニットを二つ買ったのだけれど、2オクターブでは足りないが3オクターブあれば間に合う。これだったら最初から3オクターブのPROにソフトケースを買えばよかったようなものだが、これも今さら仕方がない。

3オクターブMalletKATは119cmで、73鍵キーボードケースだと本体が114cmくらいなのでぎりぎり入らないかもしれないが、88鍵では134cmで大きすぎてしまうところが難点だ。73鍵用を買って入らなければ無駄になるしなぁ。

まぁ、分解して2オクターブ+1オクターブにすればもっと小さいケースですむんだけど、固定が小さなネジ止めなのであまりつけはずしはしたくないし、スタンド(分解して97cm)も入れる必要がある。

今しばらく色々と検討してみる必要がありそうだ。

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2012/06/23

O Grande Amor

以前からJobimの"O Grande Amor"をヴィブラフォンで弾こうとしていて、なかなかとうまく行かないのだけれど、それはきちんとしたスコアがなくて適当にやっていたことにも原因があるのかと思い、そういえば、パソ通時代にGary Burton/Makoto Ozoneのデュエット演奏からMIDIファイルを作ってアップしたことを覚えてはいたけれどほったらかしていたのを、今日やっと楽譜を印刷して弾いてみたらやっぱり全然弾けないんだけれども、しかしハーモニーとか音の並びとかが、いやぁ、やっぱりGary Burtonだっていうんで、すごく気持ちのよい音が出るのは楽器とマレットがいいからという話もあるが、まぁいいではないか、所詮はアマチュアですから。

Grandeこれがその楽譜です。自分で耳コピーしたのではありません。これもパソ通時代に入手した「採譜の達人」という、wavファイルから音をひろってMIDIファイルに書きだしてくれるソフトを使いました。このソフトについては以前にここでも書いたことがありますので、試してみたい方は参考にしてください。

え、楽器はMalletKatじゃないのか?、ですか。いや、やっぱりナマの音にはまったくかないません。YouTubeなんかのMalletKATの演奏なんかみて、なんでヴィブラフォン奏者はMallteKATでヴィブラフォンの音を出さないのかがよくわかりました。でも他の楽器の音だと結構面白いんですけどね。

MalletKATは、ぼちぼちと練習はしていますが、とにかく機能がいろいろあるらしいけれど英語の説明で、というかこういうマニュアルは日本語でもわかりにくいのにそれが英語だし、結構断片的な説明しかなかったりするし、付属のDVDでビデオの説明もあるけれど、まぁ、なんとか英語の解説は聞き取れないことはないけれどこれも断片的だったり、もともとの用語の意味を知らなかったりで、なかなか機能を使うところまでいきません。

伴奏を演奏しておいてそれをループとか使って鳴らしながらソロの練習をするとかできるはずなんですが、どうやってやるのかまだ全然わかりません。
(2018.2.9追記:MalletKATにはいわゆるループ機能はありませんでした。取説にあるループという言葉を勘違いしていたのですが、自分の好みの音色を一組にして登録したものをループと読んでいるようです)

ただ、ヘッドフォンで練習しているので、マレットアタックをそれなりに強くする癖がついてきたのと、音のバランスとか手首や指のスナップ具合とかの悪いところがナマで練習するよりも意外とわかるので、色々と演奏法を修正しながらやっています。O Grande Amorをヴィブラフォンでやってみたときも以前のように近所に遠慮してふにゃふにゃ叩くのではなく、普通に「アタック、いっぱぁつ」という感じで叩いてしまうので結構大きな音になりますが、そのくらい叩くと音がしっかりとしてきて気持ちがいいので、ふにゃふにゃアタックには戻れなくなりますね。

最後にGary Burton御大による"O Grande Amor"のソロをお楽しみください。以前にもアップしましたけど、採譜した楽譜はこの演奏とよく似たものになっています・・・、当り前か。

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2012/06/22

Chuw、With You!

とりあえず画面のサブタイトルとかみずに曲だけ聞いてください。なんの曲かわかりますか?

なんか、シナトラあたりが歌ってたかも、なんておもいませんか?

さて、昨日は天下の東京藝術大学に行って来ました。講習会です。私が講師です、といっても基本は製品プロモーションなんですけど、大学ですからそれなりにアカデミックな話を私が前座的にして、後は画家の先生が実技講習、まぁそちらがメインなんですけどね。

なんせ天下一の芸大の学生さん30人くらいあいてに話をするなんてビビりまっせ。でも元々はアメリカからの本格的な話ができるお客様(取引先)の通訳で毎年、ドサまわりしてきた延長線上なので、なんとか慣れましたけどね。門前の小僧で聞きかじり知識をひけらかしてきましたわ。

でも、もう定年退職してしまった身としては、こういう仕事もそのうちになくなるんだなぁ、なんてちょっと感傷的になりました。

Sakeそしてなんといっても上野ですから、美術館めぐりしたかったんですが、時間がないし台風の心配もあったので、新しくできた東京藝術大学美術館で開催中の「高橋由一展」だけ見てきました。講習会場のすぐ近く、というか校内ですし。

でも、これも1時間半程度しか時間が取れず、最後の方は駆け足になってしまいました。

「高橋由一展」については別に書きたいと思ってます、多分、書くと思います・・・。

西洋美術館の「ベルリン国立美術館展」も見たかったなぁ。フェルメールの「真珠の首飾りの少女」だっせ! 東京ばっかりだ。

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2012/06/20

勉強するひと

先週の金曜日だったか、通勤の帰りの新快速で運良く大阪駅から座ることができた。

列の端なので二人ずつが向きあわせになる席の進行方向に向かった通路側に座った。

大阪駅でも神戸線(東海道線)は関西では特に乗客が多い路線になると思うが、それでもむちゃくちゃに混むということはほとんどない。通路に立つひと達もギュウギュウ詰めというわけではない。

僕が座っている席の斜め前あたりに若い女性が立っていたので何気なく、いや意識的かもしれないけれど、見上げたら「教員採用試験」という本を読んでいた。いや、試験の本だから読むというよりは勉強していたというべきだ。

僕は多分、村上春樹のお気楽な「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」を読んだり読まかなったりというところだった。

芦屋あたりだったか、僕の前の席があいたので、その女性は僕の前に座ることになった。

その内に窓側の席も空いたので、自然と彼女も僕も窓側に移動する。

僕は相変わらずお気楽な本を読んだり眠ったり外をみたり周りをみたりしていたが、その間、目の前の彼女はずっと「教員採用試験」の本を一心不乱に読み、ときにはノートをだして何かを確認するような、あるいは書き込んだり、とにかく周りのことは目に入っていないという様子だった。

新快速は大阪駅から西明石まで40分くらいかかるが、その間、休むことなく勉強をしていた。

すばらしく美人、というわけではないけれど、すこしつり目がちの個性的な顔立ちで、肌が白くて綺麗な魅力的な女性だった。けれど、その集中して勉強している姿が一番美しく見えた。若さは可能性と同義、という言葉があったかどうか知らないが、その言葉通りに未来が見えそうなほどだった。ジロジロと見るわけにはいかないけれど、周りのことなど眼中にないという風でもあったのでついつい見てしまった。

子供の頃、こんな先生が担任だったらよかったなぁ、となんとなく思った。そういえば小学校では一年と三年が女の先生だったと思うけど、おばさんだったなぁ。中二もおばさんだった。生意気かとも思うが、子供心にも魅力的に映るひと達ではなかった。

もう大学生のころからか、こんなに熱心にずっと集中して勉強しているひとの姿をみたことがなかったように思う。

なんだか清々しい気持ちで僕は西明石で降りたけれど、新快速は「教員採用試験」に没頭した彼女を乗せたまま走り去っていった。

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2012/06/17

さよなら、マレット

今日は少し片づけをしていたのだけれど、その時に目に入ったのが古いマレットたち。学生の頃に使っていたマレットだが、今はもう使うこともないので、思い切って捨てることにした。

Dscf3152s_2その記念撮影。

ピンクのヘッドがヤマハ、薄紫のヘッドはヤマハの糸が切れまくったのをほどいて自分で巻き直した再生品、ヘッドが小さいブルーは切れた糸をほどいてゴムヘッドだけになったもの、青い毛糸のヘッドはコッス製。コッス製は最初に買ったコッスのヴィブラフォンについてきたものだけれど、音質が硬すぎて気に入らず結局使うことはなかった。

今では、当時は入手困難な上に高くて手の届かなかったGood VibesとかVicFirthのマレットが簡単に手に入るし、音質もずっとよい。大人買いできる身分にもなったしね。

Dscf3153s_2それに加えて当時から不満だったのが長さだ。右の写真で、左側にある二本がGood Vibes、右の二本がヤマハで、ヤマハの方が少し短い。ちょっとした長さの違いだが、四本マレットで弾くときにはこの長さの差は結構大きい。今ではヤマハも長くなっているようだけど、当時はこの長さが国産品の標準だったみたいだ。

おまけに1980年頃からほとんどヴィブラフォンを弾くことがなくなり、そのためにまとめて袋に突っ込んだままになって30年あまり、柄の曲がってしまったものもある。細めのラタン製の柄は今では貴重かもしれないが、曲がっているし、またこれをわざわざ巻き直して再生する意味も気力もないのが現実だ。

だから、色々と思い出のつまったマレットたちだけれど、もうこのあたりでお別れしよう。本当は豆腐にマレットさすとかして、マレット供養でもしたらいいんだろうけど、豆腐にさしても起たないよなぁ・・・、そんなことする気はないんだけど。

みなさん、どうもご苦労様でした。

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村上読書 その後

やっと「1Q84」の3巻目を図書館で借りることができた。

図書館では2週間借りることができるんだけれど、2週目で予約が入っていると延長できない。「1Q84」は人気作品だから必ず予約があるので、2週間以内に読まないといけないけど、大体は勤めの帰路の電車内でしか読まないので、結構厳しい。往路は大体寝てしまうからね。

1巻目を日曜日に借りて2週間で返した時に2巻目を予約して、それから2週間目の途中で図書館から連絡があり、ちょうど2週間目の日曜日に2巻を借りて2週間後に返却して3巻目を予約し、それから2週間目の途中で図書館から連絡があり、今日は土曜日だけれど借りてきて、ということでずいぶんと時間がかかってしまった。

その間には、村上春樹の「うずまき猫のみつけかた」、「辺境・近境」、「おおきなかぶ、、むずかしいアボカド(むらかみラヂヲ2)」、村上龍の「オーディション」と、あいかわらず村上読書が続いた。

「オーディション」は恋愛サイコミステリー調のちょっと恐い話で、出来のよいTVサスペンスドラマのような相変わらずの迫真の描写が素晴らしいけど、あとがきにあるような考えさせる話かというと、う~ん、どうだろう。

愛がなければ人間は凶暴になる、という意味のことを言ったのは、「エデンの東」のエリア・カザンだが、愛のない人間は凶暴にならなければ生きていけないという言い方もできるだろう。そして、現在のこの国では、国民全部が「凶暴」になってもおかしくない状況が続いている。
 (あとがき 村上龍)

「うずまき猫のみつけかた」と「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」は村上春樹流お気楽なエッセイで、楽しい話もあるけれど、スノブな話もあり、お金と時間のあるCelebrityの自慢話みたいで鼻につく話もある。本当、この人のエッセイは「おまえがいうなよな」って思えるものが結構ありますね。まぁ、いいけど。

「辺境・近境」はお気楽な話もあるけれど、どちらかというとまじめな紀行文集で、特にドキュメンタリータッチの「メキシコ大旅行」と「ノモンハンの鉄の墓場」は、この二つの話のためだけでも本を買ってもいいかな、という気にさせる。もちろん震災後の「神戸を歩く」もあるけれど、これはどうしても地元民としての先入観が入ってしまう。

同じノモンハン取材について、「ねじまき猫のみつけかた」では面白おかしく書いているのに対し、「辺境・近境」ではノモンハン戦争とその後の現在の現地を正面からみつめた力作になっている。僕がまだ小さい子供の頃、実父が酔うとよく中国戦線での話をしていたことを何度も思い出した。村上龍は現在の日本は国民全体が凶暴になってもおかしくないと書いているが、あの時代はそんなものではなかったに違いない。子供心ながらに記憶している戦中の話が「ノモンハンの鉄の墓場」によって蘇るとともにさらに骨肉を与えられて、なんだかんだ言っても今は相変わらず平和な時代なのだと痛切に感じた。「オーディション」のサイコ的凶暴性は所詮は個人レベルの凶暴性であり、それが本当に今の日本で全体主義にまで発展するとは考えられないが、ノモンハンの時代は、国家レベルの凶暴性が当然視された時代だったのだろう。

何だかずいぶんと真面目な話になってしまった。村上春樹はドキュメンタリー作家としても一流になれるんではないかな。しかし旅行のすきなひとですね。大変な目にもあっているんだろうけど、お金も時間もあるし妬ましいとしかいいようがない。

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2012/06/09

HOT HOUSEで想いあふれるチゲを

Chick Corea & Gary Burtonの久しぶりのデュエットアルバム"HOT HOUSE"をHMVオンラインで買ったことは以前に書いたんだけれど、それは4月のことだ。

ところが、Facebookで次のような記事の紹介があり、アメリカのフレンドが"I can't wait!"なんて書いていたものだから、あれ?っと思ったのだ。

Gary_burton__dsc0033 Chick Corea and Gary Burton to Release New Duets Album
‘Hot House’ set for release Sept. 4 on Concord Jazz

今年の9月4日に新デュエットアルバム"HOT HOUSE”が発売されるということで、記載されている曲目も僕が買ったものと同じだから、まさにそのアルバムのはずなんだけれど、なんで日本ではすでに発売されているものが本国アメリカでは半年くらい遅れるんだろうか。

だから、Facebookフレンドの投稿に、「これはもう市場で出ているCDでしょ?僕は持っているよ」と書いたら、「どこで買ったんだ?」って驚いていた。

Hot_house念の為にアマゾンUSAを見てみたら、"This title will be released on September 4, 2012"と書いてあって確かに未発売ということだけれど、アマゾンジャパンでは「通常1~3週間以内に発送します」と書いてあって、登録日が3月1日だから発売済みということだ、というかHMVだけどすでに買ったのだ。

僕が持っているCDは日本語解説なんかついていないので輸入盤だと思ってたんだけど、PCに録音したファイルをみたら日本語タイトルになっているから、輸入盤じゃないんだ。

日本で先行発売ということかな? しかし日本で大ヒットする類のアルバムとも思えないし先行発売する意味ってなんだろう? アメリカで半年も遅れるってのも遅過ぎないか?

なんだか腑に落ちない不思議な話でありました。

なんだか愛想のない話なので、アルバムHOT HOUSEからその筋の人にはお馴染みの曲の一部をご紹介。アレンジがいかにもチックコリアという感じで、ちょっと変わってます。

「chega_de_saudade.mp3」をダウンロード

バートン氏はこの曲をよくソロで弾いていますが、YouTubeで喋ってるのを聞くと、いつも英語読みなのか「チェゲデソダーデ(Chega de Saudade)」といっていて、なんだか韓国料理みたいでおかしい(^^;;、日本題は「想いあふれて」っていうんだからおよそイメージが合わないけど、HOTなのは確かかも。

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2012/06/03

芦屋市立美術博物館 - 吉原治良展は夢の跡

前回の続き。

5月22日、芦屋川から旧堤防(防波堤)痕の歩道をしばらく歩いてやっと芦屋市立美術博物館に着く。

吉原治良は、戦後日本の現代美術では重要な役割を果たし、芦屋において当時の若手美術家による具体美術会を率いたことで知られている、らしいが、詳しいことは芦屋市立美術博物館の展覧会案内およびWikipediaでどうぞ(展覧会はすでに終了しています)。

美術館の案内にいくつか作品の画像が紹介されているが、特に円を描いた作品が有名だそうだ。僕が特に気に入ったのも、一階のホールに設置された四角に囲った部屋に展示されていた、大きな白地に真っ黒の円を描いた作品だった。ただ、パネルで囲っただけの部屋は天井が吹き抜けで、二階からの照明が目に入って眩しくて見辛かった。展示方法を考えるべきだったと思う。

他の抽象画もかなりインパクトのある作品だが、その多くが画面にヒビが入っていたり、ひどいものは剥落していたりで、戦後という比較的新しい作品にもかかわらず状態の悪いものが多かった。八割がたは何らかの問題を抱えているように思える。これほど保存状態の悪い作品群の展覧会というのは初めてだ。

保存方法に問題があったのかもしれないが、むしろ作者が、使う材料とその保存性ということについて無関心だったのではないかと思われた。近代日本絵画の明と暗を同時に見るような展覧会だった。

ただ、円の作品はそれぞれにさほど状態は悪くないようだったが、これらの円も実は絵画用材料ではなくて、保存性のあまりよくない看板用の絵具を使ったものもあったりするので保存には慎重さが必要だろう。展示ではアクリル(絵具)とあったが、実はあれは看板用絵具だということを以前に兵庫県立美術館の修復室の方からうかがったことがあったのだが、確かに実物を間近に見てみると、それがよくわかった。何しろ僕の会社が作っていたものだから・・・だから仕事中に展覧会に行くことができたのだけれど。

状態のよくない作品の多くは油彩画とされていたが、きっちりした油彩画ならばここまでひどいヒビ割れや剥落は起きないと思うのだが、一体どういう描き方をしたのだろうかと思う。でなければ、よほどひどい扱いを受けたのか?

表現に傾注するあまり、材料や将来の保存性に気を配らない作品が近代日本美術作品には多いとは聞いていたが、その末路を見る想いの展覧会だった。ただし作品そのものは素晴らしいものだった。

しかし戦前あたりの日本人の描いた自画像というのはなんであんなに暗くぼけているものが多いのだろうか?

Museum2閉館の放送が流れるなか、二階の大きなガラス張りの窓から外を見ると、村上春樹が「モノリスの群れのようにのっぺりと建ち並んでいる」と書いた芦屋浜の高層住宅が、美術館の庭で遊ぶ子供たちとは対照的に無機的な姿で立ち並んでいた。ひび割れ剥落した抽象絵画群とモノリスの建ち並ぶ光景は、ひょっとして村上春樹の描く異世界への入り口か、なんてことはありえないが、そんなことを思い起こさせる、なんてことも今思いついただけだけどね。

Tanizaki美術館のとなりは、谷崎潤一郎記念館とある。ただ僕は谷崎の本は読んだ覚えがない、というか関心がないので、今後も中に入ることはなさそうだ・・・ま、先のことなど分からない、なにせ芦屋といえば、在原業平、谷崎潤一郎、村上春樹というくらい、いうくらいというか村上春樹しか読んでないし、芦屋市民でもないけど。

River2堤防痕を歩いて芦屋川まで戻ると、河口で遊んでいる人が見えたので、僕も降りてみた。芦屋川は阪神の駅辺りでは水面が見えているが、河口に近づくと伏流になって水面はみえず、一面の砂浜になっていた。

真っ青な空が映っているのか、海も素晴らしく青く澄んで見えた。

向こうに見える橋は湾岸線だろう。その手前の海面に点々のようなものが見えるのは、サメの背びれ、なんかではもちろんなくて、三艘ほどのボートが練習をしている姿だ。

River3砂浜に降りたが、思ったほど塩の香りがしない。海水を少しなめてみたが、伏流とはいえ河口のためかほとんど塩辛さがなかった。浅瀬にはヤドカリが見えたのだけれど、残念ながら小さすぎて写真には写っていなかった。

Ashiya帰路も川沿いの地道をのんびりと駅まで歩き、阪神電車で三宮まで帰ろうと思ったのだが、来たのはまたしても山陽電車の姫路行き直通特急だった。

そのまま乗っていけば明石までいけるが、そうはいかないので、三宮でJRに乗り換え、帰路についたのだ。

以上で、芦屋市立美術博物館全三部作完結。なぜか、なんとか二部作とか四部作っていうのはなくて、三部作で終わるんですよね、っていうほどのもんでもないですが。

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