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2012/09/23

読書覚書

<読み終えた本>

・白洲正子”ほんものの生活”/白洲正子、他
・召集令状/小松左京
・猫のゆりかご/カート・ヴォネガット

以前に触れたことがあったので感想は省略。

・次郎と正子-娘が語る素顔の白洲家/牧山桂子
白洲次郎、正子の、娘からみた両親の話。正子は自伝にあった自己中心的なイメージのほぼそのままだったが、次郎の方は政財界での活躍とはまったく違った家庭的な面が見える。でも、その割には娘からは評価されていないようで、まぁ父親なんてそんなもんかと思ってしまった。正子の奔放さと次郎の几帳面さが対照的で、しょっちゅう張り合っているところが面白いが、夫婦のあり方の、ちょっと異端かもしれないが理想像の一つのように思えた。ちなみに桂子は桂離宮にちなんで母親がつけたそうで「かつらこ」と読む。

<途中で返してしまった本>

・小澤征爾さんと、音楽について話をする/小澤征爾X村上春樹
クラシック音楽についてのかなり突っ込んだ話。取り上げられた曲を知っていればもっと面白いだろうけど、知らない曲ばかりなのであちこち拾い読みしているうちに返却期限がきたので返してしまった。三分の一くらいは読み残したがそれなりに楽しめた。またその内に借りるかもしれない。
レコードマニアには面白くない本にしようと小澤さんと言いあわせて書いたそうだが、クラシック音楽の愛好家や演奏家にはかなり面白いんではないかと思う。村上春樹の音楽の聴きこみ方は、時間が十分にあるからと本人はいっているけれどそれにしても半端な聴き方ではない上に音楽知識も相当なものだとわかる。なにせ世界の小澤と渡り合えるのだから。
別の本だけれど村上氏自身もバッハの「平均律クラヴィーア曲集」はたまに弾くと書いてあった。

・特権的情人美食/村上龍 料理&官能小説集
世界各地、といってもアメリカとかヨーロッパが中心みたいだけど、どこそこの高級レストランとかホテルとかなんとかに絡めた短篇集。グルメ小説ってところかもしれないけれど、白洲正子の自伝を読んだ後では、なんだか成金まるだしのように感じられて途中で馬鹿らしくなって返してしまった。確か村上龍自身もお金と時間のある生活が本当に板につくのは自分の子供からだろうと書いていたような気がする。

・リビング・ヒストリー
Hillary_3 ヒラリー・クリントンの自伝。近所のショッピングセンターの本屋に一時期やたらと英語の本が並んでいたことがあって、その時に表紙のヒラリーさんの写真にひかれて立ち読みしたことがある本。
祖母と母の人生が序章として書いてあるのだけれど、波瀾万丈でめっぽう面白かった。その後、本屋から英語の本が一気になくなってしまったので、それっきりになっていたのだけれど、図書館で訳本をみつけたので借りてみた。でもご本人の話になると、これはめちゃ出来のよい子の話なので何だか興味が薄れてしまい、とりあえず返した。その内に時間が余るようなことがあればまた読むかもしれない。
典型的な知的美人だと思っていたけれど、オバマとの大統領候補争いあたりからは少々コワモテになってしまった感がある。なんせ今は国務長官だからね。
画像は本の中にあった若いころの姿。ヒッピー世代だ、懐かしいねぇ。

・いつも月夜とは限らない/広瀬隆
なんとなく図書館で手にとって、たまには知らない本も読んでみようかと借りてみたけれど、やっぱり興味がわかずに数ページ読んだだけで返してしまった。
広瀬隆は原発問題で色々と活動している人だけれど、物議を醸す人でもあるらしい。内田先生タイプかもしれない。

<読みかけの本>

・西行/白洲正子
白洲正子の文自体がすらすらとは読み進めるような内容ではない上に、古文がやたらに出てきてなおかつ説明も断片的にしかないので、ゆっくりと何度も読み返すために、もう二ヶ月近く借りては返しまた借りての連続で、やっと残り四分の一くらいまでになった。
やはり塩野七生と相通ずるところがあると改めて感じたのは、徹底した現地取材と原典に対する豊富な知識、教養の深さだ。一方で、その執筆の裏で娘がどれだけ苦労しているかという話を前述の牧山桂子の本で読んでいるので、何というか・・・感慨深いものがあるというのか。
しかし詞書や和歌は高校の授業で習って以来だが、何度も読み返しているとよくはわからなくても実に味わいがあるものだと、この年になってやっとわかった。

・バゴンボの嗅ぎタバコ入れ/カート・ヴォネガット
短篇集なので、ぼちぼちと読んでいる。ヴォネガットはSF作家と言われたりするらしいけれど、そういう話はほとんどない。それなりに面白いけどあんまり印象に残っていないかな。

<これから読む本、というかとりあえず借りてきた本>
・サイレント・マイノリティー/塩野七生
・はじめての文学/村上春樹
・はじめての文学/村上龍
・中国行きのスロウ・ボート/村上春樹

塩野七生の本は図書館にあるものは全部読み尽くそうと思っている・・・、といってもそんなにたくさんあるわけではない。残っているのは長編の「ローマ人の物語」と、割と最近に出版された「十字軍物語」だけになったと思っていたのだけれど、白洲正子の「かくれ里」を探していて偶然「サイレント・マイノリティー」を見つけた。「かくれ里」はまた今度にしよう。

「はじめての文学」は若い人(中学生以上かな?)のために色々な作家が自選で編んだ短篇集のシリーズ。すでに読んだ話も結構ある。

「中国行きのスロウ・ボート」も以前に読んだ本だけれど、小学生のころに模擬テストを受けたという話の舞台である「中国人小学校」というのが、先ごろ領土問題に絡んで放火らしき火があった神戸中華同文学校なのだそうだ。どんな話だったかよく覚えていなかったのでまた借りてきた。模擬テスト前に監督官となった中国人の先生が最後に言った言葉が印象的だ。

「いいですか、頭を上げて胸をはりなさい」
「そして誇りを持ちなさい」

僕はこの話よりも次の中国人の女の子の話のほうが印象に残っていたのだが、頭の中では韓国人にすり変わっていた。韓国関連の本をしばらく読んでいたことがあったからかもしれない。

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2012/09/16

しまうまピアノ

タイトルのまんま、しまうまピアノ。調べにのせて爽やかな草原の風が吹いてくるようです。

Zebra_piano

つづいてピアノつながりで、ピアノ・ソロです。クラシックの曲だと思うけど、なんだかジャズっぽいところもありますね。曲もなかなかといいですが、しかしすごいテクニック、でも多分クラシックのピアニストならこれくらいは普通なんでしょうね。

すごいテクニックといえば上原ひろみさんもすごいですね。

ただ、ですね、途中からだんだん飽きてくるというか、だからどうなん、という気持ちになってしまうのはわたしだけでしょうか。なんかウケ狙い的なところもあるし、まぁ、エンターテインメントに徹しているということかもしれません。キース・ジャレットやビル・エバンスとは違うタイプのピアニストなのは確かですね。

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2012/09/09

英語と絶対音感

9月になってもう1週間以上が経つというのに相変わらず湿気が高くて、秋らしい気候になりませんね。おかげで相変わらずダラダラとした休日を過ごしています。

今回のお題は「英語と絶対音感」という思わせぶりなものですが、互いに関係があるという話ではありません。いや全くない。まぁ、今回の話題としての関係があるくらい。

英語の習得(発音、聞きとり)に関して、池谷裕二という先生(僕はよく知らないけど)が、例えばBとVとかLとRの聞きとりは子供の頃に訓練していないと無理とかいう話があり、その限度は9歳くらいまでとおっしゃっています。

カタカナ英語でいいんじゃない?

どうなんですかね?僕は9歳までに英語の訓練なんて何もしてなくて、普通に中学校から英語を習いはじめて、英会話なんかは29歳からはじめたんだけど、BとVは大体において聞き分けられるし、LとRもある程度はわかるつもりだ。発音はアメリカ人からもほめられる程度、もちろんノンネイティブにしてはということだけど。

多分、音楽をしていることが英語の発音や聞きとりにプラスなのだろうと思う。音感がそれなりにあれば、聞いた音と自分が出す音の違いを聞き分けて修正していけるんではないかと思うし、発音がよくなれば聞きとりも上達するんではないかとも思う。ただし絶対音感は関係ない。

で、絶対音感なんだけど、こんな通信講座があった。

絶対音感を手に入れませんか!

この講座紹介のQ&Aに興味深い一文がある。

絶対音感のトレーニングは語学と似ている面がございます。

「絶対音感は幼年期を過ぎてからでは身に付けることができない」という説は、語学に例えれば「外国語は大人になってからではネイティブスピーカー(母国語話者)同様にはなれない」ということになります。 確かにどんなに外国語を勉強しても、発音・語彙・文法・聞き取り等あらゆる面で完全なネイティブにはなれないでしょう。しかし努力を積み重ねれば、日常会話やビジネスで有効な程度の能力は身に付けられます。

それと同じように、絶対音感についても、正しい方法で継続的に訓練をすれば、大人になってからでも作曲や編曲、アドリブ演奏等に充分に役立つレベルの音感を身に付けることが可能です。

う~む、そうでございますか。

英語に関する自分の意見が正しいとすれば絶対音感も可能性はあるということかい?受講料も手頃というか受講期間からすれば安いかな。まぁ、内容がわからんけどダメモトで試してみてもいいと思えるお値段だなぁ。60の手習いでやってみようかしらん。

ところで池谷先生のおっしゃることが間違っているというつもりはございません。むしろ、「日本語は(聞き手の)想像力の言語」、「英語は(話し手の)発音技巧の言語」というところはとても示唆に富んだご意見だと思います。insightfulですね。

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2012/09/01

近況、偏狭

このところ、暑さと湿気の不快感倍増日の連続で書く気力もなくてずっと更新していなかった、その近況報告。

お盆後の8月19日は、恒例の「華麗なるマリンバの響きVol.19」を神戸ハーバーランドにある神戸新聞松方ホールに聴きに行った。

いつも佐藤先生から招待状を頂いて家内と二人で行くのだが、今年は特に日本木琴協会阪神支部設立50周年ということで、メンバーもいつもの方々に加えての豪華メンバーで、とくにNYで活躍する名倉誠人氏の4.3オクターブのヴィブラフォンが見ものというか、聴きものだった。

Matsukata しかし一番よかったのは、佐藤先生とご子息によるマリンバ二重奏「木漏れ日(真島俊夫/委嘱作品)だ。感動的というような月並みな言葉は使いたくないが、これだけ心に染みる演奏はその昔、ブルーノートで聴いたミルト・ジャクソンの演奏以来だと思う。写真は松方ホールのロビーから見える神戸港風景。

次に、この木曜日は休みをとっていたので家内と息子の3人で話題の映画「プロメテウス」を見てきたのだけれど、う~ん、これはちょっと期待はずれだったなぁ。

「長編小説ハリーポッターを2時間の映画にまとめました」みたいなストーリーの飛躍は致し方ないにしても、「いや、それはないでしょ」とつっこみたくなる場面があちこちにあるんだけど、全体的な印象をうまく評価しくれているサイトがあった。

映画『プロメテウス』は『エイリアン』ファンにとって必見の作品だがスケールの小ささに悲しむ作品でもある

「エイリアン」は比較的単純なプロットに伝統的なSFの要素をほとんど包含しつつ、最後まで姿をみせない謎と恐怖の連続のなか、乗組員たちがいかにもプロらしい戦いを続ける映画だったので、少なくともその前日譚としてふさわしいものを期待していたんだけどねぇ。

004 最初から何だか必然性がないとしか思えないネタバレみたいなところから始まってしまうのがちょっとなんだかと思いつつ、それでも始まってみると、エイリアンお決まりの人造人間デイヴィッドはあたかも「2001年宇宙の旅」のボーマン船長がHALになったようだし、科学者たちを雇った企業の幹部メレディス(シャーリーズ・セロン:右写真)は「ターミネーター3」のT-Xのようなタフな冷酷さを彷彿とさせるし、グイグイと惹きつけるところはある。

でもドキドキ感はそこまでで、宇宙船が目的地についてしまうと、調査チームの科学者にしてはあまりに軽率な行動ばかりが続き、「宇宙では何が起こるかわからない」というよりはむしろ「いやそれはいかんだろうと思っていたら案の定」という連続だったなぁ。上記サイトの最後の言葉がまさにこの映画の真髄(?)を言い得て妙だ。まぁ、それでも十分に楽しめる映画ではあります。

序盤から中盤にかけては観客のドキドキ度のボルテージがどんどん上昇していくだろう。しかし、終盤にかけてそのドキドキ度が下がっていくことになるのでそのあたりは覚悟しておこう。

Vs4300 さて、暑いながらもヴィブラフォンとMalletKATの練習はなんとか続けている。(写真は、「華麗なるマリンバの響き」で名倉氏が使っていた斉藤楽器の4.3オクターブ・ヴィブラフォン)

前にも書いたけど、MalletKATを手に入れたものの、はて何をするのか、というか、本物のアコースティック楽器を横にして(実際はヴィブラフォンは二階、MalletKATは一階においてるんだけどね)、シンセ楽器であるMallteKATでは生音にはかなわなくて代替品にはなり得ない。つまりこの楽器で何をどうするかというオリジナリティーがなければ、電子鍵盤打楽器の意味ってあんまりないんだなぁ、というのが最近感じていることだ。だから、今のところは練習用みたいな位置づけになってしまっている。まぁ、それはそれでいいところもあって、おかげで今まで気が付かなかったアタックや音の出方を工夫するようになった。

ゴム質のバーを叩くMalletKATでは、アタックの仕方が悪いと衝撃がモロに手首に返ってくるので手首を痛めてしまう、というのは日本ヴァイブ協会のサイトに書いてあったんだけれど、「百聞は一撃にしかず」で、アタックに気をつけるようになったことがヴィブラフォンの練習にもいい影響となっている。

だから以前のように握りこむようなグリップから、だんだんとゆるゆるのグリップに変化してきて、またダンパーの使い方にも注意するようになった。ただ、まだまだ楽譜をみながらブラインドタッチで弾くのがうまくいかないのが歯がゆいところだ。

175 後は、読書。写真は、あんまり暑いのでクーラーのきいた自動車で三木から小野にかけてドライブしたときの175号線の風景。その後、近所のショッピングセンターで涼みながら読書をしたのだった。

小松左京の戦争を題材にした短篇集「召集令状」は季節柄もあるけれど、戦争の実体験に基づいているだけに重みがあった。村上龍の「五分後の世界」などはかなり影響を受けているんではないかと思う。

カート・ヴォネガットの「猫のゆりかご」も原爆を扱いつつもまったく違った展開で世界の終わりを描いていてユニークだ。

一方で白洲正子の「西行」は古典の世界に心が開かれるようで興味はつきないが、なかなかと難しくて読み進めない。

というようなところが僕の偏狭な近況でありました。

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