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2012/10/28

メディア

一端はお蔵入りにしたメディアの話題ですが、せっかく書きかけたので掲載します。

週刊朝日の「ハシシタ」問題はとりあえずはおさまったみたいだけれど、YouTubeの18日の会見を我慢して見てみた。

我慢したというのは、市長の問題提起に対して記者たちは、自分に火の粉が降りかからないように黙ったままか、話してもピントのぼけたことばかりで、報道記者というものについて呆れ返ることばかりなので、途中で何度も中断してしまいながら、何とか最後まで見た、ということだ。

会見の雰囲気は、まるで、難しい問題を先生に出されたが答えがわからないので、なるべく当てられないようにじっと小さくなっている中学生のクラスのようだ。

僕は橋下支持派ではないが、ここで彼が言っていることはごく当り前のことだ。日本のメディアは駄目だといわれて久しいが、新聞記事を書いている記者というのがここまでボンクラばかりだったとは知らなかった。一番まともだったのは、本題とは少しずれてはいるが最後に質問したニコニコ動画の担当者だった。

週刊朝日関連は、28分から1時間40分くらいまで、長いです。こちらにテキスト化した記事がありますが、当然ながら長いです。

週刊朝日の問題に対する朝日新聞の見解は、相変わらずこの会見のまま「子会社は別もの」という立場なのかな?

続いてこれ。

「活動の場ネットに移す」が気に入らず 朝日天声人語がスーパーマンに「クレーム」

新聞を含めたメディアが時代から取り残されつつあるという批判に対する自覚がまるでないね。

今日、図書館で借りてきた村上龍のエッセイ集「櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている」には、次のようにある。

電子書籍を制作・販売する会社を作った。(中略)日本のメディアは、書籍の電子化によって何が起こるのかというとらえ方をしている。メディア自身、電子化の渦中にいるわけだから、本当は「何が起こせるのか」というとらえ方があってもいいはずだが、皆無だ。

これは一昨年の話だ。天下の天声人語がそれから二年たってもこの程度というのだからやっぱり呆れる。

さて、かくいう僕は書籍を図書館で借りてばかりなので、電子書籍対応人間ではないんだけれど、図書館が電子化されれば、その時には対応しようと思う。

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Private Flight

週刊朝日と橋下市長問題とか、小難しいお題を書こうかとか思ったりしていたけれど、とりあえずは落ち着いたみたいだし、やっぱり僕の性には合わないかとか思って、たかけんさんの日記を読んでいたら「フライトレーダー」なるものが紹介されていた。

Fligjtworld これは面白そうだと思ってみると、たかけんさんが書いていたように確かに航空路というのは世界的には圧倒的に偏りがある。これが世界情勢とも密接に関係しているのだろう。

Flight という話は別にして、近所をみてみたら割りとまばらな飛び方だ。北海道からくるフライトは日本海側から大回りをして南西側から関空に入るのだった。

神戸の方に向かっているフライトがあるのでクリックしてみたら、出発地も目的地も表示がなくて、あれ、と思ったら「Private owner」とある。

2beechcraftbarong58 へぇ~、日本でも個人でジェット機を飛ばしてる大金持ちがいるのか?と思ってこのBeech G58 Baronという機種を検索してみたら、プロペラ機だった。

というようなことを書いてから、もう一度フライトレーダーをみたら、この飛行機は消え失せていた。どこへ着陸したんだろう?この軌跡をみると、神戸空港から出発してまた神戸へ戻ったのかな?

だったら遊覧飛行なのかもしれない。なんだ、そういうことか。

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2012/10/22

秋は行事シーズン

毎年、秋は忙しいが、この10月は特に毎週のようになにか行事があった。

Fukiai 10月7日はマリンバの佐藤先生が出演される無料コンサートがあるというので、「葺合オータムの調べ」を聴きに葺合文化センターまで家内と出かけた。今の神戸市中央区は、昔は葺合区と生田区にわかれていて僕が学生の頃は葺合区民だったわけでちょっと懐かしい響きだ。

文化センターの音楽教室の講師の方々によるコンサートで、フルート、ピアノ、マリンバ、ギター、ドラムの各先生の演奏と最後に合同演奏があった。このようなコンサートはセンター開設の頃に一度あったきりで、ほぼ初めてといっていい企画だそうだけれど、これを無料で聴けるのはとてもありがたいことだと思う。

Kasugano 他の先生方の経歴もなかなかと素晴らしくて、このような先生方が区民センターで教えているというのもちょっと驚きだった。しかし正直にいえば、佐藤先生と他の先生方ではレベルが相当に差があるということが改めて実感されたコンサートだった。それは音楽性とかテクニックということもあるけれど、音楽事務所を経営し毎年、マリンバコンサートを開いて継続的に集客ができるという力の差と思えた。このところは毎年、ミラノでコンサートをされているし、今度はアルゼンチンでのパーカッションフェスティバルに招待されて演奏されるのだそうだ。佐藤先生は僕の高校の*年先輩なのだけれど、いつまでもすごい行動力と恐れ入ってしまう。
(写真右上は最寄りの阪急春日野道駅、駅としては有数の狭いプラットフォーム)

10月13日は、会社の日帰り旅行。行き先は三田のキリンビール工場見学、栗拾い、そして神戸・三田アウトレットで締めくくり。まぁ、現役の連中は幹事でなくても色々と気を使ったりしなくちゃならないけど、嘱託の身となった僕は気楽について行っただけなのでそれなりに楽しんだ。

Kirin ビール工場では初めてアルコールフリーのビールを飲んでみたけれど、僕にとってはアルコールが駄目なだけでなく、やっぱり味が合わないのだということがよくわかった。おみやげに工場見学限定「一番搾りゼリーチョコレート」というのを買ったんだけれど、う~ん、ただのゼリーの入ったチョコレートで、どこがビールの味?というものだった。

Sandafuji 栗拾いはまばらに生えた栗の木の下に、確かに栗が落ちているんだけれど、触ってみると地面より少々冷たい。つまりは冷所に保存してあった栗が撒いてあるんだね。「イガがついて落ちている栗は虫がついていたり未熟だったりするので、拾わないでください」なんて注意もされたし。適当に拾ったけれど、たくさん拾った人も全然拾わなかった人も出口で1キロのおみやげということになっていた。写真は三田富士、だったかな?

Outlet 神戸・三田アウトレットは要するにファッション系のショッピングセンターということなんだろうけど、ファッションには無頓着な僕は何もすることがないので、フードコートでコーヒーフロートを飲みながら読書。なんか嫌味かなぁ、と思いつつ塩野七生の「サイレント・マイノリティー」を読んでいた。

ロサンゼルスのパサデナをイメージしたんだそうだけど、ちょっとスペイン風なような建物に多くのブティックが入っているのは、これって、規模は全然違うけど、世界で初のショッピングセンターといわれる(というよりは町なんだけど)、カンザスのプラザの影響が未だにあるってことかな。
(プラザについては以前に少しだけ触れたことがある。)

Comisen 続いて10月14日は、例年の明石市の団地内にあるコミュニティーセンターで、日頃のカルチャー教室やらなんやら教室の発表会、略してコミセン祭りに、ボーイスカウト保護者OB会によるバザー参加。団地のセンターで規模も小さいので葺合のコンサートとはレベルが違いすぎるけど、地元の人達が日頃の腕を競う、っていっても僕はほとんど見に行かないけど。

以前は綿菓子を担当させられていて、子供が列をなして休む暇なしで大変だったんだけれど、その機械が2年前に壊れてしまい、このところは女性陣によるおでんと安いときに買い込んでおいたペットボトルのお茶の販売くらいなので、気楽なものだ。

そして今日は、京都勧業館での業界見本市。営業じゃないから、別に仕事で行く必要があるわけではないんだけど一応は顔をださないと・・・、ということで家内と毎年でかけている。遠いし電車賃もかなりな額になってしまうんだけれど仕方がない。そのかわり、京都国立近代美術館や京都市美術館がすぐ近くなので展覧会があればそちらをメインに出かけることになる。今は市美術館ではかの「エルミタージュ美術館展」が開かれているが、人が多そうだし時間的にもちょっと無理がありそうだったので、近代美術館での「高橋由一展」を観に行った。エルミタージュの作品は今回を逃すと、あと一生のうちに観る機会はないかもしれないけど、潔くあきらめよう、・・・というほど執着心はないもんだから。

僕はすでに東京藝大美術館で観たんだけれど、家内は初めてだし僕も二度観る価値はあると思った。由一展についてはすでに書いたので省略しますが、一部入れ替えがあって東京では展示されなかった作品もあった。

最後はつけ足し、FBで紹介されていたアンリ・ルソーの「夢」について。

Il_sogno もう20年くらい前になってしまったけれど、仕事でNYに行った際にMOMAで観たアンリ・ルソーの絵が、この「夢」と「眠れるジプシー女」。でもキリコの絵の方が好きだった。

今考えると、ジャクソン・ポロックの巨大な作品も見たはずなんだけど、当時は現代絵画はよくわからなかったので印象に残っていないのが残念だ。

有名なモネの巨大な睡蓮の絵は、近くで見るとなにがなんだかわからない、荒縄(というかUNCHI)がのたくっているような絵だった。

「夢」は、原田マハの「楽園のカンヴァス」の題材となった絵だ。小説のプロットはよくできていて確かに面白いんだけど、文章力はもうひとつだと思った。流行はしてもずっと読み継がれるタイプの小説とは思えなかった。

本の中で、日本の展覧会の裏話が書いてあったけれど、確か海外では美術館のコレクションが充実しているので互いに作品を交換して企画展を行えるけれど、日本のコレクションは貧弱なので、結局は金にあかせて借りてくるしかない、というような話だったと思う(図書館で借りて一回読んだきりなので、記憶は曖昧)。

これも情けない話ではあるけれど、実態はもっとえげつないようである。

2009年に開かれた「ルーブル美術館展」についても以前に書いたことがあるけれど、これはルーブルが改装か展示替えか何かで作品を展示できない期間中に、それらの作品群をどこかに金で貸し付けるという企画だったのだそうだ。日本はお金があるし、多分、日頃から何かあればお声をお掛けください、みたいなことは言っていたんだろうから、では今回は貸してやろう、というようなことだったらしい。基本的にルーブル側からの押し付けで作品についての選択の余地はほとんどないとか。

それよりひどいのは、この時に別の美術館で「ルーブルの秘宝展」だったかなんだったかが、同時に開催されていたんだけれど、秘宝といえば聞こえがよいものの、実際には日頃は倉庫に眠っていて、ルーブルでは展示しても人気のないような作品を適当にピックアップして企画し、本筋のルーブル展に抱き合わせで押し付けられたんだそうである。

だから秘宝展を押し付けられた美術館は哀れなもので、入場者数はかなり少なかったらしい。まぁ、これを、日本人も目が肥えているから、と考えるか、結局は名の売れた作品群の展覧会にしか行かないだけのこととみるか・・・、まぁ、後者の可能性が高そうな気がするところも情けない話である。

以上はその業界の方からお聞きした話でした。

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2012/10/06

こてーいうて・・・

村上春樹と村上龍の「はじめての文学」を並行して読んでいる・・・、いや、読み終えた。

といっても村上春樹の方は読んでみたらどれも以前に読んだものばかり、一方で村上龍の方は読んだことがないものばかりだ・・・、いや、いくつかは読んだことがある。

読んだことがあるといってもすっかり忘れているので、どの話もしばらく読んでやっと思い出す始末だが。

村上春樹の方はいかにも少年少女を対象として選びましたという作品ばかりだが、村上龍の方は例によってセックス、ドラッグなんでもありみたいな、少年少女が読んでもいいんかいなみたいな話が多い。「ワイルド・エンジェル」という話は「限りなく透明に近いブルー」を書くに至る前日譚のような話で、しかし前日譚といっても「プロメテウス」みたいなことはない。

ところでこの両氏の対談本があるらしいけれど、絶版になっていて再版されることもないらしい。

Ryu_vs_haruki425x404 ちょっと興味を持ってネットで読んだ人の感想とか抜粋とか読んでみたら、村上春樹は東京にでてすぐに関東言葉でしゃべるようになったけれど、村上龍はなかなか慣れなかった、とか、小説家としては村上龍の方が先輩で服装なんかも革ジャンでイケイイケだけれど年下で佐世保出身、それに対して村上春樹はどっちかというともっさりしているけれど年上で芦屋/神戸の都会育ちという互いのバックグラウンドの違いからか、村上龍の方がなんとなく引け目というのか羨望というのかそんな雰囲気があったらしい。そういう気でみると、その辺りはなんとなく二人の小説にも現れているような気がしないでもない。

まぁ、そんな話はどうでもいいんだけれど、そういえば「辺境・近境」でだったか、村上春樹は、故郷(といっていたかどうか忘れたけれど)を離れてもまた戻る人と、二度と戻らない人がいるが、自分は戻らない人間だと書いていたのと、関西弁から関東弁にあっという間に変わったというところから、確かに小説にも関西弁が出てこないよなぁ、と思っていたら、この本にある「ことわざ」と「もしょもしょ」はこてこての関西弁で書いてあるのだった。以前に読んだはずなんだけど、忘れてたなぁ。こてーいうて忘れてしもた。

「インド屋さん」という話もある。そういえば名古屋から神戸に引っ越したころ、やたらとインド人が多いのにびっくりしたなぁ。もちろん中国人や韓国人も多いんだけど日本人と見分けがつかへんし(脚注)、白人や黒人はそれぞれにみんなおんなじに見えて何人かわからへんし、そこいくとインド人はすぐにわかったもんなぁ。

しかし若い頃に比べると最近はインドが不足しているのは確かだね。

 

注)中国や韓国から来る観光客などは割りと見分けがつきやすいけれど、日本にずっと住んでいる人たちは見ただけではわからへんと思います。

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2012/10/01

Keith Jarrett - The Art Of Improvisation

たまたま見つけたビデオ。

「Keith Jarrett、音楽人生を振り返る」というような内容でPart 1からPart 6まであり、まだ全部は見ていないがずいぶんと丁寧に取材してあると思う。

もちろん英語で字幕もないのでわからないことが多いが、1970年代初頭にジャズを聴き始めたころ、どんどんと変化していった当時のジャズをシーンを、まだジャズに対して先入観のなかった僕はそれがジャズだと理解していったわけだが、そのシーンを牽引していた人たちが次々と現れるので、当時のことが思い起こされて非常に感慨深い。

Part 3の始めに一瞬だけ、"Gary Burton & Keith Jarrett"のLPジャケットが出るが、これはPart 2からの続きなので、興味のある人はそちらから見ていただけたらと思う。僕が初めて買ったGary Burtonのアルバムが確かこのLPだったが、軽音楽部の先輩に勧められてなんとなくヴィブラフォンを始め、さらにJazMys氏からGary Burtonのスタイルを勧められて4本マレットを始めて、それが今に至っていることになる。このアルバムのことがPart 2の終わりとPart 3の始めに分かれてしまっているのが少々残念だ。

続いてMiles Davisバンドに加わった話があるが、それよりも僕にとって思い出深いのはアルバム"Facing You"についての話だ。このアルバムも初めて買ったECMオリジナル版で、その後のKeith Jarrettのソロ演奏の始まりとなるエポックメイキングなアルバムなんてことはまだ誰も知らなかったときのことだ。Manfred Eicherが動いて話しているのを見るのは初めてだ。

鯉沼氏が日本での事情を説明しているが、日本がそんなに彼にとって重要な舞台だとは知らなかった。一度も日本でのソロコンサートに行かなかったのが悔やまれるといえないことはないが、ソロも僕にとってはケルン・コンサートに尽きるような気がする。Keith Jarrettは、初来日のアメリカンカルテットを大阪まで聴きに行ったのが最初だが、同時に今のところはそれが最後だ。

Chick Coreaとモーツアルトのピアノ連弾は当時、TV放映があって録画したがあまり興味がわかず消してしまったと記憶している。でもいま見てみるとまた違って見える、というか聴こえる。画像も音質もあまりよくないがYouTubeにいくつかアップされている。

今はYouTubeで手軽に聴け、便利な時代になったものだと改めて感じるが、便利な一面で、苦労しなくなって失ったものもあるよなぁ、とも思う。

これを見ていて感じたのは、僕にとってのジャズはリアルタイムで経験した70年代に始まりそれに尽きるということだ。それ以前のジャズは後からクラシックのように知ったものだったし、80年代には段々と興味が薄れていってしまったのだった。

恐らくはそれぞれの世代はそれぞれに多感な年頃に経験したものを自分のものとして自分の中に残していくのだろうと・・・、わかったような分からないような話に終始してしまった。

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