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2013/02/26

Vincent Houdijk & his VinnieVibes

今日は風邪を引いてしまい、会社を休みました。たまにはね。

朝方に医者にいった後はゴロゴロと寝ていたんだけど、退屈なんで枕元においている一体型のPCでFacebookなんかを見たりして過ごしていました。

そしたらオランダの若手ヴィブラフォン奏者Vincent君のアルバム発売記念公演(だと思う)の演奏がアップされたので、ご紹介します。またFBとダブってしまいますが。

先ごろ発売された彼のアルバムのタイトルにもなっている"15"の熱演はかなりなものですが、この15という曲は彼のお兄さんであるAshleyさんに捧げられた曲だそうです。

今から15年前、Vincent君が15歳のときに、パーカッショニストだったお兄さんは飛行機事故でなくなり、その8ヶ月前からパーカッションを始めていた彼は、その道を続けることを強く決意したとのことで、15という数字はとても象徴的な意味を持つのだそうです。
 (お兄さんに捧げられたアルバム"15"のライナーノートから抜粋)

アルバム"15"は数年前から発売されるとFBで聞いていたのになかなか発売されなかったのは、15年目の今年まで待っていたのかと思います。さすがに力が入ってますね。フルスクリーンで見ると迫力があります。

終わってからメンバーが集まったところでは、Vincent君は小さく見えてしまいますが、ヴィブラフォンの大きさと比較すると、たぶん他のメンバーがでかすぎるんではないかと思います。オランダ人って背が高そうな気がしますから・・・、よく知らないけど。

もう一曲は、新しい曲だそうで、アルバムにない曲です。概ね、昔よくあった一発ものの雰囲気です。しかしVincent君は表情豊かで好青年ですね。

アルバムを買った時もですが、FBで映像をシェアしたら、ご本人からThank youとお礼がすぐにきたので、嬉しかったですね。なんかFB中毒状態かもしれない。

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2013/02/24

螺旋

時間がないといいつつ、本は読んでいる。

Rasenキャンバス」、「私の中の遠い夏」と欧州系に続いて、パハーレスのデビュー作「螺旋」を何とか読み終えた。

確かに「キャンバス」よりも面白いと思う。出だしはかなり主題とは関係ない話がダラダラと続くが、それでも飽きずに読み進めるのはやはり作家の力量だと思う。少なくともハリーポッターのあの出だしの延々と続く暗いストーリーよりは、はるかに読みやすい。

ミステリーとしては「キャンバス」と同様にそれほどでもないかもしれないが、僕はミステリー愛好家でもないから、それは別に気にしない。

これも「キャンバス」と同じように、主人公はどちらかというと狂言回しで、ミステリー仕立てのストーリーもあくまで道具であり、その周りに現れる様々な登場人物の人間模様が描かれるところが、この作家の面白さだと思う。

そういう意味ではこの作品を書いたのが、25歳以前というのにはびっくりするが、作家というのはそういうものなんだろう、というしかない。まぁ、「プロメテウス」の科学者顔負けな主人公の軽率な行動にはちょっと鼻白むところもあるけどね。

キャンバスにしろ螺旋にしろ、とても面白く読み進めるけれど、同時に結構考えさせるところもあったりする・・・、が、どちらかというと娯楽性が強い作品で、深く掘り下げる小説は期待しない方がよいかもしれない。

この二作品の間に「半身」という作品があるらしいけれど、残念ながら訳本は出ていないようだ。

しかし驚いたのは、スペインにおける麻薬の常在性だ。法的にはどうだか知らないが、麻薬常習者そのものは物語の中では犯罪者とみなされず逮捕されたりすることがない。

マドリードにも麻薬常習者や犯罪者のスラム街があり、その近くではエイズなどの病気に感染するのを防ぐために麻薬常習者に無料で新品の注射針を配ったり、更生させるために禁断症状を緩和するためのメタドンを無料で配ったりする団体が活動していたりと、スペインといえば、闘牛とかピカソ、観光といった面しか知らない僕には考えにくい現実があるようだ。パハーレス自身も注射針を配るメタバスに乗り込んで3ヶ月も情報収集をしたそうだから、描かれている内容は絵空事ではないのだ。

以前に読んだジョン・アービングの「未亡人の一年」でもオランダの売春街が克明に描かれていて、その実情にかなり驚いたが、表と裏、日本にも僕の知らない面は多々あるのだろうと想像するしかない。

パハーレスが影響を受けた作家は、ポール・オースター、その他(僕は知らない作家ばかり)のアメリカの作家だそうで、最近は村上春樹や吉本ばななも読んでいるそうだから、そういう作家が好きな人にはお勧めかと思う。

これ以外にも、「石の花―ロシア・ウラル地方に伝わるおはなし/パーヴェル バジョフ (著)」と、「エルメス/竹宮恵子(著)」、これは家内が借りた本を又借りで読んだもの、それから「古往今来/司馬遼太郎(著)」を読んだ。

エルメスはあのエルメスの歴史を漫画で描いたものだが、驚くのはエルメス本社から漫画で社史を描いてほしいと依頼があったのだそうだ。ルーブルでも荒木飛呂彦の企画展があったとか聞くし、フランスでは漫画の評価はかなり高いのだね。

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時間がない

先々週から更新していないのは、最近は帰宅が9時をすぎることが多くて、精神的にも時間的にも余裕がないから。

とはいいつつ、先週の土曜日は、たかけんさんの住むという伊勢まで家内と日帰り旅行に行ってきた。といっても伊勢にいたのは神宮のあたりに2時間だけだけど、いや、あの木々には圧倒されますね。ああいうところに住んでいたら、何だか神代に近い世界にいるような気になるんじゃないかと思いました。

その時の写真もまだデジカメから取り出さずほったらかしです。

定年になってゆとりを持って生活しようなんて思っているのに、これではいけませんねぇ。

しかしながら、この時期は休みが少なくて土曜出勤が当分続きますので、更新も滞ると思います。

Gigも土曜しかないから出かけることもできませんが、1月に行った加古川の「スカーレットの小鳥」以外に、近場の大久保駅近くにある歯医者さんの二階にある青空堂、それからちょっと山のほうになるけれど、同じ西区の押部谷にあるSwing Ville、それ以外にもジャズかロックかわからないけどいくつかあるみたいだから、土曜が休みになる5月から再開するでしょう、多分。

Baby_2

FBからの画像。うしろで鍵盤に乗ってるネズミは、からだが小さいからきっと鍵盤の上を走り回って伴奏してるに違いありません。

二人だけでのりのりで
しょうがないなぁ、もう
伴奏する身にもなってほしいよね
やれやれ

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2013/02/11

浅間山荘の遠い夏

図書館で借りたパハーレスの「キャンバス」が結構面白かったので、それより面白いという評判らしい「螺旋」を借りようと思って目に入った本が、アニカ・トールの「私の中の遠い夏」(菱木晃子翻訳)だった。

Annika

タイトルがなんとも思わせぶりな上に、以前読んだカズオ・イシグロの「女たちの遠い夏」を連想させたこと、そして作家がスウェーデン人女性というところに興味をもったので借りてみた。

1970年代の若者であった主人公マーリエが、30年後に過去を振り返る、というような表紙裏にあった紹介から、自分の世代に近い話らしいということも興味をもったきっかけである。

1950年生まれという著者と同年代の女性が主人公、適齢期に結婚し子供が二人、その二人ももう独立して50代半ばになったところで、過去に愛した人の死を知って、心が現在と過去の間を揺れ動くという、いってみれば恋愛の追憶がベースになっているが、同時に1970年前後の若者の理想とした社会像と現在の現実社会との乖離というものも見え隠れする。

だから読む世代によって随分と捉え方も違ってくるようである。恋愛小説として読むなら、これといって山も谷もなく、何となく読んで終わってしまうかも知れないが、この主人公の年代に近い人ならば、それだけではない読み方もできるだろうと思う。

ぐだぐだと僕が書いても仕方がないので、著者のあとがきを引用したい。

今日、マーリエや私の世代は年金生活に入る時期にさしかかっています。社会の中で成功を収めたこの世代の多くの人たちが、自分の理想を裏切ったと感じることはままあることです。意識しての裏切りではないかもしれませんが、いずれにしても、ひとつの挫折にはちがいありません。
 (日本語版に寄せて、2011年)

1976年代半ば、若者同士で共同生活をしていた中で共有していたはずの理想的社会像、思想というものと、それが意味をなさない現在を、自分の恋とからめながら行ったり来たりする、そしてどちらもどうしたらよいのかわからない、わからないままに折り合いをつけて生きていくしかない、というのが著者の意図ではないかと思える。

ただ、思想的な面はそれほど表だって出てくるわけではなく、過去の恋人の死から、封印したはずの過去を引きずりだされた心の動揺が主たる話のテーマになっている。

だから若い人が読むと、うじうじと過去を引きずった恋愛小説のような、人生を扱った小説のような、しかし老人になる直前の中途半端に過去を引きずった女性の、これから一体どうするという決意のようなものもない、曖昧な話としか映らないかもしれない。

といって、僕にとってそうした過去の思想的な面が浮き出されているかといえば、僕はその世代から少し後になるからか、あくまで傍観者的な見方しかできない。

1950年生まれというと、日本でいえば学生運動盛んな頃でもまだ高校生であり、東大紛争の煽りを受けて東大入試が中止になった世代のはずだ。だから、いわゆる学生運動のまっただ中の世代の尻尾のあたりではないか。

スウェーデンではどうだったのかわからないが、1976年というのが小説の過去の舞台であれば、すでにそうした運動は社会からは見放されてしまっていた時代ではないかと思える点に少々疑問が残った。

偶然ながら、昨日、娘がつけっぱなしにしていったCATVのチャンネルをガチャガチャと回し、とはいわないが、適当に変えていたら、浅間山荘事件を題材とした映画をやっていた。僕がみたのは機動隊が突入する数日前からの終わりのあたりだけだったが、これが1972年のことだというから、1976年はやはりこの世代も資本主義に組み込まれてしまった後ではないかと思える。

まぁ、そんなことはあまり小説のテーマの上では重要ではないが、浅間山荘の映画で最後の場面で、リンチ殺人により同士を殺してしきた自分たちも「落とし前だけはつける」という一人のメンバーに対し、一番若いメンバーが叫ぶシーンが強烈である。

 この映画の中では、あさま山荘への警官隊の突入が目前に迫った時点で、追い詰められたメンバーが、「落とし前をつけよう」と発言する。(その意図は、最後まで戦って自決しよう、というようなことだろうか。) それに対して、一番年少のメンバー(加藤倫教?)が、とうとうブチ切れる「いまさら、どうやって落とし前をつけるんだ。落とし前なんかつけようがない。おれたちは、みんな勇気がなかったんだ。ただ勇気がなかっただけなんだ」そして号泣。誰も反論できない、というシーンがある。
 (NEGATIVE.Dから引用)

毎度のことながら、まとまりのない話になってしまったが、今の若者はこうした理想主義とか思想よりも目先の生活をなんとかしなければ、満足に生活もできない将来をかかえているといえるだろうし、そうした時代を作って今もそれを進めているのが、この小説の1950年前後に生まれた世代ではないかというのも、非常に皮肉というか、それが著者のいう若い頃の理想に対する裏切りであり、さらにはこれからの世代に対しての背信でもあるだろう。そういう自分もその世代に含まれるわけだが。

やれやれ、めっちゃ暗い話になってしまった上に、書こうと思っていたことが何だかわけわからなくなってしまった。まぁ、素人のブログですから仕方がありません。

小説の中では、Keith JarrettのKoln Concertがちょっとした役割を果たしているのと、情景描写に数年前に見たハンマースホイの絵画が引用されているのが、ちょっと嬉しかった。

そういえば、先週もKoln Concertの話をだしたっけ。

ここまで読んでくれた人、ありがとう。

この本は僕より若い人には特に勧めません。1950年前後の生まれの人で過去を思い出したい人はそのきっかけにはなるかもしれませんが、前向きに生きたいという人には軟弱で暗い話としか見えないかもしれません。

まぁ、それなりに面白かったので読んで損したとは思いませんが、一番感じたのは、1970年代の過去も21世紀の現在も、スウェーデンは日本よりもはるかに豊かな暮らしのできる社会なのだなぁ、ということでした。日本の社会って本当にあくせくとした効率の悪い、ゆとりのない社会だと思います。そして現在、政府も産業界もそれをまだまだ推し進めようとしているようにしか見えません、というのが結論かな。

でも一方で、まだしつこく続けると、世界的にみて様々な面、とくに文化的な面で考えると、スウェーデンの及ぼす影響ってほとんど見当たりませんが、日本の文化は世界中に広まっているのはちょっと不思議な感じがすると同時に、誇りに思って良いともいえます。

何だか、「第三の男」の最後の台詞を思い出しました。実はこの映画はまともに見たことはないです。

ボルジア家の圧政時代には、陰謀やテロが横行した。だが、そのなかで多くの芸術家が誕生した。
スイスは愛の国だが、500年間の民主主義と平和は何を生んだんだ?
――鳩時計が精一杯だ
 (「伝える力【話す・書く】研究所」から引用)

イタリア・ルネサンス文化が圧政下で誕生したという話は、塩野七生だったら大いに反論しそうな気はしますけどね。

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2013/02/04

キャンバス/サンティアーゴ・パハーレス

「キャンバス」というタイトルだけ見て借りた本。

キャンバス:サンティアーゴ・パハーレス(著)、木村榮一(翻訳)

Canvass なかなかと面白かった。少なくとも帰りの電車の中で眠ることもなく読み続けた本というのは最近はなかった。ただ、面白い本というのと、素晴らしい本というのはちょっと違うかと思った。

天才画家とその息子、その二人をとりまく登場人物たちの人間模様、そして画家の歴史的名画をめぐるミステリーが、スペインの街とプラド美術館を舞台に繰り広げられるが、同時に天才の苦悩、天才と秀才の違いとは、そして美術館に絵画を見に来る観客の様々なあり方などの人物像が描かれる。

とはいえ、登場人物の描写は今一つ紋切り型だったり、総花的にちりばめる以上には掘り下げがなかったり、どんでん返しが何度もあるとはいえそれほどの意外性があるともいえなかったりする。僕はミステリー愛好家ではないけれど、ミステリーとしても文学としても、もう一つといえるかもしれない。

Canvasr_2 そういう面では、同じ絵画を扱った原田マハの「楽園のカンヴァス」と似ている。似ているのは、ミステリーとして中途半端なところとか、同じく絵画を扱っているとか、タイトルが似ているとか、色々とある。僕の感想としては「キャンバス」の方が小説としては少し上かと思うが、それは小説家としての原田マハ氏と翻訳家としての木村榮一氏の文章力の差もあるかもしれない。

物語の道具立てとしてはさすがに元キュレーターとして世界を舞台に活動した原田氏に軍配が上がるが、人間描写ではパハーレス氏の方が彩りがあるかと思う。

しかしそれ以上に気になったのは、絵画そのものについての共通性だ。

「キャンバス」の発表が原書は2009年、翻訳本が2011年12月、「楽園のカンヴァス」は2012年1月という時系列から考えると、「キャンバス」の原書の筋立てを知った原田氏がそれに着想を得た可能性がないとはいえない。

ただし決して真似しているとかそういうことではない。大体が「キャンバス」では架空の存命中の画家の絵をめぐる話に対し、「楽園のカンヴァス」では実在だが過去の画家の絵をめぐる話だし、ストーリーの中でのそれぞれの絵画の役割、周囲の人間模様も全然違う。ただ絵については共通性があると僕は思っている。

まぁ、この二つの小説を読んで共通性があるとか何とか七面倒臭いことをいうのは僕くらいなもので、それは、Keith Jarrettの弾いている「My Back Pages」と「Koln Concert PartIIc」に共通性があるというよりも無理があるかもしれない。

その昔、NiftyServeのジャズフォーラムで、ケルンコンサートの最終曲(PartIIc)はBob Dylan作曲のMy Back Pagesからヒントを得て作ったに違いないと書いたら、それは違うと強く反論されたことがある。確かに共通項はAm-Em-Fというコードつながりと「ドシラソ」という最初のメロディーの音列だけなんだけどね。この二曲を聴き比べて、どう思いますか?

しかしKoln Concertはジャズ史上に残る素晴らしい演奏だ。

ところで、Canvasの日本語表記は困ったものだ。仕事関連の材料業界ではキャンバスと書くのが一般的だが、美術界、つまり美術館や美術書ではカンヴァス、あるいはカンバスと書いてあることが多いように思う。一方でキャンヴァスというはほとんどみない。

感覚的にはキャンバスは材料そのものの感じがするが、カンヴァスと書くとちょっとお高く止まったスノッブな感じがするのは僕だけかもしれない。でもAmerican EnglishとQueen's Englishの発音違いという点でもそれは当たらずとも遠からず、かな?

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2013/02/02

'15' by Vincent Houdijk & his VinnieVibes

先週の土曜は凍える中を犬の散歩に行ったし、翌日は一瞬だが冬の嵐に襲われたが、今週は春のような陽気だ。まったく目の回るような天気だが、またそのうちに寒くなったりするのだろう。

さて、初めて音楽をダウンロードで購入した。

Vinnievibess 以前にもここで紹介したことのある、オランダのVincent Houdijk & his VinnieVibesのアルバムだ。

Vincent君はFBフレンドのジャズヴィブラフォン奏者でクラシックの打楽器奏者でもある。

以前からFBに投稿されていた音源(SoundCloud)やYouTube画像をみて気に入っていたのでコメントを交わしたことがある。その時にもうすぐアルバムが出るからということだったが、やっと発売されたので早速購入した。

僕はダウンロードよりはCDの方がいいのだが、まだアマゾンなどで買えるほどメジャーではなく日本ではCDが手に入らないので、しかたがなくダウンロードで購入することにしたのだ。

FBに購入したことを投稿したら早速、Vincent君からお礼のコメントをもらった、というか反応があるかと思って投稿したんだけれど、すぐにコメントが来たので嬉しかった。こういうところはFBというかネットのよいところではあるし、FBフレンドになっていなければ知ることもなかったわけだ。FBを通じて知り合ってアルバムを購入したのは、ブラジルのNanny Assis氏に続いて二人目だ。

内容はやはりヨーロッパのジャズだなぁ、というところだ。1970年代にECMを中心としてヨーロッパのジャズが随分と日本にも紹介されたけれど、その頃の感覚を思い出した。言い方によってはその頃とあまり変わらないといえるかもしれないが、どの曲も完成度は高く、7曲のアルバムで€10というのは安い。

購入したBandcampというサイトはミュージシャン支援サイトらしく、購入の際、「Name your price、€10 or more」というメッセージが出たので、わずかばかりだけれど上乗せして購入した。こういうサイトがあるのはよいね。おまけに何曲かはフルサイズで試聴できる。

ところで、ダウンロードしたmp3音源をCDにできるのかなと検索してみたら、なんのことはない、Windowsのメディアプレイヤーにその機能がついてたんだ、知らなかった。

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