« 第二十回 華麗なるマリンバの響き | トップページ | Peel Me A Grape »

2013/08/24

アメリカ食事事情

この歳になると、あちこち身体にほころびができてきて、定期的な医者通いが必要になる。

今日はちょっと離れた医者なので車でいったのだが、一人で運転するときはNHK第二ラジオを聞いていることが多い。とにかく英会話の番組が多いが、今日はアメリカ(他の国もそうかもしれないが)では、レストランで食事の写真を撮るというのはあまり歓迎されないというトピックがあったので、ネットで検索していたら、こんなのが出てきた。

うぇっぷ、となりながらも最後まで見てしまったが、反動的なのかどうか、菜食主義者も逆に日本より多いんではないだろうか。僕の人生の中では、何人かのヴェジタリアンのアメリカ人に会ったが、日本人では会ったことがない・・・といっても、まぁ、日本ではそうした人と一緒に食事する機会がなかっただけかもしれないし、和食が健康志向にあっているからかもしれない。

Fl000003 僕が最初にアメリカにいったのは1987年だが、当時はまだ和食は一般的とはいいがたかったし、高いし、今ほど健康志向が強くなかったから、普通のレストランではとにかく量が多くて大味だった。

写真は、ちょうど成田から出発するとき、入れ替わりにライオネル・リッチーが来日してすれ違った時のもので、別にファンではないが、周囲が騒いでいたので撮っただけだ。ちょうどこっちを見ているのが彼女だったと思う・・・みんながそういってたから。

今ではアメリカ事情もいろんな情報が簡単に入るので、決して大味なレストランばかりではないということも知られているだろうが、当時はアメリカといえば、大量、大味、というのが日本では通説だったし、実際、僕の印象もその通りだった。

Fl000019 一番、鮮明に覚えているのは、シカゴでの見本市会場にあった臨時レストランでランチを食べた時、サンドウィッチとメニューにはあったと思うのだが、出てきたのが、スライスしたローストビーフをガバっとはさんだバンズ(英語ではbun、単数)がでてきたことだ。野菜はなし。何もなし、大量のローストビーフのみ。

とっても食べられたものではなかったが、アメリカ人はごく当たり前のように食べていた。

もう一つは、ホテルの近所のマクドナルドで朝食をとっていたとき、高さが20cm以上はあろうかというコーラのカップを若い女性が買っていったことだった。これも今では知られたことだけれど、アメリカのsmallが日本でいえばMくらいだったかな。

Mccormick そんなこんなだったが、1994年だったか、シカゴで代理店の方が連れて行ってくれたフランス料理店は素晴らしかった。

Chlounge1 まず建物が財閥のマコーミック家のマンションだったもので、普通のレストランと違って、屋敷に入ると、いくつかの部屋に分かれてレストランがある。その時、アメリカでは予約をしていない場合や混んでいる場合は、しばらく待合室のようなバーでお酒を飲んで談笑したりして待ち時間を過ごすということも初めて知った。

Ch_thumb_edwardian_bus_socwedtg_c_2 このレストランでは味もよかったが、量もそれほどの量ではなくて、日本人でも存分に楽しめるものだった。といっても、代理店の方が日本人向けにメニューを選んでくれたとも言えるのだが。

McCormick mansion, french restaurant, chicagoで検索してみたら、どうやらChez Paulというレストランだったらしい。Wikipediaに出ているくらいだからかなり高級なレストランだったんだ。それでも確か、当時のレートで5000円程度だったと思うから、日本の高級フランス料理店よりは、はるかに安い・・・、と思う・・・なんせ、日本で高級フランス料理店にはいったことがないので当てにならないが。文面からすると、残念ながらどうもその後閉店したようだ。

画像はいずれもネットから拾ってきたものだが、確かにこんな雰囲気で、食事をしたのは3枚目の写真の部屋だったと思う。今は Lawry's the Prime Ribというレストランになっている。ちなみに英語で高級レストランは fancy restaurantという。日本語でいうファンシーとはイメージがかなり違う。

Fl010022左の写真はそのときのものではなくて、1990年にシカゴで泊まったハイアットのラウンジでの夜の風景。わかりにくいが中央左で、シカゴ交響楽団のメンバーによる小さなオーケストラがポップナンバーを演奏していた。会社の経費でずいぶんと贅沢が出来た時代だった。

それ以来、アメリカでも探せば素敵なレストランはいくらでもあるのだと思うようになったとともに、その後、やはりアメリカ人にはアメリカ人の味、日本人には日本人の味があるということも知った。

それは、逆にアメリカの仕入先から来日した二人のアメリカ人と、池袋にあるイタリアンレストランに入った時、僕はまぁ、普通よりはよい味だと思ったのだけれど、彼らは「このイタリアンはあまりおいしくないね」とこそこそといっていたのが聞こえたということがあったからだ。恐らくはそのイタリアンは日本人向けに味付けしてあったのだろうと思う。

このお客様の一人は何度も来日しているが、日本ではあまり洋食は食べようとは思わなかったらしい。もちろん、地元の食事を楽しみたいという気持ちもあっただろうが、日本の洋食が口にあわないということもあったのではなかろうか。

てなことを書いているけれど、家内にいわせれば、僕なんかはどちらかといえば味音痴で料理のしがいのない人間だというから、まぁ、いい加減な話ではあります。

そうそう、そのアメリカ人から、デザートで巨峰が出た時に「日本ではブドウの皮を剥くのか?」と聞かれたので、アメリカでは皮も一緒に食べてしまうのかと驚いたことがある。しかしその後、僕の持っているAnita O'dayのLPには"Peel Me a Grape"という歌があるのを思い出して、変な話だと思っていたが、最近は日本でも皮ごと食べるブドウが販売されるようになったことから、ひょっとすると彼はそういうブドウしか食べなかったのかもしれない。

最後は結局、音楽ネタになってしまった。このYouTubeの音源が僕の持っているLPで、Cal Tjaderがヴィブラフォンを弾いている。

|

« 第二十回 華麗なるマリンバの響き | トップページ | Peel Me A Grape »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アメリカ食事事情:

« 第二十回 華麗なるマリンバの響き | トップページ | Peel Me A Grape »