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2014/05/25

模様替えから、藤田嗣治

PCまわりの模様替えをした。

Img_3950 PCのある部屋は義父が生前に使っていた畳の部屋で、PCはちゃぶ台のようなテーブルに載せて、畳に座って使っている。

しかし、これでは姿勢も悪くなるし、足も痛くなるし、目にも悪い。

ということで、横にある棚の上段を捨てて下段をPCデスクにすることにした。

Img_3952 そんなことで、片付けをしていたら図書館の貸出メモが出てきて、それからすると塩野七生の「サイレントマイノリティ」を読んだらしいが、記憶にない。

Amazonの書評をみても思い出せないが、次の言葉があった。 ジャーナリスト、ロンガネージの言葉(らしい)。

「一人の馬鹿は、一人の馬鹿である。二人の馬鹿は、二人の馬鹿である。一万人の馬鹿は、"歴史的な力"である」

次は塩野七生の言葉(らしい)。

「私も、悪人であっても能力のある者に支配されるのならば我慢もするが、善人であっても、アホに支配されるのは、考えるだけでも肌にあわが立つ」

これは、意味合いはずいぶんと違うが、Facebookで引用した伊丹万作の騙された話に通じるものだあるかと思う。

 「いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。  そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」

原文を読むと、これは戦後の「映画会の戦争責任者を追放せよ」、という自由映画人連盟の主張に自分の名前が連ねられていること対する意見書のようだが、各界で同じような動きはあったのはよく知られている。

有名なのは、美術界における藤田嗣治で、戦争画を多く描いたことの責任を一身に受けて(かどうか知らないが)日本を離れてパリに移住した。

責任問題については、伊丹万作の文が「透徹した意見(雁屋哲)」といえるだろうが、絵画そのものについては今世紀に入ってからか、絵画史や歴史の観点から戦争画が見直されているらしく、そのためだったか、2006年に京都でみた藤田嗣治展には何点かの戦争画が展示されていた。

Hujita 21世紀の目から見ると、どう見ても戦意高揚とか国威発揚は読み取れず、むしろ戦争の悲惨さを描いて余すところがないように見えた。実は藤田嗣治は戦争画を描きつつも反戦意識を持っていたのではないかとさえ思えたものだ。

しかし藤田嗣治展を特集した当時のETV日曜美術館での解説によれば、それはやはり当時の戦意高揚、撃ちてし止まん、のための絵であり、当時の人々はこの絵を見て、最後まで戦いぬく決心を新たにしたようであるし、藤田もその目的で描いたようである。現在の視点から当時を考えてはいけないという典型だろう。(絵画写真は同サイトから)

究極の戦争画 藤田嗣治

司馬遼太郎は、「一時代が過ぎればもう以前のことはわからなくなる」というようなことを何度か書いていたと思うが、事程左様に同じ絵でも時代が変われば見る目も変わってしまうものだ。

昨今、憲法解釈や再軍備の議論がかまびすしい。僕は基本的には再軍備には反対だが、集団的自衛権の問題は正直、答えが出ない。

これまでの解釈でも、攻撃されたら自衛はできることになっているようだが、積極的な集団的自衛権は行使できないことになっているようだ。僕はあまり理解できていないから間違いがあるかもしれないが。

一方で、海外の危険地帯で活動するNPOや医師などの人々による、「これまでの憲法解釈により、テロリスト等は日本は海外で軍事行動を起こさないことを知っているから、彼らが日本人に手を出すことはなく安全だったのであって、集団自衛権を認めればもはや安全ではなくなる」という話は説得力がある。

これらについては、FBでリンクした坂本龍一の意見がもっともだと思うが、だからといってそれができる国ならば苦労はない。

「・・・そりゃ平野くんが言うとおり、ただ何もせずに平和だけを叫んでも意味ないですよ。撃たれたら死ぬわけだから。

でもね、戦争が起きるとしたら、それは<攻められる状況をつくってしまった>という外交の<失敗>の<結果>なんですよ。 例えば平野くんは、ちゃんと 「なぜ中国が攻めて来るか」っていう背景と理由について考えてみた? その背景と理由をなくせば攻めて来ないから、そここそをみんなで真剣に解消しようと努力したほうがいいとボクは思うワケ。」

集団的自衛権、積極的平和外交が国是となれば、自衛隊に入隊する若者が減るという論議もある。もっともである。

FBには何度か書いたが、我が家の長男は自衛隊員だが、決して国を守ろうとか崇高な志で入隊したのではなく、色々と就職活動してきたがどれもうまくいかなかったところで、友人が自衛隊にいて話を聞くと、自分でもなんとかなりそうだということで入隊したのだ。他の自衛官はどうかと彼に聞いたことがあるが、ほとんどは五十歩百歩だそうである。数ある職業でこれならなんとか、ということで入隊した人が多いのだそうで、むしろ災害救助などで人の役にたてるというような意識が強いらしい。決して戦って国を守ろうという志があったわけではないようだ。

ということで、この国の方向はどうなるのか分からないが、問題は、僕らのような年代が選挙で意思表示をする以上に、大多数の若者がしなければならないのに選挙権を行使しようとしないことであろう。その結果がどういう方向になろうと、多くの若者が選んだのであれば、それが彼ら自身による将来の選択なわけだが、選挙に行かなければ、また騙されたのなんのという話になるのではないか。結局は自分たちに振りかかってくるのだから考えてもらいたいものである。

ということで、冒頭の塩野七生と伊丹万作の話に戻ることになる。以前にも書いたが、つくづく僕の世代はよい時代を生きてきたと思う一方で、若い人たちは大変だと同情せざるを得ない。

と、たまには音楽以外のネタをと思ったものの、毎度のことながらまとまりのないことになってしまった。

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