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2015/01/17

震災20年

阪神淡路大震災から20年です。

20年といっても、僕は何を語るというほどのものは持っていません。

ライフラインが途絶して1ヶ月以上の不便な暮らしが続いたり、神戸市中央区にあった実家まで渋滞路を何度も往復したり、両親がしばらく我が家に非難していたり、王子公園近くの会社の同僚に差し入れを持って行ったり、吹田の義父名義の団地に一ヶ月ほど単身で住んで通勤したりということはありましたが、被害にあった方々の暮らしとは比べようがありません。

村上春樹の「神の子たちはみな踊る」を読んだ時、実はそれほど震災との関連が感じられなかったのですが、同時に故郷から離れて戻ることはないがいつまでも心の奥底にあって、遠くから思いを馳せていることが感じられ、それは見方によっては同じ神戸市民でありながら、ほとんど被害を受けずに第三者的な立場でしかいられなかった自分の罪悪感のようなものと通じるように思ったのでした。

さて、過去ログをみると毎年、同じようなことばかりを書いていて恥ずかしい限りなのですが、これも以前にも書いたことながら、長時間の不便な通勤をしていたときにカセットで聴いていたのが、Gary Burton & Rebecca Parisのアルバムでした。YouTubeにアルバムタイトル曲があったので、これをもって20年の祈りとしたいと思います。

Tomorrow, we never believe there's tomorrow:
a new day, a new way to live without sorrow.
Take my hand and I will show you how;
understand that we can change the world right now.

'Cause it's another day and it's time to wake up
and find the power we have inside.
There's another way to outshine the past
and to live together side by side.

合掌

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コメント

こんにちは。20年が経ちましたね。私も激震地ではなかったので、takiさん同様、

>同じ神戸市民でありながら、ほとんど被害を受けずに第三者的な立場でしかいられなかった自分の罪悪感のようなものと通じるように思ったのでした。

という思いを抱いています。個人的にも職業的にも。

 あの震災を経験した方は、人それぞれ何がしかのトラウマと悔恨の思いを残し、日々を生きているのだと思います。それに軽重などないと思うのです。takiさんもまさしくそのお一人なんだと勝手ながらこの文章を読んで思いました。

 とにかく生き残ったものは亡くなられた方に恥ずかしくない人生を歩まなければ、と思っています。

 生意気なことを書いてしまいました。合掌。

投稿: ゆうけい | 2015/01/17 20:30

ゆうけいさん、コメントをありがとうございます。

私は身内のことばかりで、本当に何もしなかったしできませんでしたから、ゆうけいさんには比ぶべくもありません。

この歳になると20年もあっという間のように思えますが、当時はまだ小学生だった長男が自衛官になり、2009年の佐用町水害と2011年の東日本大震災の救援活動に参加しました。やはり長い年月ですね。

おっしゃる通り、残ったものとして恥ずかしくないようにしていきたいと思います。

投稿: taki | 2015/01/17 23:34

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