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2016/12/29

イタリア旅行記-13 ポンペイ-2

ポンペイ遺跡-2。

Map2

カメオショールームDonadio(地図左下マーク)から、Teatro Grande(地図右下線)を経由しForo di Pompei(地図中央下線)手前まで歩いたのが、前回で、今回はそのForo di Pompeiの様子。フォーラム・アット・ポンペイと地図にあるから要するに広場だ。

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広場に入った所。なかなかと体格のよい金髪女性を見るとアメリカ人かと思ってしまうが、何処の方かは知らない。ぼくの何倍もありそうだけど、なんかキュートですね(^_^)。

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広場には当然ながら期間限定のブロンズ展示。真ん中の女性はなんか中近東風なパンツ姿。

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古代遺跡に巨大ブロンズ、各国観光客という構図はなかなかとシュールだ。若い娘たちの短パン姿がまぶしい・・・正直いうと結構女性を意識して写してます。

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ブロンズの背後に静かにベズビオ山を望む。

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ベスビオ山はポンペイから10km程度だそうだ。こうしてみるとそれほど近くはないようにも見えるが非常に大規模な噴火だったということと、ポンペイとの間は何もない平野なので火砕流はあっという間に市街地を襲ったということだ、というのは「ポンペイの壁画展」で上映されていた再現ビデオで見た見聞きかじり。

ポンペイ展での火山活動ビデオは見つからなかったけど、街の様子を再現したアニメがYouTubeあった。これに似た映像も上映されていたような気もするけど、こちらの記事によるとポンペイではなくてエルコラーノ側からみたシミュレーション映像だったらしいから違うみたいだ。ポンペイは火砕流の前の有毒ガスと火山灰でほぼ滅んだらしいから、この映像のようだったのだろう。後半に山頂から左へ流れ落ちていく煙がエルコラーノへの火砕流ではないかと思う。

一夜にして滅んだといってもこの映像のようにある程度時間があったので、Wikiによれば相当数が避難したようだ。

市民の多くが火砕流発生前にローマなどに逃げたが、これら一連の災害により、地震の前には2万人程度いたポンペイ市民の内、何らかの理由で街に留まった者の中から逃げ遅れた者約2千人が犠牲になった。(Wikipedia引用)

ついでながら、映画「ポンペイ」(2014年公開)の噴火シーン(映像は埋め込んでないのでリンク先で見てください)もあって大規模津波が襲うことになっているが、ポンペイ展の展示解説にはそのようなことは書いてなかったし、こちらにあるように大規模な津波が襲っていたらこれほどの遺跡が残るわけはないだろう。映画はあくまでフィクションということはわかるものの、おそらくは東日本大震災を受けての史実とは異なる演出をこんな形でされるのは気分のいいものではない。

BBCの番組もあってこちらはかなり正確なのではないかと思うけど、40分以上もあるのでところどころしか見ていない。

閑話休題。

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静かなるマグリットの世界・・・古代から現代に至る悠久の時の流れに自然の雄大な力を思う・・・などと瞑想に耽ったようなことを今更ながらに書いてみる。

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その実、観光客がうじゃうじゃでごじゃりまする。

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なんだか分からないけど演台のようなものがある。
 公式サイトのガイドによると、アウグストゥスの守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)

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こんな風景の中でじっくりと古代を味わいたい気分・・・、というのも今になって思うことで、とにかく次から次へと歩いて行くし観光客も多いし、そんなゆとりはなかったな~。

-イタリア旅行記-14へ続く-

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