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2019/08/25

琳派イメージ展

暑い夏、お盆も過ぎて8月もあと残すところわずか。

ということとはまったく関係ないけど、2015.10.19に書いた記事が下書きで残っていたので、今更ながらアップです。だから季節がずれてますが、当時は定年過ぎたとはいえ、まだフルタイムで働いていたころかな?

今はこんなに面倒くさいこと、考えなくなったな~(^_^;)。それにここで書いている見本市も行かなくなった。なんせ家内と2人で行くと交通費だけで7000円以上かかるんでねぇ。

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<2015年10月の話>

この土曜日、画材業界の見本市が京都勧業館であった。

毎年家内も一緒に行くのが恒例で、まぁ、今年も顔だししとかないといかんかなぁ、ということで行ってきたが、ちょうどチケットをもらっていた「琳派イメージ展(京都国立近代美術館)」がすぐ近くで開催中なので、そちらメインで行ってきた。

業界の方は先細りで年々規模が小さくなっているようだし、出展内容もまったくといっていいほど代わり映えがしない。

画材というのも特に大きく目新しい物が必要とされていないといっていいかもしれない。周辺商品(といってなにかという説明は面倒なので省く)では新しい物が出たりはするのだが、そうはいっても画期的にどうこうというより従来の延長線上のものばかりだ。とにかくCGを含めて表現手段が多様化して、描画材料というのがその一部でしかなくなって久しいといえるだろう。

だから製品開発に携わる身としては目新しいものがない見本市にいっても、ほとんど得ることがないというのが実感で、まぁ、今年もその通りだったので、さっさと切り上げて美術館に向かった。

家内は以前に別の琳派展に友人と行ってよかったということで、多少は期待していたのだが、結果としては「琳派イメージ」とはよくつけたなぁ、というか、「画像はあくまでイメージです」っていうやつだ。(^_^;)

作品は明治から現在に至る作品を並べているのだが、これといった目玉になるような作品が見当たらない。琳派の流れがそれなりにわかるのかというと、そういう展示でもなくてとりあえず集められた作品を並べましたみたいな?

その中では明治、大正、昭和初期と時代が古いほどよい作品が多かった(というほどの数はないのだが)。年月に耐えて残ってきた作品の持つ力のようなものがあるのだろう。

また、制作年代をみて、その時代との関係で見てみるというのも、時代が近いだけに想像しやすいところはあるといえる。なんとなくだが、第二次大戦までと終戦後、そして現代という括りで考えていた。

明治は開国によって一気に西洋絵画技法が入ってきたことによる大きな変化があったと思う。そうした技法を取り入れた作品は、なにか新しい方向を目指そうという意気込みがありそうに見える。

明治から大正、昭和初期は、明治から続く海外出兵、いってみれば侵略戦争時代、取った取られた、出征した、戦死した、というのがごく日常的に語られた時代で、そんな影響も見えないことはない作品もある。こういう見方はしたことがないのだが、これは先の安保関連法案騒ぎと、牛歩で読んでいるKindle版無料「我輩は猫である/夏目漱石」の中の会話から見て取れたことが影響しているといえる。

また1943年の作品となると、すでにかなり国全体が困窮してきていたのではないかと思うが、その時代でも絵を描き続けるというのはどういうことだったのだろうかと想像してみた。相当な覚悟がいったのではなかろうか。

戦後になると、価値観が逆転して生活も苦しいが新しい時代が来るという将来への希望のようなもの、また戦後に台頭してくる現代美術の影響もあるだろう。ここにも明治初期と類似した新しいものへの探求があるような気がする、が、これは後付の理屈かもしれない。

現在の作品となると、琳派というのがもうほとんど素人目にはわからない現代美術だ。

そしてどういうわけか、池田満寿夫とマチスの版画がいくつか展示されていた。

池田満寿夫も昔は色んな所に出ては話題を振りまいていたけど、亡くなられてからはとんと噂を聞かない。作品はそれなりに生き残っているのだろうか。少なくとも今回の展示では他の作品に比べてもあまり目立った作品とも見えない。

一方で、マチスはもうこれはマチス大先生、相変わらず、ということだが、比較的小さな版画作品群なので、ポスターを見ているようなものである。

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ということでありました。もちろん、「吾輩は猫である」はとうに読了していますが、その後、何年かあとに読みだした「夜明け前/島崎藤村」(もちろんKindle無料版)は第二部の上の途中で止まったまま、一向に進んでない。

読書というとほとんどは図書館で借りたものになっていて、返却期限があるからなんとか読むんだけど、Kindleに入っているのはいつでも読めると思うとほったらかしだな(^_^;)。

画像はなにかないと淋しいかと思ってアップ。我が家から少し北に行ったあたりは田園風景の田舎だけど、これはそのあたりの風景。

昔ながらのラジオ電気店というのがいいですな。

それからとなりの自転車屋さんには昔懐かしの「宮田の自転車」というロゴの半分が見えている。Wikiによると紆余曲折の後に今は台湾の企業に売却されてMIYATAになってるみたい。

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2019/08/21

耳鳴りは気分?

久しぶりの更新、8月のお初だ。

若い頃から耳鳴りがあって、ただ意識しなければ気にならない程度だった。

それがよくある話(たぶん)で、年齢とともに悪化(というほどではないが)してきた気がしてた(気がしただけかい)。

下の写真はすべてズッキーニで、我が家では右上のはKISS、右下はUFOと呼んでいる。

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それでも意識しなければどうということはなかったんだけど、去年の秋に知人から無料チケットがあるのでとお誘いを受けた「ボーヒュスレーン・ビッグバンド(BBB)神戸公演」に行ったとき、なんだかドラムのシンバルがチリチリと鳴りっぱなしで気になるなぁ、と思ってたら、演奏が終わっても続いていて、あ、こりゃ耳鳴りだったんだと気がついた。

Bbb

ちなみにビッグバンドはあまり関心がなかったけど、このバンドは素晴らしかったし、日本人の共演者もよかった。というのは以前書いてたんだった。

で、それからも意識してないときには特に気にならなかったんだけど、今年に入ってからか春頃だったか、会社で仕事をして帰るとき(なんせ週休が多いもんで、毎日ではない)なんかの疲れ気味のときになると耳鳴りがきつくてしんどいと感じることが間々あるようになった。

それでも例えば楽器を弾いてるとか音楽を聴いているときにそれが気になるとか邪魔になるとか、音の聞こえが悪くなるというわけではない。

とはいえ気になるので、今日は以前にも行ったことのある駅前の耳鼻咽喉科を受診してきた。

その結果はといえば、耳鳴りは聴力低下が原因だが、僕の聴力は耳鳴りが起こるようなレベルではなく、年齢からみればよい方なのでそれで耳鳴りが起こるとは考えられないということだった。聴力検査の結果では125~8000Hzの範囲で右は正常、左は8000Hzで基準よりやや低めという結果だった(高周波数になると若干低下気味ではあるが)。

下の写真は今日の神戸市西区神出付近の風景。

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まぁ、そうだよな。自慢じゃないけど、それに何年か前のことだけど、駅のプラットホームで人が何かを落としたようなカサッとした音が聞こえたのでそちらを見たら、2~3m離れたところにいたお年寄りの足元に切符が落ちていたので知らせてあげたことがある。自分でもよく聞こえたなと驚いたけどね。

とはいえ、若い人でも耳鳴りがするという人もいるし、こういうのは生理的耳鳴りとかいうとかなんとか、要するに聴力低下によるものではない、ということは気分のもん?

ということで、一般的な耳鳴り用の薬をいただいて(買って)きた。気になってしんどいときは食後とか関係なく飲んでよいらしい。薬局では神経をなだめるので眠くなる場合があると注意されたけどね。

音楽がなにもないと淋しいので、最近よく聴いているイギリスの美人ギタリスト、Alexandra Whittinghamさん。Tatyanaさんのにこやかさと対象的な、クールな容姿と演奏がこれまたよいね。

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