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2020/05/11

Swing Era & Voyage脱稿、もどき

まだ原稿ができる前にメモで書いてた内容だけど、なんとか〆切までに初稿を書き上げて提出できたので、今さらの投稿になってしまった。

Voyage前号のジャズに対するスペイン等の影響、ダンスとのつながりなんかの続きを並べたり、ダンスによるリズムの違いなどを書きながら、最後にニューヨークのFive Pointsとタップへ行き着く、という筋書きで書こうとしてたんだけど、なかなかまとまらず、またダンスやリズムのことだけでも字数オーバーしてしまいそうで、その辺りでウダウダしてた。

ということで、面倒だ、一気にFive Pointsへ行ってしまえ、で、やっと初稿できあがり、でも2600字くらいでややオーバーだし、まだまだ修正が必要だけど。

結局、一番役に立ったのは「アメリカン・ミュージック再発見/中村とうよう/北沢図書出版」だった。

以下、今さらのメモと、ちょうどリットーミュージックが音楽雑誌4誌の1年分をフリーDL(5/31まで)という太っ腹なサービスしていた中に、なんと申し合わせたようにRhytum & Drums Magazineのブレイキー特集があったので、そこから引用したインタビューの言葉などなど。

Swingについて

Swing/Wikipedia(English)

Swing時代は1930~1940年代

The danceable swing style of big bands and bandleaders such as Benny Goodman was the dominant form of American popular music from 1935 to 1946, known as the swing era.

Roots:1920年代

Swing has its roots in 1920s dance music ensembles which began using new styles of written arrangements, incorporating rhythmic innovations pioneered by Louis Armstrong and Earl Hines.

Five PointsはまさにSex、Dance、Music、Violenceの吹き溜まり。Jazzという言葉はニューオリンズの売春宿と結びついた言葉だったという話があるが、NYでも同じように音楽と売春宿が結びつき、それにTap Dancingが深く関わってショー化していた。

Five Points Gang

Dance:チャールストン、フォックストロット、色々とあってSwing Eraの華形だったようだが、Jazzと一緒に発展したのは同じ即興性のあるTapで、Jazz Tapという言葉もある。

Tap: Swing, Jazz, Tap Dancing

Jazzがより複雑化してBebop、Coolと変化するにつれてTapは衰退するが、ジャズドラマーがTapを踊った-Roy Haynes、Joe Joensなど多数。

At Blakeyの言葉
Rhythm & Drums Magazine 2019年10月号/Rittor Music
インタビュー Modern Drummer 1984年9号(アメリカのドラム専門誌)
それともう1つ、これはいつも聞いて呆れるんだけれど、偉大なジャズ・ミュージシャンの多くが私達が黒人ということで、みんな私達をアフリカと結びつけようとするんだ。でも、私は”アメリカ”の黒人だよ。私達にはアフリカとなんの関係もない。私達の何人かはアフリカ出身かもしれないけれど、アイルランド人だっているわけで、私はいつも混乱させられるんだ。
(中略)
だから私は、今のジャズがなぜこんなに困難な状況にあるのか理解できない。しかもみんなは、黒人だからというところに理由を求めようとする。ジャズはアメリカの音楽で、肌の色なんかまったく関係ないんだ。

雑誌掲載の文をそのまま引用したけど、おかしなところがあるので、原文はないかと検索したらありましたね~(^o^)v。Modern Drummerのサイトに原文が公開されていたので、Voyageには原文を自分で訳して掲載しよう。字数も自由になるし。

Modern Drummer Sept. 1984

“And another thing that’s always goofed me up is that, since so many of the great jazz musicians are black, they try to connect us up to Africa, but I’m an American black man. We ain’t got no connection to Africa I imagine some of my people come from Africa, but there are some Irish people in there, too, so I’m all messed up. The idea of it is that I’m a human being and it don’t make no difference where I come from.  

それからもう一つ、いつも困るのは、偉大なジャズミュージシャンに黒人がとても多いからと、俺たちをアフリカと結びつけようとすることだ。でも俺はアメリカの黒人だ。俺たちにはアフリカとの結びきなんかない。アフリカから来たやつもいるだろうけど、アイルランド出身だっているし、だからすっかり混乱してしまう。自分は人間ということ、出身地で違うなんてことはないんだ。

Art Blakeyは、タカケンさんにいただいたコメントのおかげで原稿に含めることができたんだけど、今回も勝手ながらコメントをそのまま引用させていただいた。Voyage No.4のLa La Landの原稿のときもそのまま勝手に引用させていただいてます。今さらですが、ありがとうございましたー>タカケンさんm(_ _)m。

それからJazz Ageについてフィッツジェラルドの文も引用したけど、これも訳文は長いので使わずに自分で訳したほうがよさそうだ。

Echoes of Jazz Age:

The word jazz in its progress toward respectability has meant first sex, then dancing, then music.
「ジャズという言葉は社会的に立派な言葉として認められるようになったが、その過程において、最初はセックスを意味し、次いでダンス、その後、音楽を意味するようになったのである。」
ジャズエイジのこだま(1931)/フィッツジェラルド作品集3/F.S.Fitzgerald/訳:井上謙治

「ジャズという言葉は社会的な地位を認められるまでの過程において、最初はセックス、次いでダンス、そして音楽を意味するようになった。」(Echoes of Jazz Age/1931、拙訳)

それから以前にリンクしていたやたらとタイトルの長い1873年の文献は画面の下の方へスクロールしたらpdfでDLできた。

The dark side of New York life and its criminal classes : from Fifth Avenue down to the Five Points ; a complete narrative of the mysteries of New York, by Gustav Lening, 1873

少ししか読んでないけど、Dickensが訪れたAlmack(岩波文庫の注では低級なダンスホールとあった)のようなところは、Concert Saloon(P.371)とかDance House(P.386)と呼ばれたが、実態は "Dens of thieves and prostitutes" or "Hot-beds of corruption and infamy"とあるから、「盗人と売春婦の巣窟、あるいは腐敗と汚名の温床」というところだ。1873年の本だから間違いないだろう。

・写真
最近はVoyage記事のタイトルバックに写真を入れてるパターンなので、今回もなにか無いかと思ってたけど、そういえば90年前後から仕事でNYには何度もいってるし、Five PointsのあったというChina Townの写真もあったはずと探したら、ありました!

Five Pointsを通るMulberry Streetの標識が左端に写っている写真があって、ずっと以前にアップ(New York 1991/2007.1.28)もしていたのだった。

Fh030017_20200508120001

正面の通りがChina Townの真ん中を東西に通るCanal Streetで、それと交差するMulberry Streetを南(写真の右方)へ行くとMulberry Bendという通りがやや曲がるところがあって、それがかつてのFive Pointsの中心らしく、この写真の通りの向こう側(右方)がまさにFive Pointsの北端ということになる。

Five-points

上の地図で赤い星印が写真の場所、斜めに左右に伸びるのがCanal Street、それと交差するのがMulberry Streetで、それを下の方へ降りた赤丸がMulberry Bendだ。

当時はCanal Streetに商品を販売してくれているチェーン店の本店があって何度も行ったし、確かMulberry Streetを上がってLittle Italyを歩いたこともあるけど、Canal Streetより南だと一気に南端のBattery Parkには行ったことはあるが、Five Pointsに該当する辺りには入ってないと思う。

というところで、しかしアイルランドも行ったんだよな~、Irish Danceショーも見に行って写真もあるし~。そっちをタイトルバックにしたほうが見栄えもいいかも?

Img_2158s

これはダブリンで夜に行ったCeltic Nightsのショーだ。で、この写真に差し替えることにした。この方が内容にあってるしインパクトもあるしね。

そうそう、タイトルはFacebookでたまたまフレンドさんがシェアしていた、ダイアナ・クラールの歌う"Let's Face the Music and Dance"という曲の題名がぴったりでいいかと、拝借した。

ところが検索してみたら、なんとこれはタップの名手Fred AstairにGinger Rogersが主演した1936年映画"Follow the Fleet"の挿入歌で、Irving Berlin作曲だったので、まさにぴったりだったんだ(原稿にはそんな説明はいれないけど)。

 

ダイアナ・クラールはそれほど好きなわけではないけど、これはいいですね。

こちらは本家。

Let's face the musicというのは昔のステージでのイディオムらしい(解説はこちら)。

前回まではタイトルが決まったらわりとスラスラと書けたんだけど、残念ながら今回はそうはいかず、かなりウダウダしてしまった。

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