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2020/06/02

去年の読書に小曽根さんライブストリーミングなど

またまたFacebookの「思い出」で、去年に読んだ本のことを書いてたのが出てきた。

どうやらBlogには書いてなかったようなのでそれをまた転記しておこう。

・ガルシア・マルケス「東欧を行く」
昨日の電車で読了、あとがき少々、かつての東欧、ソ連の様子がよくわかり、自分の子供の頃と重ねて、そして現代との違いに感慨深い。

マルケスは新聞記者だった若い頃に東欧、旧ソ連を取材と称して旅行したそうで、その時の旅行記だったと思う。アマゾンでみたら、1957年、30歳のときとあった。まだベルリンの壁がないころの話だから僕が小学生になる前だったのか。

これを読んでいて思い出したのが、ベルリンの壁が出来る前に地下鉄で西側へ脱出した親子の話が少年漫画雑誌に活字で載っていたことだ。当時は小学生が読むような漫画の本にそういう記事も載っていたというのが、今とはずいぶんと違うと思う。壁ができたのが1961年8月というから、小学校3年(最初の投稿で4年と書いてたのは間違い)、記事はそれより後だから4年生か5年生だったかもしれないが、1960年が安保の年だし、漫画雑誌の編集者も社会問題を取り上げる時代だったということだね。

・パウロ・コエーリョ「11分間」
面白いセリフ:夢を見るのは心地がよい。計画したことをその通りに実行せよと強いられるわけではないからだ。そうして人は危険も、挫折も、困難も経験しないですますことができ、年をとった段階にいたって、自分がやりたかったことを実現しなかった責任はすべて他の人に-たいがいは親に、あるいは夫や子供に-なすりつければいいのだ。

母親の言葉:お金持ちの男と一緒になって不幸せになるほうが、貧乏な男と幸せになるよりも、まだましなのよ。

ブラジルの若い娘がダンサーになりたいとスイスに渡るが、詐欺のような手口に引っかかって売春婦となって日記を書く、とかなんとか、ブラジルの小説だったけど、結末がどうだったか忘れてしまった。途中の描写がなんとなく面白かった、と思う。気にいった文章をメモしたみたい。

ということで、今借りている本は、緊急事態宣言で図書館が閉まってたのでずっと借りっぱなしになっている。

・エトルリアの微笑み/ホセ・ルイス・サンペドロ
スペインの作家だけどイタリアが舞台、地方暮らしの父親が息子の夫婦の住むミラノで同居する話、都会に馴染めないながらも、孫が可愛いとか近所のつきあいとかでストーリーが展開するらしいが、途中でほったらかし、ちょうどミラノがコロナ禍だったこともあって読み進めずということもあった。

・時のかさなり/ナンシー・ヒューストン
イラク紛争頃のユダヤ系アメリカ人家族内の葛藤みたいなのから始まって、あとは時代をさかのぼっていくらしいけど、なんかユダヤ教やらその生活の描写に馴染めず、これも読み進めずでほったらかし。イスラエルのやってることとが嫌いなのでそのせいもあったかも。

・優雅なハリネズミ/ミュリエル・パルベリ
富裕層の住むアパルトマンの管理人と住人の日々の生活に、知性と身分とかが絡んで織りなされるストーリー、これは最後まで読んだものの、フランス映画みたいに、ダラダラ~っと進んで一応の山谷らしきものはあったけどあっけなく終わり、フランス映画っぽいエンディングだったし、やっぱりフランスか?

・ローマ人の物語IV ユリウス・カエサル ルビコン以前/塩野七生
以前からの課題図書(?)、時間はたっぷりあったのに一向に読まずで、また借り直さなければ(^_^;)。

・アフリカ音楽の正体/塚田健一
去年のVoyage原稿参考図書で、今年の原稿にも参考にしようと思い借りたものの、結局、原稿は本を開くことなく書き終えた。

ということで、自粛期間中は毎日が日曜とはいうものの、ダラダラしてるか楽器練習か、散歩か、というような生活で読書はほとんど進まなかったのが反省点だ。

以上でぎょざいますが、このところは4月9日から始まってこの日曜まで実に53夜にわたった、小曽根さんの毎晩21時からのライブストリーミングが楽しみな日々だった。

小曽根さんは、今は実際にあった人以外(ある程度縁のある人という意味かと思う)はFacebookフレンドは受けてくれないけど、僕はまだメッセージすればよかった頃、ちょうど小曽根ファミリーのライブが三宮で2回続いた2015年に申請したので、フレンドになっていただけた。BurtonファンでVibをやってると書いたのもよかったのかもしれない。

だからライブストリーミングも、マイク等の機材設置などの準備の様子がタイムラインに上がっていて予め知ることができたから、一応は最初から聴いてはいけど、真面目に聴き出したのは4月10日2回めの途中からだ。

その実力のほどは今さら僕がいうこともないけど、ほんまにすごい。とはいってもヘッドフォンで聴いてるとミスタッチとかお決まりのパターンがあったりはするけど、普通なら弾かないようなリクエストにも応えたりと、自粛期間中の大きな慰めになった人が多かったのはコメントの多さでよくわかった。

小曽根さんはもともとトークが上手だけど、奥様の神野三鈴さんとの会話やら、曲にまつわる話などもこんな機会がなければ聞けないようなこともあって、とても面白かった。

その様子は、小曽根さんのFBタイムラインでも聴けるし、小曽根さんのYouTubeサイトでも#1~#53がアップされているので、興味のある方はドゾ、一日一つとしても53日かかります(^_^)v。

最初の2晩はやや短いけどあとは毎晩1時間前後で、2~3回弾かれた曲もあったものの、400曲以上が演奏されたそうだ。同じ曲でも同じ演奏ではないのは当然だけど。

最終夜は小曽根さん宅ではなく、渋谷のオーチャードホールで、ステージ、音響、照明などのスタッフのバックアップで、無観客ながら豪華に催された。

当日修正:本記事投稿時には#53最終夜はYouTubeにアップされていなかったのが、アップされたので記事修正しました。ライブでは最初の方で音声にノイズが入って聞き取れないところがありましたが、それを修正するために編集作業をしているうちにオリジナルのFB映像が削除されてしまったそうで、FBの方にあったリアルタイムのコメントなどが消えてしまったらしく残念ですが、素晴らしい時間の記憶はいつまでも残ります。

2020.9.2追記:小曽根さんのライブストリーミングは契約の関係があるとかで、8月31日で非公開となり、今は視聴できません。
2020.9.18再追記:限定公開になったので、今は下記リンクで視聴できるようになっています。

当初からリアルタイムでのViewerが4000、5000と増えて#51辺りでは9000を超えたけど、最終夜は実に1.6万となっていたし、コメントが1万以上とかありえね~って状態だ(たぶん終わってから見た人のコメントもあると思う)。

 

これはライブストリーミングではなくて、ブラジルでのアンコールの様子。

しかし小曽根さんはよほどBurtonに影響されたんだね、トークでは、毎晩とはいわずとも頻繁にGary Burtonの名が出てきた。

Burton/Ozoneのデュオ演奏を聴き取ってパーカッショングループ用に編曲したという、Kato's Revenge。

Katoは加藤ではなく、ケイトウでBurtonがMakotoはいいにくいからとKatoと呼んでいたから、つまり小曽根さんのことだ。

Revenge、復讐というのは、Burtonのバンドにいたころは休憩時間になるたんびに厳しく叱責されることが多くて、それならみていろとこの難曲を作ってBurtonに弾いてみろとばかりに差し出した、といういわくつきの曲、だけどBurtonはどれどれと譜面台に置いて初見で見事に弾いてしまったそうで、Revengeならずだったそうな(^_^;)・・・、というような話もいくつもあった。

こちらは、Singapore Symphony OrchestraのJo Foxさんの番組での小曽根さんインタビューと演奏ビデオ、Facebook内だし全編英語だけどなかなかと面白い。

Conversations with the Artist:Makoto Ozone

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