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2020/10/30

常設展示室/原田マハ

最近は読書はメモ程度しか書いてなかったけど、珍しく一冊を取り上げてみよう。

「常設展示室/原田マハ」

大人のラノベなんていう人もいる、っていうか僕もそう書いていた原田さんだが、美術に関連するとさすがと感じさせる短編集。まぁ、突っ込んでみたくなるところはなきにしもあらずだけど。

以前に「ジヴェルニーの食卓」を読んだときの感想にも書いたけど、原田さんは短編の方がよいと思う。

それぞれに一枚の絵画を絡めた話になっていて、美術館員とかギャラリー勤めとか美術教授とか、すべて美術に関係している女性が主人公になっている。

・群青(The Color of Life):盲人の食事/ピカソ(美術館サイトの画像と英文リンク)

20201030blind-man

NYのメトロポリタン美術館に勤める日本人、徐々に失われる視力、似た境遇の絵画好きの子供との出会い、そしてピカソの絵で締めくくる。

美術館で開かれる子供向けのワークショップでピカソの絵の説明とか子供たちの言葉が出てきて、それに対する主人公の思うところが少々ひっかかった。

描く対象に深く寄り添った画家の心が見えるようだった。ピカソは、恵まれない人をそっくりそのままキャンバスに写し取りたかったわけじゃない。励ましたくて、この絵を描いたのだ。

最後の「励ましたくて・・・」っていうのが、ほんまかいな?っていうのと、なんか小学校の模範解答みたいな~(^_^;)。美術専門家にとやかくいうのもなんだけど、この辺が原田さんらしいのかな?

美術館サイトの英文解説は簡潔すぎてよくわからないが、描かれているパンと壺はキリストの肉と血を表し、キリストの恩寵を表す(現代的な意味合い?)らしい。ピカソ自身の手紙に「左手にパンを持ち右手はワイン差しを取ろうとしていて、彼を見つめる犬を描いた」とあるそうだが、左下にいたその犬は後に塗りつぶされて今の構図になっている。一種の宗教画といえそうだ。

それから、かつての画材専門家として引っかかるのは、タイトルの「群青」だ。

ピカソの青の時代の青はプルシアンブルー、和名は紺青で合成のフェロシアン化鉄、北斎も愛用した青色顔料だが、群青は一般的にはウルトラマリンでアルミやナトリウム、ケイ素、硫黄などを含む合成青色顔料、天然ものはラピスラズリだ。だからピカソの青の時代は群青ではない(一緒に使ったかも知れないがメインではない)。

絵画の専門家であった原田さんがこうしたことを知らないとは思えないので、あくまで創作のタイトルとしたのだろう(小説の中では顔料には一切触れていない)が、知識のない読者はピカソの青の時代を群青、そしてラピスラズリと誤解するだろう。絵画の専門家がそういう誤解を招くタイトルにするのはな~、と思うわけで。

NYは何度も出張で行っているので、メトロポリタン美術館も2回以上は観に行っているが、作品が多すぎて本作品を観たかどうかも覚えてないのが残念。

とまで書いたところで、一冊取り上げてみようといったくせに書き疲れてしまったのと、本の返却期限が来たので、あとはタイトルと題材の絵画を羅列しておこう。それぞれに一般受けしそうな感動物語でありながら、TVドラマみたいな作りすぎも感じさせなくて楽しく面白く読めた(結末がだいたい途中で読めるとか、ストーリー的に突っ込んでみたいところはあったりしたけど)。

・デルフトの眺望(The View of Delft):/デルフトの眺望/フェルメール

20201030delft

・マドンナ(Madonna):大公の聖母/ラファエル

20201030madonna

・薔薇色の人生(La Vie en Rose):薔薇/ゴッホ

ゴッホの薔薇はいくつかあるが、内容から上野の西洋美術館の常設展の作品だろう。

20201030rose2

・豪奢(Luxe):豪奢/マティス

この絵かどうか、文章となんか合わないんだけど、「豪奢、マティス」で検索するとこの絵ばかりが出てきたので一応。

20201030luxe

同日追加訂正:どうやらこちらの絵が小説内容とあっているが、所蔵はパリのポンピドーセンターではなく、コペンハーゲンのNational Galleryであるらしい。

20201030luxe2

・道(La Strada):道/東山魁夷

20201030michi

最後の話の「道/東山魁夷」は何処かの展覧会で見た気がするけど記憶が曖昧。

話はイタリアの大学で美術教授をしていた主人公(日本人女性)が日本の美術展審査員とし招かれてなんやらかんやらという話で、審査場面があるが、これで思い出したのが、毎年アメリカに出張していた頃に出席していた画材関係の専門家会議の議長さんがアート・バーゼルで審査員をしたという話だ。

アート・バーゼルはスイスのバーゼルで開かれる世界最大級の現代アートフェア(Wiki)だが、フロリダでも開催(Art Basel in Miami Beach)されている。

その議長さんはフロリダのアート・バーゼルでの審査員となったので、大量に出品され展示されている絵画を見て回ったために、目がとても疲れてたまらんという話を専門家会議のメールの中に書いておられたのを思い出した、というだけの話。

小説の主人公は審査には一点に3分あれば十分といっている(普通はもっと長いらしい)。アート・バーゼルに行ったことはないが、会場がやたらと広くて出品数も大量で、ただ見て回るだけでも大変らしいから、審査に3分としてもそれぞれに3分集中していたら目も心身も相当に疲れるだろうということは容易に予想できる話だと思った次第。

アメリカ出張は1987年から1996年まで毎年行っていた。このBlogを始めて間もない頃だったかに何度か旅行記を書いたが、その頃よりもう少し後の話だったと思う。その会議については、Blogを始めてすぐの頃(2004.9.23)に触れている

その議長さんもだいぶ以前にお亡くなりになったし、会社に僕が保管していた当時の記録書類なども退職のさいにすべて廃棄(PCに読み込み登録したものは残っている)したし、みんな過ぎ去っていくのだな。

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2020/10/14

ゲイリー・バートンさん、近況?

今回はジャズ、そしてヴィブラフォンの演奏に興味のあるという、世にもまれなる人以外にはほとんど興味のない話題でござりましょうが、自分とそうしたごくごく一部の特定の人向けの投稿であります(^o^)。

Gary Burton氏が引退してすでに3年あまり、音楽活動はまったくしないといっていましたが、最近になってインタビューは受けているようです。

最新情報は、FBフレンド(いつもながら形だけ)のMark Ford氏主催のオンラインミーティングで、Univ. of North Texas Percussionの若い演奏者(生徒)の質問に答える動画が公開されています。

もちろん英語ですが、画面右下の設定(*のようなマーク)で字幕から自動生成(英語)、ついで自動翻訳で日本語を選べば日本語字幕が出せます、少々変な日本語かもしれないけど。

こちらのインタビュー動画は去年の5月公開だから、その頃なのだろうけど、変わらずお元気な姿です。

どちらも長いので、実はまだ最初のあたりしか視聴していません。

まぁ、自伝も出版されているし、技法も今では多くの演奏者がそれぞれに活用しているし、テキストも出ているので、目新しいことはないかもしれませんが、とにかくお元気な姿を拝見できてよかった。

こうして投稿しておけば、自分で見直すこともあるだろうというのと、誰か感心がある人がいるかも、というためのメモでした。

当日追加:こんな動画もありました。これもQ&Aで長い!

 

教育者だった面をまた活かそうということでしょうか?

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2020/10/12

最近借りた本など

最近の読書事情メモ:

今借りている本

ボルジア家風雲録(上:教皇一族の野望)
ボルジア家風雲録(下:智将チェーザレの激闘)
 (アレクサンドル・デュマ、吉田良子訳)-読了
いわずと知れた三銃士などのデュマによる、ボルジア家の歴史小説で、軽快痛快、人物や事象を切り刻むように進める筆致は塩野七生に通じるものがあり、だから塩野先生はデュマを参考にしたのではないか思わせる。
ボルジア家に関してはずいぶん以前に「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷/塩野七生」を読んでいたが、こちらはボルジア家全体について描かれている。とはいっても概ね、教皇アレッサンドロ6世とチェーザレ・ボルジアが中心だ。
ただし、やたらと登場人物名が多く、その関係もそれほど詳しくは説明されないので相互関係がわかりにくいとか、華麗な場面があるとその描写にやたらと力を入れているので読むのが面倒になる。だがその辺りは適当に読み飛ばしていけば、痛快な歴史小説だ。
塩野七生は、チェーザレの歴史的役割とかイタリア統一の夢に焦点を当てていて(たぶん、もう記憶曖昧)、イタリアの織田信長のような印象だったが、デュマはあくまで冷酷、冷徹に自家の繁栄のためだけに物事を進めたボルジア家という書き方だ。ただデュマもチェーザレのイタリア統一の夢というのはごくわずかながら触れている。
解説によると、ボルジア家は陰謀、欲望、堕落、淫欲、その他諸々の諸悪をなしたとそれまでは思われていたが、デュマがそれだけではない歴史的な面に目を向けた最初であるそうだ。最近の研究では堕落、淫欲、近親相姦というような面はかなり否定されているらしい。

ボローニャ紀行(井上ひさし)
只今読書中、さすが井上さん、軽妙な語りが面白い。ボローニャが世界一古い大学を有することからどのような文化を育んできたかが、べた褒めな調子で語られる。べた褒めなんで、実はその裏になにかあるんじゃないかい?、と疑ってしまうのは文化的貧乏性なのか?

以下の本はまだこれから。

冬の日誌(ポール・オースター、柴田元幸訳)
図書館にあるオースターは全部読んだと思ってたら、なぜか数冊がアメリカ文学とは違う、その他の海外文学みたいな離れた棚に置いてあったのを見つけたので。また数冊分は楽しめそう。

プラハの墓地(ウンベルト・エーコ、橋本勝雄訳)
ウンベルト・エーコは上記のボローニャ紀行でボローニャ大学出身者と紹介していたのと、前に読んだ1冊がそれなりに面白かったので借りてみた。

常設展示室(原田マハ)
原田マハはお気楽に読めるかな、というライトノベル感覚と、専門の美術分野らしいから楽しめるかも。
少し前に「奇跡の人/原田マハ」を読んだが、まぁ、読ませる構成力とかお涙頂戴・感動物語の要素はあったものの、ヘレン・ケラーの日本焼き直し版、だからどうした?、ってとこはあって一時の楽しみ以上ではなかった。

巨大なラジオ/泳ぐひと(ジョン・チーヴァー、村上春樹訳)
アメリカ文学の棚のチャンドラーの横にあって村上さんの訳だったのでなんとなく、というのと短編集なんで読みやすいかな。チャンドラーは読んだことはない。

すでに返却した本:

リスボンへの夜行列車/パスカル・メルシェ、浅井晶子訳
これは改めて書いてみたいくらいに深さのある本だったが、深すぎて理解し切れない本でもある。作者は哲学者だそうで、そういう面での哲学的掘り下げには多いに惹かれるが、なかなかしんどくて読み終えるまでにかなりの時間がかかった。哲学好きには面白いだろうが、そうではない人には面倒くさくて読めねぇよ!、ってな本だろう。とはいえ僕も哲学に興味があるわけではないが、色々と思索させてくれる本は好きだ。映画になったらしいけど、原作をどこまで再現できたのだろうか?
スペインもそうだけど、舞台のポルトガルにも弾圧とレジスタンスの歴史があったことを知った本でもある。

誰もいないホテルで/ペーター・シュテム、松永美穂訳
スイスの作家による、ちょっと変わった雰囲気の短編小説集。表題作は印象に残ったが、他の短編は忘れてしまった。

どこか、安心できる場所で/パオロ・コニェッティ、他
本邦初の21世紀イタリア短篇アンソロジーだそうだが、あれ、どんなんだったか覚えてないな。

とるにたらないちいさないきちがい/アントニオ・タブッキ、和田忠彦訳
イタリア作家による短編集、表題作は読んだものの、今ひとつな印象でそのまま返却してしまった。またそのうち気が向いたら借りるかも。
タイトルが全部ひらがななので、最後の4文字がどうしても目につく(^_^;)。

というようなところで、他にも借りた本があったような気がするけど、以上。

上記の本のタイトルリンク先は、稲美町立図書館の詳細情報ページです。

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2020/10/06

黄河決壊事件に、BLMとVoyage7号

今回は、2013年に書きかけて下書き保存していた記事をこの5月に発掘して追記しかけたものの、またほったらかしていた話題です。

なんだか難しいことを書いてたんだな(^_^;)。

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PICKS-CLICKSさんが、「幸せの総量に悩む」と題して、中国事情について書いているので、少し前(2013年)に読んだリービ英雄の「大陸へ」に書かれていたことに触れてみよう。めずらしく音楽以外のネタです、読書関連ではありますが。

リービ英雄による彼の国(中国)関連の本を何冊か読んだが、彼の国では人民、特に農民は消費資源と考えられているのではないかと思える。

「大陸へ」には「花園口」について書かれている。

1938年に、黄河の北の岸まで日本軍が迫っていた。日本軍が中国の北半分を既に占領していた。中国の南半分への唯一の「防壁」として残っていたのは、黄河だった。数週間でも時間を稼ぎ、日本軍の進行を何とか食い止めて中国の南半分を救おうと、蒋介石が、ここ、花園口において、黄河の堤防を爆破した。
 黄河が南の陸へ一挙に氾濫した。
 数時間のうちに、八十四万人の農民が溺死した。
それが「花園口」の入場券に書かれている、「世界史的に有名な悲劇」なのである。

日本が中国を侵略したことや、日本軍による残虐行為について否定するつもりはない。特に残虐行為については、子供の頃に、酔った父から実際に自分の部隊であった事件を聞いた鮮烈な記憶が残っている。

しかしそれとは別な面もあったことがWikipediaには書かれていて、なんでも一面的な見方をすることは出来ないと再認識する。もちろんWikipediaにしても、所詮は二次、三次といった資料の引き写しであり、どこまでが本当かなどわかりはしないが、少なくとも現在の中国政府も黄河決壊事件は蒋介石軍が行ったことを認めているのは事実なのだろう。

彼の国では、「人の命は地球より重い」などという台詞は笑い話にもならないだろう。

「大陸へ」では、中国の状況と対比して、アメリカの奴隷制度に言及している。奴隷は商品であり、消耗品であり、人間とはみなさなかったという点では類似性があるということらしい。

オバマが大統領になった、ということよりも、むしろファーストレディーが黒人になったということの方に意義があるという見方もあるのだそうだ。ただ、そのようなアメリカのトラウマは克服されたようにみえても実は根深く残っているのが実情のようである。

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以上が、2013年に書いていた内容、なんと7年前だ。

花園口については、こちらに写真入りで訪問記が書かれていた。

黄河決壊事件 花園口現場へ(2018.7.1)

最後のアメリカの奴隷制度については、コロナ禍にBLM(Black Lives Matter)運動が起こって世界的な問題として再認識されているが、アメリカでの黒人奴隷が商品でしかなかった、というのはDickensも「アメリカ紀行(1842年)」の最後の方で鋭く糾弾している。

「アメリカ紀行」は、Voyage7号の原稿を書いているときに読んだ(全部は読んでない)のだが、そのDickensの英国からの移民がアメリカ国民の半数以上を締めていた(1790年資料-アメリカンミュージック再発見/中村とうよう)とか、リヴァプールが奴隷貿易から発展していった港町だったとかを見ると、Dickensの正義感も何をか言わんや、というところはある。

とはいえ、「アメリカ紀行」では当時の新聞に載った奴隷に関する記事などを引用しており、それは非人道的、といより動物以下、当時の白人が奴隷を物としてしか扱っていなかったことを遺憾なく伝えており、それはそれは凄惨なものだ。

というようなことで、Voyage7号の原稿ので出しでは:

「スウィングしなけりゃ意味がない」とはいうものの、かつてのスウィングジャズが白人のためのダンス音楽だったのなら、スウィングは黒人のビートなのだろうか?

という文で始まっていたのだが、最終原稿を出した後にBLM運動が起こったため、編集長より「白人のための」と「黒人のビート」いうところがBLM的にどうか?、という提議があり、僕も確かに引っかかると思ったので削除して次のように訂正した。

「スウィングしなけりゃ意味がない」とはいうものの、かつてのスウィングジャズがダンスのための音楽だったのなら、その起源は何なのだろうか?

また、以前にも書いていたArt BlakeyのModern Drummer誌でのインタビューの和訳も、Rhythm & Drums Magazine誌の日本語が変なので拙訳にしたが、これもまた訳し方次第で実に微妙な内容のため、編集長提案で英文そのままに変更した。

僕自身は最終稿を提出した後は、BLMと自分の原稿の関係などまったく頭に浮かばなかったので、そういうところまで気が配れるというのは、さすがに編集長だと思った次第。

国内のローカルなフリーペーパーでそこまで考える必要はないのでは?、という意見も他からあったが、筆者である僕が「言われてみればなるほど」と引っかかってしまったのだから訂正は致し方ない。

今回は少々硬い話題でありました。

次の動画は、BBCの2020.6.8の記事「イギリスで人種差別に抗議続く、奴隷商人の像を引きずり下ろし」から。

 

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