2017/10/06

カズオ・イシグロ & Burton自伝少々

ノーベル賞がカズオ・イシグロ氏に決まったから、話題に乗ってみようという、そのまんまのタイトル+α。

考え出すと全然書き進めなくなるので、もうダラダラの文章ですが。

村上さんは今年も年中行事のように騒がれていたようだけど、イシグロさんというのはちょっと予想外かも知れないのか、どうなのか、関心がないからわからんけど、村上さんとも親しいとか、村上さんも新刊が出たら必ず読む作家だとか、なんといってもかつてのBlog仲間のゆうけいさんがよく取り上げてたし、たかけんさんも話題にしてたし、とかで、図書館にある本を読んでたんだけど、なんせいつもの図書館には3冊しかなくて、今みてみたら、最新作の「忘れられた巨人」があったので、4冊になっているんだけど、当然ながらどの本も貸出中になっていて、なおかつ、受賞作となった「日の名残り」は相変わらず置いてないし、まぁ、これを機会に蔵書するんじゃないかとは思うけど、Amazonでみたら文庫本しかなくて、なおかつ在庫切れだそうで、なんとまぁ!

しかし、Kindle版が\617だったので早速タブレットにDLしたから、通勤電車でのお楽しみだ。

英語版も考えたんだけど、\1000超えてたんで二の足を踏んでしまった。その内に読むかもしれないけど。

このところ読書から遠ざかっていた、というほどの読書家ではないんだけど、ボチボチと再開していて、最近読んだといえばもちろん、Gary Burtonの自伝で、これは前半は色んな裏話もあるし、若いBurton氏がどんどんと成長、活躍していくさまは読んでいてとてもおもしろいというか、ドタバタ喜劇みたいなところもあって、小気味よく面白かったんだけど、後半になるとバークリー音大での功績の話なんかとか、学校運営とか、割りと落ち着いてくるんで、まぁ、それはそれで興味深くはあるけど、前半ほどには躍動感がなくなる。

その辺りからゲイということが具体的に語られだすんだけど、この辺も僕にとっては、そうなのか、という程度で過ぎてしまった。色々大変なところはあるらしいけど、なんせ業界が業界なんで、周囲の人とか共演者も別に気にも止めなかったり、知ってたよとかで、キャリアには何の影響もなかったそうだ。

ただ若い頃は50~60年代という時代性もあって、自身がゲイであることを極力自覚しないように、ストレートな生活を送ろうとしたそうで、結婚も2回して子供も2人できて、って、それはゲイというよりバイセクシュアルじゃないのかという気もするけどね。

結婚は2回とも続かなかったけど、どちらも円満な離婚で、特に2人目の奥さんと子供とはその後もよい関係にあるそうだ。

2002年にハーバーランドの松方ホールに小曽根真とのデュオコンサートを聴きに行ったときは、最後に小曽根さんが、今日は家族連れですっていって客席のご自分のご両親を紹介した後、ゲイリーも今回は奥さんとお子さん連れで来日してます、っていってたんだ。

そして公演終了後のロビーではその奥さんとお子さん(高校生くらいかな)2人がお客さんに手をふっていたのをよく覚えているけど、この時はすでにゲイであると公言していたし、すでに離婚した後だったわけだ。

自伝の中で、離婚後も告白後も別れた奥さんが支えてくれた、みたいなことが書いてあった。

引退というのも自然に衰えたからではなくて、心臓手術を何度かしていてその後遺症で演奏中に記憶が飛んでしまうことがあったりとか、絶対音感が失われてしまったとか、右手の動きが悪くなったとか(Last Concertでは、とてもそうは見えなかったけど)、それが大きな要因のようだ。

実際、心臓手術が失敗というかとんでもない間違いから死の直前まで行ったそうで、その後に身体に大きな異変が起きたという話で、だから心臓手術が問題なくすんでいたら引退もしなかったかもしれない。

話題がそれてしまったけど、ま、そういうことで。

ではなくて、先日、家内の買い物&図書館通いのショーファーをした時に、なんか読んでみようかというので借りた本が、「極北-マーセル・セロー/村上春樹訳」と、「村上春樹 翻訳ほとんど全仕事」だ。相変わらずの村上主義者か。

Adsc_0171

「全仕事」は前半は訳した本の紹介で、それはあんまり興味が出なくて最初の辺りしか読んでないけど、後半の柴田元幸氏との対談が面白くて、そちらはほぼ読了。

翻訳の対談は一般的には面白いのかどうか分からないけど、このBlogを始めた頃は産業翻訳を副業にしようなんて野心もあったりして、かなり勉強もしてたんで、そんなことからの面白さがある。

そういえば、最初に読んだ村上春樹の名前のある本は、確か柴田氏との対談の「翻訳夜話」だった。パソ通時代の翻訳フォーラムで紹介されていて読んだのだと思う。

「極北」はまだ1/5くらいだけど、これも面白いです。

ということで、平均週休4日のダラダラ生活に読書も少々入れていこうというところ。

わりとね、意識してないと、週休4日っていったって、楽器をダラダラ鳴らしたり、FB眺めたり、ボケーッとしているうちに過ぎてしまうんだよね。

 写真は図書館を出たとき
  秋の空に飛行機雲が一筋、二筋

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/07/16

PCレイアウト変更

PCのレイアウトを変更した。

以前にも二回くらいだったか変更して、低い座机に畳にすわった状態で使っていたんだけど、どうもこれは足腰への負担が大きいのと、姿勢も猫背になるし、右肩がだるくなるし、やっぱりデスクにした方がよいと思っていた。

で、ネットでPCデスクを探してみたんだけど、安いのは評価がまちまちだし、それなりに場所を取るので、前段階の片付けも大変だ。

とはいえ、このままではあかんというので、数日前に近所のホームセンターに行ったら、ネットでみたようなデスク以外に、小さなデスク&チェアセットというのがあったので、えい、これでいいやと決めた。

価格は税込み3480円で、ネットにある一番安くて人によっては評価のよいのとあまり変わらず、シンプルなわりには割安感はないけど、このデスクだと今の座机よりも小さいので配置換えの片付けが簡単で場所もとらない。

Img_6997

PCは一体型だから見ての通りシンプルだ。下の箱は関係ないけど、もし次にデスクトップタイプに変更する場合でもこの下に本体をおけばよい。

畳に椅子、というかその上に電気カーペットも敷いているので、そこに直接椅子の4脚が乗るとかなりな負担ですぐに穴が空くと思うので、1枚300円くらいのマットを2枚かって重ねて敷いている。

でもこれはこれで圧に弱いみたいでこれこそ穴が空くかも、むしろ板でも敷いた方がいいかもと思い出しているくらいだが、まぁ、安いものなのでしばらく様子を見よう。

デスクは思ったより奥行きがないので、操作中は両肘が浮いた状態になるから、気をつけないと腕を持ち上げるようになって、また肩が凝って元も子もない。なるべく腕を持ち上げるような意識をせず、肩の力を抜いて両手を自然にぶらさげるようにしないといけない。

でも、これは案外、最近勉強しだした体の使い方であるアレクサンダー・テクニークに通じるからいいかもしれない、などと思いながら書いている。

ついでにまわりにごちゃごちゃしていた本を片付けたんだけど、これもまた読むこともほとんどなさそうなんで、処分しようかと思う。

古本で売っても大した額にならないから、いつもお世話になっている隣町の図書館に寄贈として持っていってみよう。たいていがと図書館になくて買った本だから、たぶん受け入れてくれるだろう。駄目な本は古本屋かな。文庫本も含めて20冊以上、半分くらいが村上春樹だ。

Img_6999

あ~、ちょっとだけすっきり。

で、このレイアウトにはもう一つ利点があって、といってもまだ試していないけど、椅子を反対にむけてドラムパッドをおけばスティック練習がしやすいし、エレピもここに置きやすい(エレピは壁に立てかけたままで全然使いも練習もしてない)。

今は居間(ダジャレじゃないよ)の隅っこにある母から譲り受けたピアノ用椅子(ピアノ本体は下取りしてもらったことは以前に書いた)の前にパッドをおいているんだけど、TVもあるしダイニングでもあるしで、なかなか練習というわけにいかないから、これからはもっと練習できるに違いない・・・、たぶん。

実は2階にDellのXPマシンが置いてあるデスクがあるんだけど、これはもっと昔、画面がまだCRTだった頃にそれに合せて買ったデスクで大きすぎるので、これもXPともども処分しないといけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/06/24

Learning to Listen /The Jazz Journey of Gary Burton

なんだかんだいう内に6月も後半、全然更新してなかったな(^_^;)。

色々と話題は思いつくんだけどね、ついつい。

さて、今回のタイトルはゲイリー・バートン自伝のタイトル。英語版が発売されたのは2013年だったかな。

Gary_burtonbook Facebookとか赤松さんのBlogで話題になってたから知ってたけど、もともとミュージシャンの伝記とか逸話とかには関心がないというのが、以前にビル・クロウのジャズ・アネクドーツ(村上春樹訳)を図書館で借りた時に感じていたことなので、読みたいとは思ってなかった。

しかしBurton氏がとうとう音楽活動から一切身を引くという最後のコンサートがこの日本で行われて、それを大阪のいずみホールまで聴きに行って感動して、そして来日に合わせて日本語訳が出版されたというので、やっぱりこれは読んでみなければという気になった。

ただ訳本は4000円以上するのとハードカバーの重そうな本なんで、通勤とかに持ち歩くのは不便そうだし、せっかくだからこの際、Burton氏の語りそのままの英語で読む方がいいよね。

で、英語本はペーパーバックで¥2,597(Amazon)なんだけど、字が小さいと読みづらいんじゃないかということで、Kindle版にした。

Kindle版はKindleのくせに¥4,089と訳本なみに高いんだけど、今月初めに買った時はAmazonポイントが1200くらいついてたんかな(今はついてないみたい)。そうするとペーパーバックとあんまり変わらないし、文字表示も大きくできるし、ところどころ馴染みのない単語には注がついてるし、というころでKindle版を読んでいるところだ。

Burton氏はYouTubeで話しているのも聞き取りやすくて分かりやすいんだけど、文章もとても読みやすい。

それ以上に色々な話題があって思ってたより面白い。ジャズの逸話や裏話好きな人にはたまらないんじゃないかと思う。

この方、「栴檀は双葉より芳し」を地で行く人生ですな、もう子供の頃からあちこちで演奏してツアーして、運にもすごく恵まれていて、なおかつ20歳前後からすでにかなりハードな冒険ツアーやら苦い経験などもしていて、それがその後の人生で活かされたんだろうということがよくわかった。生まれながらの音楽家だったんだね・・・、まぁ、今更だけど。

ただ、やっぱりそういう裏話や逸話は本質的には僕はそれほど関心があるわけではないので、へぇ~、ほぉ~、で過ぎていってしまうんだけど、時々、音楽に関するなかなかと含蓄のある言葉が出てくるのがとてもよい。

といってもそのまま読みすぎてしまうんで忘れてしまうから、本当はメモでもとっとくといいんだけどねぇ。

ということではあるけど、まだ5276の1437=27%しか読めてないので、まだまだ楽しめそうだ(数字が大きいのは文字を大きくしてるからページ数が増えちゃってるってことだろう)。

こちらでいくらか試読できます(英語版)。序章から「私はゲイだ」ってな話が出て来るんでびっくりするけど、その後は普通に自伝です。

Learning to Listen

アメリカのジャズミュージシャンでもこういうことから話さないといけないのかな~、というよりゲイとして生きることについても語りたかったのかもしれない・・・、まだ序盤なんでわからんけど。

Amazonポイントはそのすぐ後に、クラリネットのRichard Stoltzman氏との共演盤"World beat Bach"と、ギリシャだったかのクラシック系らしきThanos Mikroutsikosという人との共演盤"Music Stories"というのを見つけたんですぐに使ってしまったのだ。

World beat Bachというのはこんな感じでなかなかとよいんだけど、Music Storiesの方は暗くて神経質っぽいアルバムで、どうもとっつきにくい。後半はサックスとエレベのデュオだし。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017/05/24

サンドリヨン、読んどりよん

相沢沙呼の「午前零時のサンドリヨン」を読了、っていっても思ったより時間がかかった。

もっとザァ~って感じで読んでしまったらいいんだけど、どうもこの頃は読むのが遅くなったようだ。

Photo まぁ、なんというか、ベタベタの学園こそばゆい恋愛&ミステリーだった。ラノベの定義は知らないけど、こういうのをいうんだろうなという小説だ。

この人の小説は以前にも読んでるから予想はしてたけど、「ココロ・ファインダ」なんかはもう少しベタでない小説らしさもあった気がするが、まぁ、これがデビュー作だからそういうもんか。

読後感は、やっぱり若い娘はいいよね~、というところでまさに期待通りだった。

ベタベタってのも結構好きなんだよね(^_^;)。

高校生にありそうな社会問題もそれなりにちらつかせている辺りが、「君の名は」よりは社会性があるかとも思うがそういうのは枝葉で、主題は頼りない主人公(男子高校生)が頭の回転がすごくいいツンデレだけど色々悩みを抱えながらなおかつ特技を持つ美人を好きになり、それに絡んでミステリーで謎をとくのはその美人という、まぁほんまにありきたりな設定だけど、読んでるときは面白い。ただ、それでどうしたっていうと、いやまぁ、楽しみましたよ、という話だけど。

ラノベで社会問題を多少なりとも掘り下げてしまうとラノベでなくなっちゃうんだろうな。だから以前に読んだ本ではそういうのは一切出てなかった(と記憶する)ので、ほのめかし程度でもそういう話が出てきたのはかなり意外だった。

ということで今回、相沢沙呼をまとめて3冊借りてあと2冊残ってるわけだけど、これで図書館にある本はすべて読むことになる。

わざわざ買ってまでして読もうという気はしない、というのは原田マハと似てるかな~。

原田マハは「楽園のカンヴァス」しか読んでないからそこまでいう資格はないんだけど、ネットに「大人のライトノベル」って評があったのがとてもしっくり来た。かなりボロクソに書いてるな、一冊しか読んでない僕としてはここまでいうもんかどうかは分からんけど、そうえいば僕も文章力はちょっと、とか、人間描写がちょっと、とか書いてたんだ。

また軽いものが読みたくなった時に、古本で安いのがあれば買うかもしれないけど・・・、そうだ、次は原田マハを借りてこよう。

Photo_2 話は変わるけど、映画「君の名は」があれだけヒットするというのは、こういうラノベで刹那的な楽しみを好む人が多いってことなんだろうと改めて感じた、みたいな。

「君の名は」は鑑賞時、鑑賞後しばらくはそれはそれは美しい映像で心に残ったが、ちょっと考えると、いや考えなくて見ている最中でもずいぶんと大雑把なストーリーだなと思ったし、とにかくお気楽な社会しか描いていない(以前に鑑賞後の感想を書いていた)。

もちろん隕石落下という災害はあるが、これは天災であって人間社会の中で起こるものではない。

ずいぶん以前にある雑誌の連載で、日本人の特性(という括りは好きではないが)として、ものごとを自然災害としてとらえるというような話があった。

台風にしろ地震にしろ、ある日突然やってくるが(台風は予想できるが)それは過ぎ去るもので、被害の大小を問わず耐えていればやがては癒える、という対処の姿勢があって、様々な問題に対してもそうした考え方でとらえる傾向がある、という話だ。

というのはちょっと視点が違うかと思うが、「君の名は」からは現在の非正規雇用の拡大とか貧困家庭やシングルマザーの問題、奨学金借金地獄とか、高齢化、過疎化に伴う地方自治体の崩壊とか、そんな問題は一切出てこない。

「君の名は」に描写されたような社会は僕の感覚からいえば、僕が同じくらいの年齢だった1970年前後からバブルに至る日本ならあり得たかもしれないけど、映画に描かれた現在の日本はそうそうは都合のよい社会ではない。

現在のきれいな背景だけを切り出して映像化した映画が受けるのは、まぁ、現実逃避なんだろうな~、というところか。ラノベも同根なんだろう。

う~ん、久しぶりにまじめなことを書いた気がする(^_^;)。

ところでイタリア旅行記はどうなった?

カンボジアは? 石垣島もあったぞ?

う~む、困ったものだ。

Adsc_0067

旅行記って結構集中しないと、あの程度でも書けないんだけど、今日は実は昨年の万灯祭でご一緒したメンバー(自分がリーダーだった方)と加古川の貸しスタジオで久しぶりに音遊びしてきたのだった・・・、というような方にばかり気が行くんでなかなか旅行記に取り掛かれない。今日の駄文はなんだか書いてしまったけど。

で、今日のBGMはEva Cassidy、およそラノベには合いそうにないですね。

しかしなんだね、この本の問題点は表紙だ。

上に出してるけど、この表紙の本を通勤電車内でそのまんま読んでたら変態ジジイって思われても仕方がない。だから自分でカバーつけて読んでます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/21

たまには読書のこと

前回に書いたように、白内障が進んで本を読みづらくなったけど、やっぱり読みたいというのはあるんで、先週辺りから途中でほったらかしだったKindleの無料版「夜明け前-第一部/島崎藤村」を通勤とか通院時の待ち時間なんかにタブレットでボチボチと読んでいる。

電子書籍は文字が拡大できるので、それでずいぶんと読みやすくなったが、もう読み始めてほったかしてからずいぶんと時間が経ってるので、登場人物なんかの関係が曖昧だけど、まぁかまわずに読んでいる。

幕末の木曽の山奥での人々の生活を中心としていることが、かえって平行して進む世の中の動きを浮き立たせているようで、司馬遼太郎などの歴史上の有名人物を中心とした物語とは違った面白さだ。

とはいえ、すいすいと読み進めるような本ではないので、まだ第一部の64%までしか進んでいない。

Aimg_6628 それでちょっと息抜きにと、家内のお供でいった図書館で借りてきたのが、相沢沙呼の、これはなんというのかな、ラノベミステリーかしらん。

この年でこういう表紙の本を借りるのはかなり恥ずかしいかとか思いながらも、やっぱり若い娘はいいよね~、なんてことを期待して借りてきた。

字が見づらいといえば言えるけど、気を集中して読む必要がないので気楽に読める、まぁ、一種の清涼剤みたいなもんだ。

僕はミステリー小説でも推理というものを全然せずに成り行きで読んでいくんで、読み方としては邪道かもしれないけどね。

で、話は戻るけど、Kindleで読んだ中で印象が強かったのは、「坑夫/夏目漱石」、「グスコーブドリの伝記/宮沢賢治」あたりか。

漱石はまたボチボチと読んでいきたい、と思いつつも、大体が音楽の方に時間を裂くと読書まで気力がなかなか回らないという情けない状況だ・・・、っていうほど音楽も進んでないんだが。

ということで今日はお終い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/03/18

カンボジアンいかなご

今年は"いかなご"がとても不漁だ。

いつもなら我が家もふくめてご近所のあちこちから釘煮の臭いがたちこめる季節だけど、今年は(我が家も含めて)まったくといっていいほどない。

ない、ないないない、ない~!!!

なので、今年は親戚、知人、友人に送っていた、いかなご釘煮もどうも出来なさそうだ。

Aaimg_1374

それに加えて!、イタリア旅行記も一向に終わらないうちからこの季節にまた海外旅行に行くことになったので、家内もいかなごを炊いている時間がないのだ。

上の写真は昨年、ヴィブラフォンの上に並べた釘煮だが、今年はこういう具合にはなりそうにない。

ということで突然ですが、明後日からカンボジアに行ってまいります。

今回も息子がいいだして家内が同調し、僕はそれに引きづられるという、去年のイタリア旅行と同じパターン(^_^;)。

映画Tomb Raiderの撮影地にも行くらしい、いわゆる聖地巡りか(^_^;)。

ずいぶん前に書いた気がするけど、いいだしっぺの末っ子は小さい頃、僕と一緒にゲームのTomb Raiderをやっていて、この映画封切り時には大いに楽しんだこともあるので、そんなこともカンボジア行き、というよりはアンコールワット遺跡群観光を思いついた一因かと思う。

しかしこの映画は2001年だったのか。もう15年あまり前だったんだ。

2001年当時はどうだったか分からないけど、今も政情は必ずしも安定していないようだし、犯罪も多いようだし、内戦時代からの銃火器もあふれているらしいし、中心部を離れると地雷もまだ多くあるらしいし、観光客目当てのスリ、ひったくり、いかさま賭博、etc.、etc.・・・で、まったく安全な感じはしないけど、観光客はいっぱいらしい。

さらには今回はまだ一向に暖かくならない、寒い!日本から真夏なみの、というより乾季で一番暑い時期だというカンボジアなので、暑気あたりしてバテないかとか、お腹を壊さないかという心配が先に立ってしまうのは年齢的なものだろうな。

若い頃はそういう不安よりも、好奇心と期待が先に立って少々無理しても色々みてやろうという気になったものだけど、この年になるとなかなかそこまではいかないのが情けないところではある。

とはいえ、こんなことでもないとカンボジアなんて自分からは絶対に行かないだろうから、不安と期待の日々であります。

旅程は昨年の"なんでもみてやろう弾丸ツアー"のイタリア旅行とは違って、アンコールワットなどの遺跡群に近いシェムリアップに滞在してひたすら遺跡巡りをする観光コースだけど、遺跡巡りは暑い中を歩き回ることになるだろうから、やっぱり結構、というよりかなりきつそうだ。

そういうわけで、昨日はかかりつけのクリニックで月々の薬をもらうついでに診てもらったところでは、体調に問題はないとのことで、まず一安心、とはいえ、「食べ物には気をつけてくださいよ、もろに当たりますからね、いひひ・・・」、いや「いひひ」とはいわなかったけど、そんなお顔してはったもんで(^_^;)・・・、S先生、経験があるのかな?

まぁ、とにかく色んな面で気をつけなければならないけど、今回も全行程食事付き、フリータイムは特になしということで、健康面以外はあまり心配はしていないし、行く以上は楽しまないと、ということでナショジオの映像も埋め込んでおこう。

そういえばと、たかけんさんが東南アジア旅行でトラブルがあったという話を思いだしたので、そんなことがあった場合の対処の参考にさせていただきます。そういう目に合わないことを祈りますが。

タイ旅行番外編

ということだけど、だらだらと時間ばかり過ぎていたVoyage原稿は、LA LA LANDをネタにしようと書き始めたら、今回もあっという間に終わってしまったので、その点は心置きなく旅行に行けるのでよかった。

去年のようにタイトルを思いついたらあとは書くだけというのとは違うけど、とりあえず書き始めたらそのまま最後まで書けてしまった。ただし内容は当初のヴォーカルを題材にという予定とはずいぶんと変わってしまったけど、まぁ、それはそれで血肉になったと思う。

しかしこれも話題になっているジャズの漫画"BLUE GIANT"にあった作者の石塚氏とピアニストの上原ひろみさんの対談があまりにChazelle監督のインタぶ~と対照的なので、これをなんとか絡めてみたいと思ったりもしている・・・、が、それも帰っての話だし、帰国明けの月曜はスティックレッスンの日だからその練習もしないといけないし、まぁ、時間がない!

〆は静かに、オランダのヴァイビスト、Vincent君の曲。

Kerraraというのは実はスペルミスで、Kerreraが正しいみたい。スコットランドにある美しい島の名前だそうで、その情景に心を打たれて書いた曲だそうだ。その内にコピーして弾いてみようと思っているけどね・・・、けどねって(^_^;)。

Kerreraにも行ってみたいね。

Gylen_castle_kerrera__geograph_org_

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017/03/04

Voyage No.4に向けて-6 LA LA LANDの巻

ポップやロックの歌手がスタンダードナンバーを歌うということがよくある。

最近では演歌の大御所がジャズを歌うと題して、ジャズの大御所と共演したりして話題になっている。

これでジャズがもっと陽の目を見ることになるなら、それはそれで大いに結構なことだ。

ただスタンダードナンバーを歌ったらジャズかというと、それは違うだろう。

で、映画"LA LA LAND"をみてきた。なかなかよかった。ミュージカルとスタンダードの関係、意味を考える上でいい刺激になった。ジャズも題材だしね。

それと、バックの曲でヴァイブが結構よく使われてたのも嬉しかった(^_^)。

Jazz is dyingというセリフがあったのが象徴的かも。

「エレベーターで流れるKenny Gが私にとってのジャズよ」というようなセリフもあったかな。Kenny Gはどう思ってるかしらん(^_^;)。

男性主人公をバンドに誘うKeith役は見たことある顔と思ったら、John Legendというミュージシャンだった、どこでみたかは忘れたけど。

彼のインタビュー記事、参考

Did you understand Keith, who is someone who has embraced mainstream popularity instead of remaining more traditional musically?

I understood him. I didn’t always agree with everything he said, but i think he had some wisdom for Sebastian [a jazz traditionalist played by Ryan Gosling]. If I had a friend that wanted to be that person -- the guy that kind of preserved a specific form of jazz and knew it wasn’t popular now but still wanted to make that kind of music and wanted to open a club in L.A. -- I would  encourage him. It might not be on the Hot 100, but if there’s an audience for it, i wouldn’t discourage him from doing that. It’s just a different plan. If you want to make a big impact on music, you have to do something that’s fresh. It can have retro leanings, but it still needs to feel like it’s new to add to the conversation and not simply a remake of something that already exists.

Kiethが古いジャズにこだわる年寄り以外に誰がジャズを聞くのだ、若者はいないだろう、みたいなことをいってたのは以前から僕も感じてたことだ。

も一つ、What 'La La Land' Gets Right About Jazz

英語が分かりづらいけど、当初はジャズとミュージカルは不可分とまではいわずとも非常に近い関係だったとして、コルトレーンの一連のミュージカルナンバーと原曲の比較音源なんかも挙げていて、それが(いつ頃と書いてあったかもしれないけど)やがて別れていったようなことを書いてあるが、まだきちんと読んでない(とにかく分かりにくい英語なんで)。

ということで、上記英文記事のリンクをたどった批判記事。

LA LA LAND is Clueless about what's actually happening in Jazz

Art in the Age of Masculinist Hollywood: Damien Chazelle’s “La La Land”

確かに僕がJazzを聴きだした1970年前後からの動き、今の実際の動きを無視、悪くいえば大衆迎合とみているようなところはある。

これは記事で紹介されていたRobert Glasper、って僕は名前を聞いたことがあるくらいだけど、う~ん、HancockのHead Huntersがすでにやってたような気がするが(^_^;)。

それからThe New Yorkerの記事。

The Empty Exertions of "LA, LA, LAND"

同じChazelle監督の前作「セッション(Whiplash)」についても並べてあまりよくは書いてないんだけど、セッションは封切り時にFacebookで話題に出ていた。僕は見てないけど、どうも「ありえね~」的映画だったらしい。なんせ僕の海外FBフレンドのプロのパーカッショニストがそういう評をしていたから、そうなんだろう。あんな教官は即クビ、"You're fired!"だって(^_^;),

まぁ、しかしそういう反面的なところがあるにしても、現在のジャズ事情みたいなところを取り入れて描いているし、映画そのものはいい映画ですね。批判的記事を好んで読んでるわけではなくて、リンクを読んだらVoyage原稿に参考になりそうなことが書いてあるからです。

しかし見ていて感激したのは、主役のRyan Goslingさん、実際にピアノやキーボードを弾いていることだった。これは楽器をしている者からみれば一目瞭然で、実際に弾いていないとあの映像には絶対にならないと思う。それも後からかぶせたりしたんではなくて、演奏をそのまま撮影しているに違いないと思ったんだけど、実際、その通りだったようだ。

また最初の話題に戻るけど、ネットでみてみると八代亜紀さんの評価はわりと二つにはっきり分かれるみたいだ。

ジャズ好きでかつ八代亜紀がジャズだと感激するタイプと、歌が上手なのとジャズとは違う残念な結果というタイプで、まぁ僕は後者なんで、あの歌をジャズだといえる感覚はわからないけど、評価する人は演歌とジャズになんらかの共通性をみているのではないかしらん、しらんけど。

美空ひばりのJazz & StandardというアルバムがYouTubeにアップされているので聞いてみたら、なんか子供の頃とかの雰囲気を思い出して懐かしい。

ジャズナンバーといわれる歌も歌っているという話であって、決してジャズを歌うというスタンスではないように思う。みんなが知っている曲を自分のスタイルで歌うということだろうと思う。ほんま、子供の頃の時代性をしみじみ思い出してしまうね。

なんてことをしていても、Voyage原稿は一向に進まないのだった(^_^;)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017/02/24

Voyage No.4に向けて-4

前回の記事で思い違いがあったので訂正する際に、Amazonの注文履歴が役に立ったんだけど、自分がいつに何を買ったのかって履歴があるのは懐かしいとか面白い反面、自分の嗜好を記録されているわけで、これはこれで怖い話ではある、っていったって今のところ僕の買い物嗜好データが自分の生活に影響している状況では無いとは思うけど。

で、「あ~、この本買ったな、しかしどこへいったんだろう」とか、「英語の勉強本をよく買ってたんだな~」とか、「こんなの買ったかな」とか(子供に頼まれて買ったのもあるけど)。

その中で、Fred Harsch、Norma Winstonの"Songs and Lullabies"というのがあって、まったく記憶にないんだけど、PCの中を見たらちゃんと取り込んでいるではないか。

で、BGM代わりに流していたらなんのことはない、明らかにGary BurtonとわかるVibが入っていた。

つまりそういうことだったんだけど、すっかり忘れていた、というかどうやって情報を得て買ったのか全然思い出せないけど、まぁ、いいや、宝物見つけたみたいな気分だ。

・・・というのはVoyage原稿と直接は関係ない話、まぁ、一応ヴォーカルの話だけど、Norma Winstoneも分類としてはジャズヴォーカルに入るだろうけど、スタンダードよりはオリジナルが多いのかな。

Eberhart WeberとGary BuronのECMのアルバムにも参加していて、これはCDを持っているけど、ほとんど聞いたことがない。買った頃は今ひとつな感じだったんだけど、聴き直すとそれなりによいかな。ゆっくり聞かないとあきまへんね。

さて、また前回のようにタイトルを考えたらなんか出てくるかな。

ヴォーカルとジャズ
ジャズヴォーカルとはなんぞや?
ヴォーカルからジャズを見てみたら
ヴォーカルからジャズを眺めてみると
ヴォーカルの窓からジャズを眺めてみたら
歌の窓からジャズをみてみよう
歌の窓からジャズをみれば
歌とジャズ
ジャズと歌
ジャズ・ヴォーカルはジャズか
ジャズのヴォーカル
ジャズ・ヴォーカルの楽しみ
ジャズにおけるヴォーカル
ジャズのなかのヴォーカル

う~む、これといったのが思い浮かばない。

論点を変えてみよう。

Jerry Tachoir(タショア)というVib奏者がFacebookフレンドにいて、先日、ジャズフェスとかなんとかいうイベントに明らかにジャズ以外のプレイヤーがブッキングされていたりとかタイトルにジャズと銘打っていながら全然ジャズじゃないとか、そういうことがアメリカでも多くて、聴衆も混乱するとか、ジャズミュージシャンの活動の場が減っているとかいう投稿があった。

ここで、ジャズフェスなのにGladys Knight & The Pipsが出演していた例を挙げていた。

聴いてみると、たとえば1977年頃だったか、Patti Austinの最初のLPを買って聴いてた頃の感覚はこの系統とそれほど違うとは思えない。つまりは少なくとも当時、僕はPattiはジャズだとは思ってなかった。

でもPattiは結構ジャズシンガー的に考えられてるらしくて、Wikiでは「R&B、ジャズ歌手」と紹介されている。その後のスタイルとかなんとかの変化もあるかもしれないけど、よく聴いていたSay You Love Meなんてジャズじゃないだろうと思う。ジャズよりはむしろBilly Joelなんかの方が近い・・、というかYouTubeでは次に出てきた(^_^;)。

今回買ったLindaの"For Sentimental Reasons"の解説(日本語)には、スタンダードを歌うきっかけはブロードウェイのミュージカルに出演したことから、スタンダード・ナンバーを聴くうちにこうした歌が自分を表現できると考えたからだそうだ。

つまりはジャズではなく、スタンダード・ナンバーを歌いたいと思ったということだし、それはもともと大半はミュージカル・ナンバーでもある。

だからだろうけど、Lindaのアルバムの曲はどれも普通(つまりジャズといわれるヴォーカル)では歌われないヴァースの部分から歌っている。My Funny Valentineにもヴァースがあるなんて知ってました?

一般にジャズ・ヴォーカルというのもスタンダード・ナンバーが多いが、それは元々ミュージカルで歌われた曲が大半で、それでスタンダード=ジャズという話になりやすいのだろうけど、本来は別にそういうことではないわけだ。

アメリカではだからポップとかロックとかジャズとか関係なくスタンダードというものがあって、それを歌うかどうかという捉え方なんだろうと思う。ナンシー・ウィルソンは自分はジャズシンガーではないといってるらしいし、雪村いずみも「私はジャズシンガーじゃないの。ポピュラーシンガーなのね」っていってるし。

ただ、前回のJoanieとConnieの違いのように、明らかにジャズという範疇と思えるヴォーカルがあるのも確かだろう。

話が戻るけど、Lindaのアルバムは好みは別れるところもあるだろうけど、おそらく原曲のミュージカルを研究してその上で歌っていると思われるので、原曲を知る上ではとてもよいアルバムだと思う。たぶん原曲に近いスタイルになっていると思うから。

ジャズの場合、インストが主体でなおかつ一般論としてインプロがあることが前提だから、歌も結構フェイクするとかスキャット入れたりかなりアレンジを加えたりとかすることもよくある。それが当然ながらジャズ・ヴォーカルの醍醐味ともいえるのだけれど、ときには元歌を訪れてその違いをみてみるのもジャズの楽しみ方といえそうだ。

しかしいずれにしろ、フュージョンだなんだという辺りから音楽のジャンル分けがあまり意味をなさなくなって、いってみれば音楽のグローバル化といえそうだけど、近頃の世界情勢はこれまでのグローバル化から自国第一主義、ローカルへの回帰といった揺り戻しが見られるが、音楽でもそういうことは起こるのかしらん。

世の中が分裂して混乱するのは困るが、音楽の場合はローカルな中から新しいものが生まれるのは楽しみではないかな。

で、なんとなくまとまったかしらん(^_^;)。

ということを短くまとめられれば、その後に以前にあげていたヨーロッパを中心とした若手の歌手を紹介してみようか。

以前にも紹介した、Daniel Von Piekarzの"Blue Velvet"なんて、若い男でないと歌えない色気にあふれた歌だと思うな。

当初の思惑とはずいぶんと違ってしまったし、まだ全然まとまってないし、かなり理屈っぽいからもっと柔らかい文体にしないといけないし、字数も限られてるから大幅に削らないといけないけど、さて、タイトルをどうしよう。

Lindaは甲状腺の病気で歌えなくなって引退したという話をFacebookで何年か前に知ったけど、僕が持っているAnn Savoyとの"Adieu False Heart"が最後のアルバムになってしまったんだな。

Wikiには1990年代に入るとジャズ歌手に転向なんて書いてあるけど、それは違うよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017/02/22

Voyage No.4に向けて-3・・・とならずなりけり

今度の土曜はVoyage編集委員会だけど、未だに原稿がまったく進展なし。

PICKS-CLICKSさんからまとまりのないまま書いたら面白いかも、とコメントをいただいたけど、前回編集委員会で何らかの方向性は出すようにいわれちゃったんでそうもいかない(^_^;)。

ではと・・・、

まずLindaさんのSkylark、これは1984年発売の"Lush Life"というアルバムに入っているんだけど、たぶん90年代になってからFMで聴いて気に入ったものの、当時はAmazonみたいなのはないというか、まだインターネットも始まったかどうかくらいのころだったから、英会話学校へいくついでとか帰りに梅田のタワーレコードなんかで探しても全然見当たらず、やっと見つけたのが"What's New"というアルバムで、しかしそれにはこの曲は入ってなくて・・・、いつだったか忘れてしまったけどネット通販が盛んになりだしたころ、といってもAmazonでは見つからずHMVでやっと見つけて買ってめでたしめでたしで、Skylarkはインストも含めていくつか聴いたけど僕にはやっぱりこれが一番いいな、~っていうのはVoyage原稿と関係ない話だった。

翌日訂正:過去ログを見直したら、What's NewはAmazonで見つけて買ったけど、Lush LifeはHMVで見つけたということで、その記事が2007年、Amazonで注文履歴をみたところでは、2001~2007年の間にはWhat's Newを買った記録がないので、それ以前? Amazonは2000年から始まったらしいからその時か?
だからSkylarkを聴いたのは80年代半ば、つまり発売直後くらいということか。
で、Lush Lifeを買ったのは記事にしていて、2007年4月だった。

ちょうど話の発端だったJoanieさんがWhat's Newを歌っているのがあったんだけど、これはポップだよね~。

YouTubeでそのまま聴いてたら次に出てきたのがConnieさん、これは明らかにJoanieさんとは違ってずっとジャズっぽいんだけど、それはどこが違うのかっていうと、難しいですな~。

で、とりあえず今日はここで眠りにつくといふ(^_^;)。

では、あんまりなんで、我が尊敬するGary Burton氏とChick Corea氏がジャズってなんだという話をしているのがあるので、これをリンクしておこう。この話も参考になる。

何を話しているかって、書いたほうがいいんだろうけどこの投稿は自分用メモなんで、めんどくさいな。

というBGMにYouTubeのLindaさんをかけっぱなしていたらBut Not For Meが出てきて、これは知らない録音だ。

ということはNelson Riddleとのアルバムは3枚って以前に書いてたけど、もう一枚あったんだ!

・・・というのは翌日訂正で、3枚のうち2枚を持っていて残りは買ってなかったのを忘れていたのだった(^_^;)。

検索してみたら"For Sentimental Reasons"というのがあって、Amazonでしつこく(というほどでもないか)検索したら中古で\766也。ポイントが送料くらい貯まってたからちょうどいいや。

CDはLPや本と違って古くて安くても音が駄目ってのは今までなかったから、まぁ、その辺は安心出来ると思う。先日は¥1のCD買ったんだけど、ジャケットはよれてたものの音はまったく問題なしだったし。

しかし最初の検索では\2000以上のしか出てこなかったんだな。上手く探さないと高いままで買ってしまうことがあるから気をつけないとね。

しかし、どの曲も普通は歌わないヴァースから入ってるんだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/01/25

HDDクラッシュ - KWISATZ HADERATCH !

パソコンのハードディスクがクラッシュした。

といっても今使っているのんじゃなくて、会社のだ。

ヘルペスにベル麻痺と僕の体調不良に合わせたように、療養休暇後の出社した月曜の朝に駄目になった。

HDDクラッシュは聞く話ではあるが自分がそういう目にあうとは思わなかった、というか他人事だと思ってたというか。

しかし年明けに会社のサーバーにバックアップはとっていたので、消えたのは1週間分、あとの一週間は自宅療養で何もしてなかったから、これも自分の身体と同じく軽症でよかった。

その一週間分にしても、試作配合とかちょいとした覚書だけど結局その配合は結果不良だったので、これは駄目だったという僕の記憶程度で十分なものだったので、ほんまによかったですわ。

ということは家のだってクラッシュすることを考えとかないといけないんだな~。

しかしバックアップするといってもメールはNiftyでパソコンじゃないし、このBlogもNiftyだし、FacebookはFacebookだし、というのはつまりこいつらは僕のPCじゃなくてネット上のデータだ。

あるっていえばCDを取り込んだ音楽データで、これはCDがあるわけだし、あとはデジカメで撮った画像や映像くらいかな~。

画像や映像もいってみれば記念的なもので、自分の思い出があれば十分といえば十分だ。

う~む、あえていえばネットで拾った楽譜とか自分で作ったMuseScoreの楽譜くらいか、といってもこれもなければないでなんとかなるか。

結局、「これは無くなったら困る!」、というほどのものはないのか(^_^;)。

というのでは愛想ないので、この写真。

Facebookで「KWISATZ HADERATCH !」ってキャプションつけてシェアしたんだけど、ほとんど反応がなかった。

Kwisaz

Duneなんてもう古いのかな。ナウシカのもとになったとか、Star Warsの舞台もDuneなのだけどなぁ。

そうそう、Dune、「砂の惑星」は6巻まであってすべて訳本が出たけど、最後の2巻は買う前に絶版になって再発されずに読めなかったんだ。ハヤカワに直接電話して再発されないのか聞いたら、その予定はないとつれない返事だった。

だから5巻は英語版を大阪の紀伊国屋で買って読んだけど、6巻は手に入らなかったので、当時通っていた英会話スクールのインストラクターが一時帰国するときに頼んでアメリカで買ってきてもらったんだ。でもそれは途中まで読んでそのままだ。

僕の持っているのは石森章太郎の挿絵であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧