2019/02/20

灯台下暗しで、また本借りて~

灯台下暗し、とはこのことか~、っていうか~。

というのはFacebookの投稿なんだけど、ほんまはこちらにアップする下書きだったんで、またかという方もいらっしゃるでしょうが、だいぶ付け足し、後半は削除してます。FBの記事も何人かに「いいね」をいただいたけど、下書きだったんで閲覧不可にしましたm(_ _)m。

Voyage次号原稿の下調べであっちこっちの本やらYouTubeやらネット検索やらしてはしつこく投稿してたけどですね、こういう本が自分の家の棚で文字通りホコリを被っていたんですな。

Books

左が「大衆音楽の真実/中村とうよう」、赤いのが「ジャズの歴史物語/油井正一」、ついでにリコーダーは物置整理してたら出てきた、息子の小学校の時のもの。

本はほんまにホコリだらけで、たぶん20年以上前に近所に古本屋が開店したときに見つけて、こういうのもたまには読んでみたほうがいいかも、と買ったものの、当時は興味がわかずに結局読まず終い。

だから内容は全然知らない、これからのお楽しみ、っていうよりは去年からその関係本をいっぱい読みすぎて、もうちょっとしんどいな~ってのが正直なところ。

Books2

とはいえ、油井正一、中村とうようというその道の大御所の本だからね~。ボチボチと読もうかといいつつ、また図書館で本借りてきて、いつ読むねん!ってなのがこの写真(^_^;)。

左下のjazzlife誌は、赤松さんがパールから発売された電子鍵盤打楽器、malletstationのレビューをされているので買ったんだけど、それはもう読んでしまったんで残りの記事はまぁ、どうでもいいかな。

これもFacebookにはシェアしたmalletstationの動画。演奏してるChristos Rafalidesはパールのエンドーサーになっているプレイヤーだそうだ。

malletstationについてはMalletKATと弾き比べてみたいけどね・・・、って、実は先日、加古川にある森岡楽器主催によるデモ演奏を見てきたんだ。それはまたの機会に書くかも?

真ん中にある「JAZZ IS/ナット・ヘントフ」は先月借りてきて、まぁ、ほぼ読み終わるところだけど、ジョン・コルトレーンの項でなんかしんどくなって中断している。

右下はもう読み終わってるけど、ジャズ・ピアニストの山中千尋のエッセイ集「ジャズのある風景」、まぁ、思いつきで書いてるって感じの軽い読み物で、加古川にあるbook cafe「されど」で借りたんだけど、もうとっくに返さないといけない本。

その上に乗っているのはパラグアイのギタリストBerta Rojasが古今のブラジル音楽をオーケストラやブラジルのプレイヤーと共演したCD。

BertaさんはTatyanaさんとともにずっと注目しているギタリストで、Facebookでフォローしている。

先日、加古川で東播ジャズ倶楽部の懇親会があったときに、jazzlifeの赤松さんの記事を読もうと、駅前のデパート(やまとやしき)に入っている紀伊國屋書店で探したけど見つからず。レジの女の子に聞いたら「取り寄せになります」っていわれて、で、アマゾンで買うなら送料がいるんで、このCDと一緒に買ったのだ、っていってもついでに買ったわけではないよ。

しかし紀伊国屋書店はフロアの半分くらいを占めてるくらいなのに、ジャズ関係の雑誌は全然置いてなかった。

で、CDの横にある白い本は「ぼくはスピーチするために来たのではありません/G・ガルシア=マルケス」。最近は資料的なものばかり読んでたんで、小説も読みたいなと、なんとなく図書館で目について借りた本。

その上の赤い本は「ロックンロールの時代/萩原健太」、アメリカ音楽の関連資料として借りたけど、興味のあるところはだいたい読んだかな。

その横は「太鼓の文化誌/山本宏子」、タイトルが気になって目次を見たら、アイルランドとかバウロンという言葉があって、これは読まなきゃ、っていっても読む時間があるかどうかだね~。

そして最後の左上は「ギリシア人の物語-I/塩野七生」、全3巻が完結したので借りてきたけど、これも読む時間がね~。

あ、スペイン語の勉強もしなきゃ(^_^;)。

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2019/01/22

A Song is Born - Jazz & Latin America

Swing関連でダラダラとYouTube検索して偶然見つけたのが、今回のタイトル映画「A Song is Born(Danny Kaye主演、1948年)」の1シーン、浜崎あゆみの歌に同名の曲があるらしいけどそれは知らない。

今や伝説のプレイヤー達が出演(一部は代役らしい)してるけど、それよりDanny Kaye扮する教授が朗読するのが、"The History of Jazz"というんで聞き取ってみたら、意外や意外な話だったんだな(YouTubeの再生速度を落としても聞き取れないところとか、わからないところがあったけどね)。

The History of Jazz
From Africa came the first musical instrument, a drum.
A hollow trunk of a tree or ?(tore of) animal hide supplied the rhythm of beat.
To the basic rhythm was added the human voice.
(Next) the first wind instrument, the shepherd's flute.
The basic beat of the tom tom, the same (semantic) strain of the chant that was carried across oceans (which) contained an early Spanish music after the invention of the guitar.
Spread the country was the shared Spanish language, Cuba, Western India, and South America were the rhythm of beat (the) soon the new form of expression.
There's the winding cycle finally reached the shores of the southern United States where the beat was momentarily lost.
But the melody was woven at the pure negro spirit.
And the beat returned.

映画"A Song is Born"は恋愛ミュージカルだし、1948年の映画だからこのジャズ史もどうなんだと思ってしまうんだけど、ジャズは、アフリカのリズムにスペインのギターから中南米を介して合衆国南部の海岸にたどり着いて、それから黒人が・・・、なんてのは聞いたことないですよね?僕が知らんだけかな。

シンプルなジャズ史は、フランスやスペインの統治だったニューオリンズで生まれたってのが通説で、そこに中南米は出てこないと思う。出てくるにしても、ジャズがある程度形になってからそのスタイルを取り入れたみたいな話ではないかな。

ジャズ史がアカデミックに研究されてくるのは、1950年代以後の公民権運動とリンクして黒人のアフリカンルーツ意識の芽生えと文化人類学の研究が白人-黒人の対立/共存的な文脈で語られ出してからだそうだが(ちょっといい加減な要約かも)、この映画は1948年だからそれより以前の話だ。

実はこんな話は「アメリカ音楽史/大和田俊之(講談社)」にいっぱい書いてあって、それは近年のアメリカにおけるヒスパニック(ラティーノ)系人口の急増により、ジャズを含むアメリカ音楽史も従来の黒人/白人の図式ではなく、南北アメリカの視点から大幅に書き換えられてくる可能性があると書いてある。つまり最近の研究の傾向であって1948年頃の話ではない、ってことだけど、実はこういう意見がすでにあったんだ!って驚いたのだ。

というところで、前回の最後に書いていた、ダンスとアメリカ音楽とハバネラの関係につながるのであります。

ハバネラWikipedia日本語版

イギリスあたりのCountry Danceがフランスの宮廷に入ってContradanseとなり、それがフランス領ハイチを経由してキューバに渡ってハバネラ(Contradanza)となり、それはまたスペインに逆輸入されて数々のハバネラの曲が作られる。

英語版WikiではContradanzaがタイトルで、「Habaneraともいう」と書いてある。

Habanera

Wiki英語版にあったHabaneraのリズム、上が基本で下はヘミオラと書いてあった。

もととなるEnglish Country Danceで、ご覧の通り、例の12/8拍子だ。なんとルネサンス期からあるという話だ。

そしてフランスに渡って宮廷のContredanseとなる。これも12/8拍子だ。これがキューバに渡ってハバネラになるんだそうだが、このつながりは今ひとつわからない。

いずれにしろ、どちらも以前から書いていたIrishのJigとかなんとかと同じ12/8拍子系なんだよね。

で、前回書いてたハバネラが合衆国アメリカに渡ってジャズやカントリーに取り入れられ、そしてプレスリーのロックになる、というのは実は以前からよく指摘されていた話だそうだ(アメリカ音楽史)。

こういう話とは別に、ジャズのSwing時代というのがあるけど、その同時期にWestern Swingというのがカントリー音楽で起こっているとかで、色んな話が錯綜していてまとまらないけど、ジャズは黒人の音楽というのは公民権運動などの黒人意識の高まりとリンクしたステレオタイプ的な発想で、実際には合衆国の黒人&白人にさらに中南米、スペイン、ロマとか非常に複雑に絡み合って出来ている、というのが最近の実感、っていっても多分に「アメリカ音楽史」の影響だけどね。

ベニーグッドマン楽団とほぼ同時期に結成されたのがこのBob Wills & his Texas Playboysだそうだが、Swing時代の立役者、あるいはそれ以前もジャズ黎明期には白人プレイヤーがとても多いんだな、ってのも最近の実感。

もう長くなったんで、さらにまとまらない話だけど、イギリスの作家Charles Dickensは1842年に渡米して「アメリカ紀行(上、下)/訳者略(岩波文庫)」を書いてるんだけど、その中で、ニューヨークのファイヴ・ポインツにあるアルマックスという場末のダンスホールに行ったことが書いてあって、混血のダンサーがシングルシャッフル、ダブルシャッフル、カットとクロスカットというダンスを踊るとある。伴奏は黒人のヴァイオリンとタンバリン。

これがIrish Shuffleだがまたしても12/8拍子で、これがNYのFive Pointsでタップダンスになることは容易に想像できる。

ついでにイーブン系4拍子(たぶん)のダンス。

これを出したのは、上の方のイギリスやフランスのダンスを見てもわかるけど、基本ステップにいわゆる「スキップ」があるということだ。「タラッタラッタラッタ、うさぎのダンス~」で、日本人にもなじみやすいリズムじゃないかしらん。

つまりこのスキップのステップが3連系の音楽とともにアメリカのダンス、そしてSwingになっていったんじゃないかというのが今の僕の想像であります。

というところで、今日はおしまいなんだけど、「中南米の音楽/石橋純(東京堂出版)」には、中南米の音楽の起源の中にイベリア半島にある「型と即興」というのがあって、これは単純な循環コードの型みたいなのがあって、テーマを繰り返しつつ、それに基づいて各演奏者が即興演奏をする作法が16世紀スペインで起こってヨーロッパ中に広まって、それが中南米に行ったという、つまりはこれはジャズのセッションと変わりがない!ってな話がそんな昔からあったわけで、またまたびっくりと、どこまで行くのやら(^_^;)。

では終わりのおまけで、A Song is Bornの映画全編がこちらにあった、っていっても全然見てないけど。

そのうち削除されるかもしれないけど、最初に出てくる、おなじみのライオン、Metro Goldwyn Mayerは超有名だけど、Gary Burtonの二人目の奥さん、実はBerkleeでの生徒だったんだけど、この創業者Samuel Goldwynの孫娘だったそうな(Gary Burton自伝より)。

翌日訂正:動画を全然みてなくて、たかけんさんのコメントからロシア語らしき解説が入っていて台詞がほとんど聞き取れないことがわかったので検索しなおしたんですが、英語版はあったものの音声がおかしくてとても見れたものではありませんでした。そのかわり映画の紹介動画があったのでアップしておきます、英語ですが(^_^;)。

スペイン語吹替え版はロシア語版よりはまだましかな。

最初にアップしたロシア語解説がうるさいバージョン。

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2019/01/06

Afro Blueはヘミオラ?

まずは、Afro BlueじゃなくてFBフレンドのLeoさんのオリジナル曲。

Leoさんは以前にもここでご紹介したことがある。

Waltz for Debby

ずいぶん以前にこのYouTube画面の楽譜をキャプチャしてたものの、楽譜を見ながら弾くと、叩くバーの位置がわからなくて外しまくりなので、今まではなかなかと手が出なかった。

去年の秋ごろから例の黒本とかReal Bookにある曲のテーマを、メトロノームに合わせて楽譜をそのまま、つまりメロディーも譜割り通りに弾く練習をボチボチしてたのと、スティックコントロールの成果もあったりして、以前よりはかなり見ながら弾けるようになってきた、といってもまだまだだけどね。

譜割りをその通りに弾くってのも、クラッシクギターでは当たり前なんだけど、Vibはいい加減なインプロの癖がついてるんで、ついついテキトーになるんだよね。

これもスティックコントロールで色んなリズムパターンを練習している成果といえるし、最近はやっとマレットアタックを脱力して落とすコツがわかりかけてきた・・・、って前から書いてたことで、今さらかよ!って話ですが(^_^;)。

もっと時間が出来たら挑戦してみたいのがこちらのイントロとテーマ、これもLeoさんの採譜をキャプチャしてある。

ところでLeoさんは6/8拍子で記譜しているけど、Real Bookでは3/4拍子だ。

一般的には3拍子で演奏されるようだけど、以前に書いていた「アフリカ音楽の正体/塚田健一」に従えば、6/8の2拍子のヘミオラとすべきということになりそうだから、Leoさんの記譜が正統ということになるかな、って思ったんだけど、これはReal Bookの2小節を6/8で1小節に書いたんだな。

全体に3拍子な感じはあるけど、12/16拍子的、っていうと細かいけど符点8分が1拍の2拍子的な感じもあるし、小曽根さんのソロは2拍子になるところがあるね。

作曲者のMongo Santamariaの演奏も概ね3拍子っぽいけど、イントロはベースが3拍子で入るまでは6/8の2拍子な感じだし、全体にリズムをヅタタ・ヅタタと2拍子にとっても違和感はない。

「アフリカ音楽の正体」を読むまでは、3拍子の曲がなんでアフロなのかと思ってたんだけど、6/8拍子のヘミオラとすればまさにアフロなんだね。

今回のタイトルも「Swingしなけりゃ、Afro Blue」にでもすればよかったんだけど、いい加減飽きたのよ(^_^;)。

とはいえ、Swingこねくり回しはまだ終わってなくて、今日は図書館でこんな本を借りてきた。

・フラメンコのすべて/有本紀明
アフリカ~ラテンアメリカのラインだとこの辺も読んでみようかと。

・西洋音楽史再入門/村田千尋
もともと西洋音楽は興味あるし、アメリカ音楽のもとでもあるし。

・中南米の音楽/石橋純
アフリカ~ラテンアメリカ、以前に借りたけどあんまり読まずに返した。

・アフリカ音楽の正体/塚田健一
また借りて読み直し

・地球の歩き方 スペイン
実はね、4月にスペイン旅行に行くんですよ(^o^)v。

それからアマゾンで検索して昨日注文したのが次の本。

・アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで
 /(講談社選書メチエ) 大和田 俊之
・ブルースと話し込む (Conversation with the Blues)
 /ポール・オリヴァー、日暮 泰文訳

リスナー向けの本(ジャズ入門とかアルバム100選とか)は興味ないけど、文化史的なのは面白いんだな。フィッツジェラルドの短編集もあるし、練習もしなきゃいけないし、あ~、時間が足りない!、といいつつダラダラしてたり(^_^;)。

しかしそろそろVoyageの原稿もまとめないとな~。

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2019/01/04

Swingしなけりゃ、No Bananas

「Swingしなけりゃ、」シリーズ、って、まぁ、僕の最近の一連の投稿の話。

色々と検索している中で、フィッツジェラルドの「ジャズ・エイジのこだま/Echos of The Jazz Age, 1931(「崩壊」-フィッツジェラルド作品集3に収録)」と「ジャズ・エイジの物語-フィッツジェラルド作品集1」というのがあったんで、おぉ、フィッツジェラルドか、っていうことでAmazonで古本を注文したのが昨日と今日に分かれて届いた。

で、「ジャズ・エイジのこだま」の中にあった文がJazzの語源に関するものなので引用しよう(前回投稿にも書き足してます)。

ジャズという言葉は社会的に立派な言葉として認められるようになったが、その過程において、最初はセックスを意味し、次いでダンス、その後、音楽を意味するようになったのである。

でもほんまなのかな?、ってJazz Ageを生きたフィッツジェラルドが書いてるんだから根拠のないことではないんだろうけど。

というのとは関係なくて、同じエッセイの最後の方にある文が気になった。

あの頃はメチルアルコールを飲み、毎日があらゆる点で楽しくなっていった。スカートを短くする初めての試みがあったし、セータードレスを着た娘たちはみな同じようにみえた。つき合いたくない連中は「そう、バナナはないよ」といったものだった。

「スカートを短くする・・・」というのはダンスのCharlestonと密接に関係してると思うね・・・、ではなくて気になったのは「そう、バナナはないよ」、ですな。

本の(注)にこのフレーズは「当時流行のコミック・ソング」とあるんで思い出したのが、Phil Woodsのアルバムについて9年も前に投稿した記事だ。

Close, But No Chromatic Banana.

アルバム・タイトル"Chromatic Banana"に関連して英会話学校に行ってた頃に習った"Close, but no bananas."というフレーズのこともこの記事に書いてて、Jazz Ageに似たようなタイトルで流行った歌があったんだとうれしくなって検索して出てきたのが、下の歌、"Yes, We Have No Bananas"だ。

曲については、Wiki日本語版に解説がある。

1923年の録音とのことだが、お聴きの通り、Swing系の曲だ。Jazz AgeにはもうSwingが一般的だったんだね、って今さらな話だけど。

この曲に刺激されて出来たのが"Yes, We Have No Bananas Blues"という曲だそうで、これもSwing系だが、音楽形式のBluesではない。

歌詞はこちらにあるけど、音楽形式のBluesではない曲にBluesってタイトルがつくのは昔からあるんだな。みんな、何かにつけて"Yes, we have no bananas."ばかりいうんで嫌になっちゃう、ブルーになっちゃう、っていうところだね。

ついでに再生された1928年の曲もSwing系だ。マリリン・モンローが歌ったのが有名だと思う。

せっかくなんで英語ネタをば・・・、ちょっと疑問なのがなんで"Yes"なのか?ってところ。否定文なら、"No, we have no bananas."ってならないのかね?

"Do you have (any) banana?"という疑問文なら、"No,"って答えると思うけど、"You don't have any banana?"と聞かれたら、"Yes,"もあり得るのかな?

それから、僕が習った"Close, but no bananas."についてはURBAN DICTIONARYに解説があったんだけど、上の曲との関係には言及されてない。でも何か関係ありそうな気がするね・・・、しらんけど。

ということで、今日で冬休みは終わりなんで、連続投稿はこれまで、かな。

僕の会社はこういう場合の土曜出勤が好きなんだね~、まぁ、官公庁は今日から始まってるけど。

で、今年の目標、というか願望は次期嘱託契約で、っていうのは今年の5月から来年の4月末だけど、それでめでたく隠居の身になりたい、ってことだな。

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2018/12/16

緋色の楽譜 - ミステリー

久しぶりの更新だな。

そろそろ高齢、いや恒例のVoyage原稿を書かなきゃ、というので以前に書いたネタをなんか発展させられないかと図書館で資料になりそうな本を借りてきたのがもう先月の中頃だったかな。

スウィングしなけりゃ意味がない?

スウィングが黒人音楽から来たのか、それともヨーロッパ系のダンスから来たのか、というのが一つの命題だが、これはなかなかとまとまらないんで、先日また借りてきた本がお題。

年末にかけては10冊借りられるので、資料以外に目についた本も適当にとったのが:

緋色の楽譜(上、下)/ラルフ・イーザウ著/酒寄 進一訳
モーツァルトの息子/ジャック・トゥルニェ著/高井 道夫訳
フランス紀行/ブノワ・デュトゥルトル著/西永 良成訳

上の二つは音楽関係らしいから、フランス紀行はなんとなく。

「緋色の楽譜」はフランツ・リストの末裔というピアニストが主人公、そしてリストの書簡や楽譜、それに関連した人々やリストが滞在したヨーロッパ各地にまつわるミステリーで、ちょうどダ・ヴィンチ・コードのリスト版みたいな筋立てだ。例によって・・・、かどうかしらんけどフリーメイソンも出てくる。

アマゾンの書評では賛否両論みたいだけど、結構楽しんでるのは、やはり音楽つながりというのと、謎を巡ってヨーロッパ各地を転々とするので、その地名やら出てくる教会、楽器などをネット検索してちょいとした旅行気分を味わったり、楽器や音楽と出会えるのがあるからだな。

謎解きにかなり無理があるという評もあるけど、例によってその辺は考えないんで気にしない。

ただ書評にもあったけど、何かと言うとノートパソコンと携帯またはWifiでネット検索で調べてしまうという主人公のやり方なんかは、ダ・ヴィンチ・コードに比べるといかにも嘘くさくて軽い感じはあるけど、ま、お話ですから。

2005年が舞台だけど、そのころにすでにそんなに資料がネットにあがってたのかな?とか、作者自身がそういう調べ方でほんまにおおかたは片付いたんだろうか?、という疑問は残りますけどね。今ならスマホで十分なところだね。

話の筋はおいといて、なんといっても舞台になる地域をストビューでみたり、出てくる楽器をYouTubeで聴いたりというのが便利で面白い。

上巻後半に出てくるブダペストのマーチャーシュ大聖堂(Mátyás templom)のオルガンが居ながらにして聴けるんですからね。

1時間以上と長いので、最初の「幻想曲とフーガト短調/バッハ」だけでいいかと思う。

小説は2005年が舞台で、オルガンは上階に鍵盤があって弾くことになってるから古いままだったんだろうけど、今はいくつか検索してみてもこの画面みたいに電子タイプの鍵盤になっているのは、鍵盤だけ新しく電子タイプのコントローラーにして音は実際の古いパイプを鳴らしてるのか、なんてところがむしろ僕の謎解きだったりして・・・、しらんけど。

これは何言ってるかわからんので僕もまだ少ししか見てないけど、教会の歴史について語ってるのかな? 小説にある簡単な説明ではイスラムに征服されてモスクになったり、第二次大戦で破壊されたりと、数奇な運命をたどったらしい。

それから上巻の最後に出てくるのが風鳴琴(Aeolian Harp/Wind Harp)という、自然の風で鳴らすハープで、これも面白い。

これは普通のハープをアイルランドの海岸に置いて鳴らしてるみたいだけど、そのためだけに作られたハープがあるようだ。

ということで、下巻に進みます。

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2018/10/21

爪切りと懸賞

徒然なるままに、のアップ。

いろいろとネタはあるけどなかなか更新せずだから、覚書。

先日の金曜は休み、家内が友人の当てた懸賞イベントにご一緒したときに会場での抽選で当てた大阪ANAクラウンプラザ・ランチ券二人分で大阪まで出かけた。

橋脚に車が衝突したってんでJRが途中で停まって阪急振替なんてトラブルで1時間遅れ、姫路で新幹線が停まって山陽だけでなく東海道新幹線全線まで停まったのがニュースになったのと同じ日だ。

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ま、しかしさすがにANAのランチ、豪華でお腹いっぱい。

本日のメニューはモロッコ風ビュッフェ、写真はシナモンスティックの入ったミントのモロッカンティー・・・、2時間くらいいたかな~。

昨日の土曜は家内が近所のスーパーの懸賞で当てた(こればっかか?)エスビー食品布引ハーブ園イベントにからめてのハーブ園無料入場券2枚で、布引ハーブ園に行ってきた。

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下の写真はFBにも投稿したけど、SNS投稿キャンペーンで#つけて投稿したらジャムがもらえるっていうので撮った写真。泰西名画にありそうな構図と色彩で気に入っている。

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あまり期待してなかったけど、天気がすごくよくて大阪湾対岸までくっきりと見えるし、ハーブや花々、木々に囲まれてとてもよかった。

それから今月3日には先の懸賞を当てた友人が当てた、京都食品商談見本市一般見学とUCC滋賀工場見学の代理偽名参加(本当はあかんのだろうけど)というのに行ってきたり。

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商談というだけあって豪華試食満載、ビュッフェ形式で食べ放題なんてのが上の写真。試供品も持ちきれないくらいにいっぱいいただいてきた。下は、バックの雲が立ち昇る湯気みたいなUCC滋賀工場。

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このご友人というのが懸賞にやたらと当たるというか、それだけこまめに出していることでもあるんだけど、家内はそのおこぼれに何度か預かっていて、今回はご本人は同日の別の懸賞に当たって行けないので、代わりに家内と僕が、というところ・・・、なんか文章がごちゃごちゃになってややこしいけど、ま、いいや。

てから、14日は高砂万灯祭でゲスト出演したバンドに今回もお呼ばれして、三木山森林公園で開催された「夢追い人の文化祭 re:Art」に、お借りしているテレキャスターでゲスト出演、これも緑に囲まれたとても素敵なホールで気持ちよかった。

Acsb2

左端でちっこくなって弾いてるのがワタクシ。

彼らのおかげで万灯祭やこのイベントにも出演できたので感謝です。

ただTスクエアとかYMOといった曲も最初は新鮮だったけど、やっぱり僕の思う方向とは違うなと感じるこの頃。

17日はこれまた無料招待いかが、とお誘いを受けて会社の帰り、神戸文化ホール中ホールで開催された、スウェーデンのボーヒュスレーン・ビッグバンド公演

関西のプレイヤーとの共演もあって、さすがに世界レベルのビッグバンドは違うわ~、とアンサンブルの醍醐味を味わった。写真はアンコールもすべて終ってみな帰るところ。

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こちらは共演された西島芳さんのBlog、この方のアンコールでのブルースソロが実にユニークで、もっと聴いてみたかった。

BBB公演に向けて

で、今日の午後は加東市で小野リサのコンサート、東播ジャズ倶楽部が協力ってことになってて割引指定席優先の特典つき。

Onolisa

ま、そんなことで今日のお出かけは新しいシャツを出して(っていうかほとんど家内が買ってきて、「これ着!(これを着なさい)」っちゅうパターンだけど)着てみたら、襟裏のタグがギザギザしていてかゆいので取ってしまったのがタイトル・・・、って、なんのこっちゃ?

Kimg0889

取るのになんかないかと思って手近にあった爪切り(写真中央)で細かな縫い目に先端を突っ込んで、くいっと引っ張ったら、スカっと、なんと切れ味のよい爪切りだと改めて感心してしまった。ずいぶん以前に三木市の金物まつりで奮発して買った高級爪切りだが、未だ切れ味衰えず!

で、今日も快晴、爪切り日和だから庭のサンデッキで手足の爪を切った。

サンデッキで座って爪を切っていると、結婚前に契約したばかりのマンションの部屋を家内と下見に行ったとき、僕らの部屋は5階建ての3階だったんだけど、ベランダから下をみたら、1階は庭付きで、そこで爪切りをしている男性をみて、なんだかうらやましかった記憶がいつもよみがえる。

それから38年、月日の流れるのは早いね。

写真左側の本はバローズの火星シリーズ再発版、何年か前に買ったままほったらかしてたんだけど、久しぶりに読みだしたら荒唐無稽を絵に描いたような話だけど止まらない。

本の横の小さいのが、取り外したタグ、爪切りの左は図書館から借りてきたイタリアの小説「ポルトベーロの魔女」。

読みかけたんだけど、火星シリーズを手にとったらもう興味半分になって最初の数ページから進んでないな。

イタリア文学を読んでみようと、以前に借りた「失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語」は面白かったけど、次に借りた「スタバト・マーテル」はよい作品なんだろうけど暗すぎて途中で返してしまった。

「ポルトベーロの魔女」もあんまり明るい内容ではないし、返却期限までには読めないかも。

では、もう少ししたら小野リサコンサートに出かけます。

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2018/07/29

最近の読書事情 2018年7月

暑い、あち~、で更新する気も起きないが、今日は今朝方の台風一過でちょっとましかな。

ということで、最近の読書のことでも書いておこう。

直近で読んだのは次の3冊、女性作家。

モダン/原田マハ
ジヴェルニーの食卓/原田マハ

以前から課題(^_^;)だった、たまには軽い読み物を、というので選んだ原田マハの短編集。

「モダン」はNY近代美術館に関連した短編集、「ジヴェルニーの食卓」は印象派画家に関連した短編集。

いずれもいわゆる「よい話的」な要素が多いが、なかなかとよかった。短編のほうがこの人には似合ってるのかもしれない。長編になると色々とアラが目立つような、というほど読んでないけど、短編だとそういう間もなく終わるからかな。

もう図書館に返してしまったんで、短編の題名もろくに覚えてないけど、いずれにしろ作家の美術に対する造詣の深さと愛情がいっぱいなのはよく伝わってきた。

職歴からこういう話のネタには事欠かないんじゃないかと思うが、MOMAにいたということもあるだろうけど、とにかく印象派以後の美術を題材にしたものが多いね。

まぁ、あくまでフィクションとして読むべきなんだろうけど、メアリー・カサットやらモネやらマティスやらの生活やら考えはこんなんだったのか、と思わせながらのストーリーは美術好きには楽しめる・・・、たまらない、とまではいわないけどね。

大人のラノベというよりは少々レベルアップで、見直した感じ?

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この写真は1992年のアメリカ出張のときに訪れたMOMAにある壁一面のモネの睡蓮。これと対になっているオランジェリー美術館にある壁一面の睡蓮も、97年のヨーロッパ出張時に見たのがちょいと自慢(^_^)で、オランジェリーの睡蓮が「ジヴェルニーの食卓」の題材にもなっている。

続いて、

漁師の愛人/森絵都

全然知らない作家だったけど、図書館のダブル村上のあたりをウロウロしていて、奇抜なタイトルが目について手にしてみた本。

これも短編集で、最初の短編2つは図書館で読んでしまった。

これはまだ手元にあるので、題名を書いておこう。

少年とプリン
老人とアイロン
あの日以降
ア・ラ・モード
漁師の愛人

「あの日以降」と「漁師の愛人」が長め、あとはごく短い話で、短い方はわりと他愛のないというか、作家なら誰でも書けそうなありがちな話だが、長めの二編はかなりクラクラした。

「あの日以降」は東北大震災に関連した話で、上記の「モダン」収録の同じ震災を題材にした「中断された展覧会の記憶」と好対照。ついでにといっては失礼だけど、原田マハの短編集には9.11を扱ったものもある。

少なくとも森絵都は、この二編を読む限りでは動物的女臭さが芬芬としている。

俗ないい方だけど、原田マハはエンタメ(大人のラノベ)、以前に読んだ佐藤亜紀は鋭利な刃物、って全然比較になっとらんけど、対して森絵都は鈍器でグリグリとねじ込んで来るような感覚だ。

先の二人はちょうど塩野七生と同じように、文献、史書などの詳細な資料から話を組み上げるタイプ(たぶん)なのに対し、森絵都はそういうのではない、いってみれば普通に創作した小説というのも対照的だ。

森絵都の二編を読んでいて、学生のときの軽音の同期で理学部生物学科にいた友人の卒論の話を思い出した。

卒論のテーマは確か「ショウジョウバエの処女生殖」というので、ショウジョウバエのメスの卵子(メスに決まっとるな)になんかしらんけど操作をすると分裂して子供が出来るが、その場合は理論的にはメスしか生まれないはず、だが、実際にはオスもたまに生まれる、ってな話だった。

ついでに同じ頃に読んだ「処女惑星/ポール・アンダーソン」も思い出した。

これは難破した宇宙船で女性しか生き残らなかったために、たどりついた惑星で処女生殖により命をつないでいったことから、女性しかいない惑星となった、ところにある日、男が一人だけ乗った宇宙船が難破してきて大騒ぎ、結構ナンパな話だったような記憶がある(^_^;)。

前記の友人の卒論をそのまま当てはめると「処女惑星」にはならないことになるけど、実際のところどうなんだろうね。

まぁ、それだけ森絵都の小説に、女性の生物的な強さと、男なんかつけたしよ、ってのを突きつけられたようで、そんなことを思い出したのだ。

いつもの図書館には佐藤亜紀は3冊しかなくてもう読んでしまったけど、森絵都はもっとあるので、しばらくは追いかけてみようかと思う。

もう一冊、今読みかけてるのが、これも適当に書棚からとってみた「まぼろしの王都/エミーリ・ロサーレス/訳-木村裕美」で、スペインの作家だ。日米以外の国の小説でなにかないやろかと思ってとってみた本。

まだ読み始めたばかりだけど、導入部は結構面白い。どうやら現代のスペインで育った男の生まれ故郷にある、カルロス三世時代の作りかけで放棄された廃墟を巡って、過去と現代をいったりきたり、かな~?

Charles_iii_of_spain

これはWikiにあったカルロス三世の肖像画。

去年のマルタ旅行から、塩野七生の地中海や十字軍関連本の読書に続いて、カルロス三世は18世紀、ナポリ王からスペイン王になったとか、なんとなくつながりがあって面白そうな気がする。

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2018/05/01

吸血鬼

これは前回同様に、4月7日にFacebookに書いたメモ。

メモと覚書の違いはいかに?・・・というと、別にない。

吸血鬼/佐藤亜紀」を読み終えた、というメモだけどネタバレはないように訂正。

Kyuuketuki 19世紀半ばのポーランド、地方の任地に向かう年配の行政官(だったかな?)、不似合いな若い奥さん、馬車が壊れる、因習にとらわれる村人、そしてそれに巻き込まれる二人、なんてのに「吸血鬼」というタイトルですでに先が見えそうで、それがほぼ予想通りの展開でと、なんだか期待はずれっぽかったが、その後も引っ張って、それなりに落とし前付けた感ありの終わり。

「スウィングしなけりゃ意味はない」、「金の仔牛」、「吸血鬼」と佐藤亜紀の本を3冊よんで、どれも面白かったし、よく調べて書いているなと思うけど、娯楽小説以上のものが残らなかった感もあり。

塩野七生を読んだあとだから余計かもしれない。

十字軍物語で何度も出てきた「カノッサの屈辱」があったのはちょっとびっくりした。

塩野七生の本でヨーロッパの宗教的背景を多少なりとも知っていたので、この本の背景にも多少は入りやすかったと思う。

この小説の時代は、出だしに1830年の20年後とあるから1850年、カノッサの屈辱は1077年1月25日から3日間とWikiにあるから、実に500年近くの後世、むしろずっと現代に近いんだ。

一冊しか読んでいない原田マハを引き合いに出しては、というかどちらの作家にも失礼ではあるけれど、原田マハと同じような着想に、さらにプロット力と文章力をつけたのが佐藤亜紀かも、なんて思った。

図書館には佐藤亜紀の本はもうないんで、全然読んでいないマハさんを今度は借りてこようかな~、って以前にもそうは思ってたんだ(^_^;)。

で、終わり。

付け足し:どこかで少女漫画的という話があったけど、そういわれればフラワーズに掲載されている長編漫画とよく似た空気感だ。このままフラワーズに漫画化して連載しても全然違和感はないと思う。

吸血鬼は結局誰なのか、というのもテーマの一部。同時に吸血鬼らしき人物も出てくるけど、その扱いは村上春樹っぽい・・・パクリですか?(^_^;)。

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2018/04/30

スウィングしなけりゃ意味がない?

これはApril Foolの日に、「スウィングしなけりゃ意味がない/佐藤亜紀」を読んで、と題してFacebookで書いた個人的覚書だけど、またFBの中に埋もれてしまうのでここにアップしておこう。

Swing ジャズはフォックストロットやチャールストンなど、白人のダンスのための音楽だったそうで、ジャズは時代をさかのぼるほど黒人らしさが薄まるという話がある。

岩浪洋三氏の本にあるらしいが、「ジャズの4ビート、つまりはスウィングは白人の要望、つまりはダンスに迎合するために黒人色を薄めてできたものではないか。70年あたりから出てきた8ビートでファンキーな音楽は、単に彼らがアフロルーツを取り戻しただけではないか」、というような質問にクインシー・ジョーンズは、「そのとおり」と答えたらしい。

アメリカ黒人音楽史の真実と岩浪洋三

ドイツでも戦前の早い時期にすでにジャズとダンスは不可分で、ジャズとダンスを熱狂的に求める、日本流にいえば「非国民」は跡を絶たず、ナチスの取締りも充分には行かなかったというのが、この小説の大きな骨格になっている。

要するにもともとのヨーロッパから移民した白人のダンス文化がアメリカでジャズと結びついたんだから、ドイツ人にそれが受け入れられるのも自然だったといえるかもしれない。逆輸入だ。

その需要に応える過程でだったのか、音楽としての発展だったのかはしらないが、ロマと結びついたジャンゴラインハルトのスタイルのように、ヨーロッパのスタイルと融合したジャズも出てきたんだろうと思う。

そして小説にあったように、ヨーロッパではジャズは人種差別などとは切り離されたダンス音楽として受け入れらていったことから、60年代に多くの黒人ジャズミュージシャンが差別を嫌ってヨーロッパにわたったのも至極自然な流れだったわけだ。

そうした土壌がECMに代表されるようなヨーロッパ的なジャズを生み出したという話で、まとまるのかな?

ついでにいえば、スウィングにしろファンクにしろ、アップビートからダウンビートの動きが重要だけど、ヨーロッパの音楽、たとえば指揮の基本動作(学校の音楽の時間で習ったはず)を見れば、同じくアップビートとダウンビートなのだな。

穿った見方をすれば、ヨーロッパのアップ/ダウンを取り入れてスウィングにしたのが戦前のダンス用ジャズだったのかもしれない・・・、しらんけど。

だからヨーロッパのクラシック系の演奏家は、アップ/ダウンのビート感の希薄な日本の演奏家よりずっとグルーヴ感を出せるんじゃないかと思う、たぶん。

ついでにいえば、佐藤亜紀の本によればその中心がハンブルクであったということだから、ビートルズの音楽も受け入れる器がリバプールなんかよりはずっと充分にあったということなんだろう、というのがジョン・レノンの「僕はハンブルクで育った。リバプールでじゃない」という言葉につながる、でよろしいのかな?

でもこの歌はフランス語。

なんだかVoyage次号の原稿を書いてしまった気分(^_^;)。

付け足し:

We Are The Worldという、一大チャリティーイベントというか録音が1985年にあって、これをクインシー・ジョーンズがプロデュースしているけれど、参加の若い(当時)のミュージシャンは黒人、白人とかそれほど気にしない世代であったのに対し、クインシー・ジョーンズはそのバランスに非常に気を遣ったという話をどっかで読んだような。それも世代による違いが現れているんだな~と思った次第。

というのは下記にあった。上に書いたようなことも出てきますな。

「ウィ・アー・ザ・ワールド」の呪い

We Are The Worldは、漫画「Blue Giant Supreme」でジャズしかやらないといっていたバンドにこの曲がリクエストされて、というのがEpisode 39にあったので検索してみたら上記と似たような話が書いてあったので、これも覚書として。

ということで、FBの元記事は削除しておこう、っていったって公開範囲は「自分のみ」だったんで、誰にもわからないんだけど。

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2018/04/09

自堕落な休日にはコミックを

今月でまた一つ歳をとって66歳、オーメン?

しかし毎年ながら自分の年齢が信じがたいが、先日、京都のターナー展を見に行って、ターナーは76歳没とあったんで、あと10年か、なんて思っても実感はわかないが、まぁ、この歳になるといつ何があっても不思議はない、とはいえ、アメリカでは銃乱射、シリアでは爆撃、日本でも血なまぐさいニュースとか、年齢に関係なく何があるかわからんけどね。

北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃ってくる可能性はないと僕は思ってるけど、僕が生まれる7年前はまだ太平洋戦争末期で、多くの都市がアメリカに爆撃されていたわけだ。

通勤とかなにかで街中を通る時に、ここに爆弾が落ちてきすべてがあっという間に破壊され尽くすというのが当時は日常だったとか、ここにミサイルが飛んでくるとどうなるかとか、情景を漠然と想像すると、それは今のシリア情勢でもあるなどと思ったりもする。

というようなことから憲法改正とか軍備という話も出てくるんだろうけど、結局僕自身はもう過ぎた世代で、あんまり頭が回らない、・・・いつものことだけど。

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で、これは全然関係ない話で、だらだらと過ごす週休4日人間の一コマ。寒い時はねっとりした粉末のミルクティーが飲みたくなることがあって、買い物ついでに探したけど、このネッスルの分包のんしかなかった。

これがまたやたらと甘い上に人工甘味料のみなんで、なんか味がどうしても砂糖の甘みじゃなくて美味しくないんだね。

そこで水と牛乳をコップ一杯ずつでわかして、粉末一人前を入れる、つまり一袋で二人前にするとわりとましになる、といってもまだまだ甘すぎるんだけど、人工甘味料の不自然さはかなりやわらぐ、というのを即席コーヒーテーブル、ではなくてティーテーブルならぬスネア練習パッドの上に置いたの図。

カップは粗品でもらったリラックマのマグカップ。

新婚当時は割りと凝ったティーカップをいくつか買って飾り棚風にしてたのがあるんだけど、今は実用一点張りで、ちっとやそっとでは割れない粗品マグカップばかりだ。

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これはFBでこれまたゆうけいさんがレビューされていた、萩尾望都の「銀の三角」が右の本で、1982年の第4刷だから、新婚時代に買ったんだ。

横の「モザイク・ラセン」は昭和58年というから1983年初版本で一緒に本棚でホコリをかぶっていたので引っ張り出してきた。最初の数ページはカラーだ。

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ストーリーは読めば思い出すかと思うけど、まったく覚えてないな。

で、僕のあやふやな記憶では、この頃から萩尾望都の画風が変わったと思う。

それまでの少年少女的な絵柄から大人風というか、洗練されたともいえるし逆にエネルギッシュな画風が薄れたともいえるかと思う。

多くのファンはそれ以前の画風に親しんでいるようで、だから今、フラワーズで連載されつつある「ポーの一族」新シリーズの絵には違和感を覚える人も多いようだ。

それから左は、「乙嫁語り(10)/森薫」。

「乙嫁語り」は今はアイルランドにワーホリに行っている息子が読んでいた本で、8巻までで離日してしまったので、9、10巻と僕が買い足した。10巻は先月に出たばかりだ。

19世紀後半の中央アジア、カスピ海周辺を舞台にした物語で、実に細密な絵の描写力が素晴らしい。ストーリーはモンゴルの家族たちにふりかかる部族同士の衝突や南下するロシア、研究目的でやってきた英国人などの話で、ややご都合主義的なところもあるという批判もあるし、実際の当時の暮らしが本当にこうしたものだったかも知らないけど、圧倒的な画力でそういうことは忘れて読める本だ。

今日はモザイク・ラセンを読もう、ということで、この3冊も読書一覧に追加。

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