2016/12/04

たまには美術

以前にも書いてると思うけど、最近は音楽ネタ以外を書こうという意欲が減退してしまっていて、しかし音楽ネタに偏りすぎるのもなんだかな~と思ったりするもんだから、ついつい更新が億劫になっているが、温泉旅行に行ったとか、美術館に行ったとか、映画見たとか、ご近所の変遷とか、まぁ、ネタは色々あることはある。

旅行なんかは、今はホテルでフリーWifiがあるのでついついFBに映像アップして簡単に済ませてしまっていて、イタリア旅行記以外はこちらには書かずだが、年に何回かは温泉旅行に行っている。以前は日帰り温泉に行ったこともネタにしてたのとは大違いだ。

そこで、今回は美術館系をまとめて書いておこう。

Aimg_3842 美術館も以前ほどには行かなくなってしまった。

定年後は嘱託の契約社員になって責任のある立場から離れて気楽になった反面、仕事に対するロイヤリティとか意欲もどうしても低下したのは否めない。

その分が趣味の音楽への意欲に置き換わっているというか、それはどちらが先かという鶏と卵みたいな話だけど、一度にあれもこれも集中するというのは僕には無理ということには違いない。

だから、以前は仕事柄もあって熱心に見たり録画までしていた"日曜美術館"とか"美の巨人"たちもめったに見なくなったし美術館へ行く機会も減った。

減ったとはいえまったく行かなくなったというわけではないので、記憶のあるうちに書いておこう。

10月15日:メアリー・カサット展 京都国立近代美術館

Cassattmain2 新婚時代に家内といったことがあって、それ以来(35年ぶり)の回顧展だ。ちなみにウチは結婚36年目。

期待したほどではなかったのが正直な話。

アメリカ出身の女性印象派画家として有名だが、影響を受けたというドガなど他の画家に比べると、なんとなくインパクトに欠けるし、当時の女性社会進出の旗手のようにいわれているが、それもあくまで大金持ち(大富豪)のお嬢さんだからこそできたように思える。

描いている題材も裕福な家庭像ばかりで、ドガが娼婦や踊り子を描いたのとは対照的だ。

あくまであの時代における女性の社会進出像であって、それはそれで相当に葛藤のあることだったのだろうから今の感覚で捉えてはいけないのだけど、絵を見る目は今のものでしかないからね。

20160726165125 母子像よりはむしろ浮世絵そのままのような女性像の方が魅力的だった。

Mary_cassatt しかし母子像を描いた画家なのだけど終生独身だったのだな。肝っ玉母さんの京塚昌子が独身だったのを思い出してしまったが、飾られていた写真は村上春樹が女装したみたいに見えておかしかった。ネットでみると他の写真は全然違うんだけどね。

そういえば村上さんの長編新作が来年出版されると新潮社から案内メールがきていたな。

10月26日 ポンペイの壁画展 兵庫県立美術館

6月にポンペイ観光してきた身としてはいかねばなるまいという展示で、本場を見てきたせいもあってなかなかと見ごたえがあった。

A4a002a3 驚くべきは、ポンペイが滅んだのは紀元79年というが、その時点で極めて写実的なフレスコ画描写が完成していたことだ。

左の絵(踊るマイナス)を見れば分かるが、身体の肉質感、薄衣の柔らかく透明な表現など驚くほどにその質感が表現されている。

まぁ、それはギリシャ彫刻などをみれば相当昔に完成されていたといえるのだろうけど、ヨーロッパ美術で写実的な絵が現れるのはかなり後の時代になるので、写実表現は一旦は衰えてその後に復活したということになる。

そう考えると、初めてルネサンス(文芸復興)の意味が分かったと思う、ほんまの意味はどうなんだかしらんけど。

Pompei もう一つはポンペイレッドの鮮やかさだ(ネットで見つけた右の画像はあまりきれいな色ではないけど)。

紀元前後の時代だからレッドといっても赤土の酸化鉄の色だろうくらいに思っていたのだが、展示されていた壁画(壁から剥離されたもの)の赤は鮮やかな朱色で、展示には組成は記載がなかったが、調べてみるとどうやら天然の鉛丹(四酸化鉛)のようだ。

鉛丹は日本の社寺にも使われているから、そういえば古い歴史があるのだ。しかし風雨には弱くて、火山灰が風化から守っていたからこそこれだけの色が残ったのだと改めて納得した。

それから淡いブルーも鮮やかな色だったが、これは何だかわからない。黄色はどうやら黄土のようだが、緑はブルーと黄土の混色なのかそれとも単独の素材なのか、その辺りの解説がほしかったところだ、なんていうのは色材を扱ってきた身の職業病だね。

東京での内覧会の映像があったので、興味のある方は御覧ください。

と、二つ書いたところで疲れてきたので、今日はここまで。

最後にポンペイのレストランの入り口にあったという壁画をどうぞ。

Phoenixfelixettuなんとものどかな絵だが、中央の黄色いのは不死鳥だそうだ。書かれている文字は次の通り。

PHOENIX FELIX, ET TV

TVは古代ではTUに同じで、イタリア語の「君」だ。

フェニックスは幸せ、そして君も

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2016/08/03

イタリア旅行記-4 サン・ピエトロ大聖堂

イタリア旅行記、まだ初日を抜けだせずにいますが、ヴァチカンはこれで終わりです。ヴァチカン博物館を出てから、サン・ピエトロ大聖堂観光。ここは誰でも自由に入れる無料公開の聖堂です。

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カトリックというと中世の「免罪符」という悪名高い商売が有名ですが、それとは別に25年ごとに「聖なる扉」が開かれて、そこを通ると罪が許される「聖年」というものがあるそうです。そしてごく稀に例外的に25年ごとでない年に教皇が特別に決める「特別聖年」があり、今年が偶然ながらその年にあたっているということで、門をくぐってきました。

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写真がボケてますが、ここが門の入り口、で下の写真が出た所、あっという間ですが、これでいくらだったんだろう?

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とはいえ、信者でもないのだから罪の赦しが与えられるものかどうかというところではありますが、そこは免罪符の伝統、後で「聖なる扉」を通ったという証明書(免罪符?)をガイドさんからいただきました(代金はツアー料金に含まれているのでいくらかは不明)。信者でもなくてもお金さえ払えばOKというのがカトリックの伝統・・・、なのかどうか知りませんが(ぼかしているところが名前)。

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あとは大聖堂内の、またまた豪華絢爛、これでもかという装飾群。繰り返しますが、なんといっても何億人いるのかしらないけど全世界のカトリックの総本山ですから、こりゃまぁ、なんというか(12億人以上いるらしい)。

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一番のみものは、おそらく「ピエタ像」では最も有名なミケランジェロのピエタ像。1972年に精神障害者に破壊されたため、修復後は防弾ガラスで覆われています。

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写真の左上にある窓は反対側のものがガラスに写り込んでいるものです。1980年、'81年の旅行の際もガラス越しでした。じっくり鑑賞したらよいし、じっくり鑑賞もできないことはないのですが、なんせ一般に公開された場所なので観光客やらなんやらが行き交うざわついた場所で、雰囲気的には落ち着ける場所ではなかったのが残念です。たぶん、時間帯にもよるのだろうと思いますが。

はるか上の天井、どこも変わらずこれでもかというほどの華美な装飾に目眩がしそうです。

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この奥のほうが祭壇かな。奥のほうはざわついているとはいえ、ごった返しているというほどではありません。

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天井も壁もどこを見ても装飾だらけ。それぞれに重要な意味があるのでしょうが、その数が桁違いというか、これを設計した人の頭のなかは想像するだに恐ろしい・・・。

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続いてこの円屋根天井がたぶん大聖堂の最上部。

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そして祭壇だと思います。この時はガイドなしのフリータイムだったので確認してないですが。

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ちょっとびっくりしたのが、前回は博物館内で見たラファエロの絵が聖堂内にあったこと。これは博物館のピナコテカに展示されているはずの「キリストの変容(ラファエロ)」ですが、検索してみたところ、これはモザイクで複製されたものだそうです。前回来た時は気が付きませんでした。あるいはその後に作られたのかな?

サン・ピエトロ大聖堂はモザイクの宝庫

このリンク先によると、聖堂内の展示はすべてモザイクだそうです。時間が限られていて近くまでは行ってないのですが、遠目には絵画にしかみえず、モザイクとはまったく気づきませんでした。

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大聖堂を出てたところ、周囲の屋上には彫像が並んでいます。聖人だったかな?

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そして有名なスイス人の衛兵。その昔、スイス兵がヴァチカンの傭兵として活躍した伝統を引き継いでいるそうです。あまり近くでは見れなかったのですが、服のデザインはミケランジェロといわれています。

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そして最後はサン・ピエトロ大聖堂前景。34年前、夫婦で記念写真を撮った思い出の場所です。その写真は引き伸ばしてずっと飾っていたので、息子も「この場所やろ」と、初めてなのによく知っていました。

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ということで、やっとヴァチカン市国を出国しました。

-イタリア旅行記-5へ続く-

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2016/07/18

イタリア旅行記-3 システィーナ礼拝堂

旅行記-2のヴァチカン博物館で書き忘れていたが、博物館を出る前に今回の目玉の一つ、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」を鑑賞したのだった。

館内地図(ネットから借用)を見ると、今回は入り口を入ってすぐに上階の回廊(燭台、タペストリー、地図)に入り、その終端でシスティーナ礼拝堂に入った後に出ているから、ほんの一部しか見ていないわけだ。

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前回に行った時は、覚えている作品から検索してみたところ、ラファエロの間、エジプト美術館、ピナコテカなども見ている。全長7kmもある博物館館だそうなので、タイトスケジュールのなんでも見て回ろうツアーではこのくらいが限度だったのだろう。

礼拝堂は前回は撮影OKだったが今は禁止になっていて残念ながら写真はないので、Wikiから借用したものがこの2枚。

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とにかく一人でこれを、それも天井に向かって描いたとは信じがたいほどの大きさ、というのは、ヴァチカン全体にもいえることだけど、その中でも圧巻だ。記憶はそれほど明確ではないが、前回見た時の煤で煙った画面とは比べ物にならないくらい鮮やかな色彩だった。

ただ、Wikiの修復に関する解説にある批判を読んでから思い出して見ると、確かに全体にややのっぺりした印象がしないでもなかった。

とはいえ、中でもこの「デルフォイの巫女(ネットから借用)」はずっと以前の修復時の新聞記事にあった写真で溌剌とした若さが強く印象に残っていて期待していたもので、実際に見るとさらに素晴らしいものだった。これも実に巨大だった。

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「最後の審判」は徳島の大塚美術館に原寸大で再現されていて、レプリカと馬鹿にできないほどの見事な出来映えだったと思うが、いかんせんあくまで美術館の展示物である。このヴァチカン宮殿の圧倒的な歴史のこびりついた巨大な構造物の中で見てしまうと、その違いは歴然としてしまう。

といいながら、このお盆には大塚美術館に行く予定で楽しみである。

いずれにしろ、これ以上僕がどうこういうような作品ではないので、今回はここまで。

(写真をクリックするとポップアップします)

-イタリア旅行記-4へ続く-

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2016/07/16

イタリア旅行記 - 番外編 ウフィツィ美術館

イタリア旅行の写真整理が進まない・・・、などとまた同じことを書いているけど、そうだ、たかけんさんのようにスライドショーにしてみたらいいんではないか。

それで思うところもあって、フィレンツェのウフィツィ美術館の写真をWindowsのムービーメーカーにほいほいとほりこんで作ってみたが、なかなかそう簡単なもんではなかった。

やっぱり適当だといい加減なものしかできないが、まぁ、せっかくなので番外ということで、とりあえずお茶を濁しておこうというのが今回の話題。

最初のあたりは2秒間隔で写真を変えていたが、BGMの時間が足りないので途中から1秒間隔にしたもんだから、ずいぶんとせわしない。やっぱりセンスがないね(^_^;)。

まぁ、これはとりあえずということで(^_^;)。

ちなみにBGMはYouTubeからDLしたポルタティーフオルガンとリュートの合奏で、この曲のことは以前に書いている。

インフル養生 あるいは古楽検索

フィレンツェの人にいわせると、世界の美術品の何割かがイタリアにあって、その7割がフィレンツェにあるとか豪語しているそうだが、確かにこの映像に出てくる作品は一つでも日本に来れば大騒ぎになるものばかりだ。

ダ・ヴィンチの「受胎告知」は2007年に東京国立博物館で展示されているが、50万人が来館したそうだ。

しかしこのスライドショーで見てもわかるが、人は多いものの、絵の前でぎゅうぎゅう詰めになって動けない、見えないなどという日本の展覧会の状況とはずいぶんと違う。

観光客が多いので、たいていは絵の前でガイドさんが作品の説明をして次へと流れていくから、ゆっくり見たい人はゆっくりと見ることが出来る。しかしいつまでも絵の前に陣取って動かないなどという人はいない。近づいたり遠ざかったりして見ているようだ。

写真もフラッシュを焚かない限り撮り放題だ。

日本だとこうは行かない。

写真が撮れないのは色々と制約があるらしく、以前にアメリカのメトロポリタン美術館に行った時も、収蔵品は撮影OKだが特別展で他所から借りたものはNoということだったから、これは日本に限ったことではない。

ヴァチカンの「最後の審判」も34年半前に行った時は撮影OKだったが、今回は礼拝堂は撮影不可だった(だからその写真はない)。

しかし今回、イタリアで多くの美術品を鑑賞していて思ったのは、有名な作品の展覧会というとやたらと群れて集まる日本人は何なんだろうということだ。

特に4月~5月に東京で開催された伊藤若冲展は4~5時間、最長で6時間待ちとかネットで話題になっていた。

それほどの人たちは何のために集まるのだろうか?

そこに行く人達は普段から美術愛好家というわけでもなかろうと思う。また日本にそれほどの美術愛好家がいるとも思えない。そうならもっと多くの美術館が潤っているはずだが、現実には多くの美術館が経営難ではないだろうか。

6時間というのは極端にしても、4~5時間も待って見るというのも価値をどう見出しているのだろうか、というのも極端にしても、何か有名作品の特別展があると人で見えないほどに人が集まるというのも異常な気がする。

ずっと以前に何度か取り上げたことがあるが、上野の西洋美術館には松方コレクションをベースにした素晴らしい常設展がある。どれも一級の作品で撮影もOKだ。しかし何度か行ったがいつもガラガラだった一方で、併催されている特別展は人が溢れていた。たいていは特別展の入場券で常設展も入館でき、この記事を書いた時は無料だったにも関わらずだ。

国立西洋美術館 常設展-1
国立西洋美術館 常設展-2
国立西洋美術館 常設展-3

まぁ、欧米では多くの美術館が有名な作品をたくさん所蔵してそれを常設展示しているとか、たくさんありすぎて次々と見ていかないと(特に観光客は)時間がないとか、事情の違いもあるだろうけど、日本での有名作品の展覧会というとやたらと人が集まる一方で、それほど有名でない作品の展覧会となるとガラガラというのはやはりどうかと思う。

これと同じことは、高槻ジャズストリートに行った時も感じた。やたらと人が多いのだが、この中で普段ジャズを聴いている人が一体どれだけいるのだろうと思った。

まぁ、ジャズストリートは一種のお祭りだから人が集まって地域振興になるのならそれはそれでいいのだろうけど、何かというとジャズスト、だけど主催者も観客もジャズなんてよく知らね~よ、っていうのは全国あちこちで結構あるというウワサ・・・、らしい、しらんけど。

ということで、進展のないイタリア旅行記のお茶を濁しておこう(^_^;)。

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2016/07/02

イタリア旅行記-2 ローマ市内:ヴァチカン博物館

イタリア旅行記-2

6/6 2日目

タイトなスケジュールなので6時には起きて朝食をとる。今回は夜に到着してそのまま疲れて寝むれたせいか、時差ボケはほとんど感じなかった、というより感じている暇もないような忙しいスケジュールだったけど、朝起きるのが楽だったのはやっぱり時差のせいか。

前夜に見た無駄にゴージャスなロビーの奥のガラス張りがダイニングになっている。写真を撮ってなかったのでホテルのサイトから写真を拝借してきた。

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全面ガラス張りの屋根というより壁面から青空を望み、天井に青空そして壁画が描かれているのは、日本のサイゼリヤを大幅にスケールアップして豪華にしたようだね、などと家内と話しながら、アメリカンスタイルの朝食をいただきました。アメリカ資本だからね(^_^;)。

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朝食がすんだら7時半にはローマ市内に向かう。3列座席のゆったりバス、市内はどこを撮っても絵になる建物ばかり。右側のバックミラーに運転手のマリアーノさんが写っている。
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まず向かったのはヴァチカン博物館(美術館)。朝の8時半というのに、すでに人がいっぱいでチケット売り場には長い行列ができているが、僕らは団体予約なので彼らを横目に見ながら中に入る。

34年半前にも博物館で半日くらい過ごしたはずで、その時は年末だったせいもあるかもしれないけど、こんなに行列はなかったと思う。

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現代美術館のような入館ロビー。前に来た時はこんなふうじゃなかったような気がするな~。ここでセキュリティーチェックあり。

写真が整理しきれないので、もう羅列です。

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博物館入り口だったと思うが、門だけでも豪華だ

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中に入ってもずっと行列。現地ガイドさんは在イタリア日本人女性で、色々説明してくれるが、口をあんぐり開けて天井をみながら、壁際にもなんやらかんやらいっぱい並んでいるし、う~ん、覚えきれない。ただただ豪華絢爛だがいちいち見てられないくらいに長い回廊を進む。

昔と違ってガイドさんがマイクで話す音声を無線で飛ばしてイヤホーンで聞けるので、近くに行って耳を澄ます必要がないのはとても楽だが、うっかりすると声が聞こえてると思っているうちにはぐれてしまうから注意しないといけない。

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これはなんだっけな(^_^;)?乳房がいっぱいある、と思ったら牛の睾丸だって(^_^;)。豊穣の女神(ネットで調べました)。

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デジカメだから撮り放題だけど、多すぎてゆっくり鑑賞していられない。

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天井画がいっぱいあるけど、なんだったか覚えてないな。

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床も豪華、これは何か意味がある紋章とかガイドさんが説明していたけど、記憶にございません。

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この天井はレリーフ(浮き彫り)のように見えるが、だまし絵で描画表現なのだそうだ。

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見ている時は気がつかなかったけど、天井にヒビが入っていている。グレーの帯状になっているのは何かで止めているのかな?
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壁には数メートル四方のタペストリーが何枚も並ぶ。絵で書いたようなリアルな表現を織物で再現するのは大変な技術が必要らしい。うす暗いけどフラッシュが焚けないのでうまく撮れなかった。二枚目は、イエスが生まれる時にエジプトの王が国中の新生児を殺した話を題材にしたものだったと思う。

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ライトアップされた天井が延々と続く。前回に来た時にはライトアップされてなかったと思うから、はっきりと見た記憶はない。実際にはこんなに黄色くはありません。壁面にあるのは、統一前のイタリア各国地図のフレスコ画。

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天井はこんな感じ。なんかいっぱいありすぎて、わけわかんねぇ~。

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といいつつ、窓からのどうでもいい写真を撮ったり。窓際にある壺の取手が鳥の形なのが面白かった。逆光でよくわからないのが残念。

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出口近くのミュージアムショップ辺りはやや人通りが少ない。とはいっても相変わらず回廊が続く。
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といううちに博物館出口。とにかく人だらけ。

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というわけで、ひたすら口をあんぐり開けて上を向いたままの博物館見学でした。出口の天井も豪華。

前回来た時はフリータイムでゆっくりみていたので、もっと色々な展示を見た記憶がある。ラファエロの間とか、かの「アテネの学堂」もみたんだけど、今回はそういうのはほとんどパスしたみたいだ。

ひたすら回廊を歩く観光だったけど、それでも博物館の門を入ってからこの出口まですでに1時間が経過していた。

(写真をクリックするとポップアップします)

-イタリア旅行記-3へ続く-

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2014/05/25

模様替えから、藤田嗣治

PCまわりの模様替えをした。

Img_3950 PCのある部屋は義父が生前に使っていた畳の部屋で、PCはちゃぶ台のようなテーブルに載せて、畳に座って使っている。

しかし、これでは姿勢も悪くなるし、足も痛くなるし、目にも悪い。

ということで、横にある棚の上段を捨てて下段をPCデスクにすることにした。

Img_3952 そんなことで、片付けをしていたら図書館の貸出メモが出てきて、それからすると塩野七生の「サイレントマイノリティ」を読んだらしいが、記憶にない。

Amazonの書評をみても思い出せないが、次の言葉があった。 ジャーナリスト、ロンガネージの言葉(らしい)。

「一人の馬鹿は、一人の馬鹿である。二人の馬鹿は、二人の馬鹿である。一万人の馬鹿は、"歴史的な力"である」

次は塩野七生の言葉(らしい)。

「私も、悪人であっても能力のある者に支配されるのならば我慢もするが、善人であっても、アホに支配されるのは、考えるだけでも肌にあわが立つ」

これは、意味合いはずいぶんと違うが、Facebookで引用した伊丹万作の騙された話に通じるものだあるかと思う。

 「いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。  そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」

原文を読むと、これは戦後の「映画会の戦争責任者を追放せよ」、という自由映画人連盟の主張に自分の名前が連ねられていること対する意見書のようだが、各界で同じような動きはあったのはよく知られている。

有名なのは、美術界における藤田嗣治で、戦争画を多く描いたことの責任を一身に受けて(かどうか知らないが)日本を離れてパリに移住した。

責任問題については、伊丹万作の文が「透徹した意見(雁屋哲)」といえるだろうが、絵画そのものについては今世紀に入ってからか、絵画史や歴史の観点から戦争画が見直されているらしく、そのためだったか、2006年に京都でみた藤田嗣治展には何点かの戦争画が展示されていた。

Hujita 21世紀の目から見ると、どう見ても戦意高揚とか国威発揚は読み取れず、むしろ戦争の悲惨さを描いて余すところがないように見えた。実は藤田嗣治は戦争画を描きつつも反戦意識を持っていたのではないかとさえ思えたものだ。

しかし藤田嗣治展を特集した当時のETV日曜美術館での解説によれば、それはやはり当時の戦意高揚、撃ちてし止まん、のための絵であり、当時の人々はこの絵を見て、最後まで戦いぬく決心を新たにしたようであるし、藤田もその目的で描いたようである。現在の視点から当時を考えてはいけないという典型だろう。(絵画写真は同サイトから)

究極の戦争画 藤田嗣治

司馬遼太郎は、「一時代が過ぎればもう以前のことはわからなくなる」というようなことを何度か書いていたと思うが、事程左様に同じ絵でも時代が変われば見る目も変わってしまうものだ。

昨今、憲法解釈や再軍備の議論がかまびすしい。僕は基本的には再軍備には反対だが、集団的自衛権の問題は正直、答えが出ない。

これまでの解釈でも、攻撃されたら自衛はできることになっているようだが、積極的な集団的自衛権は行使できないことになっているようだ。僕はあまり理解できていないから間違いがあるかもしれないが。

一方で、海外の危険地帯で活動するNPOや医師などの人々による、「これまでの憲法解釈により、テロリスト等は日本は海外で軍事行動を起こさないことを知っているから、彼らが日本人に手を出すことはなく安全だったのであって、集団自衛権を認めればもはや安全ではなくなる」という話は説得力がある。

これらについては、FBでリンクした坂本龍一の意見がもっともだと思うが、だからといってそれができる国ならば苦労はない。

「・・・そりゃ平野くんが言うとおり、ただ何もせずに平和だけを叫んでも意味ないですよ。撃たれたら死ぬわけだから。

でもね、戦争が起きるとしたら、それは<攻められる状況をつくってしまった>という外交の<失敗>の<結果>なんですよ。 例えば平野くんは、ちゃんと 「なぜ中国が攻めて来るか」っていう背景と理由について考えてみた? その背景と理由をなくせば攻めて来ないから、そここそをみんなで真剣に解消しようと努力したほうがいいとボクは思うワケ。」

集団的自衛権、積極的平和外交が国是となれば、自衛隊に入隊する若者が減るという論議もある。もっともである。

FBには何度か書いたが、我が家の長男は自衛隊員だが、決して国を守ろうとか崇高な志で入隊したのではなく、色々と就職活動してきたがどれもうまくいかなかったところで、友人が自衛隊にいて話を聞くと、自分でもなんとかなりそうだということで入隊したのだ。他の自衛官はどうかと彼に聞いたことがあるが、ほとんどは五十歩百歩だそうである。数ある職業でこれならなんとか、ということで入隊した人が多いのだそうで、むしろ災害救助などで人の役にたてるというような意識が強いらしい。決して戦って国を守ろうという志があったわけではないようだ。

ということで、この国の方向はどうなるのか分からないが、問題は、僕らのような年代が選挙で意思表示をする以上に、大多数の若者がしなければならないのに選挙権を行使しようとしないことであろう。その結果がどういう方向になろうと、多くの若者が選んだのであれば、それが彼ら自身による将来の選択なわけだが、選挙に行かなければ、また騙されたのなんのという話になるのではないか。結局は自分たちに振りかかってくるのだから考えてもらいたいものである。

ということで、冒頭の塩野七生と伊丹万作の話に戻ることになる。以前にも書いたが、つくづく僕の世代はよい時代を生きてきたと思う一方で、若い人たちは大変だと同情せざるを得ない。

と、たまには音楽以外のネタをと思ったものの、毎度のことながらまとまりのないことになってしまった。

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2014/04/27

Bob Dylan 抄録

Bob Dylanは、中学生のころによく聴いたりしたモダンフォークの流れでしかほとんど知らないのだけど、今日は彼の変遷について知る機会があった。

Aimg_3704 今日は所用で出かけて高速にはいったら大渋滞だった。その間、ずっとNHK第二放送をかけていたんだけど、演題は「日曜カルチャー「現代の吟遊詩人 ボブ・ディラン」(3):音楽評論家…湯浅学(再放送)」で、今まで自分の持っていたイメージとはずいぶん違う人だったんだということがわかって面白かった。渋滞はかなわないが、その間ずっと放送をゆっくり聞けたので今日はよしとしよう。

モダンフォークの主要なテーマの一つはプロテスト・ソングであり、特に当時は公民権運動、東西冷戦、ベトナム反戦運動、学生運動など、世界的にも重要で注目された問題がアメリカ内外にあって、その先頭に立っていたのが、Bob Dylanであり、Joan Baezであり、またPeter, Paul & Maryと目されていた。あくまで僕の中での話だが。

僕は大体が色々聴くというよりは一つに絞って聴く方で、もっぱらPPMだったが、それは音楽的好みが大であるものの、PPMは他の二人にくらべると政治色がやや少ないというところも馴染みやすかったというところもある。

ところが今日の放送を聞いていたら、実はBob Dylanはプロテスト的な音楽というのは自分が目指す方向とは本来は違っていて、意図せざるうちにマスコミやファンから教祖的に祭り上げられて、かなり悩んだらしい。

そういえば、大学に入ってGary Burtonを聴くようになった時、アルバム"Tennessee Firebird"にDylanの"I Want You"というメロディーの美しい曲があって、特にSteve Swallowのベースソロが秀逸なんだけど、それは別として、タイトルからするとどう考えてもプロテスト・ソングではなくてラヴ・ソングらしい、というので、そんな曲も作っていたのかと、意外だった。

確かに、僕の記憶でも60年代後半辺りからあまり耳にしなくなって、まぁその辺りから僕の音楽嗜好もフォークからクラシックやその他(高校時代はもっぱらバッハとスウィングル・シンガーズ)に移ってしまってどうなったのか興味もなかったのだけれど、自分から活動を休止してイメージ戦略を練り直したらしい。

そういうところは詳しい人はいくらでもいるだろうし、Wikiでも見れば書いてあるんだろうけど、ずいぶんとあちらこちらと路線を変えながら、たぶんイメージ戦略を練りつつ、今日まで至るという話が、昔しか知らない僕には意外であり面白かった。その後の歌の声も、昔のしゃがれた声ではなくて滑らかというかちょっと太めの声なので、知らなければ誰だかわからなかっただろう。たぶん、次に聞いてもわからないと思う。

声質が変わったのは、本人はタバコをやめたためと語っているそうだが、以前のしゃがれた声となめらかな声で二重録音した、S&Gのボクサーが面白かった。意図的なものかとも思える。

彼はユダヤ系アメリカ人だが、キリスト教に目覚めてバイブルに学び、説教的な歌を歌ったりもしたという、なんか一時のオカルトブームと重なって少々がっくりするような話もあった。キリスト教としか聞かなかったけど、プロテスタントなんだろうなぁ。

まだこの演題では今晩、最終回があるらしいけど、しかし残念ながらあえて続けて聞こうというほどの興味はないなぁ。

5月の日曜カルチャーは「海賊が動かす世界の歴史」だそうで、そちらの方が面白そうだ。時間があって覚えていれば聞くかもしれない。

冒頭の写真は、渋滞の原因だった交通事故。てっきり連休に突入する予兆で渋滞かと思ったら事故だった。数台の車が両脇に停まっていたから、玉突き衝突かと思われるが、どの車も、ぱっと見には破損しているようには見えなかったので、それほど大きな事故ではなかったようだ。

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2012/12/31

クリスマス三連休 - 二日目-1 横尾忠則公開制作

クリスマス三連休 - 初日 茨木酒造からの続きです。

三連休の二日目は忙しいけれど充実した一日でした。

神戸の灘区に横尾忠則現代美術館が開館したことは以前に書きましたが、12月中旬に横尾忠則氏が公開制作をしていました。ちょうどその時は京都に山口華楊展に行ったりしていたので、公開制作は見に行けなかったのですが、年末の連休にも公開制作があると美術館のサイトに案内があったので、この日の第一の目的はその見学です。

後の予定もつまっているので早めに行こうと思っていたのですが、何やかやで出遅れて到着したのは11時45分頃でした。

Nada JR灘駅から歩いて行くのですが、この駅も割と最近に改装されてずいぶんと綺麗になっています。きれいになるのはいいけれど、昔の雰囲気も好きだったので少々さびしい気もします。

Nada2 でも以前のデザインを残したような駅舎になっていてありきたりのデザインでなかったのはまだ良かったと思います。僕の家の最寄り駅である大久保駅なんかは、以前は木造瓦葺きで古くて薄汚いけれど面白い駅だったのに、いまはすっかりどこにでもあるような面白くないデザインになっていてとても残念です。

Zoo 灘駅から山に向かって坂を少し登り、王子動物園の前で左に曲がります。

Museum 動物園を右手に見ながら進むと、原田の森ギャラリーがあってその西側が横尾忠則現代美術館美術館です。

Yokoo1 中に入ると、赤いパーカーの上下を着た横尾氏が大きなキャンバスに向かって制作をしていました。

Yokoo4 見ていても特にこれといったことがあるわけではない、本当に淡々と絵筆を動かしているだけの姿ですが、何だか見ていても飽きないですね。不思議な光景でした。

Yokoo3_6 時々、床に散らかっているコピーを拾ってそれと絵を見比べながら考えたりしていました。横にいるのは助手の人かな?

Yokoo5 絵のほうはかなり描き上げた状態のものを持ってきて、仕上げの段階のようです。だからか、塗っているのは白だけで、絵筆も一本しか持っていないような感じでした。

Y 横には、前回の公開制作の時のものと思われる作品がおいてありました。こちらはデフォルメされていますがY字路ですね。

Kakogawa 製作中の作品には電車と線路があるので、おそらくはテーマとしてよく取り上げられている、故郷の西脇市に至るJR加古川線と思われます。

今回、初めてデジカメで動画を撮ってFBとYouTubeにアップしました。ココログに直接アップできたらいいんですけど、YouTube経由で埋め込みでないと駄目なんですね、不便です。動く横尾忠則さんをお楽しみください。途中で腕時計を見ているのはお昼時なのでどうしようかというところのようですが、もうしばらく制作を続けてお昼休みになったので、およそ30分くらいの見学となりました。

お昼休み前に来賓席で見学されていた方の紹介。

Yokoo6 芥川賞作家の磯崎憲一郎氏とのことで、何かのついでに来たのかと横尾氏が質問したら、この公開制作を見るためだけにわざわざ神戸に来たのだそうで、横尾氏も「え~っ」とかいってびっくりしていました。

僕は磯崎氏の本は残念ながら読んだことはありません。

 -二日目-2に続く-

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2012/12/16

青柿

山口華楊の青柿という絵を見に、昨日、京都国立近代美術館まで行ってきた。

この絵だけを見るためだけというわけでは、もちろんないのだけれど、この絵はまだ結婚する前に家内(当時は家内ではないわけだが)に誘われて大阪の美術館まで見に行った展覧会で展示されていた作品だ。

Aogaki2

当時はそれほど絵に関心があるわけではなかったので、その展覧会もそれほど面白いとも思わず、全くといっていいほど展示作品は覚えていないのだが、この青柿だけはなぜか印象に残っていた。

10月に高橋由一展を同じ近代美術館で見た時、各種展覧会案内の中に山口華楊展のパンフレットもあり、その裏にこの青柿の絵があって改めて思い出したのだった。

今回の展示での表示を見ると、1978年日展出展作品とある。そういえば日展だったような覚えがあるし、年代もちょうど合うので、最初に見たのがこの作品の発表された時ということになる。

多分、天王寺公園内にある大阪市立美術館だったと思うが、今のきれいな公園になるずっと以前、公園内には多くのホームレス(当時は浮浪者といっていたように思う)が住み着き、美術館自体も改装前のあまりぱっとしない状態だったと思う。

その代わりといってはなんだけれど、近年の美術館のように薄暗い照明ではなくて、外光が入る明るい展示室だったように思う。だからこの作品も明るい光の下で見たように記憶するが、今回は今風な薄暗い照明で少々残念な気がする。まぁ、仕方がないが。

Kyotoこのところ、還暦高校同窓会とか、高校のクラスメートの演劇鑑賞とか、なんだか昔なつかしが続いているが、大学を卒業し就職した年に家内と出会い、そして一緒に見た絵にこの年になって再会してまた家内と一緒に見るというのも、偶然とはいえおかしなものだと思った。

山口華楊についてといえば、いわゆる花鳥風月という日本画の伝統を受け継いでいるのだろうが、華やかさとは少々違うし、また橋本関雪に見られるような鋭く迫るような厳しさとも無縁の絵である。

あるいは多くの洋画にみられるような迫真性とかも見られない。ただ描写が非常に緻密で正確なのは確かだが何かがちがう。

最初はそれがなにかよくわからず、もう一つ絵との距離がうまく取れなかったが、猿が3匹だったか描かれている絵をみたときに気がついたのが、こちらの世界ではない、あちらの世界から見られているという視点だった。

何だか変な表現かもしれないが、いずれの絵も素晴らしく描写されていながら、目の前に迫ってくる感覚がほとんどない。まるで別の次元で時間を切り取って画面に固定しまったような静止感とでもいえばいいだろうか。

動的なポーズの動物が描かれていても、動いている感じがしない。しかし動きがない絵というのとは違う。例えば写真で撮ればその一瞬の動きをつかむことができるだろうが、それは静止ではなくて動の一瞬をとらえたことになるのだろう。しかし、山口華楊の絵はそうした動の一瞬を捉えたものではなく、かといって動きのない絵というわけでもない、時間を止めたような感覚を起こさせる絵だった。同じ感覚は家内も感じたということだから、僕だけのものではなさそうだ。

Poster併催の日本の映画ポスター芸術展は、これも昔懐かしの気分を堪能した。そういえば昔は映画ポスターが普通に街中に貼られていたが、今はこうした手描きの絵のポスターは見ることがないと思う。今の印刷ではない、生き生きと描かれた役者たちの姿は印刷では得られないものだと思う。

最近は文化づいているというか、京都には高橋由一展とヴェネツィア展、大阪にはウクライナの至宝(スキタイ)展、神戸にはマウリッツハイス美術館展と、よく展覧会に来ている。

本当は昨日は加古川の「スカーレットの小鳥」にヴィブラフォンを担いでセッション参加するはずだったのだけれど、なんやかやと予定がずれて山口華楊展は今日で終了のために、最終日ではない昨日のうちにと京都まででかけたので、セッション参加は次の機会にとなってしまった。

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2012/11/25

横尾忠則現代美術館ができたそうだ

FBの投稿を加筆修正しての再掲なので重なりますが:

Yymoca_2 阪急王子公園駅の近くに以前は兵庫県立近代美術館があって、そこから少し歩いたところに実家もあったので、たまに行ったりしていたのだけれど、だいぶ前に兵庫県立美術館「芸術の館」として移転してからは、跡地は原田の森ギャラリーとして残った。絵画教室発表会とかアマチュア~セミプロなどがメインのギャラリーになっていたみたいだ。

Yokoo_2 その西館が改装されて、横尾忠則現代美術館として生まれ変わったのだそうだ。会館は11月3日だったらしい。そのうちに行ってみようとは思っているが、まだ行ってはいない。写真はFBの美術館サイトから拝借した美術館正面と開館式での横尾忠則氏。その向こうにいるのは親交のある来賓の方々だそうで、安藤忠雄、瀬戸内寂聴、三宅一生の三氏、・・・ということはまたしても安藤忠雄設計か?

横尾氏の故郷の西脇市にも横尾作品のための岡之山美術館があるけれど、もともとマイナーな美術館がさらにマイナーになるんではと少々心配だ。一度だけ行ったことがあるけれど、小じんまりとして、のんびりしたいい美術館だった。

関連エントリー
-日本のへそ 横尾忠則-I
-日本のへそ 横尾忠則-II
-日本のへそ 横尾忠則からへそ公園

Bunkas

さて本題はFBサイトで紹介されていたおすすめの眺望。

「横尾忠則現代美術館のおすすめスポットの一つがアーカイブルーム横の休憩コーナーです。
六甲山を背景に、王子動物園や神戸文学館が一望できるここからの眺めはスタッフもお気に入りです!
展示を見た後に閲覧コーナーの書籍を読みながら、ここでのんびりしてみてはいかがでしょうか。」(美術館FBサイトから)

中学二年のときに名古屋から神戸に引っ越してきた家は、関学跡地である赤レンガの建物から坂を登って、左の山の裾にみえるマンションらしき建物のもう少し上にあった。

そして高校は中央右上あたりにわかりにくいけれど見えている横長の白い建物だ。高校は家から歩いて10分かかるかどうかという距離で、大学も歩いたとしても40分くらいのところだったから、僕のいわゆる(と断りたくなる年になってしまった)青春時代はずいぶんとこのあたりをウロウロしていたわけだ。実家は21世紀になって数年後に人出にわたってしまって、もうここに帰るところはないけれど、美術館が出来たのでまた時々は行ってみたい。

そういえばこの赤レンガの建物も今は文学館として開放されているらしいけれど、僕がウロウロしていたころは「関学発祥の地」とかいうプレートがあるだけで入ることは出来なかった。だからこの前を何度通ったかわからないけれど、一度も入ったことはなかった。ここもついでの時に覗いてみようと思う。

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