2017/11/15

マルタへ

9月末の投稿で書いたとおり、今は息子が英語研修でマルタにいる。

ということで、今日から夫婦そろって息子に会いにマルタに行ってまいります・・・、といっても個人旅行ではなくマルタ滞在型、添乗員付きのパック旅行ですが。

しばらく更新してなかったらいきなり今日からマルタ・・・(^_^;)

いきなり今日というところだけど、関空発のエミレーツ航空は夜の11時過ぎ発なので家を出るのは夕方の5時過ぎだ。

ほぼ準備は整っているけど、去年のイタリア旅行や3月のカンボジア旅行に比べると息子がいないせいか準備が遅くなってしまい、こまごましたところが抜けてしまっていた。

息子が一緒のときは彼が早々に準備を始めるし、色々聞いたり調べたりするのでこちらもその気になって準備万端という気になってたんだけど、夫婦2人だけだとダラダラしてしまって、結局、昨日は会社を休んでやっと本格的に準備をしたところだ。

まぁ、のんびりしていてもギリギリでも休んだりできるところが嘱託契約社員のいいところかもしれないが、逆に現役だったころの海外出張ではもっと緊張感をもってきっちりしてたような(^_^;)。

ということで、イタリア旅行記も終わらない内にカンボジアにいって、その旅行記なんか影も形もないのに、今度は息子に会いにマルタに行ってまいります。

息子もこの25日にはワーホリ目的地のアイルランドに旅立つので、来年は暖かくなったらアイルランドに行こうと、気の早い話もあったりしてね。

今はホンマに便利で、FBメッセンジャーでマルタにいる息子とネット接続だけでTV電話で会話ができる。Skypeでもできるはずだけど、何故かウチのPCやタブレットはうまくつながらなかった。下の写真は息子が滞在しているSt. Paul's Bayで、彼が写した写真を勝手に拝借した。

Amalta

息子からのマルタ情報
・マルタに猫はいない。
TVで猫の島として紹介されてたんだけど、実際にはほとんどみかけないそうだ。
犬は飼っている人が多いのでよくみるとのこと。
猫のいるところがあるのかもしれないけど、マルタ観光局サイトにも会えるかどうかは運次第と書いてあるから、それほどいるわけではなさそう。
まぁ、TVがいかに情報操作しているかという一つの証でしょうかね。それはある意味、恐いですが。

・マルタのバスはきまぐれで、運転が荒い。
運転が荒っぽいので必ずバス酔いするから、酔い止めが必要といわれた。 バスに乗るときは表通りの広いところで待たないと、裏通りとかあまり人のいないところのバス停は人が待っていても平気で通過していくか、あるいはいくら待っても来ない。
そういう国だそうで(^_^;)。

では、行ってまいります。

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2017/10/07

ELF Music Fes. & 万灯祭その後

もう過ぎてしまった話だけど、万灯祭はどうなった、という話など。

9月、台風18号が日本列島に来襲した。

ちょうど高砂万灯祭の日程にモロに直撃だったので、祭りは11月に延期となった。

延期決定は万灯祭前日のことだが、おかげで日程ガチンコだった奈良のEast Lucky Field Music Festivalに行くことが出来た。

といっても何のことかわからないだろうけど、1年あまり前に閉店した加古川のスカーレットの小鳥さんのマスターとおカミさんが、どういう経緯だか奈良の山奥の奥に移り住んで1年あまり、その奥山でジャズフェスティバルを開くという話。

お客はいざ知らず(客を選ぶ店だったから)、出演していた多くのミュージシャンの間では人気のお店だったので、そのマスターの企画ならとかけつけたミュージシャンは数知れず、っていうほどではないし、中には仕方なく来た人もいたかもしれないけど、とにかく素晴らしい演奏で楽しかった。

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East Lucky Field、日本語にすると、東吉野、だそうで(^_^;)。

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加古川駅前から、チャーターバスで奈良の山奥まで。これは途中の高速サービスエリアのトイレ休憩時の写真。

加古川の店だったから加古川辺りから客を呼ぼうということでバスをチャーターしたようだ。

本当は中型くらいの予定だったらしいけど、バスがこれしか空いてなかったというバス会社の都合で、40人乗りバスに合計13人だったかな。本当はもっと集める予定だったのかと思うが、温泉があったりするので、車で行って泊まりの人もいたから、出演者も含めてこの人数。1人2席でもかなり余る。

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バスで揺られて3時間くらいで着いたんかしらん。ほんまの山奥でした。どこにあるかっていうと、東吉野ふるさと村。

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あの狭い山道を大型バスが通っていったんだから、さすがにプロの運転手は違いますな。

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いくつものユニットの出演があったけど、一番はトロンボーンのトミーさん率いるJelly Bean's Factoryだった。それぞれの演奏者の技量もさることながら、やっぱり日頃からバンドとして活動しているので、全体としての音のまとまりが厚く、迫り方が全然違っていた。

これは当日ではなくて、京都でのライブ音源。

トミーさんは、2013年、初めて高砂万灯祭に出た時に共演していただいたのだが、なんせ僕は何十年というブランクの後のステージだったので、演奏はすべてトミーさんに取り仕切っていただいたのだった。トミーさんは覚えておられないと思うけどね。

というわけで、万灯祭が延期になってちょっと気が抜けて、そしてプロの素晴らしい演奏を聴いてしまった後では、なんだか自分たちの演奏なんてなぁという今日このごろ。

そうはいっても11月3日は高砂万灯祭。

お盆から直前まで週一のペースで加古川の貸しスタジオ(第三セクターだから安い)で練習をしてきたんで、またこれから集まって練習するのもダレると思い、直前に一回、音合わせするだけにして、後は個人練習ということにしている、っていうのは、一応リーダーになっている僕が決めたのだ。

僕個人としては、この頃はスティックレッスンの成果が現れてきたようで、マレットのコントロールが以前よりずっと繊細にできるようになった・・・、まぁ、あくまで当社比の話だけど。

以前から、プロの人から楽器と仲良くなるっていう話を聞いてたけど、確かに以前よりはヴィブラフォンとの距離が縮まって仲良くなってきた気がする。

それとキャスターを交換して、楽器の高さを下げたのも効いているかな。

こうなってくると、やっぱり生楽器の音は代えがたいわけで、ますますMalletKATを使う気力がな~~~。

とはいえ、万灯祭前の練習ではギターやドラムマシン、楽譜、シールドなどの荷物があったので、最初と最後以外はヴィブラフォンじゃなくて、手軽なMalletKATを持っていったのだけどね。

ボチボチと練習です。

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2017/07/20

イタリア旅行記-21 フィレンツェ-2 美術館

フィレンツェ-2:アップミス訂正版です。シニョーリア広場からウフィツィ美術館で美術鑑賞の後、ダンテ像をみて、免税店、レストラン、そして最後にミケランジェロ広場からフィレンツェ市街を全貌する行程。

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左がヴェッキオ宮殿、右がロッジア、その間を入って左手へ行くと美術館がある。

駅を降りてしばらくは陽が射したりしたけど、広場へ行く間にどんどんと空模様が怪しくなり、美術館へ入って少ししたら雷雨で、ほんまに間一髪だった。ガイドさんが、雨が降り出すとどこからともなく傘売りが現れるといっていたが、本当に現れたのでびっくり、その写真は撮ってないけど。

館内見学は ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ラファエロ、その他、その他、その他・・・有名絵画彫刻多数、多数、多数・・・、とにかく見て回る。

画像が多すぎるので、スライドショーを作り直した。以前に作ったのはBGMとスライドを同期させるという機能を知らなかったので、切り替わりが早すぎたけど、今回はBGMも変えて(前回はイタリア音楽だったけど、これはイギリスのルネサンス期音楽)、音楽に合わせるというムービーメーカーの機能を使ってみた。

有名な作品ばかりなんで改めての説明は省略、というか忘れたのも多いので。

館外の景色をいくつか入れているのを見るとおわかりの通り、外は雨だった。

フルスクリーンのHDで見ていただきたいところだけど、このcocologではフルスクリーン機能が削除されてしまうので、できればYouTubeサイトに飛んで再生していただければと思います。

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そして、美術館を出る頃には雨が上がっていたけど、気温が急降下して肌寒いくらいだった。

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ロッジアでは、このベンヴェヌート・チェッリーニの「メデューサの頭を掲げるペルセウス」像が有名だ。

 

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ダビデ像は複製で本物は別に専用建物で展示されており、そちらは新婚時代に来た時に見学している。30年以上経っても全然変わらない風景。

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と思ったら、広場の中央に現代アートの金色の亀が展示されていた。かなり不釣り合いな気がするけど、たぶん一時的な展示なんだろうと思う。

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誰かの像、有名な人っていうか、前回にコジモ一世像って書いてたんだ。

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ネプチューンの噴水。この噴水を回って次の目的地、ダンテ像のあるサンタ・クローチェ聖堂に向かう

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狭いけど、こんな通りばかり。ネプチューンを回ってコンディ通りに入る。

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コンティ通りはそのままボルゴ・ディ・グレーチという通りになる、その変わり目のところ。途中の建物も何かいわくありげなものばかり。

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狭いボルゴ・ディ・グレーチを抜けると、サンタ・クローチェ広場、そしてサンタ・クローチェ聖堂が見える。

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前回はこの中にも入って、そのときにはダンテの墓がこれだというのを見て写真も撮ってあるんだけど、実際にはここには墓はなくて像があるだけだそうだ。

ダンテはフィレンツェから永久追放されてラヴェンナに落ち着いたらしい、というようなことがこちらに書いてあった。

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聖堂とダンテ像。

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その後、サン・ジュゼッペ通りの免税店にて家内と息子はバッグ購入。

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免税店のトイレは便座なし。ヨーロッパは意外とこんなもんで、潔癖症の日本人にはなかなかと手強いかも。この画面では読めないけど、「大変つまりやすいので、備え付けの紙以外は絶対に使わないようにお願い申し上げます。」と書いてある。

水に全然溶けないタイプのティッシュを使っている国もあると知ったのは、今年のカンボジア旅行の時のことだった。

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近くのレストランで夕食、パスタは微妙味だとみなさんの評価だったのは覚えている。

盛り付けは、これまた皿ごとにバラバラでいい加減。前に座ってたおじさんが少ないと抗議しにいったら、何事もなかったかのように山盛りに盛られたという大雑把さ。

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これはチキンだったかな、たぶん、見た目そんな感じだから、たぶん、覚えてないな~。

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デザートのプリン、何となくいい加減ぽい形は相変わらず。

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途中で明らかにアメリカ人とわかる団体が入ってきた。中高校生くらいかな。

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食後はバスの待つ大通りまでまた歩き。途中にこんな聖母の絵があるのは、日本で言えばお地蔵さんみたいな感覚なのかな?

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整然とならぶ路上駐車の最後尾は、またまたスマート。これ以外にもみたよ。

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ちょっと広いと両脇に路上駐車。サン・ジュゼッペ通りはそのままマルコンティ通りとなる。

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壁がボロボロと剥がれたまんまというのが珍しかった。ちょっとわかりにくいけど、中央の窓からおばさんが下を眺めていて、その下にイタリア国旗と何かの旗が掲げられている。

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マルコンティ通りを抜けるとピアーヴェ広場、っていうほどの広場でもなかったけど。

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そしてピアーヴェ広場からアルノ川沿いのゼッカ・ヴェッキア通りに行き着くとそのでバスが待っていた。天気は曇天だけど歩いている間は雨には合わずで、まったくラッキー。

以上の通りの名前はストビューでわかった話だけど、まぁ、便利だね。

フィレンツェからは、また最初の運転手マリアーノさんが運転するバス(もともとフィレンツェのバスだそうだ)で移動。

ローマ観光からナポリまではマリアーノさんだったが、ナポリ2日目は別のバスでポンペイ観光をする間にマリアーノさんが荷物を積んでフィレンツェに向かっていたのだった。

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最後にミケランジェロ広場にて市街を一望する。

この広場は新婚時代にも来たけど、そのときはすでに薄暗くなっていてよく見えなかったのと、時間がなくてすぐに出発だったけど、今回はまだ明るいうちにゆっくりと見ることが出来てよかった。

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フィレンツェというとこの景色が有名だと思うけど、これがミケランジェロ広場から見た、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。

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手前の屋根のある橋がポンテ・ヴェッキオ、ポンテは橋、ヴェッキオは古いという意味だったと思う。前回来たときは、この橋近くでショッピングしたと思う。

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なつかしのミケランジェロ広場だ。

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ここにもダビデ像のレプリカがあるが、これはブロンズ像だ。

そして郊外にあるホテルに向かう。

ホテルはもとシェラトンだったけど、買収されたとのことで名前が違っていた。でもタオルなんかはシェラトンのロゴ入りのままだった。

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部屋にあったテレビはブラウン管だったのにびっくり。ブラウン管ハイビジョンなんだろう。

ということで、フィレンツェの夜は更ける。

-イタリア旅行記-22へ続く-

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2017/07/02

散髪で悩んだのは一昨年の話

散髪に行ってきた。たぶん、2~3ヶ月に一回くらい。

梅雨になってからずっと爽やかな気候だったけど、このところ雨がどっと降って昨日から急に蒸し暑くなったので、髪の毛がうっとおしかったからすっきりした。

いつも行く散髪屋。

Tikano_2 ここは年配のご主人が建物右側で散髪屋、奥さんが左側で美容院をしている、たぶんずっと昔からある地元の散髪屋で、お客がほとんどいたことがないので待たずに済む。写真はストビューからとった散髪屋さん。

以前は安いけど休日はやたらとお客が多くて待ち時間が長く、予約券を配るくらいに繁盛していたところへ行っていたけど、とにかく時間が読めないので、すいている今の散髪屋に行くようになった。

それと同居していた義父が何故かこの散髪屋がお気に入りで、車で送っていったりしているうちに一緒に散髪するようになったという経緯もあるかな。

そうこういう内に、その安くて繁盛していた散髪屋はなぜか数年前に店じまいしてしまって今はないが、そこはマスターがいて、後は若い理容師が何人か、それもよく入れ替わっていたから、たぶん専門学校を卒業して資格を取ったばかりの若い人を雇っては入れ替えしてたんじゃないかと思う。だからそれほど上手ではなかったように思う、よくわからんけど。

マスターはそんな年でもないと思うが、なぜ店じまいしたのかはわからない。

で、今行っている散髪屋さん、一昨年の今頃、ご主人が入院して半年位だったか閉まっていたので、その間は困った。

最初は近所のホームセンターやら家電量販店やらなんやらの複合施設にある1000円で散髪のみというところに行ったんだけど、これは安いだけあって全然駄目だった。少し伸びてきたらずいぶんと違和感があったので、もう一度やり直しに行って、でもこりゃ駄目だというので、別のちょっと小洒落た理容院に行ったら、なんやかや話しかけてきて、乗っていった車のこと(シエンタ発売直後で珍しかった)やら家庭のことやら根掘り葉掘り聞いてくるし、聞いてもいないのに自分のことを話すし、それに全然安くないし、なおかつ勝手にちょっとおしゃれにまとめましたとかいって、ヘンテコにとんがったようなヘアスタイルにされたんで、こりゃダメだった。外にでて車に乗った途端に頭グシャグシャにしてごまかしたのだ。

といううちにいつもの散髪屋さん、病気が治ったようで再開したので、やれやれだ。

ここのご主人は椅子に座ると「いつもの通りですね」というだけで、あとは必要なこと以外はしゃべらない。

たまに先客がいて、その人が話好きだと適当に相手してるから、相手に合わせてるんだな。だから、とても気が楽だ。

腕が特にいいわけではないように思っていたけど、他の慣れないところに行ってみると、それなりにきちんとしてくれてるんだなと改めて感じた。

まぁ、慣れたところがいいですね。

で、何がいいたかっていうと、この散髪屋さんもいつまで続くのかな~、かかりつけだった内科医院は代替わりしたけど、ここはそういう人がいそうな気配はないし。

と、悩みはつきないかも。

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2017/04/06

カンボジア

少々間があきましたが、前回の予告通りカンボジア遺跡巡りに行って来ました。

遺跡群はそれぞれに素晴らしく、また観光客向けの設備もよく整えられていて、予想と違ってとても快適な観光旅行でした。

しかし一番心に響いてきたのは、活力にあふれた人々の様子でした。

ちょうど戦後日本の復興から高度成長に至る時代と似ているのではないかと思います。

そんなことで、カンボジアという国にとても興味が湧いてきてWikiなどを読んでみたのですが、改めて自分がリアルタイムでカンボジア内戦に接していたはずなのにほとんど忘れていたことに罪悪感を感じずにはいられませんでした。

今さら僕がカンボジアの歴史について語るのは片腹痛いことなので特には書きませんが、内藤泰子、細川美智子、一ノ瀬泰造などの名を知りました。

今のところネット情報範囲でしかありませんが、米ソ中越の対立、日本の当時の政府やマスメディアの対応など、さらにはこれに絡んだジャーナリスト同士の足の引っ張り合いまで出てきたりで、読めば読むほどにカンボジア問題は錯綜しています。

関連リンクはたくさんありますが、カンボジア支援をされているNPOの記事をひとつだけ貼っておきます。

メコンの風に吹かれて

そんなこんなで今のところはカンボジア旅行記を書くことができずにいます・・・イタリア旅行記も終わってないですが。

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写真はアンコールワットよりも古いロリュオス遺跡群(8~9世紀)にあるバコン寺院のお気に入りの写真です。

Facebookフレンドは同じような写真が僕のカバー写真になっているのをご存知と思いますが、これは同じ時に撮った別の写真で、FBカバーで歩いていた女の子が走り出したところです。

だから片足しか写っていませんが、説明がないと障害者と思われるかもしれないと思い、FBでは使いませんでした。

いずれにしろ、カンボジアは現在、とても若く(2015年現在で平均年齢が24歳とか)、僕にとっては魅力的な国であることには変わりありません。行く前と後でこれほど心象の変わった国はなく、また是非訪れたい国です。

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2017/03/18

カンボジアンいかなご

今年は"いかなご"がとても不漁だ。

いつもなら我が家もふくめてご近所のあちこちから釘煮の臭いがたちこめる季節だけど、今年は(我が家も含めて)まったくといっていいほどない。

ない、ないないない、ない~!!!

なので、今年は親戚、知人、友人に送っていた、いかなご釘煮もどうも出来なさそうだ。

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それに加えて!、イタリア旅行記も一向に終わらないうちからこの季節にまた海外旅行に行くことになったので、家内もいかなごを炊いている時間がないのだ。

上の写真は昨年、ヴィブラフォンの上に並べた釘煮だが、今年はこういう具合にはなりそうにない。

ということで突然ですが、明後日からカンボジアに行ってまいります。

今回も息子がいいだして家内が同調し、僕はそれに引きづられるという、去年のイタリア旅行と同じパターン(^_^;)。

映画Tomb Raiderの撮影地にも行くらしい、いわゆる聖地巡りか(^_^;)。

ずいぶん前に書いた気がするけど、いいだしっぺの末っ子は小さい頃、僕と一緒にゲームのTomb Raiderをやっていて、この映画封切り時には大いに楽しんだこともあるので、そんなこともカンボジア行き、というよりはアンコールワット遺跡群観光を思いついた一因かと思う。

しかしこの映画は2001年だったのか。もう15年あまり前だったんだ。

2001年当時はどうだったか分からないけど、今も政情は必ずしも安定していないようだし、犯罪も多いようだし、内戦時代からの銃火器もあふれているらしいし、中心部を離れると地雷もまだ多くあるらしいし、観光客目当てのスリ、ひったくり、いかさま賭博、etc.、etc.・・・で、まったく安全な感じはしないけど、観光客はいっぱいらしい。

さらには今回はまだ一向に暖かくならない、寒い!日本から真夏なみの、というより乾季で一番暑い時期だというカンボジアなので、暑気あたりしてバテないかとか、お腹を壊さないかという心配が先に立ってしまうのは年齢的なものだろうな。

若い頃はそういう不安よりも、好奇心と期待が先に立って少々無理しても色々みてやろうという気になったものだけど、この年になるとなかなかそこまではいかないのが情けないところではある。

とはいえ、こんなことでもないとカンボジアなんて自分からは絶対に行かないだろうから、不安と期待の日々であります。

旅程は昨年の"なんでもみてやろう弾丸ツアー"のイタリア旅行とは違って、アンコールワットなどの遺跡群に近いシェムリアップに滞在してひたすら遺跡巡りをする観光コースだけど、遺跡巡りは暑い中を歩き回ることになるだろうから、やっぱり結構、というよりかなりきつそうだ。

そういうわけで、昨日はかかりつけのクリニックで月々の薬をもらうついでに診てもらったところでは、体調に問題はないとのことで、まず一安心、とはいえ、「食べ物には気をつけてくださいよ、もろに当たりますからね、いひひ・・・」、いや「いひひ」とはいわなかったけど、そんなお顔してはったもんで(^_^;)・・・、S先生、経験があるのかな?

まぁ、とにかく色んな面で気をつけなければならないけど、今回も全行程食事付き、フリータイムは特になしということで、健康面以外はあまり心配はしていないし、行く以上は楽しまないと、ということでナショジオの映像も埋め込んでおこう。

そういえばと、たかけんさんが東南アジア旅行でトラブルがあったという話を思いだしたので、そんなことがあった場合の対処の参考にさせていただきます。そういう目に合わないことを祈りますが。

タイ旅行番外編

ということだけど、だらだらと時間ばかり過ぎていたVoyage原稿は、LA LA LANDをネタにしようと書き始めたら、今回もあっという間に終わってしまったので、その点は心置きなく旅行に行けるのでよかった。

去年のようにタイトルを思いついたらあとは書くだけというのとは違うけど、とりあえず書き始めたらそのまま最後まで書けてしまった。ただし内容は当初のヴォーカルを題材にという予定とはずいぶんと変わってしまったけど、まぁ、それはそれで血肉になったと思う。

しかしこれも話題になっているジャズの漫画"BLUE GIANT"にあった作者の石塚氏とピアニストの上原ひろみさんの対談があまりにChazelle監督のインタぶ~と対照的なので、これをなんとか絡めてみたいと思ったりもしている・・・、が、それも帰っての話だし、帰国明けの月曜はスティックレッスンの日だからその練習もしないといけないし、まぁ、時間がない!

〆は静かに、オランダのヴァイビスト、Vincent君の曲。

Kerraraというのは実はスペルミスで、Kerreraが正しいみたい。スコットランドにある美しい島の名前だそうで、その情景に心を打たれて書いた曲だそうだ。その内にコピーして弾いてみようと思っているけどね・・・、けどねって(^_^;)。

Kerreraにも行ってみたいね。

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2017/02/12

イタリア旅行記-19 イタリア超特急 .italo

イタリア超特急".italo"に乗る、ナポリからフィレンツェの旅。

イタロは、.italoで、ドットがあって小文字表示が正しいらしい。

Gigamen_italo

前回の写真では.italoのロゴがよく見えなかったので、これはネットから拝借した写真。

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客車はこんな感じ。Smartというのは僕らが乗るクラスで、エコノミーにあたる。ビジネスやファーストのクラスもあるそうだ。

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これは隣のホームに入ってきた列車。鉄道マニアではないけど列車の姿にはついつい目がいってしまうね。

.italoのナポリ発は12:55。

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乗り込む乗客たち。

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ランチはサンドウィッチとリンゴ。かじったのは僕。

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車内風景。横幅はそれほど大きくはないし椅子の幅も新幹線と同じくらいだけど、2列2列なので気分的にはずいぶんと楽だし、座り心地もずっとよかった。写真は撮ってないけど背もたれに小さなゴミ箱がついていた。小さすぎてランチのちょっとしたゴミで満杯だから、大食のイタリア人のゴミなんかとても入り切らないと思うけど、車内はとてもきれいだった。

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前方に見えたイタリア人(たぶん)の親子連れ。子供にスマホやタブレットを見せておとなしくさせるのはいずこも同じか。

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どこか分からないけど停車した駅。

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掲示板には、"VENEZIA.S.L. .italo 14:15 "と表示されているけど、時計はまだ14:05だからずいぶんと長い停車だ。

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車窓からの風景だけどこれもどこかの駅かな。

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同じ車両。青い塀の向こうにみえるのは、銃眼が上にあるから古い城のようだ。

この駅はプラットフォームが高くなっている。こういう駅もあるんだな。

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塔に螺旋階段、横の木の生え方など、なんとなくイタリアっぽい。

全然覚えてないけど、建物や列車の柄、青い塀からみるとこの3枚は連続して撮ったようだ。

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これもどこか停車した駅にて、窓から女の子の歩く姿が見えたので(^_^;)。

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車窓から。ベランダに洗濯物が干してあるのが見える。

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フィレンツェ駅到着。ここはナポリのような近代的な駅ではなくて普通な感じだった。

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時計の時刻は15:51、ナポリ発が12:55だったから3時間弱、ほぼ定刻通りだったようだ。

Googleで見たところでは、ナポリ-フィレンツェは472km、大阪-東京=500km、京都-大阪=452kmだから、「ひかり」といい勝負かな。

柱の向こうに見えるのが乗ってきた..italo、15:54フィレンツェ発でさらにヴェネツィアに向かう。

なかなかと快適な列車の旅でありました。

新幹線の大阪-東京間よりもずっと快適に感じたのは観光気分でうかれてるってこともあるかもしれないけど、座り心地のよい椅子にイタリアらしいデザインンと内装で気分もくつろげたからじゃないかな~。

-イタリア旅行記-20へ続く-

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2017/01/21

イタリア旅行記-17 ポンペイ-6

ポンペイ遺跡-6

今回でポンペイ観光はやっと終了。

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広場西側にある穀物倉庫。公式サイトのガイドによると、かつては野菜や果物の市場として使われた建物で、今は発掘品の保管庫として使われているそうだ。

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壺が圧倒的に多い。彫刻などの主だった美術品的なものはナポリの博物館などに展示されているのだろうと思う。

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ガラスケースに入っているのは被災した子供の遺体石膏像。火山灰に埋まった後、肉体が朽ちて空洞になったところに石膏を流し込んで犠牲者の姿を再現した話は有名だ。

しかし噴火で逃げた人も多いというのに子供がまだ残っていたというのは、避難先がなかったのか逃げられない境遇だったのかとか想像してみる。といっても今の感覚で考えたところで分からないけどね。

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というところで、改めて検索してみたら、ナショナルジオグラフィックのサイトに従来とは異なる新説が2010年に発表されたという記事があった。このうずくまった人はナショジオ記事の写真にある人だ。

ポンペイを襲った超高温の火砕サージ

街を襲った超高温の火砕サージにより人々は一瞬で焼死したということだそうだ。Wikiや公式サイトガイドにはそういうことは書いていないので、もう6年余り前の記事だけどまだ定説にはなってないのか、あまり知られていないのか。

原典はこちらに英文で公開されてるけど難しそうなのでパス。興味のある方はどうぞ。

PLOS | One

そういえばポンペイ展の映像展示がこの火砕サージだったような気もするが、よく覚えてないな。

この旅行記13-ポンペイ-2で埋め込んだYouTubeの映像とは状況がかなり違うということか。

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犬の遺体石膏像。

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以上でポンペイ観光は終了し、広場を後にする。

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再び静かなるマグリットの世界。

青空に浮かぶ白い雲、遠く山並み、立ち並ぶ遺跡、そして不可思議なブロンズ像の織りなす世界の美しさ。

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遺跡を見守る槍を持つ戦士、というところか。これも展示ブロンズ像。

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特に意味はなし。

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さらば、二度と相まみえることなき戦士よ。 なんちゃって(^_^;)。

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出口に近づいてきた。

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さらば、といってはまたさらば。今度こそさらば。

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これからの旅路はナポリを経由して花の都フィレンツェに向かう。

ナショジオの環境最新記事は偶然ながら、ナポリ近郊の超巨大火山のことだった。地球はいよいよ活動期に入るのか?

超巨大火山に噴火の兆候、イタリア

-イタリア旅行記-18へ続く-

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2017/01/20

イタリア旅行記-15 ポンペイ-4

ポンペイ遺跡-4

壁画に続いては、公衆浴場見学。広場の北側にあるフォロ浴場、だそうな(以下情報は後述のリンク参照)。

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ローマ人(ポンペイ人)の風呂好きは上水道設備とともに有名だ。征服した欧州各地に浴場の名残が数多く残っているのはよく知られている。

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これは冷浴槽。サウナの後とか隣接の運動場で運動した後などに利用されたらしい。

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浴場の天井には立派なレリーフ。

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上の写真の壁面にある彫刻。

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床にあるのは椅子かと思ったけど青銅製の火鉢だそうで、ここで木炭を燃やして浴室を熱くする乾式サウナらしい。

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天井のレリーフ。

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高温浴室(蒸し風呂)。丸い天井から床に向かって細い溝が平行に刻まれているのは、水蒸気が天井に溜まって水滴となってポタポタと落ちてこないように、その水が溝に沿って流れ落ちるようにしているのだったと思う。日本の温泉でもこういうのは見たことがない。

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これは大理石の水盤で、手前の円周に文字が埋め込まれているのは寄贈者の人名ということだ。写っている女性は日本語で説明してくれる現地のガイドさん。

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大理石の浴槽。

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天窓から光が射す。

結構暗かったのは保温性を高めるために開放部を少なくしたためらしい。

説明はほとんど覚えてなかったので検索してみたら、下記に同じように旅行した方がきちんと説明してくださっているので、興味のある方はどうぞ。

フォロ浴場

-イタリア旅行記-16へ続く-

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イタリア旅行記-14 ポンペイ-3

ポンペイ遺跡-3

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Foro di Pompei(広場)に続いては壁画の見学。どの辺りかは覚えていないけど、広場の中のどこかだったように思う。かなり大きな壁画だけど傷みが激しい。

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発掘当初はどの程度だったかわからないけど、ポンペイ展でみた壁画からすると相当に色あせて傷んでいる。

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上の写真だといかにも屋内のようだけど実際にはこのようにかろうじて木製の屋根を付けてある程度だから、風が強ければ雨が振り込むに違いない。保存の大敵である風雨、大気汚染、湿気、生物的要因、そして日陰とはいえ太陽光線による劣化にもほとんど無防備だ。

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見学者と比べると、壁画の大きさがわかる。かなり立派な建物だったと思われる。

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壁画の一部。往時の優雅な姿が偲ばれる。

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遠近法がすでに使われていたことがわかる。色彩はきっともっと鮮やかだったろうと思う。

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端の方はこんな感じで、陽射しにまともにさらされて紫外線にも無防備だ。

観光客としては当時のままの場所で建物とともに見学できるという利点はあるものの、このままでは劣化がどんどん進むだろう。修復大国とはいえ、イタリア全土に膨大な数、量の遺跡や美術工芸品を抱えていては、とても全部には手が回らないというところか。

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広場(後方)から出て次の遺跡へ向かう。こうしてみると、空の青さと遺跡のコントラストが実に綺麗だ。

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遺跡を改造したピザ屋にレストランにカフェテリアがあった。

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観光客へのサービスやら収入確保やら、色々事情はあるのだろう。少々抵抗を感じてしまうが、まぁ、仕方がないのかな。

-イタリア旅行記-15へ続く-

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